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エゾネズミ(1997夏・北海道)


富良野のキャンプ場

雨と、そして寒さに祟られた北海道の夏だった。
特に北海道の南半分は河川決壊などの災害にも見舞われ、ツーリングを楽しむどころでは無かったようだ。
身の危険を感じるような旅はゴメンだし、フツーの雨だって、毎日の様に降られるのであればカンベンして欲しい。
フェリーの中のテレビで見た天気予報では、辛うじてカサマークが並んでいないのは道北だけで、雨の小樽港にフェリーで降り立つや否や、何も考えずに北に逃げるしかなかった。

その後も天気はあまり変わらず、道北に軟禁された状態が続いた。
予定に無かった利尻や礼文などにも行き、美深でダラダラしているうちに、徐々に旅の終りが近付いてくる。
「このままじゃイケん!!雨がなんだぁ」
などと叫びながら向かったのが然別峡キャンプ場。いわゆる菅野温泉。
以前、ココを拠点としてトムラウシの林道群にチャレンジしたのだけれど、なにぶんTWのタンクが小さすぎ、全てを回りきることが出来なかった。
これらの残党をやっつける事が今年の目標の一つで、その為に堂々ビッグタンクに載せ変えて望んできたのだ。
しかし、その思いは無残に散った。
小雨の混じる然別峡はヒジョーに寒く、管理人のオッチャンが
「今朝は氷点下まで下がった」
などと、季節はずれのストーブにあたりながら呟く。
「トムラウシ? ああ、橋が流されちゃって通れないよ。ありゃ当分ダメだ」
終わった・・・・・

数人のライダーが集まったこの夜の宴は、余りの寒さに全く盛り上がらない。
なんとか焚き火で気勢を上げようとするものの、湿りきった木々は悲しいほどに火がつかない。
「もうダメっす。寝るっす」
まだ夜の8時前だと言うのに次々とテントに消えていく。
そして、一人の男の決定的発言が、全員の気持ちを萎えさせるのには十分すぎた。
「オレ、今日の朝、釧路に上陸したんすけど、こんなに寒いなら明日のフェリーで帰るっす」



翌日にキャンプ地として目指したのは富良野。
いまさら見るべきモノは無かったけれど、予報では雨ではなく、そして少しは暖かい場所を選んだのだ。
しかし、理由はそれだけではない。
然別峡での夜があまりにもヒサンすぎた事もあり、今回の旅の道内最後の夜となるこの日は、やはりそれなりに楽しみたかったのも事実だ。
それで、ライダーに人気の富良野の地を選んだのである。

富良野界隈に幾つかあるキャンプ場の中からココを選んで到着してみれば、サイト脇の道路は各種各様のバイクで埋め尽くされている。
コレならば楽しい夜が過ごせるかとワクワクしてみたものの、ちょっと様子がおかしい。
無料キャンプ場という事もあるのだろうけれど、“ ソノ筋 ”のキャンパーだらけなのだ。
いわゆるヌシ系の連中で、もう何週間もココに居座っているらしく、生活のニオイがプンプンと漂っている。
そしてテン場を探してウロウロしている我が姿を、胡散臭そうに、冷ややかな視線を投げかけてくる。
これは極めて居心地が悪い。
そいつらとは距離をとり、テントも疎らな、サイトのハジッコにある超巨大なファイヤーサークルの一角にテントを張る事にする。

「なんだぁ。今夜もツマラなく終わっちゃうのかなぁ」
半ばガッカリしながら、近くの宿のフロに入れてもらって戻ってくると・・・・・・・
ファイヤーサークルの中央に、一人の女性が立っていた。
ライダーというフンイキではなく、リュックを背負い、片手にはダンボールを持ったまま突っ立っているのだ。
なんとなく目が合い、どちらからともなく挨拶をかわす。
「こんにちは」
彼女は、軽自動車で旅をしているとの事。
ダンボールはテントの下に保温の為に敷くのだそうで、そんなモノを積めないライダーには出来ない芸当だ。
「隣にテント張っても良いですか?」
「ど・どうぞ」
決して美人ではないけれど、なんだかケナゲさが漂う感じの、「ああ、何だか助けてあげたい」系のオネェチャンで、ついついテントの設営を手伝う。
小柄な彼女が寝るには有り余るようなデカテントで、なんだか妙に新しい。
「カイシャを辞めて、初めての長旅に出てきたんです。名前?カオルです。よろしく。」

