新婚旅行というものが日本に定着したのは、いったいいつの時代からかだろうか。
ワタクシの両親は箱根1泊であり、当時としてはそれはフツーだったそうだ。
その後、南紀白浜や宮崎の青島などがスタンダードコースであった時代を経て、いつしか海外へ行くのがアタリマエになっていく。
飛行機を丸々貸切状態でハワイを目指す新婚旅行ツアーなどといったものも有ったそうで、万が一そんな飛行機に乗せられてしまったら、とてつもなくオゾマシイ気もする。
そんなツアーの場合、成田で搭乗した途端に一波乱有るそうだ。
ご存知の様に、ジャンボ機の座席は横並びが10人。
窓側に3席、通路を挟んで4席、さらに通路を挟んで反対の窓側に3席、計10席なのだ。
従って、横並びに5組の新婚夫婦を乗せると、2組は通路を挟んでしまう事になる。
これはアツアツの新婚夫婦にとっては、絶えがたい試練なのだそうだ。
「やだぁ!!2人で並ばせてくれないなんて信じられない!!添乗員さん、何とかして!!」
「そ・そうは言われましても・・・・・行きと帰りで交代いたしますから、何とかご容赦を・・」
「んなぁ!!だって、1組は行きも帰りも並んで座れるんでしょ?そんなのズルいよう!!」
「ヒラにぃ!ヒラにお許しをぉぉぉぉぉ・・・」
海外旅行の行き先も多種多様化してきて今更ハワイばかりでも無いようなので、現在ではその様な見苦しい(?)光景も過去の出来事なのかもしれない。
当然の事ながら我々夫婦も、海外に新婚旅行に行かねばならない。
しかし、ハワイなどには行くツモリは無い。
その理由は、新婚旅行の意味を良ぉぉく考えれば判るのだ。
共稼ぎである我が家は、夫婦揃って海外に長期旅行に出かけるチャンスは限られている。
同じカイシャに勤めている訳では無いので休みのタイミングが合うかどうかも問題だし、有休を大量にとって海外に行くという事は、カイシャのオトッツァン連中にとっては極悪非道な出来事に解釈されてしまうらしい。
「ぬゎあにぃ?シゴトを休んで海外旅行だとぉ?味噌汁で顔を洗って出直して来い!!」
このように、古典的な慣用句で撃退されてしまうのだ。
ところがそれが新婚旅行となると、
「お・おめでとぉ!!!気をつけてなぁ!!オミヤゲのチョコも忘れずにぃ!」
などと、祝福された上にセンベツなんかもくれちゃったりする。
さらに
「ガンバレよぉ!!グフフフフ・・」
といった、化石的なお言葉までオマケにつけてくれるオヤジも居るそうな。
つまり、せっかくの長期海外旅行に行くチャンスを、その気になればいつでも行けるようなハワイあたりに行ってしまうのは勿体無い。
余りにも大衆化してしまったハワイごときに魅力など感じられないし、ただ単にアツアツ旅行に行くのであれば、裏磐梯あたりでも十分ではないか。
よぉしっ!!!我が家は行くぞぉ!!めったに行けない場所に!!
などなどの意気込みと共に、我々が選んだのは・・・・・・
「アフリカ2本立て」とも言うべき、なんだかムチャクチャなツアーだった。
格安ツアーでは御馴染みの「エジプト航空・アジア鈍行便」に乗って、20数時間がかりでカイロに渡ってピラミッド見物。
ナイル川クルージングなどを楽しんだ後に空路ナイロビに。
そしてケニヤやタンザニアでサファリに繰り出す、なんともゼイタク・格安・怪しげな2週間!!!
どうだ!!カイシャのオヤジども、まいったかぁ!!!!
ところが・・・・・・・・
まいったのは、自分達だったのだ。
出発する9月末まで残り1月まで迫った矢先、申し込んだJ旅行社からデンワ・・・
「ごめんなさい。最低催行人数に満たないんです。中止の見通しです」
「な・なんですとぉ? たった6人からでも出発って言ってたのに。いったい何人集まったの?」
「3人です」
な・何と言う事だ!!
我が家が2人だから、他に1人しか申し込まなかったのかい?
中止は極めて遺憾だけれど、そんなムチャなツアーに1人で申し込んだ見知らぬ人に、思わず敬意をはらっちゃうのだ。
しかし、そんな事でメゲてしまう我が家ではない。
出来合えツアーがダメなら、手配旅行にしてしまえば良いのだ。
中止になったツアーパンフを握り締め、目指すは目黒の某社。
アフリカに強く、手配旅行や海外ツーリングなどを得意とする旅行社なのだ。
「このツアーみたいなコースで手配しておくれ!!」
「任せたまい!!」
と言うわけで即決。
ツアーに比べて割高になっているけど、行動に自分の希望も盛り込める事が出来るし、行き帰りも軟禁エジプト航空ではなくシンガポール航空になっている。
輪をかけて良いではないか。
どうだ!!J旅行社、まいったかぁ!!!!
