オリオン日記(2002夏・西表島)その8(携帯版)
ジャボンジャボンと海面を踏みしめながら、淡々と牛車が進む。水深はヒザ上くらい。
水牛は慣れきった様子で、勝手に歩いている。
牛車を操るオッチャンはヒマそうに、ときおり進行方向を修正するだけ。
ほどなく由布島に上陸。
こちらにも待機用の溜池があり、お疲れ様だった水牛は、牛車を引いたまま池に入ろうとしてオッチャンに怒られたりしている。
さて、その由布島。
父子でメシとミルクとオリオンの補給が済めば、植物園の見学などにはあまり興味が無い。
観光経路を外れて、勝手に島の北側を目指して歩く。
小学校の跡があったりして、昔は島にも住民が居た事を忍ばせる。
更に突き進むと、急に漂う生活の気配。
おうっ!今でも住民が居るではないか。
うすら汚れた仮設住宅のような長屋がポツポツと点在し、干された洗濯物からしても、生活のニオイがプンプンと漂っている。
干潮時にはクルマで海を渡るのだろうか、ハイラックスのダットラ風クルマまで停まっている。
まあ、実際に生活するにはいちいち牛車に乗ってはいられまい。
完全サビサビで死んだようなクルマまであり、海水に晒される厳しさを忍ばされる。
すまん、由布島。
キミは観光だけの島では無かった。
キチンと、ヒトの生活をはぐくんでいたんじゃないか。
元々は、大勢の島民が住んでいたらしい。
しかし標高が何メートルも無い小島なもので、津波などで島ごと洗われてしまう事も稀ではなく、その生活の厳しさに、次々と西表島に移住してしまったとの事。
たった一家族だけが島に残り、独力で植物園を作り上げて現在に至っているとの事。
これは、帰ってきてから聞いた話である。
そんな大変な努力があったとは。
重ねて、由布島、すまんすまん。
島の北側から西側にかけて、ささやかながらもマングローブの林が広がっている。
いつのまにか潮が引いてきて干潟が姿をあらわし、逃げ遅れた海水は、キョーレツな日差しに照らされて温泉並に暖かい。
そんな干潟をベビーカーを押しながら歩くと、前方には淡々と行き来する牛車が見える。
海面から出ている車輪の位置から推測すると、かなり浅くなってきたらしい。
よぉしっ。
歩いて渡ってみるのじゃぁ。
もう帰りの牛車代は払っちゃったけど。
水深は足首よりちょっと上くらい。
下が砂地でスタックし、さすがにベビーカーを押し歩く事は出来ない。
オコチャマを後ろ向きにして、オバチャマ買い物カートの様に引っ張って歩くと、なんとかジャブジャブと前に進める。
50mほど前方を牛車がノタノタ進んでいる。
牛車とベビーカー、両者の速度はほぼ同じ。
振り返ると、由布島は思った以上に遠ざかっている。さりとて、西表島もまだまだ先である。
「ホントにこのまま渡れるのだろうか。急に深くなったらどうしよう」
一抹の不安。
ヤバかったら、前を行く牛車にでも乗せてもらおうか。
ふいに、牛車が立ち止まり、徐々に距離が縮まる。
「もしかして、我が父子を回収するツモリでは?」
違った。
水牛のソークーだった。
思わず牛車との距離をあける。
牛車の客たちは、ベビーカーを曳いて渡るバックパッカー風に興味を示し、一斉にこちらを見て笑いかける。
ソークー停車中の牛車を回り込むように抜き去り、前に出る。
まるで我が親子を待ち構えていたかのように、一人で海中に立っている男のカメラのファインダーがこちらを向く。
やめろやめろ。
アンタは牛車でも撮影してたんだろうが。
コッチは見世物じゃないんだよぉ。
こんなもん撮って楽しいか。
と言いつつ、観光パンフとか雑誌とかに掲載されちゃったら嬉しいなぁ・・・・・・
結局、牛車よりも先に西表島に上陸する。
西表側に待機している係りのオッチャンが、無表情に、柵に掛けられたホースを指さす。
「ホレッ。そこで足でも洗いな。日差しが強いから、最初はアッチィのが出るぞ。気をつけてな」
なんかそんな無粋さに、妙な温かみを感じるのであった。
いるもて荘に戻ると、朱蘭さまがニッコリとお出迎え。
結論から言うと、仲ノ神島でのダイブに成功したそうだ。
もっとも、簡単に事が進んだ訳では無かったらしい。
問題のダイビングポイントは、とにかく潮流が激しい場合が殆どで、そんな時はキケンすぎて潜れないそうだ。
今日も、午前中の状況では「不可能」と判断され、違うポイントで潜らされたのだけれど、午後になって再チャレンジ。
1.ある程度以上のダイブ経験が無い人は、船の上で待機(潜っちゃダメ)
2.よっぽど自信がある人以外は、水中カメラ持ち込み禁止
という条件付で、写真撮影を断念しながらも潜水が許さたそうだ。
良かった良かった。
いるもて荘の、この日の晩飯は屋外バーベキューだった。
定番バーベキューメニューに加え、ブタやトーフのチャンプル、紅イモ、八重山焼きソバなどなど、どりもこりもルービにピッタシなのだ。
賑わいの中、朝はノンビリ、そして夜はいつまでも暮れない八重山の太陽も、遂には山の向こうに消えうせる。
暗闇の海には、沖を行く大型船のような鳩間島の夜景が浮かぶ。
砂の島バラスは闇に沈み、もう影さえも見えない。
そして今日もまた、相変わらずのオリオン漬けに陥るのだった。
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