寂しい夜を覚悟していただけに、コレはラッキーな状況になってきた。
場合によっては、ライダー宴会のバカっ話とは違った、なんだかシヤワセに繋がる展開も・・・・・
「あ・あのぉ、カオルちゃん、一緒にゴハン作らない?」
「ゴハンですか? さっき、下の人にも誘われたんですけど・・・」
し・下の人って、ヌシどもか!!
「じゃあ、アッチは断ってきますね」
やったぁ!!ヌシに勝った!!

しかし、ラブラブ2ショットでのメシにはならなかった。
ファイヤーサークルの反対側に陣取っていた男2人と合流し、4人の宴会となったのだ。
その男たちは2人連れではなく、ココに着いてから知り合ったとの事で、共にライダーだった。
一人は北関東のバイク屋に勤務し、とりあえずココでの呼び名は“バイク屋さん”。
もう一人の男は無職で、実在する引っ越し業者の社名を、自らのキャンパーネームとして名乗った。
この引越屋が、2人でメシの支度をしている我々に誘いを掛けてきたのだ。
この誘いを断れば、カオルちゃんには不自然な印象を与えちゃうだろう。
だいいち、どうしても二人っきりで過ごしたい程の理由も無い。
また、日没と共に冷え冷えとしてきた風から逃げるには、引越屋のテントの周りに張り巡らせた風除けのタープが、ヒジョーに暖かそうに見えたのが大きい。


それなりに楽しい宴会ではあった。
物静かで、でも面白い話題満載のバイク屋さん。
あくまでもオシトヤカながら、それでいてひとなつっこいカオルちゃん。
そして、とにかくウルサいのが引越屋。
特にカオルちゃんに対しては執拗に馴れ馴れしく、バイク屋さんと共に唖然とする程なのだけれど、カオルちゃん自身は不快感を示す事も無く応対しているので、ツベコベいう筋合いではない。

さすがのタープは風除けとしての機能は果たしてくれたけれど、寒さ自体を防ぐのには限界がある。
「さみぃ!もう寝ようぜ」
誰からとも無く立ち上がり、夜半前には宴もお開きとなった。
その足でトイレに立って戻ってくると、すでに誰の姿も見えない。
無人となった宴会場では、風に煽られたタープがバタバタと耳障りな音を発しているだけで、みんなそれぞれのテントに潜り込んだ・・・・・・・・ハズだった。

シュラフに潜り込み、後は寝るだけだ。
ほどなく、タープを介した風のオタケビの合間に、なにやらヒソヒソ声が聞こえる。
誰かが立ち話でもしているのだろうか?外には誰も居なかったハズだけど・・・・
そのヒソヒソ話もすぐに止み、それから何分もしないうちに・・・・・・
「あんっ・・・・」
何だ何だ!!
カオルちゃんの声だ!
切なく押し殺すような声が、確かに聞こえたのだ!
目が冴え、いや、異常なまでにも耳が冴え、そして何も聞こえてこない事にイラだつ。
居たたまれなくなってテントの入り口を少しあけて外を覗き見てみたけれど、やはり誰の姿も見えない。
恐る恐る目をやったカオルちゃんのテントは風にバタつき、中の様子を伺う事は出来なかった。