ところが・・・・・・・・
またまた、まいったのは自分達だったのだ。
9月も半ばに入ろうとする頃、我が家にとっては重大な出来事が判明してしまったのだ。
そりは・・・
我が妻・朱蘭さまの御懐妊!!!!
オコチャマが出来てしまったのだ。
嗚呼、新婚旅行が終わるまではオコチャマを作らない約束だったのにぃ。
8月末のある日の、酔っ払ったワタクシの行動が悪かった。
朱蘭さまは北海道キャンプツーリング、ワタクシはシンガポール出張。
それぞれの行き先から戻ってきた再会を喜ぶカンパイ、それはそれは濃厚な酒宴になってしまい・・・・・
完全なるヨッパライと化したワタクシ、更に濃厚な行事を始めてしまったラシイのだ。
ラシイというのがどういう意味かは言うまでも無い。
サファリに行く為には黄熱病などの予防接種が必要で、これらを妊婦に注射する訳にはいかないのだ。
また、何かが有った場合に、キチンとした医師の対応が可能な地域とはお世辞にも言えない。
当然、産婦人科の医者も大反対。
「アフリカだって?そりゃムリだよ。海外に行くなら、近くて安全な場所にしなさい。」
「は・はぁ・・」
「たとえばハワイとか」
ハ・ハワイですとぉ???
散々ハワイへの新婚旅行をケナしちゃっただけに、そ・そりだけは・・・・
医者や周囲の意見に従い、とりやえず出発時期は1月まで延期となった。
その頃であれば朱蘭さまも安定期に突入し、ちったぁ安心して旅行を楽しめるであろうとの考えだった。
しかし、相変わらず行き先は決まらない。
予防接種が不要で、それなりに医療が整っていて、あまり長時間の移動や強硬なスケジュールに強いられる事も無く、行ってそれなりに楽しい所・・・・・・
様々な候補地が浮かび、そしてボツとなった。
流れてしまったアフリカツアーのJ旅行社からは、頻繁にサグリとアオリのデンワ攻撃を受ける。
「どうなりましたぁ?行き先は決りましたかぁ? やっぱりハワイがお勧めですよぉ!!!」
あくまでも、ハワイの怨念が襲い掛かってくるのだ。
1月の半ばのある日、大型スーツケースをガラゴロと転がしながら電車を乗り継いで成田を目指す。
スーツケースの中には、水着やらシュノーケリングセットやら・・・・・・
観念してハワイを目指す訳ではない。
結局、行き先はモルジブになったのだ。
インドの南西に点々と浮かぶサンゴ礁の島であるモルジブ、温暖化現象が激しくなると海面下に沈んでしまうと報道されている島国だ。
小さな島々から成り立つ国だといってもバカにしてはいけない。
島々は南北に点々と連なり、その範囲は旭川と東京、または東京と小笠原の距離に匹敵するほどのイキオイなのだ。
季節の便りを伝えるアナウンサーが
「いやぁ、ニッポンは縦に長いですねぇ。南北でこんなに季節の違いが有りますねぇ。」
などと感心してみせたりするけど、モルジブのバヤイは縦に長い全ての地域が一年中泳げる気候なのだから、もっと感心してしまうではないか。
決してナメてはいけないのだ。
温暖で海がキレイでサンゴ礁が・・・・・
そう。モルジブはダイバーのメッカでもある。
ダイビングが大好きな朱蘭さまも、前々から行きたい国の一つだったらしい。
しかし妊娠中にタンクを背負って潜る訳には行かず、妊娠発覚と共に新婚旅行の候補地からは予選落ちしていたのだ。
そんなモルジブは、他の候補地がことごとくボツになって行く中・・・・・・
ハワイごときの繰上げ当選を阻止すべく、敗者復活で勝ち上がった次第なのだ。
当然ダイビングは出来ないけれど、なにしろ世界に名だたるリゾート地。
ノンビリ滞在型なので疲れる事も無く、日本語スタッフやら24時間体制の医療設備やら、朱蘭さまに何かあっても安心出来る。
そうと決れば、とにかく徹底的にリゾートするのだ!!!
