おしゅかー、3歳児になる!

(7)



 オスカーの心が三歳児になって、2回目の日の曜日。
 ジュリアスはオスカーにせがまれて、ふたりで乗馬に出た。
 馬(道産子、大人ふたりだと重いから(笑))を少しだけ怖がるオスカーを後ろに座らせて、ジュリアスは手綱を軽く引いた。
 そして聖地の中をゆっくりと走っていく。
 深い森を抜け、坂を上っていつもの乗馬コースを走っていく。そして最後は聖地を一望する丘へとたどり着いた。
「うわ〜〜〜、きれい〜〜〜っ」
 馬から下りると、オスカーは崖の方へ走り寄って、思いっきり深呼吸をした。
「ああ、気持ちいいなあ〜」
 初めて見る風景に圧巻されて、じいっと見とれている。
「オスカー、あまり崖に近づくな、危な……」  
 ジュリアスはそう言いかけて、語尾を濁らせた。
 オスカーの広い背中。
 いきなり胸が締めつけられるような感覚が襲ってきた。
 オスカーに会いたい。
 自分だけの、自分のオスカーに会いたい。
 目の前にいるオスカーがどんなに慕ってくれても、どんなに愛しく思っても、自分の愛したオスカーはここにはいない。
 こんなにもオスカーの不在が辛いものだったとは、こんなにもオスカーを求めていたとは、こんなにもオスカーの存在が自分の中に大きく占めていることとは、思ってもいなかった。
 いや、とっくに気づいていたのに、気づかないふりをしていたのだ。
 抱き合わなくてもいい、オスカーが側にいて微笑んでくれるだけでいいのに……。
「妖精の悪戯にしても、これは酷すぎる……」
 沈んだ声でジュリアスはそう言った。
 聖地の空は夕焼けが広がっている。いつもは美しいと思う光景が、色あせて見える。
 目の前の三歳児のオスカーには、罪はない。
 むしろ彼は被害者だ。
 しかし、彼を見るのは辛くてたまらない。
 ジュリアスは無言のまま、オスカーの隣に立って、夕日が沈んでいくさまを見つめる。こうしていると、まるでいつも時がもどったような気がする。
「じゅりたま……?」
 不安そうにオスカーが尋ねる。
「………どうした」
 静かな声で、どこか寂しそうにジュリアスは答える。黄金色の髪が夕焼けの最後の光を受けて、オレンジ色にチロチロと輝いている。
 オスカーはジュリアスの両肩をグッとつかんだ。
「行かないで、どこへも行かないで!」
 そう言うと、ジュリアスをギュッと抱きしめた。その強い力に驚きながらも、ジュリアスはそっと抱き返した。
「変なことを言う。私はここにいるではないか」
 静かにそう言うと、ジュリアスは優しくオスカーの背中をさすってやる。小刻みに体を震わせながら、オスカーはジュリアスにしがみついた。
「だって、じゅりたま、消えてしまいそうだったもの。まるで妖精のように、ふわりと消えてしいまそうだったもの」
「私が妖精だと……?」
 ふふっとジュリアスは笑った。
「私は生身の人間に過ぎぬ。そなたと同じようにな」
「でも、じゅりたま!」
 オスカーは気色ばんだ。
「初めてじゅりたまを見た時、妖精かと思ったんだ! そうなの、じゅりたまをママって言ったのはうそなの。妖精みたいに綺麗なじゅりたまの側にいたかっただけなの」
「オスカー、そなたは妖精を信じるのか?」
 そう言えば、あの時のオスカーは自分の話に半信半疑だったみたいだ。
「うん、いるよ。おしゅかーの周りにも、じゅりたまの周りにもどこにでもいるんだ!」
 そうオスカーが言った瞬間、空間が再びねじれた。

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