北海道での最後の朝を迎える。
テントから這い出ると、タープの下ではバイク屋さんが一人でコーヒーを沸かしていた。
「おはよう」
「おはよう」
タープの奥の引越屋のテントに目をやると、だらしなく開けられたままの入り口から、そこには誰も居ない事が伺えた。
「ほ・他の二人は?」
「さあ。オレだけだよ」
やがてカオルちゃんが自分のテントから出てきた。
「おはようございます」
「お・おはよう」
挨拶もソコソコに、自分のテントにモノを取りに行くフリをしながら、隣のカオルちゃんのテントを横目で眺めると・・・
やはり居た。
シュラフに包まったままの引越屋が、白河夜船でテントの中に転がっていたのだった。
昨夜の「あんっ」という声が、アタマの中に蘇った。
こ・このやろう!
カオルちゃんにナニをした!!
いやいや、それは考えすぎに違いない。
おそらく引越屋は、あまりにもウルサいタープの音に耐えかねて、広いカオルちゃんのテントに寝かせてもらっただけなのだ。
だいいち、それぞれがシュラフに入った状態で、ナニが出来るというのだ。
それに・・・・・
もし何かがあったとしたって、ソレに動揺する必要だって何も無いぢゃないか!!!



引越屋が
「みんなで吹上温泉の露天風呂に行こう!!」
と言い出した。
ドラマの『北の国から』の中で宮沢りえが漬かった、あの山中の露天風呂である。
今日はフェリーに乗らなければならないのだけれど、苫小牧発は深夜なので、そのくらいの時間はある。
同じく今日のフェリーに乗るバイク屋さんも、小樽発の夜便なので異存はなかった。
カオルちゃんは、混浴露天風呂である事に難色を示した。
「水着は持ってきてるんだけど、脱衣場も無いんでしょ?」
「ココで、服の下に着ていけばいいじゃん」
「でも・・・・・・・」
「大丈夫だって!!」
引越屋に押し切られる形で、結局は4人で向かう事になった。
ただしカオルちゃんは
「入るかどうかは、温泉に着いてから考える」
という結論で、水着にも着替えなかった。

冷え冷えとした富良野の直線道路を、4人を乗せたカオリちゃんの軽自動車がノロノロと進む。
どんよりと曇った空からは、今にも雪が落ちてきてもフシギではない程だ。
やがて道はクネクネとした登りにかわり、クルマは益々とノロノロ化して走る。
何台もの後続のクルマに抜かれる事しばし、路駐のクルマが溢れている場所に到着。
ココが、吹上温泉露天風呂の入り口なのだ。
階段を下ると、天然の岩と石積みとで作られた湯船が見えてきた。
いかにも北海道の露天風呂らしい、アッケラカンとした開放感がたまらない風情だ。
しかも、岩肌から湧き出して滑滝のように流れるお湯の湯煙が、標高1200mの寒さに震える身には魅力的すぎる。
カオルちゃんも同じようなキモチだったらしく、
「あたし、やっぱり入る」
などと言いながら、水着を手に、木の柵を乗り越えて木陰に消えていった。

予想どおりの快適さに、ついつい時の経つのさえ忘れる程である。
テントの中の「あんっ・・・」だって、そんな事はもうどうでも良いのだ。
しかし、いくぶん湯温が熱く、いつまでも「肩までキッチリ」と言う訳にも行かず、湯船の端に座っての足湯状態となる時間のほうが長かったりするけれど、ソレはソレで気持ちがいい。
ふと見ると、目の前で大の字になって湯に漬かっている引越屋の両足の間で、なにやらユラユラと揺れている。
「おいっ、引越屋、少しは前を隠せよ。カオルちゃんにも丸見えだぜ」
引越屋は慌てて隠すどころか、相変わらずくつろいだままで意外な事を言った。
「オレのは、もう見えちゃったってイイんだよ」
な・なにをぉ?
ソレはどういう意味なのだ。
ま・まさかあの時・・・・


温泉からの帰りの下り坂をビュンビュンと快適に走り下りる。
運転手がバイク屋さんに代わったのだ。
湯上がりの4人を乗せたクルマの窓は曇り始め、周囲の風景が霞んでくる。
そんな中、路肩に自転車を止めて、うずくまるように座っているチャリダーの姿がボンヤリと見えた。
この冷え切った山道で、湯上がりの体で風を切って走るのは耐えがたい寒さなのだろう。
なにしろ、まったくペダルを漕ぐ必要の無い下り坂が続いているのだ。


