日の出と共に、いよいよ本格的なリゾートが始まった。
ゴロゴロ過ごしているだけでも極めてキモチ良い環境で、そういうのもアリかもしれない。
しかし「何もしない」というのはフツーの日本人にとって苦手な選択らしく、
「せっかくレジャーに来てるんだから、それじゃ勿体無い」
などと、とにかくテキパキしてしまうのだそうだ。
キャンプ場の片隅で、無理矢理バトミントンなんかしちゃってる父子の姿など、そんな典型だと思われる。
我々もリッパなニポン人なので、オプショナルツアーを物色してみる。
ダイビングや水上スキーなどは妊婦である朱蘭さまにはムリがあるし、フィッシングはもともと興味がない。
マーレ観光やカルチャーセンター巡りなんてのは、なんだか楽しそうじゃないのでパス。
そうなると、「無人島ピクニック」なるモノがオモシロそうに思えた。
ヒルトンが所有する無人島に渡り、そこでシュノーケリングしたりランチを食ったりするというコースなのだ。
朝飯にランガリフィノール島まで渡ったついでに、インフォメーションカウンターで予約する事になった。
部屋からデンワで確認しなかったのは、我々の語学力の問題に他ならない。
「まさか、ずっと満員って事は無いよねぇ」
などと心配しながらカウンターに向かうと・・・・・・・
スタッフの金髪白人オバチャンは、顔中がシワクチャになるほどの笑顔を浮かべ、
『あんたたちラッキーでっせぇ! ダイジョーブですねん! さささささ、早く申し込みなはれ』
そんな内容の事を、恥ずかしいほどのオオゲサな身振り手振りを交えて言った。
そしてオバチャンは、なんだか判らないけれど、今日のツアーに参加しろと言い張るのだ。
「そ・そりゃ忙しい。出発時刻まで、あまり時間が無いじゃんよぉ」
それでもオバチャンの言いなりになったのは、やはり我々の語学力の問題に他ならない。
ランガリ島の我がコテージまで慌しく帰り、支度をして再びランガリフィノール島に戻ると、早くもピクニック用の船が待っていた。
その船は、もう御馴染みとなった2島連絡用のドーニそのものなのだ。
「コレで外洋に出るの? ダイジョブかなぁ」
「外洋? 同じ環礁の中にある島なんでしょ? だったらヘーキじゃない?」
モルジブの国土は1000を越える島であり、それらの島々は、20前後ある直径数十Kmクラスの環礁の中に散りばめられている。
ヒルトンも「アリ環礁」という環礁の中にあり、自然の防波堤に囲まれているのだから、確かに波は穏やかだ。
隣に繋がれているのはダイビングに向かうドーニらしく、なんだか頼もしくも見える一回りデカい船体だった。
スタッフとリゾート客とが和気あいあいとダイビング機材を積み込んでいる様子は、ダイビングをやらないワタクシにさえ楽しげに見え、ダイビングが大好きな朱蘭さまにはナマゴロシ的な光景に違いない。
そんなドーニに朱蘭さまを乗せてあげられなかった事を、改めて申し訳なく思う。
我らがピクニック用のドーニにも、青いスカート風の民族衣装を纏ったスタッフ達が、次々とクーラーボックスなどを積み込んでいた。
しかし、すでに船内に座っているリゾート客は、4〜50歳位の白人カップルが一組だけなのだ。
結局、我々夫婦を含めて客4名、スタッフ6名での出航となる。
満員どころか、我々が参加しなければ白人カップルの貸切だったんじゃないか。
或いは、今日のツアー自体が中止になっていたのかもしれない。
そうか、カウンターの金髪白人オバチャンが、強引に今日のツアーを薦めた理由が判った。
でもツアーが決行されたからには、ギチギチに詰め込まれているよりも空いている方が良いのは間違い無い。
白人カップルは男女共にモデル体型でカッコ良く、フランス人なのか、やたら「ショワンポワン」とした言葉を交わしている。
それにスタッフの1人が、やはり「ショワンポワン」と会話に加わり、語学力の高さに感心する。
リゾートの従業員は、この国では相当なエリートなのだそうだ。
一方、コチラは腹の出た妊婦と、やはり腹が出てきたオトッッァンのカップルなので、なんだかカッコ悪い。
別のスタッフが朱蘭さまに
『オナカの赤ちゃん、何ヶ月でっか?』
などと聞いてきた。
「6ヶ月」
『そうでっか。楽しみでんなぁ』
そんな会話にワタクシも割り込み、
「コッチも6ヶ月!」
なんて言いながら自分の腹を突き出し、両手でさすってみせる。
『アンタ、何を言ってまんねん!』
いきなり腹にパンチをブチ込まれ、ワタクシは「うっ」とウメき、そしてヒザから崩れ落ちた。
なんてのはモチロン冗談で、パンチのマネをされただけなのは言うまでも無い。
そんなヤリトリも、日本の土下座的な接客と違って、なんだか楽しい。
巨大なアリ環礁の上に乗っかっている島々は、それぞれの周囲にも小さな環礁を巡らせている。
