フロントライン(2003夏・小笠原)その6(携帯版)


一夜明け、いよいよ本格的な母島の探検がスタートだ。
ダイビングに向かう朱蘭さまを見送り、オコチャマと二人で島の南端、その名も判りやすい南崎を目指すのだ。
そこは、砂浜のビーチや、風光明媚なポイントが満載らしい。
南崎へ行くにはアップダウンの激しい車道を5Km、そこから片道45分ほどの遊歩道を歩かねばならない。

しかし、いざとなったら5Kmの車道にはちょっぴり弱気になってきた。
ダメモトで、宿のオヤジに頼んでみる。
「あのぉ、遊歩道の入り口まで、クルマで送迎ってダメすか?」
「いいよ。一人400円。ボーヤの分はオマケしとくよ」
おおっ!いつのまにか、乗り合いタクシーになってる。
「お・お願いします」
「片道だけでいいの?時間を決めて迎えに行こうか?」
「う~ん。戻りの時間はちょっと読めないっすねぇ」
「だったらクルマを一日使う?それなら○千円だけど」
おおおおっ!そのままレンタカーにもなっちゃうの?
「ソレはいいっす。帰りは歩きますから。」


クルマは、細いクネクネ道を延々と走る。
行けども行けども全く風景の変わらないジャングル状態で、
コレを歩いてたら辛かったろうなぁ・・・・・・
などと思い始めた頃、コーナーの向こうに、前方を歩くニィチャンネェチャン二人連れの後姿が見えた。
宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンは、その二人を追い抜きざまにクルマを停める。
「乗ってく?」
「お願いします」
まるでテレパシーでも通じたかのごとく、阿吽の呼吸で、ニィチャンネェチャン連れが乗ってくる。
「あらっ、こんなちっちゃなボーヤもいたの。ヨロシクね」

クルマはワンボックスカーのデリカなので、二人が乗ってきたって何てことは無い。
しかし、料金はどうなる?
などと、つまらない事がアタマをよぎった矢先だった。
ポツッ、ポツッ、ポツポツッ、ジョワワワワワワ!!
何の予告も無く、雨が降り出したのだ。
しかもスコール状態の。


「そんな予報じゃなかったのになぁ」
宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンが呟き、それでもクルマは遊歩道入り口を目指す。
そこはちょっとした駐車場になっていて、その先はジャングルの中に、南崎に向かう小道が続いている。
「有難うございました」
ニィチャンネェチャン連れがクルマを降りようとする。
りょ・料金は?
「ちょっと待ちなさい。すぐ止むはずだから、このまま少しクルマで雨宿りしてれば?」
宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンの好意に甘える事にする。
なんたってスコール状態なのだ。

5分、10分、雨は止むどころか、断続的にジャングル小道が見えなくなるほどに豪快な降りを見せる。
そんな中を、港方面から歩いてくる集団が現れる。
もう全身ズブ濡れになっていて、まるでポルポト敗残兵の行進である。
クルマで雨宿りしている我々にチラリと目をやっただけで、立ち止まる事無くジャングルに消えていく彼らの姿に胸を打たれるものの、まだ我々は全く濡れていないだけに、クルマを降りる勇気が湧かない。
「こんだけ濡れちゃ、いまさら何も怖くないぞぉ。行くぞぉ南崎!!進めぇ!」
なんてセリフが聞こえてきそうだけれど、それってなんだかレジャーっぽくない。

30分、雨は相変わらずである。
宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンは前言をひるがえし
「たぶん、雨はこのまま止まないよ。どうする?」
などと聞いてくる。
聞かれるまでも無く、答えは一つである。
「宿に帰ります」
「それがいいよ。この先、雨宿りする所は無いし、濡れた道は滑るし、道が水没しちゃう個所だってあるんだ」
「そうですね。オコチャマ連れじゃ厳しいっす」
「キミタチはどうする?」
ニィチャンネェチャンは、二人で何ら相談するまでもなく、やはり答えは一つだった。
「ボクたちも帰ります」


宿のオヤジというかタクシードライバーというか、とにかくオッチャンは、南先行きを断念した我々に気を使ったのか、帰り道は妙に多弁になった。
「あんたがたには悪いけど、ここんとこずぅっと雨不足だったんで、島ではみんな喜ぶだろうなぁ」
「そうですか」
「今日は一日雨だろうなぁ。これからどうすんの?」
「宿に帰ってから考えます」
「なにしろ、何も無い島だからねぇ。ジャングルだらけで。」
「いや、それが楽しくて来てるんですから。ボクなんか3回目ですよ」

オニィチャンのセリフに、オッチャンは無言で頷くと、静かに、そして力強く語り出した。
「この島はね、自力でジャングルを突き進むのが好きだって言うような、そういう人にしか楽しめない島なんだよ。まあ、年配の人とかあまり元気には歩けない人もいるから、ある程度は仕方ないんだけれどね。でも、クルマが無い、メシを喰う所が無い、夜に人が歩いてない、なんて苦言を言う連中には、ハッキリ言ってこの島には来て欲しくない。」

ドキッとした。
昨日、昼飯が食えずにイラついたのが、情けなく思えてきた。
おいおい、白タクかよ?
なんて思ったのも恥ずかしい。
それは決して金儲けなどではなく、島の手付かずの自然を知ってもらうための奉仕なのだろう。
現に、宿に戻った際に
「南崎には行けなかったんだから、おカネは要らない」
と、笑顔で断られてしまった。

オッチャンは、宿のオヤジやタクシードライバーなんかではなく、島を愛する一人の島民だったのだ。


5へ
7へ
BAKA夫婦へ

「週末の放浪者」携帯版TOPへ

「週末の放浪者」PC版