フロントライン(2003夏・小笠原)その8(携帯版)
街に戻って80ccスクーターを返却すれば、後は2本の足が頼り。
乳房山への登山なのだ。
この山は標高462mで、母島だけでなく、小笠原の事実上の最高峰でもあるそうだ。
実際には南硫黄島に900m級の火山もあったりするのだけれど、一般人が簡単には行けない無人島なのだから、事実上は母島の乳房山が最高峰で良いのだ。
山頂からの眺望は絶景で、ハイキング気分で2時間ほどで登れるとなれば、コレは登ってみるしかない。
この山に登れば、観光協会が『乳房山登頂記念証明書』を発行してくれる事になっている。
登る前に観光協会に申し出る事が必要で、その時に台紙とチョークのようなモノを渡される。
山頂に着いたら、それで山頂の碑の拓本を採り、それが登頂の証拠となる仕組みなのだ。
事後報告では認めず、例えばデジカメなどで証明写真を持ってきても受け付けないとの事。
いよいよ登山開始だ。
海抜0mから歩かなければならないので、正味462mの登り。
ルートは2つあって、直登コースと剣先山を経由する縦走コース。
どちらもキチンと整備された登山道で、急な登りにはキッチリと階段が設けられているとの事だけど・・・・
なにしろ2歳児連れなのだ。
まさかオコチャマが完歩できるとは思っちゃいないながら、できるだけテッペン近くまで歩いてくれよと祈りながら、オンブ紐を荷物にブチ込み、距離の短い直登コースを登りはじめる。
オコチャマは200mほどのポイントで歩みを止めた。
標高200mではない。距離にして僅か200mなのだ。
コレは、思ったよりも遥かに早く訪れた試練であった。
この頃のオコチャマの体重は15キロで、オトォチャンが3年程前に完全装備で北アルプス・剱岳に登った時の荷物よりも重いのだ。
しかも、その3年間のうちに、オトォチャンは着実に体力が衰え、脂肪という名の自前の荷物も膨大に増やしてしまっている。
しかし、オトォチャンの意地にかけても、山頂を目指すしかないのだ。
一歩一歩、我が子の重みが身にしみる。
左右から道を遮る木の枝や得体の知れない植物を避ける為に体を反らせると、そのリアクションに喜ぶオンブ小僧。いい気なもんだ。
やがて山腹にポッカリと開いた巨大な竪穴に到着。
案内板によれば、太平洋戦争時に米軍機が落とした爆弾の痕なのだそうな。
なんでこんな所を爆撃する必要があったのかと思えば、なんと、東京空襲を終えてグァムに戻る米軍機が、遊びなのか練習なのか、余った爆弾を落としていった痕なのだそうだ。
なんだそりゃ。
確かに自然現象で出来た穴とは思えないながらも、案内板が無ければ気付かずに通り過ぎてしまう程度の竪穴である。
それでも
「ほぉぉぉぉ、なるほどぉ」
などと異常にコーブンして見学するのは、もちろん、それが休憩の口実になるからに他ならない。
樹林帯を抜けて稜線に出ると、南国の真夏の日差しが容赦なくギラギラと照り付けてきた。
それが不快なのか、オコチャマがフガフガと抗議する。
ば・ばかやろう!
オトォチャンのほうがツラいのだ。
とは言え、親の都合で連れてきている事実は否定できず、あまり嫌がるならば、ここで下山する事も考えねばなるまい。
それはそれで残念だけれど、我が体力にとっては嬉しい選択かも。
そしたら、すぐに静かになったと思ったら・・・・・
ま・またまた寝ていやがる。
なんという順応性なのだ。オトォチャンは嬉しいよ。
ヘロヘロになって山頂に辿り着く。
到着した途端に、なんだかインチキくさいタイミングで起きたオコチャマ。
このやろう。
オニギリを食いながら周囲の展望を眺めると、確かに素晴らしい絶景ではないか。
特に、東側に張り出した『お立ち台』のような柵から覗き見ると、すぐ足の下まで迫る大崩湾の展望がスバラシ怖い。
何も人工物の見えない、まったく原始の姿なのだ。
おそらく、地球上にニンゲンが登場する以前から変わらぬ光景なのだろう。
そして、ニンゲンが根絶した未来永劫までも・・・・・・
いや、そうでは無い。
北側に見える山が、山頂からイッキにえぐれた崖となって海岸線に落ち込んでいる姿は、いつの日か母島が海に食われて消えてしまうであろう圧巻な光景なのだ。
崩れた土砂によって変色して見える波打ち際の海水が、そんな海の唾液のようにも見える。
ははじま丸が出航したのは、完全に日没後だった。
沖港が視界から消えると、まったく光が存在しない母島なのだけれど、その存在をぼんやりと浮かびあがらせてくれたのは、母島の背後から登場した満月だ。
後方に去っていく母島の、未練のように突き出した北端の岬の裏あたりが北港だろうか。
歴史に埋没してしまった港に、再び船が訪れる事は無いのだろうけれど・・・・・
再び母島を訪れる時、遠巻きながらも真っ先に出迎えてくれるのがキミである事を忘れない。
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