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パッションバレイ(1991夏・四国)

京柱峠
真夏の四国の奥深い山中。
夕闇のYHに到着したワタクシが、バイクから荷物を降ろすや否や、

「さぁ!早くクルマに乗って。早く早く。盆踊りだよぉ!最終便だよぉ!」

なんだか訳が判らないまま、YHのワンボックスカーに乗せられたのです。
この時期にイナカのYHに泊まると遭遇する事があるのですが、要するにトシヨリだらけの地元の祭りや盆踊りに、YHの宿泊者を動員させて盛り上げさそうという作戦なのでしょう。

クルマには先客が二名乗っておりました。
ワタクシと同じ様にクルマにブチ込まれた島根ナンバーのオフローダー兄ちゃん、そして一人旅のオネェチャンです。
暗いクネクネ道を淡々と下るクルマの中では、このオネェチャンだけが唯一ワクワク気分な様子です。

「盆踊り、楽しみですよねぇ。花火大会もあるって言ってましたよぉ」
「へぇ、花火かぁ。そりは楽しみだなぁ」
「たまたまこのYHに来ただけなのに、ラッキーだなぁ」

あまり楽しそうにも、ラッキーそうにも聞こえない口調で調子を合わせる二人のライダーと、妙に明るくはしゃぐオネェチャン。
そんなトリオで、いよいよ盆踊り会場に突入していったのでした。


会場は、予想に反して大盛況です。
どっからこんなにシトが沸いてきたのか、巨大櫓やズラリと並ぶ屋台を囲んで、んもぉ異常発生の団子虫のように、老若男女でウジャウジャなのです。
TVなら、久米明あたりの「さあ、祭りの始まりだ」なんてナレーションが流れそうなものですが、実際には、本部席らしきテントに控えたジイサンの一人が、ヨロヨロと立ち上がってマイクを手に持ちます。

「あ〜あ〜。フーフーフー。あれ?こりでいいの?ガチャガチャ。あ〜あ〜。こ・こ・こりから、大豊町の盆踊り大会を始めます」

なんとも締まらないながらも、とにかく山峡の盆踊りが開始されたのでした。


浴衣姿のオバちゃん達が一斉に沸いて出てきて、アリのように巨大櫓に我れ先に登るや否や、一心不乱に踊り狂っております。
地べたのオバチャン達も負けていません。
二重三重に櫓を取り囲んでグリグリと踊り回り、まるでメッカの巡礼を見ているようです。
都会の団地の盆踊り大会の、観衆が誰も踊らずに遠巻きに見ているだけなのとは大違いなのです。

「あ〜あ〜。フーフーフー。次わぁ、青年団の皆様の踊りですぅ。 彼らが考え出した振り付けで踊りますぅ」

普通、イナカの青年団なるものは、その名に反してオトッツァンだらけだったりするのです。
しかし、マジで若い、半分ヤンキーなアンチャンの集団が登場し、ごっつぅ気合を入れてヘンな踊りを始めます。曲は
『新東京音頭』。

「いちにとぉきょお にぃにとぉきょお・・・・・」

彼らのエネルギッシュなナゾ踊りには、イナカのアンチャン達の都会への憧れが、隠そうとしても溢れ出してしまっているように漂っておりました。


そんな光景に包まれて、我々3人の気分も次第に盛り上がって来たのです。
踊りを見物しながら、会話も弾みます。

「へぇ、江東区に住んでるんだ。オリのカイシャも江東区だよぉ」
「あら、近いですねぇ。こんど飲みにでも行けますね」
「な・なんだよう。島根にも遊びにおいでよぉ」

そんなひと時を過ごすうちに、ワタクシの心の中で、なにやらフツフツと湧き上がる感情に気が付きました。
「一夜の祭りが終わった後も、このオネェチャンと別れたくない・・・」

世の中のオトコには、とにかくオネェチャンと仲良くなりたくて仕方なく、旅に出てもアタマの中はそればっかりだったりする人種が存在します。
分類すると・・・
「あの娘を口説いて、ダメなら、その横の娘」みたいなノリで、とにかく誰でもいいから口説いちゃうタイプとか、
ちょこっと会話が弾んだだけで「ああ、運命の出会いだ」などと勘違いする惚れっぽいタイプなどが生息しています。
いずれにしても、相手の事が良く判らなくても、とにかく口説いちゃうのです。
ワタクシは、自分はそんな人種ではないと思っておりました。

その時のワタクシは・・・・
祭りの雰囲気に呑まれていたのでしょうか。
ちょっとルービを飲み過ぎていたのでしょうか。
若気の至りだったのでしょうか。
あるいは、気が付かないだけで、もともとそういう人種だったのでしょうか。
いずれにしても、まさに「運命の出会いだぁ」などと思い始めていたのです。

とにかく、そうとなったら邪魔者は島根ニィチャンです。
ワタクシは会話を地元ネタに持ち込んで、ニィチャンの進入を防ごうと試みます。
最初は、何とか会話に加わろうと、キッカケを掴んでは3人共通の話題に戻そうとしていた島根ニィチャンでしたが・・・・
いつのまにか、ワタクシだけを排除しようとする動きが見えてきました。
どうやら島根ニィチャンも、「運命の出会い」を感じてしまったらしいのです。

