九十八才で健康のまま他界した男
ブラウン・ランドーンの方法―――

 小説ではない。現実にそういう男がいたのである。しかも世界的といってよいほどのすばらしい業蹟を残した著名の人物なのである。
 その名はブラウン・ランドーン(Brown Landone)、亡くなったのはつい15年ほど前の1945年10月10日である。日本流に換算すると、十二代徳川将軍家慶の時代弘化4年に生まれ、昭和20年終戦の年に死んでいる。弘化4年というと、天草に百姓一揆がおこったり、孝明天皇が即位したりした年だ。
 アメリカではゴールド・ラッシュが起こる直前にあたり、ヨーロッパでは翌1848年に二月革命でルイ・ナポレオンが大統領になったりしている。 
 ランドーンは近代科学文明の進歩が拍車をかけられた一世紀を縦貫して生き 、原子爆弾のニュースを聞いてから、そろそろこの世にオサラバする準備を始めたという寸法である。
 死去の25年前、つまりかれが73歳のときに、一流の心臓病医たちが異口同音に、あなたはもう3日しかいきられませんよと宣告した。しかも、絶対安静でないと、3日も危ないというのである。
 ランドーンはどうしたか? 超人はちがったものだ。かれは直ちに診察室を飛び出し、自家用車を駆って50マイルもぶっつづけに走り、わが家に入ると書斎にとじこもって、自分が死んだあと協力者に続けてもらいたい仕事のリストを、綿密に作製し始めた。おまけに、沢山あたらしい原稿を書き、死後出版の指示をした。このときの仕事量だけでも、もしかれの協力者たちがこれを受けついで完成するとしたら10年はかかっただろうと思われるくらいである。

 そして、ランドーンは死んだか。いや、その後かれはさらに25年も生きのびたのである。

 ランドーン博士はごく若いときから病気とは縁が深かった。17才までの幼年期は病気の連続である。3才のときすでに、父親の砂糖工場の機械にひっかかって、膝から下まで片脚がめちゃめちゃに潰されてしまった。驚くなかれ、かれはその後たゆまざる努力と信仰でこの脚をみごとに治してみせたのである。
 かれの専門が何であったか、まだ私にはよくはわからない。「宇宙」の3号に、私は“アンデス山脈の神殿”と題して、チンメルマン博士のことやアンデス山中に住むというチベットの賢者のことを書いた。その記事のなかで、私はランドーンのことを簡単に紹介し、ピラミッドの研究家であり、10冊の大巻から成る文明史の著者であると述べた。かれが神秘教団メルヒ・ゼデクの師父たちと協力して、1938年12月にアンデス山脈の西部に一つの新しい秘密神殿を建てたという話など、チンメルマン博士から聞いた通りにしたためたわけであるが、その後1年以上この興味ぶかい人物の足跡を調べるチャンスにも恵まれなかった。
 それが突然、米国ヴァージニア州のハイド夫人(この人とはスブドのことで文通である)から「無意識をもって肉体を解放する」(“Unconsciously”Freeing the Body)という題のランドーンの小著が送られてきた。全く偶然に、である。
 あとでハイド夫人に聞くと「なんとなく送りたくなった」ということである。いずれにせよ、私はランドーンといつかは対面せねばならない定めだったのだろう。

 ブラウン・ランドーン博士は、神経学の開拓者の一人としても有名で、牧師職にもつき、アメリカその他の国々を遍歴して無数の講演をおこない多大の感銘を与えている。「実際的神秘家」とも呼ばれ、精神と肉体の両面から平安をうる方法を人々に教えた。
 かれはロラード・タフトやエドモンド・ジェームズと組んで「文化史」を編さんし、百人の会員から或る国際的教育運動、New Educational Moment の常任理事にもなった。ヨーロッパ連合憲章も起草し、「平和実施権を有する超国家」という著書もあらわしている。セオドア・ローズベルトのために、重要なフランス語文献を翻訳する仕事もやった。
 1912年−13年にはドイツ帝国の経済・財政的分析調査をおこない、その結果にもとずき、第一次世界大戦を半年前に予言した。1914年にはフランスの翰林院の理事長に任ぜられ、1915年には当時のフランス大統領レイモン・ポアンカレによって特別大使の資格で米国につかわされた。さかのぼって1895年には、YMCAのなかに最初の少年部を組織している。
 このような世俗的活動のあとに、ランドーンは引退して、もっぱら霊的・神秘的探求に力をそそぎ、かれの心に最も大きな場所を占めていた「愛」の問題を人々に教えた。私がこの小論で紹介しようとする独創的な或る「方法」を通じて、人々の病気を治し、時には1ヶ月に千人以上の病者を引き受け、九十六パーセント以上の成功を収めている。


心という暴君

 ランドーンの「方法」を紹介する前に、かれの思想の概略を眺めてみよう。もちろんそれは単なる思弁から生まれた抽象的結論ではなく、医学者としての観察と実験にもとずき、神秘家としての直感と体得から生まれたものである。
 あらゆる病気の原因はなにか? ランドーンは、簡単に、それは現在意識の干渉によると述べている。
 霊(Spirit)は肉体を通じて自由な自己表現をしたがっているのに、いわゆる心(醒めている意識・表面意識)がそれを喰い止めているのである。この抑圧がつよくはたらくと、肉体の死がやって来る。
 霊に完全な表現をさせれば、肉体寿命は平均の二倍になるだろうと、かれは強く宣言している。心という暴君によって引き裂かれねば、老化現象はおこらないというのである。
 老衰や病気または組織・器官の機能減退の原因としてふつう挙げられる邪食・栄養失調・運動不足・呼吸不良・排泄障害などは、実は二次的な結果にしかすぎず、真の原因は現在意識(心)による霊の抑制であると説く。
 人間は幼児のときから、親によってあらゆる衝動を抑制され、自由な自己表現をはばまれている。肺活量をまし、脳を拡大するために多くの血液を補給しようと思ってギャアギャア泣いても、すぐアメ玉か何かで抑えられてしまうし、すこし大きくなると、ああしてはいけない、こうすると危ないと、朝から晩まで束縛と警告の連続である。親がそういう行動に出るのは、みな「心」がそうするのがよいと思いこんでいるからである。
 思春期になると、こんどは道徳や宗教が注入されて、こういうことを思ってはならぬ、ああいうことを感じてはいけないと、内外から抑制は増大するいっぽうである。
十菱 麟 著作集
“無意識解放”療法