フロントライン(2003夏・小笠原)その14


船が父島の南岸に近付くと、波も少しは穏やかになった。
「アレを見て。」
目の前に迫ってきた断崖絶壁に目をやると、赤い岩が浮かび上がって、巨大なハート型が見える。
「アレがハートロックね。イルカポイントの目印でもあるんだよ」
コレは凄すぎる。
直径100mはありそうなハートなのだ。
なんだかネーミングがカッコイイのもステキではないか。
陸上からは絶対に見る事は出来ない絶景で、妙に得した気分になる。
そしたら、それどころではなかった。
その先の入江の奥の奥が洞窟になっていて、なんだかチビっちゃうほど神秘的なのだ。
「ココに船を停めるから、洞窟まで泳いでおいで」
キャプテンの一言に、ドボンドボンと海に飛び込むツアー客。
群れをなして洞窟に吸い込まれていく姿が、なんだか父島に食われる小魚のようで面白い。
老夫婦と、オコチャマの番のオトォチャン、そしてキャプテンを船に残し、
スタッフのオネェチャンも、カットジーンズを脱ぎ捨てて海に飛び込む。
ジーンズの隙間から、半ケツと共にチラチラ見え隠れしていたのは水着だったのだ。
だからどうした?と言われても困る。

動き出した船は、再びハートロックの前を通り、いよいよ南島への上陸だ。
しかし、問題が2つある。
その1。
この島は、観光客の踏み痕による自然破壊が問題となっていて、今は一日の上陸者を100人に制限しているのだ。
それは良い事ではあるのだろうけれど、自分が上陸できないのでは悲しすぎる。
また、イロイロなツアー船が入り乱れ、シーカヤックなど自力で上陸する人々もいる状態で、どうやって上陸人数の制限を実行しているのかも何気に気になる。

その2。
南島には仮桟橋さえなく、鮫池と呼ばれる小さな入江の奥の岩場に、船から渡し板を掛けての上陸になるのだ。
問題なのは、その鮫池への入り方。
鮫池の入り口は、それなりの船で入り込むには極めて狭いのだ。
船は左右から迫った岩の間をスリヌケて入らなければならず、水没している岩も邪魔をしていて、このクルーザーの場合で幅の余裕は数メートルもない。
しかも鮫池の入り口付近は、東映映画のオープニングを思わせる高波に揉まれている状態で、タラタラと船を進めたら波に押されて岩にブツかってしまう。
格安極小建売住宅の車庫入れなんかと比べ物にならないムツカシさであることは間違い無く、現に、頻繁に衝突事故が起こっているそうな。

船は、鮫池の入り口を正面に見据える位置に停船し、キャプテンは
「さぁ、行きますよぉ。シッカリと両手で船のどこかを掴んでぇ!!」
などと告げるや否や、イッキに急発進!!!!
なんだかUSJのアトラクションのような一瞬が過ぎ・・・・・・
気が付けば、穏やかな鮫池の中に浮かんでいた。
もちろん、船がブツかって海に放り出された訳では無く、無事に通り抜けた船が浮かんでいるのだ。

上陸したら、ゴツゴツした岩肌を這い登らなければならない。
観光客用の階段など設けず、全く自然の状態で島を残す配慮なのだ。
遊覧船気分で参加したと思われる老夫婦にとってはキツそうだけれど、コレで良いのだ。
その岩を登りきれば、ウワサどおりの絶景が待っていた。
扇池と呼ばれる、小さな洞窟で海と繋がっている入り江が目の前に広がり、真っ白い砂浜がそれを囲んでいる。
なんだか、ウソっぽいほど見事な光景なのだ。
砂の中に多々転がっている白い貝殻は、大昔に絶滅したカタツムリの化石で、ココにしか存在しない貴重なモノなのだそうだ。
ううむ。
一歩間違えればシュールとも言えるこのタダナラぬ風景には、そういう逸話も良く似合う。
なにやらイワクありげな伝説を作り、恐山のようなカザグルマなんかをわざとらしく並べれば、霊験あらたかなる霊場にも見えてしまうかもしれない。
しかし、南国の明るい日差しは、そんなヤラセを決して許さないだろう。

島の小高い丘の上に、上陸する人数制限のヒミツの答えがあった。
朝、一番乗りで係りのニィチャンが上陸し、次々と訪れる上陸者数をカウントしていたのだ。
そして丘の上に、上陸者数が制限人数以内なら青い旗、もう人数オーバーなら赤い旗を掲げ、南島を目指して来た船は、赤旗を発見したら上陸を断念しなけりゃいけない仕組みとなっていた。
赤旗が見えてしまった場合は、船長から説明される前にガッカリしてみせれば、他の客に威張れるかもしれない。
しかし、日陰の無い炎天下で、頑張って赤旗を掲げてる係のニィチャンへの敬意を忘れてはダメなのだ。

船は南島を後にし、父島との海峡をに入る。
おおっ、目の前はウワサのジョンビーチ!!
浜には数隻のシーカヤックが乗り上げられていて、ノンビリとくつろぐ人々がコチラに手を振ってくれる。
こちらからも手を振り返したりしながら、船はゆっくりと父島に沿って進む。
あとは二見港に戻るだけで、同時に我が家の小笠原滞在も終わる事になる。

ほどなく目の前に見えてきたのは『ブタ海岸』と呼ばれるビーチで、純白のジョンビーチに比べると、なんだか灰色にくすんだ砂浜である。
このブタ海岸も、父島にありがちな「山歩きした者だけが到達できるビーチ」の一つなのだけれど・・・・
実は小笠原にくる前から、そのネーミングが気になっていたのだ。


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