なんだかゴクラクのような日々が過ぎていった。
水上ヴィラのバルコニーで寝転び、ビール片手に読書したり、
そしてそのままヒルネをしたり、
目の前の海でシュノーケリングしたり、
カヌーを借りて、ラグーンに漂ってみたり、
3度のメシが旨すぎて、毎食のように食い過ぎに悩まされたり、
そしてイチオウは新婚旅行なので、たまには愛をササヤきあったり・・・・・・・
特に、モルジブに来たからにはシュノーケリングは必須であり、ランガリ島、ランガリフィノール島、それぞれのアチコチで泳ぎまくった。
2つの島に挟まれた海と外側の海では雰囲気が異なり、同じラグーンの中でもイロイロと楽しめるのだ。
内側の砂浜には、なんだかフシギな穴がアチコチに点在していた。
それは砂浜にゲンコツをブチ込んだ程の大きさの深い穴で、周囲には掘り返された砂が散在している。
通りがかりのスタッフに、その正体を聞いてみると・・・・
『ああ、ソレでっか。何だと思いまっか?』
「う〜む・・・・・判った! ウミガメのタマゴを掘った痕!」
『んなコトしまっかいな! カニですねん。カニ!』
恥ずかしながらこの時、ワタクシはスタッフの言った「クラブ」という単語が、すぐには「カニ」だと判らなかった。
「クラブ??????」
『わかりまへんか? えーと、えーと・・・・』
スタッフは両手をチョキにして、横歩きして見せた。
「おおっ! カニですかい!」
文化が違っても、カニのマネは共通だったのだ。
なんだか嬉しくなったワタクシも、スタッフと一緒にチョキで横歩きをした。
波打ち際の近くを行き来していた小さなサメが、動きを止めてソレを見ていた。
しかし、くどいけれど、朱蘭さまにダイビングをさせてあげられなかった事が申し訳無い。
「ダイジョーブ。これだけビーチの間近でもサカナがいっぱい見れるんだから、シュノーケリングでも十分よ」
そんなセリフがイジらしい。
ランガリフィノール島の南側のビーチや水上レストランの柱の下あたりでも、タンクを背負って潜ってるダイバーを見かけた。
そういう連中は初心者で、仕方なく近場で潜ってるのかと思ったら、それはそれでビーチダイブというオタノシミなのだそうだ。
それだけ、島の近辺でもサカナに満ち溢れているのは確からしい。
ううむ、確かにコギレイなサカナはウジャウジャいるけれど・・・・・
モルジブにやってくる多くのダイバーが期待するのは、マンタという大型のエイなのだそうだ。
座布団のスミッコに細いシッポを付けたような形で、群れをなして泳いだり、時にはジャンプだってしちゃうらしい。
そんなマンタに、こんな波打ち際で遭遇できるハズはない。
縦横無尽に泳いでいるのは、所詮はコザカナばかりなのだ。
おそらく朱蘭さまは、なんだか物足りなさを感じているのだろう。
それを例えるならば・・・・・
冷やし中華を注文したら、チャーシューの代わりにハムが乗っていた時のような、そんな空しさに違いないのだ。
そんな朱蘭さまへのナグサメの為に、「シュノーケリング・サファリ」というオプショナルツアーを申し込んでみる事にする。
御馴染みのドーニで、それなりに快適なシュノーケリングポイントに連れてってくれるらしい。
さすがに、ソレでマンタに遭遇できるとは思ってはいない。
でも、ランガリ島の周辺とは一味違った風情が楽しめるのではないかと考えたのだ。
ふたたびカウンターおばちゃんのオオゲサな身振り手振りにタジロぎながら、とにかくツアーへの参加が決った。
今度はそれなりに参加者がいて、我々を含めて10組位のカップルが乗っている。
『準備はイイでっか? それじゃ出航しまっせぇ』
ドーニはフルエリ島とは反対方向の、アリ環礁の中央方向を目指して進んでいるらしい。
遥か沖合いに、水上飛行機が係留されている他のリゾート島が見え、なんだかその島にも滞在してみたくなる。
もちろんヒルトンは快適で、今のところ特に気に入らない点は見つからない。