程なく成田に到着。
J旅行社のカウンターでチケットを受け取り、防寒着を一時預かり所に託せばリゾートへの第1歩。
クソ狭い機内滞在を「忍耐」の一文字で乗越えれば、そこには南国の海だぁ!空だぁ!!!
と言いたい所だけれど、実は・・・・
なんと今回は、ビジネスクラスに乗っちゃうと言う、超身分不相応な
お大尽的行動なのだ。
一般的に妊婦は、同じ姿勢を長時間続けるのが極めて辛いとの事。
殆ど固定された姿勢が悪影響してアチコチが痛くなったり気持ち悪くなったりして、普段は全くヘイキな人でもゲロゲロに酔っちゃう事も有るそうな。
既に妊娠6ヶ月に突入している朱蘭さまが、その様な状態になってしまったら、本人もワタクシも苦痛極まりない。
「ビジネスクラスじゃなければ行ってはイカン!!」
という医者からの強い勧告もあり、さりとて海外を諦らめてマジで裏磐梯ではツマラナイので、大枚をはたく決意を固めたのだ。
せっかく大金を払うからには、その分のモトをとらねばなるまい。
飛行機に搭乗するまでの間、「エコノミークラスの客は立入禁止」の高級ラウンジになだれ込む。
おおっ!!こりは!!
高級感漂うゆったりしたソファーが並び、ウイスキーやらワインやらの酒類がカウンターに勢揃い。
小粋なバスケットに盛られた品の良い菓子類を頬張りながら、まずはルービを一献、そして一献。
もちろん全部タダなのだ。
英字新聞に目を通す白人ジェントルメン。
コーヒーを片手に静かに語り合うインド系の紳士達。
ルービ片手に浮かれているのは我々だけで、あきらかに場違いなオーラを発する我が夫婦。
しかし、、今更イイカッコしても仕方が無い。
開き直って高級菓子類を次々とバッグなどに詰め込んでいるうちに、搭乗時間が徐々に迫って来る。
実は、搭乗も楽しみだったりする。
チェックイン機の前で列を作るエコノミーの客を尻目に、悠々と真っ先に乗込む優越感を味わうのも、料金差に含まれているのだ。
グフフフフ・・・
去年のシンガポール出張からの帰りの光景を思い出す。
夏休みシーズンであった為か、日本人観光客でごったがえすシンガポールのチェンギエアポート。
まもなく搭乗開始との知らせを受けて、チェックイン機の前に行列を作るニポン人達。
先着順に良い席に座れる訳も無く、慌てて搭乗する必要などは無いはずなのに、なぜか並んでしまうのだ。
白人女性の係員がテキパキとチェックインを開始する。
『ファーストクラス・ビジネスクラスのお客はん、はよ先に乗りなはれ!!』
いかにもジェニ持ちの一団が乗込む。
一通り金持ちが搭乗を終えると
『小さいオコチャマ連れのビンボー人、アンタラも乗りなはれ!!』
幼児を連れた家族が、イソイソと早歩きで乗り込む。
幼児の姿が消えると、次に小学生とも言えるような子供を連れた家族を指差し、
『次はあんたらの番ですねん!!』
そこまで律義に細分化して搭乗させる意味は無いのに、徐々に子供の年齢層を上げてテキパキと乗せる白人係員ネェチャン。
遂には小学校高学年位の子供まで搭乗させている。
「あんな子、ぜんぜん小さいオコチャマじゃ無いじゃんねぇ!!」
家族旅行風の女子高生が、父親に向って小声でボヤく。
すると
『はいっ!!次はあんたらですねん!!』
なんと、その女子高生が指名されてしまったのだ。
ルーズソックスとジャージの短パン・Tシャツといった格好の彼女は、小柄ながらもオコチャマには見えないと思うけど、白人から見れば小学生と大差無く見えるのだろうか。
妙にウケて笑いを押し殺した父親、コッパズカシそうな女子高生、それでも機内に連れ立って消えていく。
「なんでぇ? コギャルも先に乗れるのぉ?ズルいじゃん!!」
今度はOL風がボヤく。
さすがに彼女らが白人係員ネェチャンに指名される事は無かった。
もちろんワタクシは、お金持ちやオコチャマが搭乗していくのを突っ立ったまま見送るエコノミー客の一人だった。
繰り返すけれど、先に搭乗したからと言って特にメリットは無い。
しかし、行列をパス出来る優越感を味わうチャンスなど、めったに有るもんじゃ無い。
心置きなく楽しんでしまおうではないか!!!
ところが・・・・
どうした事か、搭乗口には2〜3人が居るだけなのだ。
いったいどうなっているのだ!!スリランカ航空!!