キャンプ場に戻り、あとはフェリー乗り場に向かうだけ。
バイク屋さんと共に、慌しくテントの撤収を開始する。
これから道東を目指すというカオルちゃんも、ノンビリとテントをたたみ始めた。
バイクに荷物をくくりつけていると、まだココで2〜3泊すると言っていたハズの引越屋が、密かに荷物をまとめているのがチラチラと見える。
そんな事、もうどうだって良いのだ。
もし、どうでも良くなかったとしても、今更どうしようもない。

去っていく我々2台のバイクに手を振って見送る、寄り沿うように並んだ2人。
ミラーに写るその姿は、もうカンケーのない人々なのだ。
すぐに国道に出ると、バイク屋さんとも南北に分かれ、一人となった。
フイに、あの吹上温泉の帰り道に見かけた湯冷めチャリダーの凍えた姿がアタマをよぎる。
そうか。今、自分も湯冷めをしているのだ。
それは吹上温泉の湯冷めだけではなく、この富良野での出来事全てに対する湯冷めなのかもしれない。

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この北海道の旅には、後日談があるのだ。
いや、実はココからが本題であるとも言える。
それは、この北海道ツーリングの、翌年の秋だった。
「もしもしぃ?元気ぃ?」
何だか聞き覚えがあるような無いような・・・・
そんなデンワの声のヌシは、あの引越屋だった。
たぶん住所や電話番号は交換したのだろうけれど、アレ以来は全く音信普通状態だったのに、
「久しぶりだねぇ。」
などと一方的に懐かしがられても、素直には受け入れられないのがホンネだ。
「あれから引っ越ししちゃったのに、よく電話番号が判ったね?」
「うん。だって電話番号の変更の案内、NTTに頼んだろ?ソレを聞いたんだけど。」
「あっそっか。ところで何の用?」
「いやぁ、あの時の写真を渡そうと思ってさぁ」
「写真?」
「うん。懐かしい話もしたいからさぁ。キミんちまで持ってくよ」
「そんな・・・・・悪いからイイよ」
「ええっ?会おうよう。カオルちゃんだって懐かしがるぜ」


結局、我が家の近くのファミレスで会う事になった。
我が家を避けたのは、ただ単に、人を入れるにはコッパズカシいほどに散らかっているのが理由だった。
それにしても・・・・・
正直なところ、引越屋の目的が写真だけじゃ無い事は想像出来たけれど、あのカオルちゃんとの関係も気になる。
もちろん、その関係がどうであろうと、自分の人生には全く関係が無い。
それは興味の無い芸能人のスキャンダル記事と同じで、軽く「へぇ」って程度の事だろう。
しかし、どんなに面白くないクイズ番組でも、問題を聞いてしまったら答えが気になるタチなのだから仕方が無い。


その日、引越屋が一人でやって来た。
「ゴメンゴメン。今日はカオルちゃんは都合が悪くなっちゃって」
30分くらい、あの富良野での思い出話となる。
たった一日の出来事だから、結果的に30分で終わったのだろう。
そして引越屋は、おもむろに座りなおすと、いよいよ本来の目的モードに突入したのだ。
「オレ、実はアレから、カオルちゃんと付き合ってたんだ。」
「へぇ」
予定通りの「へぇ」である。それ以上の感想は無い。
「そのあとにフラれちゃったんだけど、今でも一緒に活動してるんだ」
「えっ?」
コレは予想外の「えっ?」で、実際に意味が判らない。
「キミさぁ、今のシゴトや生活は充実してる?」
「・・・・・・・・」
いきなり、テーブルの上にドサドサっとパンフレット類が置かれた。
アムウェイだった。


本人が堂々と会社名を名乗り、会社自体も優良企業であると自称しているので、何も名前を伏せる必要は無い。
あの『アムウェイ』なのだ。
化粧品やら健康食品やらを訪問販売している会社で、そのホームページによると
『皆様の「より良い明日」をお手伝いするために、高品質な製品とビジネス・オポチュニティ(機会)を提供する会社』
なのだそうだ。
これらの製品の良し悪し、高い安い、使える使えないは全く判らないし、そして全く興味も無い。
引越屋は、わざわざ製品をセールスする為に来たのではなく、彼らの言うところの『ディストリビューター』というモノになれとの勧誘だったのだ。
このディストリビューターとか言うのは「アムウェイ製品の小売などを行う、独立した事業主」だそうで、それだけ聞くと、いわゆる代理店のような存在に聞こえるけれど・・・・・・・
そうでは無い。
消費者への小売で儲けるというよりも、複数のいわゆる子会員を作り、その子会員も複数の子会員を作り・・・・
そう。自分の下の子会員から上納金を得るという、アレなのだ。
正式な言い方とは違うかも知れないけれど、仕組みは全くコレだ。