ただ単にワタクシは、どうせなら違うリゾートに行ってみたいと思うタチなだけなのだ。
仮に、ケツを拭くほどの大金を手にしても、おそらく別荘などを買う気にはならいだろう。
そのカネで、アチコチの未知なる地のホテルに泊まったほうが楽しそうに思える。
ヘタに別荘を持ったら
「勿体無いから、今度のレジャーにも使わなきゃ」
なんて事になり、行き先が限られてしまいそうでツマラないではないか。
もちろんコレは、ビンボー人だからこその発想に違いない。
やがてドーニは、小さな無人島の目の前でエンジンを止めた。
『ホレ、アンタら、ここいらで泳ぎなはれ。島に上陸してみるのもオモシロいでっせ』
待ってましたとばかりに、海に入ろうとするものの・・・・・・
ファンダイブの経験が無いワタクシは、どうやってイイものかタジロいだ。
足ヒレを付けたままじゃ、ドーニの横のハシゴを降りられないし、
テレビなどで見るダイバーがやるように、
「背中からデングリかえってドボォン」
なんてのは恐ろしそうなのだ。
そんな風に飛び込んだら、シュノーケルの先から海水が入っちゃうぢゃないか。
わざと準備に手間取るフリをして、他の人々の様子を伺うと・・・・・
フツーに足から飛び込み、立ち泳ぎしながらシュノーケルを口にしていた。
そうか、何もムツカシく考える事はなかったのだ。
では、なんでダイバーは背中から飛び込むのだろうか。
朱蘭さまに聞いてみる。
「シッティングバックエントリーの事? 海への入り方は、それだけじゃ無いわよ」
「そ・そうなの?」
「この船じゃ海面から高すぎて、フツーはそんな入り方しないし・・・・」
「ふむふむ」
「それに、アレってデングリかえってる訳じゃないの!」
そうか、よく判んないけれど、そうだったのか。
ちなみに、海に向かって歩くような格好で飛び込むのは、ジャイアントスライドエントリーと言うらしい。
足を開いたまま飛込み、着水しながら足を閉じれば、必要以上に深く潜らないで済むとの事。
う〜む、一つオリコーサンになってしまった。
このツアーへの参加者は比較的に高齢で、我々がダントツの若輩モノだった。
島まで泳いで上陸したあと、そのままゴロ寝しちゃってるのが多数派なのだ。
しかし我々は、いや、ワタクシはムチャな希望を追い求め、島とは反対側の深みに向かって泳ぎ始めた。
それは、
「満に一つの偶然で、マンタに遭遇しちゃったりして」
なんて事を、密かにモクロんでいたのだ。
結果から言えば、世の中はそんなに甘くはなかった。
チンチクリンなエイは何匹か発見したものの、
「もしかしたら、マンタのコドモかも・・・」
などと都合よく解釈するにも恥ずかしいほどに、それは全くマンタとは違う色・形をしていた。
それでもシブトく泳ぎつづけ、何気なくドーニに目をやると・・・・・・・
我々以外の参加者は、1人残らずドーニに乗船しているのが見えた。
やばいっ、もう出航の時間なのだろうか。
慌ててドーニに戻ろうとすると、スタッフがニコヤカに叫んだ。
『まだまだ時間はダイジョーブですねん。もっと泳ぎなはれ』
そうか、みんなはヘバっただけなのか。
それにしても、なんだか待たせているみたいで少し落ち着かない。
せっかくだから無人島に上陸して足跡を残し、そのまま真っ直ぐ泳いでドーニに戻った。
他の参加者達は再び泳ぐ気は無いらしく、スタッフを含めた船上の全員が、1人で泳いでいる朱蘭さまの姿を目で追っていた。
ヒルトンに戻るドーニの中では我々に、いや、朱蘭さまに、なんとなく好意的な視線が向けられていた。
日本人的な団体行動ならば、最後まで1人で泳いでいたりすると
「もうアンタだけだよ。イイカゲンにヤメなよ」
なんて白けた雰囲気が漂いそうなイメージだったりする。
しかし、このツアーの参加者達は、一番元気に張り切っていたデカバラの妊婦を、頼もしく思ってくれたのかも知れない。
どうだ、外国人から見れば「お堅いイメージ」と言われるニポン人だって、やる時はやるのだ。