日本からモルジブへの直行便は無かった。
シンガポール航空でシンガポール乗換えか、マレー航空でクアラルンプール乗換えか、スリランカ航空でコロンボ乗換えか、以上3社から選択する事になる。
一番優等とされているシンガポール航空は高額で、マレー航空は便数が少なくて日程が合わず、消去法的に選択したのがスリランカ航空だった。
正直に言って、あまり良いイメージでは無い航空会社ながらも、それでなくてもビジネスクラスを奮発している都合上、安さには勝てなかったのだ。
ワタクシが勝手に思い込んでいたスリランカ航空のイメージは、以下の通り。
根拠の無い誹謗中傷である事を承知の上でお読み頂きたい。
想像1.「使い古したスニーカーを想像させる、怪しい黄ばんだボロ機体」
想像2.「薄暗い機内に漂うカレーの香り」
想像3.「不吉な気配が漂う客室内には、ターバン巻いたヘンなオッチャンがウヨウヨ」
想像4.「色褪せたサリーを着込んだ、やたら愛想の無いブーデーなスッチー」
想像5.「手で拭く国だけに、ソークーのこびりついた便器やトイレの取っ手」
なんか、インドのイメージと入り交じっているけれど、ハッキリ言ってスリランカの事はサッパリ判らないのだ。
仏教国で、ウイッキーさんの母国であるという程度の事しか。
いよいよ機内に乗込む。
おおっ、エアバスA300の新しいタイプで、まずまずの機体だ。
外観も室内もなかなか小奇麗に清掃されていて、感じの良い明るさなのだ。
早くも想像1.2.が外れた。
ビジネスクラスの室内に入ると、出迎えてくれたのは、鮮やかな民族衣装に身を包んだ、スレンダー&美形のスッチー。
仏教国らしく両手を合わせて拝んだ格好をして、にこやかな笑顔で出迎えてくれている。
想像4も外れたぞぉ!!
でも、素肌が覗くウエストあたりをさりげなく見ると、無理矢理絞り込んだスカートから肉がはみ出したりしている。
温泉場のアンマ椅子を連想させる、ゆったりとしたシート。
リクライニングは、背もたれの角度が2箇所・足載せの角度・足載せの長さと、全部で4箇所も操作出来るゴクラク仕様。
ニョッキリと背もたれから生えていて、使い勝手の良さそうな専用読書灯。
そして目の前(自分の前の席の後部)には14インチくらいの特大ディスプレー。
こりは凄いぞぉ!!!
程なく、キリッとしたエンジのスーツを着込んだパーサーが現れる。
『ご結婚おめでとう。楽しんでまっか? まあ、シャンパンでも飲みなはれ!!』
どこから聞きつけたのか、わざわざお祝いを言いに来たのだ。
そんな祝福の握手までされてシャンパンのオカワリまで貰う。
離陸前から良い気分だよう!!!
ビジネスクラスの室内は、約半数くらいの客で埋まっている。
明らかに新婚旅行風は、我々の他には茶髪職人風カップルが1組で、後は日本人老夫婦が数組と、スリランカ人だかインド人だか区別がつかない高級ビジネスマン風がチラホラ。
そして、得体の知れない白人紳士が力いっぱいくつろいでいる。
さり気なくトイレに行くフリをしてエコノミークラスを覗きに行くと、8割方埋まった席は日本人カップルで満載だった。
そちらの席もけっしてコキタナい事は無く、小さいながらも全席にディスプレイがついている。
や・やるな、スリランカ航空!!!
しかし、所詮はエコノミー席のクソ狭さは万国共通なのだ。
ケケケ!!庶民どもよ、10時間のフライトを苦しみたまえ!!!
でも・・・・
これだけ乗ってるのに、なぜチェックイン機の前に列が出来ていなかったのだろうか。
その答えは、コロンボ空港で判明する事になる。
結局、想像1〜5まで全てが外れてしまった快適なスリランカ航空機。
滑走路を目指して、そろそろと成田空港の誘導路を進む。
ディスプレイにはお約束の、機内の注意や非常時の対応などのビデオが放映されている。
通路でタバコを吸ったり携帯電話を使うなど、禁止事項に触れて注意を受ける客は全て白人であり、自主的にパソコンを仕舞うなど礼儀正しいのは日本人、避難の際に活躍するのはスリランカ人の役者が演じている。
国内線などでは真剣に見る事も無いそんな映像まで、大画面ディスプレイをついつい見たりしているうちに、いよいよ滑走路に。
さぁ!!モルジブに!!リゾートに!!新婚旅行に出発だぁ!!!