フロントライン(2003夏・小笠原)その13

早いもので、とうとう小笠原で過ごす最後の日になってしまった。
しかも、おがさわ丸の出航が14時である為、実質は半日しかないのだ。
しかし
「ああ、帰りたくないよう」
などと嘆いてなんかいられない。
なにしろ今日は、父島でのメインイベント、
『ドルフィンスイム&南島 半日コース。 おがさわら丸の出航にも間に合います』
なるツアーに参加するのだ。

ドルフィンスイムと言うのは、まさにそのままズバリ「イルカと一緒に泳ぎましょ!」ってヤツ。
伊豆七島の御蔵島などが有名で、小笠原でも、ホェールウオッチングに勝るとも劣らない観光の目玉となっている。
それはそれで楽しそうなのだけれど、重要なのは、南島なのだ。
南島は父島のすぐ南に位置する無人島で、その絶対的な風光明媚さを無条件で褒めチギられてるスポットだったりする。
なかには
「ここを見なければ死ねない」
まで書いてある本まであり、そこまで言われちゃヒジョーに気になる。

未明から幾度となく通り過ぎていったスコールのような雨は、突如として現れた二重の虹に連れ去られるように消え失せてしまった。
それと入れ替わりに登場した日差しにジリジリと照り付けられながら桟橋に向かうと、あでやかなピンク色のクルーザーが我々を待っていた。
デンワで船の乗り場を確認した際に
「桟橋に来れば判る」
と言われたのは正しかった。
キョーレツに目立つドハデなピンクの船体は、誰が見たって他の船と間違う事など有り得ない。
すでに同乗のツアー客も集まってきていて、ほどなくスタッフのオネェチャンも登場し、
「皆さん、よろしくお願いします。まずはコチラでツアー代金を・・・」
などと言いながら、乗船客に足ヒレやライフジャケットを配ったりして一人でイソイソと走り回っている。
スッチー風というか銀行員風というか、キチンとセットされたオジョーヒンなショートヘアーで、
それでいて、大胆に短くカットされたジーンズを
「半ケツ上等!!」
といった感じで着こなす、アンバランスな姿が妙にカッコイイ。

いよいよ出航。
10数人くらい乗れるクルーザーで、後部甲板にはガラスの窓があり、グラスボートにもなっているのだ。
操縦室から船長の声が聞こえる。
「あの先にイルカを見つけました。ソッチに向かいます。」
この船長、妙にシブい日本人離れした風体で、姓は純和風ながらも名前はガイジンっぽいのだ。
「船長」と言うよりも「キャプテン」と呼んだほうが相応しい。

キャプテンが示したイルカポイントには、すでに3隻ほどのクルーザーが集結していた。
それらの船からは30人は越えるニンゲンが海に入っていて、一団となってイルカと共に泳いでいる。
どうやらイルカは、親子3頭で泳いでいるらしい。
は・はやく我が船も!!!
しかし我らがキャプテンは、醒めた口調で告げたのだ。
「ウチの船は、海に入るのは交代制で3人ずつ。状況によっては途中でも中止しますから」
「な・なじぇ?」
キャプテンは、淡々と理由を述べた。
それによると・・・・・・
ドルフィンスイムの流行と共に、あまりに見境も無く大勢でイルカを追い掛け回す物だから、ニンゲンを避けるようになってしまったと言うのだ。
確かにそう言われれば、なんだかイルカと一緒に泳ぐと言うよりも、逃げるイルカの親子を寄ってたかって追い回しているフンイキなのだ。
「こういう事をやるからイルカがダメになる。もう小笠原のイルカはダメだ」
そう吐き捨てたキャプテンのセリフに、ちょっとフクザツな、そして妙にやるせない心境になる。
イルカはニンゲンとトモダチだなんて言っても、それは一方的なものだったりしないのだろうか。
どんなに親しい友人とだって、遊びたくない時だってあるじゃないか。
自分のキモチだけで、相手の都合を無視して追い回す行為、それはストーカーと変わりない。
もちろん、このキャプテンだって、ドルフィンスイムを企画している一人には間違い無い。
しかし、観光に依存した収入が無ければ、小笠原の住民の生活が成り立たないのも事実である。
余りにも非現実的な正義を叫ぶよりも、このような独自のルールを設けて、出来る限りイルカとの共存を考えるキャプテンの姿勢と、そしてイルカの温厚な性格に甘えようではないか。

船が二見湾を後にして外海を南下し始めると、やはりそれなりに揺れてきた。
オコチャマは全く問題なく、除き窓からじっと海底を覗いたりしている。
すでに次のイルカが気になった乗客たちは、海底よりも船べりに並んでアチコチを見回す事に集中していて、従って除き窓の周りはガラガラになってしまったのだ。
南島を大きく迂回した船は、それを通り過ぎて父島の南の海上に出る。
「イルカを見つけた」
キャプテンが一言叫んで船を更に加速させると、もうキリモミ状態。
幸いにもオコチャマは、その前にイネムリを始めたので、やはり寝てしまったヨソのオコチャマと共に船室に放り込んである。
船が大きく揺れるたびに、二人のオコチャマは右に左にゴロゴロと、荷物も交えて転がりあっている。
それでも全然目を覚まさず、何とも親孝行でヨロシイ。

荒波の中を右往左往する我が船を、停船して遠巻きに眺めているクルーザーが波間に見える。
そうか。イルカを見つけたら便乗するツモリだね?
でも、もしイルカが見つかっても、この波の中で泳ぐのはキツそうだ。
「波が高いんで、ちょっと見失いました。揺れも激しいし、もうイルカは良いですか?」
「いい。いい。」
誰も異存は無い。


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