ところが、そんな我々に対する(朱蘭さまに対する)友好的な雰囲気を、見事にブチ壊してしまったのはワタクシだった。
我々のドーニが帰り着いたランガリフィノール島の桟橋には、大きなマグロが転がされていた。
それは、少し先に到着したフィッシングボートから降ろされたエモノらしい。
ワタクシは、小粋なギャグのツモリでマグロの横に寝転んだ。
そしてマグロと同じように、だらしなく口を開いて白目を剥くと、あたりは笑いのウズに包まれ・・・・・るハズだったのに・・・・・
ココが南国である事を忘れてしまいそうな、周囲の冷たい気配。
やばい! やってしまったのだ。
いっそ、呆れた視線を頂戴したほうがマシだったのに、人々は目をそむけながら桟橋を後にした。
大衆から存在を否定されたワタクシは、起き上がるタイミングすら掴めずに・・・
他人のフリをして早足で立ち去る朱蘭さまの後姿を、悲しげに見送るだけだった。
モルジブヒルトンのメシは、とにかくウマいとしか言いようが無い。
ランガリフィノール島のメインレストランでは、泣けるくらいの豪華なバイキング三昧。
朝と昼はランガリ島にあるアリラウンジでも食べる事が出来、コチラもなかなか捨てたモノじゃない。
メシ代は宿泊料金に含まれていて、好きなだけ食ってもタダなのだ。
もう一つ、ランガリフィノール島には「水上レストラン」というのがあり、その名のとおり海上に建てられている。
海に張り出したオープンテラスもキモチ良さげで、ココでメシを食いながら眺めるサンセットは極上なヒトトキなのだそうだ。
そんな水上レストランは予約制、しかも別料金で、我々のようにビンボーなニセ大尽は立ち入れない。
なにしろココだけは、「襟の付いたモノを着てきてください」などと指定されているレストランなのだ。
実は、この水上レストランには間違って入り、そのまま逃走してしまった前科があったのだ。
それは週に1回開催される、「ウエルカム・ドリンク・サービス」とかいう名前の催しの時だった。
新たにモルジブヒルトンに到着したリゾート客を歓迎してココナツジュースなどを振舞うサービスで、我々は到着2〜3日目位にソレに呼ばれた。
『4時ごろに、水上レストラン前のビーチに来なはれ』
という事だったので、さっそく出向いてみると・・・・・・
参加者らしい一団が水上レストランにゾロゾロと入っていくのが見え、我々もソレに続いたのがマチガイだった。
「ねえ、なんだかヘンじゃない?」
「うん。どうやら違うらしい・・・・・」
一団に見えたのは偶然に客が重なっただけらしく、店内ではそれぞれバラバラに案内されていた。
勝手に店の奥まで入り込んでしまった我々を、ウエイターが怪訝そうに見ている。
もし、ココが日本だったら
「いやぁ、ヒトを探してまして・・・」
などとミエミエなイイワケを残して退散出来たかも知れない。
マトモな英会話能力を持ち合わせない我々は、怪しげな笑みを浮かべながら不自然な早歩きで出口に向かった。
レストランを出ると、目の前のビーチで「ウエルカム・ドリンク・サービス」が始まっていた。
集められたリゾート客の前に、ココの支配人などヒルトン側のスタッフ数名が横並びになり、みんなして砂浜に突っ立ったままグラスを手にしている。
このサービスの真の目的はオプショナルツアーの売り込みらしく、支配人の短い挨拶の後は、あのオオゲサおばちゃんの一人舞台となった。
何を言ってるのは判らないながらも、相変わらず激しい身振り手振りが繰り返されていた。
アタマをカチ割ってストローが突っ込んであるココナツなども登場し、それはそれで旨い。
しかし、自爆ながらも意味の無いドタバタ赤っ恥行動を演じてしまった直後である我々は、
「早く終わってくれないかなぁ・・・・・・」
などとシラけきっていた。
それとは対照的に、いつのまにかラブラブ路線に転じてしまったあの見合い夫婦は