「いちにとぉきょお にぃにとぉきょお・・・・」

大いに賑わいを見せる山間の中の盆踊り、そしてこれから始まるであろう花火大会。
更に気分が高揚していく一人旅オネェチャンの気持ちとは裏腹に、出来たてホヤホヤの三角関係となったライダー二人の冷戦も、次第に佳境に入って行くのでありました。





同郷(?)の強みか、徐々に有利な状況を勝ち得たワタクシ。
調子こいてオネェチャンにルービのオカワリをおごったりして余裕をかまします。
何とか巻き返しを図る島根ニィチャンは、そのキッカケを掴めずにいたのですが・・・

「あ〜あ〜。フーフーフー。次わぁ、踊りコンテストですぅ。みなさん、じぇひ 参加してくださいねぇ」

このコンテストとは、参加者全員が数曲踊り、審査員によって10人が優秀賞として選ばれるそうなのです。
不利な局面の転回を狙う島根ニィチャンが、勝負に出てきました。

「ねぇねぇ、みんなで参加しようよ。せっかくだからさぁ」

何をバカな。
勝手に踊ってろ。コッチは忙しいのだ。
ところが・・・

「うん、あたしも踊るぅ!!面白そう!!」

な・なんだよぉ。


会場に居合わせた全員が参加したような大盛況の中で、コンテストが始まりました。
もちろん盆踊りなど踊れないワタクシですが、なんとかテキトーに体を動かしていると・・・
な・なんと言う事だ!!
巡回してきた審査員が、いきなり島根ニィチャンの肩を叩く!!
優秀賞第一号となって櫓の壇上に引き摺り上げられたニィチャンは、呆然とあたりを見下ろして立ち尽くしております。
ヤツは決して踊りが見事だった訳では無いのです。
モトパン・オフブーツという格好でドカドカバタバタ踊る姿が、審査員には奇抜で面白く見えたのでしょう。

「すごいぃ!!」

オネェチャンも大喜び。
こりは、ちょこっとヤバい!!


優秀賞が全員確定し、壇上ではその十人のウイニング踊りが始まります。
やんややんやの喝采で壇上を見上げる観客達の中で、ワタクシはそれを無視するように、オネェチャンに語りかけます。

「門前仲町にさぁ、美味しいサカナの店があって・・・」
「カッコイイ!!ねぇねぇ、見て見て!!」

オネェチャンは、もう壇上にクギヅケ。
こりは、とってもヤバい!!


優秀賞の商品を気前よくオネェチャンに差し出し、自分の地元での盆踊りの武勇伝を語るニィチャン、それを楽しそうに聞くオネェチャン・・・
今度は、ワタクシが局面の打開を考える番でした。
その時です。

「あ〜あ〜。フーフーフー。ここで盆踊りを一時中断して、花火大会を始めますぅ。大豊町の花火大会は、日本一ですからねぇ!!」

こんな谷間のイナカの花火大会が、何が日本一なのだろうか。
それよりも、今のこのヤバさを何とかせねば・・・

たかが盆踊りごときで何も焦る事は無いのですが、その時のワタクシは冷静では無かったのかもしれません。
もう花火などどうでも良いほどに焦りまくっていたのです。
そんなワタクシの焦りとは無関係に、いよいよ花火大会が始まりました。


これと言った事も無い、まぁフツーの規模の花火が、間欠的に打ちあがります。
その合間合間に

「ただいまの花火は、○×商店の提供です」

などと、いちいちスポンサーが紹介されるのもご愛嬌なのですが・・・・
確かに、こりはマジで日本一の花火大会なのかも知れません。
ワタクシは、今度はオネェチャンの事などどうでも良い程に、この花火に見入ってしまいました。
いや、正確には、聞き入ってしまったのです。

とにかく凄まじい音なのです。
ホントにこんな所で花火なんかあげて良いのかと疑うほど、んもぉ無茶やってるとしか思えないのです。
なぜかって、奥多摩あたりで花火を打ち上げる事を想像して頂くと判り易く、四方から目一杯迫っている山に反射して、まるであっちこっちの山の裏側でも花火大会を同時開催しているのかと錯覚してしまう程、一発ごとに

ドカァァァァンドカドカドカンァァンドドドドドドヵヵヵヵドカドカァァァァン

なんて感じで、幾重にも衝撃波が来るのです。
それも腹に響くなんて生易しいものじゃなく、全身がブッ飛びそうになるパワーなのです。
隅田川などの大金をかけた大規模な花火大会の主催者から見れば、こりはリッパな反則技としか言い様がありません。


翌朝早く、オネェチャンが一人でYHを出発して行きました。
島根ニィチャンは起きて来れず、ワタクシ一人で見送る事となったのです。

「それじゃ、気をつけてね」
「ありがとう。楽しかった」

ワタクシは、思いついた様にテレカをオネェチャンに手渡します。
裏にはキッチリと、ワタクシのデンワ番号が書き込んであります。
こりが、ワタクシが考えた、唯一の打開策でした。

「デンワしてね。今度、呑みに行こうよ」
「うん、ありがとう。帰ったら連絡するね。」

千切れんばかりに、手に持ったテレカを振りかざしながら、YHの階段を下りていく彼女。


四国のどこかで気まぐれに買ったテレカ。
このテレカが、ワタクシにとって有効に使われる事はありませんでした。

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