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エミリー鉱泉(1994頃・信州)


TWキャンプ仕様

南アルプスと伊那山地に挟まれた谷間を、延々と南北に走る国道があります。
152号線だったでしょうか。
正確には覚えてません。
日本を分断するフォッサマグナは、日本海側から姫川に沿って南下し、諏訪のあたりで二手に分かれ、一つは富士川、そしてもう一つは天竜川に沿って南下してると言われてます。
しかし、正確には天竜川より東寄りで、この国道に沿ってるのです。
たしか2箇所ぐらい、
『ココがフォッサマグナだ! 見やがれ!』
みたいな感じでエバっている看板がありました。
もっとも、ワタクシのようなシロートが見ても、小さな崖崩れ痕にしか見えず
「ほぉ、コレですか」
などと呟きながら、5分後には立ち去っておりましたが。


この国道を高遠側から南下すると、最初に現れる大きな峠が有名な分杭峠です。
やはりフォッサマグナの影響なのか、峠の頂上付近が若干クネクネしてるだけで、特に大鹿村側は、山の深さに似合わない直線的な登り坂が続く地形だったりします。
頂上からの眺めもよく、好きな峠の一つです。
もう幾度となく訪れました。

その分杭峠から高遠側に向かって下ると、程なく右側(南アルプス側)から流れてくる川がありまして、三峰川(みぶがわ)と称します。
これもフォッサマグナの影響なのか、地図で見ると「コの字」形に流れてるフシギな川なのです。

国道から離れて、この三峰川の上流に沿って延々と進むと
『小瀬戸の湯』
という、一軒宿の温泉(鉱泉)がありました。
ここに行くには、延々とダートを突き進まねばなりません。
その距離は覚えてませんが、10キロまでは無かったと思います。
当時、妙に温泉巡りに執着していたワタクシは、当然の様にココを目指しました。
その時のバイクは、アメリカンのShadow1100です。


今から思えば比較的フラットなダートです。
温泉に行くクルマなんかも通る訳ですから。
しかし、オフ車など乗った事が無かったワタクシにとっては、今までで最長のロングダートへの挑戦となったのです。

ハンドルよりもステップが前方にある車道なので、当然、スタンディングなど出来ません。
タンクをニーグリップなんかすると、エキパイで足が焼けます。
両足をステップにつっぱらかせながら、必死で走り続けました。
もうキンチョーしまくりで、一刻も早く温泉に到着することを祈りながら。

やっとのことで、対岸に、古臭い温泉の建物が見えてきました。
チンケな吊橋の前に止まって、んもぉ安堵安堵でした。
とにかくとにかく、着いたからには温泉です。
ところが・・・・
温泉宿の玄関にはカギが掛けられ、無情な張り紙がありました。
『買い物に出ております。5時ごろに戻ります』

この道は鉱泉で終点ではなく、さらに上流まで続いておりました。
しかし意気消沈したワタクシは、アッサリと帰途に着きました。
「舗装路まで、あと○キロ!」
などと、繰り返し呟きながら走るうちに・・・・・・
ずっと以前に読んだ、とある山岳雑誌を思い出しました。
その雑誌の読者投稿のコーナーで、まさにこの道で体験したフシギな出来事が綴られていたのです。
詳しくは思い出せませんが、こんな内容でした。
南アルプスのナントカ岳に登頂し、小瀬戸の湯を目指しての下山中。
途中で何だかんだでロスタイムし、そして激しく疲れまくり、やっとこの林道に辿り付いたのは日没後だった。
あとは鉱泉まで延々と林道を歩けば良いのだけれど、とにかく疲れがひどく、マトモに歩けない。
何度もヘタリこみそうになり、その都度、道沿いで出会う人に励まされ、なんとか鉱泉に到着。
風呂に入って一息ついて、冷静に考えてみれば・・・・・
民家も畑も何も無い林道沿いに、何人もの人が居る訳が無い。
しかも、真っ暗闇の中に立っているなんて。
宿のオヤジに聞いてみても、
「そんな時間に人が居た? そんな訳がねぇ」
と笑うばかり。


雑誌の文中では、その人々の正体については触れられていませんでした。
疲労からくる幻覚・幻聴と言ってしまえばミもフタもありませんが、それでは面白くありません。
やはり、ナニモノかが居たとしましょう。
何度も励ましてくれ、きちんと鉱泉まで導いてくれた訳ですから、そのナニモノはニンゲンの敵では無いのでしょう。
むしろ、アリガタい存在であるとも言えます。
しかし我々の味方だったとしても、頻繁に登場されては気味が悪いに違いありません。
ホントに困った時にだけ、さりげなく登場し、そしてさりげなく助けて欲しいものです。

