フロントライン(2003夏・小笠原)その2(携帯版)


とにかくとにかく、出航の当日を迎える。
本来の出航時刻の10時、台風10号さまは北陸あたりにいらっしゃる。
そして、ご丁寧に日本列島に沿いながら北東に進む律儀さ。
「出航の21時までには、とっとと遠くに行っちゃってね。いや、竹芝までの移動時間なんかもあるから、なるべく早めにね。」
などと哀願しながら・・・・
穴蔵に隠れる小動物のように、弱々しく我が家で過ごす。
波予報のHPなんてのがあって、それを見ると太平洋は大波を示すまっ赤っ赤の状態である。
そんなモノを頻繁に見たって、それで何が変わると言う事は無いけれど、ヒマだから、ギリギリの時間までとにかく見る。


横殴りの雨の中、まるで一時避難所にでも逃げ込む被災民のように、大荷物を抱えて駅に向かう。
陸上の交通機関は特に台風の影響は出ておらず、ゆりかもめにもフツーに乗れて竹芝桟橋に。

竹芝桟橋のターミナルに辿り着いてみれば、まさに難民避難所の様相なのだ。
荷物を抱えた旅客が右往左往し、特にダイバーらしき連中などは、
「日頃の防災の準備はバッチリさ」
とでも言いたげな巨大荷物を抱きかかえるようにして、ロビーのスミッコにうずくまっていたりする。
そんなこんなで、伊豆諸島方面への船が軒並み欠航している割には、妙にごった返している。


いよいよ乗船開始の案内が流れた時には、すでに乗船口は長蛇の列。
我が家にとって好都合な日程であるという事は、世間様にとっても好都合なのはアタリマエで、この便は今年最高の乗客数だそうだ。
台風に晒され、共に立ち向かう同士が多い事は嬉しいのだけれど、あんまり混むのはウザすぎる。
ウワサによれば、混雑した時のおが丸は難民船状態だそうで、通路などにムシロを敷いて寝たなんて聞いた事もある。だからこそ、少しでもマシな場所を求めての行列なのだろう。
しかし!!
しかぁし!!
我が家は余裕なのだ。グフフなのだ。
そう。身分不相応にも一等を予約していたのだった。
なにも、お大尽気分を味わおうと言う訳ではない。
なにしろ、そんなギューギューのタコ部屋状態に、2歳児を晒すのは、なかなかチビシい。
泣く、ワメく、ミを出す、そのような事態から、何ら落ち度の無い善良な乗船客を守らねばならない。
我が家の都合というよりは、周囲への気配りなのだ。


さて、その一等室に入ってみれば、なんとも快適空間。
細長い部屋の両脇に2段ベッドが二つ並んだ4人用の個室で、奥の窓際は小上がり風に一段高くなっていて、座卓と座椅子が並んでいる。そして、なんとテレビまである。
こじんまりとした旅の宿みたいで、ついつい嬉しくなっちゃうのだ。
売店脇の階段下に陣取ってレゲエ状態になってたアンチャンどもには申し訳ないけれど、
キッチリとくつろいで、備え付けのお茶セットを横目にルービをいただく。
もちろん、ルービは自前だけれど。

午後九時、いよいよ出航。
波はあまり気にならない程度だけれど、あいかわらず風は強く、デッキに出るドアは閉鎖されている。
夜景を眺めに外に出る気にもならずに快適空間にこもってウダウダとすごすうち・・・・・
おおっ、更に快適な事実が判明しやがった。
この部屋の定員は4人なのに、ほかに部屋に入ってくる客がいないのだ。
貸切ではないか。
ダータで乗ってる2歳児を含めても、3人で4つのベッド。すっげぇ得した気分。
オコチャマが、おもいっきり臭いミを出したところで、誰にも気兼ねしなくて済むし、
親が、あ~んなコトを始めちゃったってヘーキなのだ。


結局、船が大きく揺れる事もなく・・・・
というよりも、まったく揺れなかったという状態のまま、サワヤカな朝を迎える。
予定では、八丈島の沖合いあたりを航行してるハズである。
どうれ、ひと眺め・・・・・・・・
こ・これは・・・・・
沖合いどころか目の前に陸地があり、しかも、八丈島とは思えない程にハッテンしているのだ。
何が、何がどうなってしまったのだ!
ココはどこなのだ!!

ほどなく、船内放送にて驚愕の事実が判明したのだ。
「おはようございます。ただ今、横浜沖に停泊中です。」
な・なんと!!
「波の状況を見ながら待機しておりました。」
そ・そうれすか・・・・・
「これから東京湾を出て、父島への到着は翌朝6時頃の見込みです。」


ボーゼンと朝飯を食ううちに、やがて野島崎が見えてくる。
それとほぼ時を同じくして、ブキミなキシミ音をたてながら、船が大きく揺れ始める。
それまでクリクリと部屋の中を走り回っていたオコチャマは座り込み、苦痛に顔を歪めて苦しみ始めたのだ。
船酔いに違いないけれど、本人にとっては理由すら判らない辛さなのだろう。
それが判ってもどうしてやる事も出来ない。
ついさっきまでは快適空間だった一等室の中で・・・・・・
先の見えないこれからの展開に、なすすべが無いまま、
ただただ親子3人で寄り添って不安に怯えるのだった。


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