ドーニがランガリ島の環礁から出ると、さすがに少し波が出てきた。
快調に進むドーニの姿に脅えたトビウオが、右に左に飛び去っていくのが見える。
トビウオは、ただただジャンプしているだけではなくて、キチンと旋回しながら飛んでいるのだ。
トビウオが飛ぶのを見たのは、この時が2回目だった。
舳倉島行きの連絡船から初めて見た時よりも、このドーニからのほうが遥かに視線が低い為、
「おおっ、ホントに飛んでる」
なんてのがバッチリ見えてヒジョーに面白く、白人カップルも「ショワンポワン」と喜び合っている。
やがて、目の前に小さな島が迫ってきた。
いよいよ上陸かと思ったら、ドーニはその横を通過してしまった。
去っていく島をバカヅラで眺めていると、スタッフが理由を教えてくれた。
『そのフクルエリ島もヒルトンの島でっけど、レジャーには使えない島ですねん』
「なんで?」
『ヤブ蚊の巣窟地帯でっせぇ。それでも上陸したいでっか?』
「ノォォォォォォ!」
ワタクシの語学力では「ヤブ蚊」という英単語は判らない。
しかし、スタッフが口を尖がらせて目を剥き、さらに両手を小刻みにバタバタ動かしながら
「プ〜〜〜」
なんてカン高い声を上げたので、たぶん「ヤブ蚊」で正解なのだと思う。
こんどこそ、上陸すると思われる島が近付いてきた。
『アレがフルエリ島ですねん』
ヤブ蚊のフクルエリ島と名前が似ていて、なんだかヤヤコシい。
ヒルトン本体のあるランガリ島とランガリフィノール島もヤヤコシくて覚えきれないのに、困ったものだ。
もっとも、外国人から見れば「八丈島」と「八丈小島」も、ヤヤコシくてたまらないのかもしれない。
ドーニがフルエリ島の東岸の小さな入江に入り込むと、そこには先客の船が横付けされていた。
ヒルトンの別のツアーの船ではないらしく、ドーニとは全く異なった形状で、ベトナム難民仕様のボロッチい小型船なのだ。
その船に向かってスタッフが何やら声を掛けると、モルジブ人と思われるオッチャンが船室から顔を出した。
「●×▼□#$%&!」
「#$%&●×▼□#!」
何語なんだか全く判らないヤリトリが交わされた後、ボロ船のオッチャンは島に向かって何か叫んだ。
そして、ほどなく現れた10人程の老若男女を次々と乗せ、ボロ船はソソクサと島から離れていった。
その風体からしてリゾート客には全く見えず、コドモまでいたので、恐らくは近所の島の家族か仲良しグループなんかが勝手に上陸して遊んでいたのだろう。
コチラのスタッフも怒鳴りつけたりしていた訳では無く、あくまでもニコヤカなフンイキだったので、もしかしたら知り合いなのかもしれない。
あるいは、もう顔なじみになっちゃった不法侵入の常習者なのだろうか。
いずれにしろ、我々の為に追い払っちゃった事には変わりなく、なんだか申し訳無い。
島には桟橋なんてモノは無かった。
ドーニは先ほどまでボロ船が停まっていたあたりに横付けされ、砂浜まで板が渡された。
『ほな、上陸したらアンタラの好きなように過ごしなはれ』
遊戯施設のようなモノは何も無く、縄で作られたベンチが幾つかあるだけだった。
白人カップルが、この島を知り尽くしているようなイキオイで林の中の小道に入り込んでいったので、我々も後をついていく。
すると何分も歩かないうちに反対側の西海岸に出て、そこは真っ白なロングビーチだった。
ほんの数十メートル沖には環礁のサンゴが見え隠れし、それに砕け散る波が白い帯のように連なる。
そして穏やかな砂浜側の海は、サンゴの密度によって鮮やかな濃淡を見せ、とにかくコギレイな光景のだ。
コーフンした我々は素早く水着に着替え・・・・・・
正確には水着の上に着ていた服を脱いで、シュノーケル道具を片手に我先に海に飛び込んだ。
ドーニにも島にも更衣室など無いので、あらかじめコテージで水着を着てきたのだ。
もっとも、そんなモノなど無いほうが「いかにも無人島」といった感じで気分がいい。
その気になれば、そこいらの木陰で着替える事だって出来る。
しかし、我々よりも2〜300メートルほど奥まで砂浜を歩いていった白人カップルには驚いた。
なんと、2人とも全裸で泳いでいるのだ。
その為に我々との距離を開けたのは明らかで、コチラから彼らのパーツ類などを確認する事は出来ない。
ううむ、なんとも大胆不敵な欧米人。
それはそれでキモチ良さそうではあるものの、オシトヤカなアジア人である我々にはコッパズカシくて真似は出来なかった。
ヒルトンの島々があるのは、アリ環礁の西のハジッコなのだ。
すると、このフルエリ島の小さな環礁の西側は、巨大なアリ環礁のハジッコも兼ねている事になる。
僅か数十メートル先に並んだサンゴの岩場から先はインド洋の本体で、確かに、これまでに見たモルジブの海では最も波が高い。
