ブラボーつるおか(1993秋・東北)その5
ブラボーな出来事に振り回されて、まるで迷路のように抜け出せなかった鶴岡の市街地を抜け出せば、そこは見渡す限りの田園地帯だった。
道路脇に延々と続いている防雪柵が、このあたりの冬場の地吹雪の厳しさを伝えてくれる。
しかし、それはまだ数ヶ月も先の話。
防雪柵はヘナヘナと折りたたまれていて、その支柱の合間から見える青い空と緑の絨毯のコントラストが、とにかく気持ちの良い道なのだ。
前方から、いかにも旅のライダーといった風情のバイクが走って来るのが見える。
今や北海道以外では珍しい光景になったけれど、対向バイクとピースサインを交わすのは実にキモチイイ瞬間だと思う。
北海道を走った事の無いアカネちゃんにも、そんなキモチ良さを経験させたいと思ったワタクシは、ココでちょこっとシコミのピースサインを決行してみた。
後ろを走るアカネちゃんからは見えないように、自分の体の正面にピースを小さく突き出したのだ。
その意味は・・・・・・・
何の事は無い。
コチラからのピースに反応しただけのピースサインよりも、アチラからピースを貰ったように見えたほうが、アカネちゃんがキモチいいかと考えただけなのだ。
そんなモクロミを込めたピースを送ると、対向のライダーもキチンとピースを返してくれた。
即座に目をやったミラーの中で、アカネちゃんもピースを送りかえしているのが見えた。
よし、とりあえずは思惑通りにはなった。
あとは、アカネちゃんがカンゲキしてくれたどうかだ。
今から考えれば、なんとも幼稚でバカくさい行動ながらも、その時のワタクシはイジらしいほどに頑張っていた。
なぜなら・・・・・
鶴岡市内で感じてしまったアカネちゃんに対するワダカマリもいつのまにか消え失せ、再びゴキゲン伺いコゾーに豹変していたのだ。
その心境の変化は、庄内平野の開放的な風景に高揚してしまったからだろう。
それは防雪柵が降ろされている時だけの、一時的な風景であるかも知れないのに。
R47号を東に向かって走る。
日本三大急流の一つである最上川に寄り添った、これまたキモチいい道なのだ。
最上峡と呼ばれるこの峡谷は、『奥の細道』の松尾芭蕉も乗ったという船下りも有名で、迫力満点なのだそうだ。
古口という集落から草薙温泉までの10キロ弱の間に観光川下り船が運行されている。
「せっかくだから船に乗ってみる?」
という事になり、キップ売り場に行ってみれば・・・・・
もう難民小屋とでも言うべき大混雑で、1時間の乗船待ちとのこと。
鶴岡市内で時間を使いすぎた事もあり、川下りは断念せざるを得なくなった。
ゴキゲン伺いコゾーと化していたワタクシは、何とかアカネちゃんの気分を盛り上げようとヤッキだった。
「ねぇねぇ、ピースサインを送ってきたバイクがいたけど、なんだか北海道みたいだったねぇ」
「そういえば、1台、ピースしてきたわね」
「どぉ?キモチ良くなかった?」
「どぉって・・・・・イキナリだったから慌てちゃったけど・・・・」
ううっ。なんだか噛みあわない。
「で・でさぁ、川下りは出来なかったけど、バイクで走りながら眺める最上川だって、カンドー的だったよね!」
「うん。でも、すっごく眠かったぁ」
「・・・・・・・・・・」
「あっ!見て見て。アレ食べようよ!!」
アカネちゃんの感心は、アユの塩焼きの屋台に奪われてしまった。
アカネちゃんは、ブッキラボーに答えた訳ではない。
この時のワタクシの問いかけは、なにやらコトを終えたばかりのオトコが
「どうだった?オレの良かった?」
なんていちいち確認しようとして、オンナをシラけさせてしまうような無粋な質問だったろう。
にも関わらず、アカネちゃんはいつものようにクッタクのない明るさで答えてくれたのだ。
ただ、その答えが
「ピースサイン、カンゲキしちゃったぁ!!」
とか、
「最上川の景色、なんだか感動!!」
といった感じの、ワタクシが勝手に期待していた答えとはズレがあったにすぎない。
アカネちゃんは、まさか自分の行動・言動が、いちいち一喜一憂されているなんて思ってもいなかったのだろう。
親の仇のようにアユに喰らいつくワタクシを怪訝そうに見つめ、すぐに自分のアユに視線を落としてオシトヤカにかじりついた。
なんだかアユの塩焼が、一層にニガい味に感じられた。
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