「悪りぃけど、興味ない。」
「そんな事言わないで聞いてくれよ。オレはカオルちゃんに誘われて始めたばかりなんだけど、カオルちゃんはすっごい上のランクなんだ。」
「だからぁ、儲かる儲からないはカンケーなく、そういうのって大っ嫌いなの!!」
「そんなこと言わないで、一緒に頑張ろうぜ。今は毎日が充実してるんだ」
「充実してたって、ソレって、ヘタしたら捕まっちゃうんじゃないの?」

引越屋は、明らかにツバを呑み込んでから答えた。
「アッ!!ネズミ講と勘違いしていやがるな?違うって!違う違う!」
「何が違う?」
「コッチは、ちゃんと製品が物流してるし・・・ああっ、オレはまだ説明がヘタだけど、とにかく一緒にされちゃ困る!」
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん・・・・・・・」
「こ・今度、カオルちゃんに会ってくれよ。ちゃんと説明してくれるから」
「こういう話なら会うツモリは無い。もちろんオマエにも」
「ネズミ講だなんて誤解されたままじゃ、オレだって引き下がれない」
「ソレって誤解か?」
「誤解だよ!!」
「じゃあ聞くけど、オレが月に百万儲ける為には、どうすればいい?」
「えっと、自分の下に○人の会員を作って、その会員が下にそれぞれ○人の会員を・・・・」

いわゆる、組織図のようなモノを書く引越屋。
「・・・・・で、コレだけで百万になるんだぜ。頑張れば可能だろ?」
「それって、自分より下の会員も、一人残らず頑張ってくれた場合の想定だよな?」
「うん」
「でさあ、その孫に当たる会員だって、一人一人がそれなりに儲けなけりゃツブれちまうよな?」
「そりゃそうだけど?」
「そしたら、そのまた孫まで儲かるように、その図を伸ばしてみろよ。それで、その図の人数と東京都の人口を比較してみな」
「すぐに会員数がオーバーフローしちゃうって言いたいんだろ?」
「そういう事」
「それだったら大丈夫。真剣にやらないで辞めちゃうのも大勢いるから」
「それじゃ、さっきの百万の想定は成り立たないじゃん」
「揚げ足とるなよぉ!だからぁ、カオルちゃんの説明を聞いてくれよぉ!!」
「貰った写真代として、ココのコーヒー代は払っとくよ。サヨナラ」



事態は、これだけでは終わらなかった。
予想通りに、デンワ攻撃が繰り広げられたのだ。
この先の攻防を思い出すのは、もう疲れるだけなので辞める事にする。
住所は知られなかったので、デンワという一箇所だけの防御で済んだのは幸いだった。


今は、引越屋などとの接点は全く無い。
もう全てが終わったのだ。
しかし、今でもちょっぴり気になる事はある。
あの富良野での一日は、アムウェイのディストリビューターとしてのカオルちゃんの時系列の、どこに位置していたのだろうか。
ダンボールを小脇に抱えて笑顔で近付いてきた時のカオルちゃんは、すでにディストリビューターだったのだろうか。
引越屋との関係にも、ソレは影響していたのだろうか。
もし、あの富良野で、自分と引越屋との立場が入れ替わっていたら、果して・・・・・・・・

答えは知りようが無いし、もう解答も欲しくない。
あの富良野での出来事を含め、もはや今の生活とは無関係な記憶の産物でしかない。
しかし、マボロシではなかった証拠に、ひとつだけ後遺症が残ってしまった。
それは・・・・・
キャンプ場などでの出会いを、無条件で受け入れる事が出来なくなってしまったのだ。

吹上温泉

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