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北陸浪漫(1993〜・富山)
和製アメリカンであるShadowという名前のバイクを手に入れた頃のワタクシは、んもぉ嬉しくて、毎週の様に、一泊程度でもアチコチ走りに出向いておりました。
そんな行き先の一つとして訪れた北陸の某所で、お寺のYHに泊まったのです。
交通も不便で、これといった観光地に隣接している訳でもないYHですが、たまたまワタクシの行程に一致しただけの事で、おそらく一人で泊まる事になるのも気にしませんでした。
住職さんの指示に従い、こじんまりとした日本庭園風の庭のハジッコにShadowを止め、そそくさとYHの建物の中に入ると・・・・・
集会室のような場所に、一人の女性宿泊者が座っていました。
その小柄できゃしゃな感じのオネェチャンは一人でガイドブックのような物を読んでいて、ワタクシの姿を確認すると
「こんばんわ」
ちょこっとはにかんだ感じで挨拶するのでした。
今日の宿泊者は2名のみ。
我々の食事が終わると、住職さんは母屋に引っ込んだまま顔を出す事も無く、2人で何と言う事もない雑談などをして過ごしておりました。
決して口数は多くは無いけれど、話をするのが嫌いと言う訳でも無く、妙にポエマーのような口調で語る娘でした。
どれだけ話し込んでいた事でしょうか。
オネェチャンが、まるで話が途切れるのを待っていたかのように、突然、椅子から立ち上がって言いました。
「ねぇ、ホタルを見にいきませんか?」
「えっ、ホタル?」
確かにYHの脇には小川が流れております。
しかしワタクシには昆虫の知識など皆無で、この時期に、この場所に、ホタルが居るかどうかも判りません。
ただ、水の綺麗な場所など、生息出来る環境が限られた虫であるという事は、ボンヤリと知っておりました。
「そんな簡単にホタルなんか居るのかなぁ。それに夜も遅いし・・・」
ワタクシがそう言おうとした矢先に
「わたし、この旅行、20歳になる記念の旅行なんです。思い出を作りたいんです。」
もうワタクシには、断る事が出来ませんでした。
懐中電灯を片手に、妙に場違いな様相で庭の片隅にうずくまってるShadowの脇を通り抜け、そんな必要が有るのか判りませんが、おもわず忍び足になったりしながらYH横の小川に無言で向かいます。
静寂を破ったのは、彼女の声でした。
「いたぁ!!!いたわよぉ!!」
確かに、川っぷちの草むらで、何かがボンヤリと光りました。
果たしてホントにホタルなのか?
目を凝らすと、間違い無くホタルです。
あちこちで光を放ちながら、飛んでいたり草むらにへばりついたりしていました。
「ホラ、こんなにたくさん。綺麗ですね・・・・」
川のふちにしゃがみ込み、両手で頬杖をつきながら、ワタクシのほうを振り返って満面の笑みを浮かべる彼女。
そのけなげさに、思わず彼女を後ろから抱きしめ・・・・・
などということはありませんでした。
ただただ、いつまでもその後姿を見つめるだけのワタクシでした。
翌朝、ワタクシがShadowで出発しますと・・・・・
YHから程近い田んぼの中のあぜ道を、彼女が一人で歩いているのを見かけました。
広がる田園風景の中に溶け込んで、なにか不思議なオーラを発しているようにさえ見えました。
彼女はホタルを見つけたのではなく、ホタルを呼び込む力を持っていたのかも知れません。
それから数年の歳月が流れ・・・・・・
ワタクシは、再びこのYHに泊まる事になりました。
この時は、ホントはキャンプの予定だったのです。
地図を頼りに海岸っぺりのキャンプ場に着いてみれば、そこは誰も居ない松林の中・・・
サイトでは、不法投棄されたゴミや、犬のウンチがお出迎え。
完全に乾燥しきっている炊事場の蛇口をひねると、辛うじて出てきたのはコーラ状の茶色水。
そしてココは犬の運動場になっているらしく、おもむろにクサリから解き放たれた犬が駆け回る。
その飼い主らしき人々は、こちらに目を合わせる事を避ける様に半円を描いて通り抜け・・・・
いたたまれなくなったワタクシは、別のキャンプ場を探しました。
しかし、北陸のこのあたりのキャンプ場事情は劣悪で、マトモなサイトには出会えません。
ついに真っ暗闇になってからキャンプを断念し、一度泊まった事があったこのYHに転がり込んだのです。
再び場違いな雰囲気でShadowを止めます。
この頃はメインバイクの座をTWに明渡し、すっかりに二軍バイクに成り下がっていたShadowですが、バッテリー充電気分で久々に登場させたのです。
宿泊客は、こんどこそワタクシ一人でした。
あの懐かしい集会室でボンヤリと備え付けのガイドブックのような物を読んでおりますと・・・
バタバタバタっといった感じで玄関が開き、一人の女性が入って来ました。
「すいませぇん、遅くなりました。さっきデンワで予約した○×ですぅ」
なんと、その女性こそ、あの一緒にホタルを見た彼女!!!!
だったりしたら面白いのですが、全くの別人でした。
今度のオネェチャンは、軽自動車であちこちを一人旅する女性でした。
ポエマーとは正反対で妙に明るく元気で、旅の話がおおいに弾みます。
ちょっとした話にもケラケラと大受けしてくれ、楽しいひと時を過ごす事が出来ました。
自分のお気に入りの風景を語る時の目の輝きが、とても印象的な女性でした。
このYHは、一人旅の女性を引き付ける何かがあるのかも知れませんし、単なる偶然かもしれません。
その後、ワタクシはこのYHを訪れた事は無く、おそらく、もう行く事もないでしょう。
なので、その答えは判りません。
判らない方がよいのです。
そんなYHもあったと、ワタクシの思い出としてとっておきたいのです。