アリ環礁自体もモルジブの中では西側に位置しているので、もしかしたらココがモルジブの西のハジッコなのかもしれない。
完全なる最西端ではないにしろ、とにかくハジッコというのはロマンがある。
そうとなれば、目の前の環礁の上に立ってみたくなった。
朱蘭さまに
「ちょっとインド洋まで行って来る」
などと言い放ち、ワタクシは沖を目指して泳ぎ始めた。
しかし、コレがなかなかムツカシいのだ。
当然ながら、環礁に近付くほどに海は浅くなり、泳ぐと言うよりも海底の岩に捕まってイザるような前進となる。
やがて環礁を越えてくる波に体を揉まれて岩に叩きつけられそうになり、なんだかキケンがアブナくなってきた。
立ち上がったら足をすくわれて余計にヤバそうで、アコガレのインド洋を目前にしながらも断念するしかなかった。
『そろそろメシの時間でっせぇ』
スタッフに呼ばれ、島の中央の広場に向かう。
そこにあったテーブルには、フルーツ、パン、オカズ類がキチンと並べられ、ささやかながらもバイキングの様相となっていた。
さすがにココでは全裸ではない白人カップル、そしてスタッフも交えてランチを頂く。
メシもなかなか旨く、なんともゴキゲンなひととき・・・・・・・・
しかし、この時ばかりはモルジブがイスラム教国である事を呪わずにはいられなかった。
風景、食、それらがスバラく演出されているこの環境に、アルコール類が全く用意されていなかったのだ。
レストランでは幾らでも呑む事が出来たので、まったく読みが甘かった。
ああ、判っていれば自力で持ち込んで来たのに。
訳の判らない缶ジュースをグビグビ飲みながら悲しげな表情を浮かべる我々に、スタッフが怪訝そうに近付いてきた。
『どうしたんでっか? 何か具合悪い事でもありまっか?』
彼らは、我々を楽しませる為に精一杯やってくれているのだ。
ココで、お互いの文化の違いを嘆いたって仕方が無い。
「とんでもない。ノンプロブレムです」
作り笑顔で答えるワタクシを、赤道直下のギラギラとした太陽が容赦なく照りつけた。
再びリーフで過ごす午後。
スタッフ達も、ドーニを浮かべた入り江の中で泳いでいる。
我々のいる西海岸のビーチに来ないのは、スタッフとしての彼らなりの気配りなのだろうか。
でも、もし来ちゃったら・・・・・・・
全裸の白人オネェチャンを見た途端、彼らは卒倒してしまうかもしれない。
何しろ、女性が肌を見せる事が許されないイスラム教徒なのだから。
『ぼちぼち帰りまひょか』
木陰で着替え、ふたたび東海岸の入江に戻ると、なんだかヨロシクない事態になっているらしい。
入江の真ん中あたりに浮かんでいるドーニが、海底の砂を巻き上げながら悪戦苦闘しているのだ。
干潮で水位が下がり、もうそれ以上は陸地に近づけない状態であることは想像がついた。
完全に座礁しちゃったら、助けが来るまでヒルトンには帰れないだろうし、それはヒジョーに困る。
この島で一夜を過ごす事になっても、どう間違っても凍死する訳は無いだろう。
しかし、くどいけれどアルコール類がまったく無い島なのだ。
ひたすら頑張るドーニを呆然と見つめる我々と、不安げに「ショワンポワン」と囁きあう白人カップル。
そして遂に、ドーニはエンジンを止めた。
『あきまへん。接岸できまへんわ』
「は・はぁ・・・」
『申し訳ありまへんが、アンタがた、自力でドーニの所まで辿り着いて貰えまへんやろか?』
「じ・自力でぇ?」
『ダイジョブですねん。背が立つ深さでっから』
スタッフ達はそう言うと、クーラーボックスなどを自分のアタマの上に乗せ、ジャブジャブと入り江の中に入っていった。
我々と白人カップルも慌てて水着に着替え、各々の服や荷物をアタマの上に乗せ、それに続く。
なんだか忍者の集団のようで、思わず立ち泳ぎしてみたりする。
そして全員がドーニに乗り込み終わると、思わず皆で大爆笑となった。
その日の夜、ランガリフィノール島のレストランでいつもより余計にビールを飲み、そしてランガリ島のコテージに戻ると・・・・
これまた新婚さんへのサービスなのか、シーツがハート型にベッドメイキングされていた。
「な・なにコレ!!」
「すごぉい!!」
余りにも見事な出来栄えで、ソレを崩すのが惜しくなる。
仕方ないのでベッドには手を触れずに、ソファーに座って更にビールを飲んで過ごす。
しかし、そのままでは寝る事が出来ない。
「もう写真を撮ったから、崩しちゃってもいいわよ」
「ええっ? 自分で崩しなよ」
「やだぁ。アンタが崩してよ」
夫婦で見苦しく譲り合った挙句、
「それじゃ、一緒に」
という事になった。
左右から同時にベッドの上にダイブすると、そのまま2人はもつれ合い・・・・・・
なんて事も無く、そのままソッコーで眠りにつき、なんだか心地よく疲れた一日が終わった。