遠かった四国 その3(携帯版)

(レポート:岡村2号)

「ウエストポーチはずせますか?」
消防署員の兄ちゃんが言った。
私はウエストポーチの位置を考え、どうにか右手でバックル(?)の位置を探し出し、ウエストポーチをはずした。
動くと、車にぶつかったと思われる左手と、地面にぶつかったと思われる左腰が痛んだ。
だが、痛みは打撲の痛みだった。
消防署員のおじさんが、佐藤さんから電話番号を書いたメモを受け取ってきた。
荷物に入れてもらう。
「上着脱げますか?」
そりゃ、脱ぐこともできるけど?
とりあえず、チャックをおろした。
だが、消防署員のお兄さんが取り出したのは、血圧計のようだった。
私はチャックを下ろす手を止めた。
「上着脱いでもまだかなり着ていますけど?」
着ている服を列挙しても良かったが、じゃあいいです、と兄さんが答えたため、自己主張はしなかった。
消防署員の兄さんは諦めて手首で血圧を測ることにしたらしい。
袖をちょっとまくって、血圧計のバンドを手首にまく。
うーん。
血圧高いだろうな。
初献血のときだって、いくらか血圧高くなっていたんだから、こんな事故した直後じゃ・・・。
「117の78です」
おいおい、これじゃいつもと変わらないじゃないか。
他の誰かが消防署にでも連絡しているのか、運転席の方から話す声が聞こえた。
顔色正常、うんたらかんたら。
「A病院でいい?」
えっ、Aさん?
だって、あそこじゃ会社のすぐ近くじゃない。
それに飯能だと会社に連絡いっちゃうし
(すでに飯能警察署の管内なので、どこの病院にいっても同じだということに気付かなかった)
「他は?」
「いや、電車で帰るとしたらあそこが便利かと思って」
と消防署員のおじさんが言った。
そうですね、と思いつつ「あとはB病院かどっちかになるけど」おじさんの言葉に「Aさんでお願いします」と返事をした。
救急車に乗って病院を選べるという話は聞いていたが、本当に選べるとは思わなかった。
B病院はヤブだと評判なので(行ったことはない)Aさんの方がいい。
Aさんならよく行くから。
でも、院長先生は捻挫した足とかでもグキグキ動かして「痛いですか?」とか聞くからヤなんだよなぁ。
これから行きたいんですが、と消防署員が携帯電話(本当に携帯電話だったのだろうか。いかにもケータイというようなもの)に向かって言う。
なにか、ウンタラカンタラ話している。
話がまとまったのか、車が動き出した。
救急車の下半分程シールドをした窓から、近くの雑貨屋の屋根が移動しているのが見えていた。
「今日は午前中で終わりで、今、先生がいないそうだから、これから集めるって」
というようなことを、消防署員のお兄さんはおしゃった。
おいおい、ちょっと待ってくれよ。
だが、待たない。
車はサイレンをならしながら進んだ。
荻さんがこの前メールで、救急車の中はサイレンがあまり聞こえない作りになっている、と言っていた。
なるほど。
そう言われると、そんな気もする。

私は担架ごと寝転がりながら、天井を見た。
なかなかきれいな、新しそうな救急車だ。
天井にはライトがついている。
直径十五センチから二十センチと言ったところだろうか。
ピザを食べないから、インチではわからないけど。
ライトには取っ手が付いていた。
なるほど、暗いときはあのライトを天井からはずして使えるのだろう。
ふむふむ。車内の広さを測りたかったが、歩くことはできないので、とりあえず、見える範囲だけで推測する。
普通のバンよりは大きいような感じがした。
座席のないバンに乗ったことがないからかもしれない。
私のところから運転席は見えなかった。
私は運転席のすぐ後ろにいるようだ。
助手席の後ろには掃除用具入れのような扉付き棚がある。
その横が後部座席のドア、それから後部座席。
シートベルトがあったが、若い消防署員はしていなかった。
天井には両サイド一列づつ、蛍光灯が並んでいた。
車内用なのだろう。
蛍光灯自体は短い。
それが、助手席側には壁と天井のあいだに斜めになってついている。
私の真上にある運転席側では天井についていた。
どうやら、運転席側の壁にはなにかあるようだ。
だが、それは見えなかった。
救急車の中に入って観察できるのはいいが、動きがとれなくて、よくわからない。
若い消防署員がだいだい色の大きなプラスチック箱(工具箱のような)を掃除用具入れに片づけた。
掃除用具入れではなかったようだ。
どちらかといったら、フェリーの救命道具入れのような棚だった。
棚はすぐに閉められてしまった。

「農協の隣の消防署から来たんですか?」
そうだ、という返事が返ってきた。
他に、聞くことが思い浮かばなかった。
若い消防署員は私に向かって言った。
「四国に行く途中だったんですか?」
ええ、そうなんですよ。
東京からフェリーに乗って。
でも行けなくなっちゃいましたけど。
「一人で?」
いえ、友達がフェリー乗り場で待ってるんです。
そのあとは一人で行動する予定だったが、それは言わなかった。
「友達に連絡は?」
「あとで、携帯に電話しておきます」
「電車なら行けるんじゃないですか?」
電車だったら行かないよ、って答えてあげた。


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