「ああ、何もかもがウレしいわぁ!」
なんて感じで、見ていてムカムカするほどシヤワセそうに寄り添っていた。
そんな水上レストランに、正規の予約客として訪れる時がやってきた。
ヒルトンから、イチオウは新婚さんである我々に、水上レストランでのお食事券がプレゼントされたのだ。
ただしソレは、基本的なモノ1食分(もちろん2人分)がタダになるに過ぎない。
日本でもこういうケースでは、ズにのって注文した追加料理や飲み物代で、結局は高くつく事になる。
でも、せっかくの新婚旅行なのに、小銭を惜しむのも勿体無い。
あまりセコい事ばかり考えるならば、そもそもヒルトンに泊まっている事自体、説明がつかないではないか。
それに、
「お・い・で。一度だけならイイわよ」
なんて誘われたからには、据え膳食わぬはオトコのハジだ。
少しキンチョーしながら、レストランへの橋を渡る。
今度こそ、客として迎えてくれたウエイターは
『いらっしゃいませ。ご希望の席にご案内させて頂きます。どちらが宜しいでしょうか?』
なんて感じで、これまでに登場したスタッフ達とは口調も違う。
ちなみに、彼らはホントに『でんがな・まんがな』と喋っていた訳ではない。
あくまでも、フレンドリーさを示す為の記述だっただけなのだ。
蛇足ながらも念の為。
席が選べるのならば、もちろんオープンテラスに陣取る。
サンセットを眺めながらワインを傾ければ、まったく絵に書いたようなお大尽気分。
う〜む、果てしなくキモチがイイ。
ホントはビンボーな我々に、こんな豪華な気分を味わえるシュチュエーションは2度と訪れるのだろうか。
そう考えると、タダメシ分だけ食って立ち去るのは、全く忍びなくなってくる。
そして案の定・・・・・
ロブスターやらワインやらを次々と追加注文し、イツワリの晩餐に身を、そしてナケナシの小銭を投じる我が夫婦だった。
シヤワセな時は過ぎ、ヒルトンとの別れの日がやってきた。
名残が尽きないまま水上飛行機にブチ込まれ、ヒルトンの島々は見る見る小さくなっていく。
アチコチに散りばめられているアメーバーやらミトコンドリアの大群の様な環礁や島々はやっぱり美しく、
「また来ればいいさ」
なんて感じで、少しセンチメンタルな気分で眺めている我々の目を慰めてくれる。
やがて視界に現れたマーレ島は、モルジブの旅にトドメを指すように、よりいっそう大都会に見えた。
そして、島の周囲の海の色は、妙にコキタナく感じられた。
「お疲れ様。楽しかったですか?」
空港で待っていたのは、最初に我々を出迎えてくれたのと同じ、白髪の日本人ジイサンの案内人だった。
なんだか逮捕状にさえ思えてしまう航空チケットを我々に手渡しながら、ジイサンは独り言のように呟いた。
「東京は、何年ぶりかの大雪だって」
この時代、遥か離れた日本のニュースだってリアルタイムで届くのだろう。
しかし、
「ヤバいなぁ。万が一、成田に着陸出来なかったら・・・」
などといった、現実的な思考には即座に繋がらなかった。
忘れかけていた「東京」だとか「雪」だとか言う単語が耳に入っても、それはリアリティーの無い、絵空事のような話にしか聞こえなかったのだ。
十数時間のフライトの後、銀世界と化した成田空港に到着した。
列車やバスの運休・遅れのアナウンスが延々と繰り返される空港内のアナウンスに右往左往しながら、一時預かり所に預けていた防寒着を着込む。
なんとか動いていた通勤列車で、とにかく地元の駅まで帰り着く事が出来た。
「どうする? 家までタクシーに乗っちゃう?」
「このくらいなら歩けるわよ。もったいない。」
「所詮、ニセ大尽の末路は、こんなモノだよね・・・」
朱蘭さまと呟きあいながら歩く、雪に覆われた歩道。
水着やらシュノーケリングセットやらを詰め込んだ大型スーツケースは、まるで除雪車のようにガラゴロと雪を掻き分けた。
モルジブでの日々こそが「リアリティーの無い絵空事」だった事を、もう認めるしかなかった。