そのようなフシギなナニモノは、山の中にだけ居るとは限りません。
気がつかないだけで(姿が見えないだけで)、むしろそこいら中にいるのかも知れません。
ある作家のエッセイで読んだ話ですが・・・・・
独り言を呟きながら1人で遊んでいる娘にオヤツを持って行ったら
「エミリーちゃんのぶんも!」
と、せがまれたとの事です。
オトモダチが一緒にいるという設定のバーチャルな言い方ではなく、
「何でアタシのぶんしか持ってこないの?」
といった感じの、怪訝そうな表情を浮かべていたそうです。
そのエミリーちゃんは、娘が5歳位になるまで、何度も何度も遊びに来ていたそうなのです。
赤ちゃんが、何も無いハズの一点をじっと見つめているなんてのは珍しい事ではありませんが、もしかしたらソコにもエミリーちゃんの姿が・・・・・



エミリーちゃんら、そんなナニモノ達の正体は、改めて別に論じる事にしましょう。
それから数年後、ワタクシはリベンジにやってきました。
その時の相棒はTWであり、何も怖いものはありません。
もちろんダートなどは怖くないと言う意味で、怪しげなナニモノに遭遇したらチビりそうです。
そこで、分杭峠で出会った、BMWのパリダカに乗るオッチャンを誘いました。
「ほう、温泉か。いいねぇ。じゃあ行こうか」

さらに途中で出会った、キャンプ道具満載のSR500ニィチャンも誘いました。
「ダートっすかぁ?ツラいっすよぉ」
「ヘーキだって。まえに行った時、アメリカンバイクでもラクラクだったんだから」
「んじゃぁ、行きますか」

国道から三峰川沿いの道に入り、小さな集落を超えたあたりから、いよいよダートです。
「温泉までは一本道だから」
それぞれのペースで走る事になり、パリダカおやじは豪快にカットばして前方に消えました。
二番手を走りながら、ワタクシは徐々に疑問を感じ始めておりました。
「なんかおかしい・・・・」

前回に来た時は、まったく迷うハズの無い、川沿いの一本道だったのです。
これは間違いありません。
間違えようの無い道なのです。
それなのに、道は徐々に川から外れ、やがて登りもきつくなってきました。
路面にはみ出した木の根っこが階段状になってきたあたりで
「これは絶対に違う!!」
と、認めざるを得なくなりました。
なにしろ、Shadowで来てたら、とっくに引き返してるハズの路面状態なのです。

一人だったら引き返すだけなのですが、パリダカおやじは前方に消えたままなのです。
ワタクシが道案内役なので、おやじは道が違うことなど知る由もありません。
「おやじを追いかけて前進すべきか・・・」
しかし、後方では、SRくんがもがき苦しんでいるハズです。
「まずは戻り、はやくSRくんを、無駄な登りから開放してやるべきか・・・」

悩んだ挙句、ワタクシは前進する事にしました。
時間があくほど、パリダカおやじに追いつき辛くなると考えたからです。
再び登り始めて程なく、二股路の所でパリダカおやじが待ってました。
「すいませぇん。道が違いました」
「やっぱりねぇ」
おやじが地図を取り出して眺めている間に、SRくんがヘロヘロと到着しました。
「お・温泉ってマダっすか?」
「ゴメン!!違う違う!!」
それを聞いたか聞かないかのうちに、SRくんは、まるでタスキを渡し終えた駅伝ランナーのように、バイクごとそこへ倒れ込んだのでした。


来た道を戻り、ダート入り口の所の集落で、リュックのような鞄を背負った女子中学生の姿を見かけました。
これは、彼女に道を聞くのが賢明でしょう。
「ねぇ、温泉ってコッチじゃなかったっけ?」
「しらない!!」
中学生は吐き捨てるように叫ぶと、我々から逃げるように走り去ります。
まるでエミリーちゃん扱いです。

「あそこの民家で道を聞いてみよう」
橋を渡った向こう岸に、農家が数軒並んでいたのです。
大きな農家で、たしか、巨大こいのぼりが泳いでおりました。
庭先にいたオバチャンに尋ねました。
「温泉?ああ、もう無くなっちゃったよ」
「えっ?無くなった?」
「そう。去年だったかなぁ・・・・」

どうやら鉱泉への道は、この橋を渡って対岸に出るのが正解だったようです。
Shadowで来た時は、恐らくそこにあったであろう看板を頼りに、何も考えずに左折して橋を渡ったのでしょう。
宿がなくなり、そして看板も無くなった為、そのまま真っ直ぐ、無関係なダートに突入してしまったのが間違いだったのです。


「どうします? せっかくだから鉱泉の痕まで行って見ませんか?」
「マ・マジっすかぁ?」
SRくんは、ヘコんだタンクをナゼながら逃げ腰でした。
なんだか不機嫌になったパリダカおやじは、その質問には答えず、独り言のように
「高遠あたりに出れば、何かしら温泉があるかなぁ・・・」
などと呟き、そそくさと国道方向に走り出してしまいました。
「ま・待ってくださいよぉ」
SRくんは、うっかり八兵衛のような叫び声をあげ、必死にキックを続けておりました。


ひとり残された形になったワタクシが、その林道に入る事はありませんでした。
廃墟になった鉱泉を眺めてみたい気はあったのですが・・・・・・
なんだか、ナニモノかが、この道に入り込まないように仕向けてくれたような気がしたからです。


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