なことができるだろうか?」と皆が思った。しかし、間もなくすると、蛇の噛み傷のところから青い血が滴り始めた。もう一度サイババは言った。「下がれ、下がれ。」数分たつと、ドモダルは正気づいて、何もなかったように立ち上がった。サイババのこの素晴らしい奇跡を見て、一同は呆気に取られた。人々はサイババを讃える声を上げ始めた。このニュ−スはすぐに村中に広まった。シルディの村人の大部分は、宗教の別なく、サイババの周囲に集まった。彼らはサイババを肩に乗せて、村中を練り歩いた。サイババを讃えるスロ−ガンを大声で唱えながら、村の隅々まで行列を作って歩き回ったのである。その日から、ほとんどの村民はサイババの帰依者になった。
 サイババがシルディ村に来たのは、前に述べたとおり、1858年で彼が16歳のときだった。途中の3年間を除いて、彼は1918年に世を去るまでこの村にずっと留まった。シルディの村は聖地になった。何万という人が世界中からこの村にやってきた。物質的な御利益を求めてサイババのもとに来る人もいたが、みな求めるものを授かった。また、ある人たちは真の知識・悟りを求めて来たが、失望する人は誰もいなかった。人々は望むがままのものを得たのである。
 ヒンドゥ−教徒も、イスラム教徒も、キリスト教徒も来た。毎週木曜日には大きな行列があり、皆がドワルカバイ・マスジッドの構内で食事を取った。それは神域の霊気がこもったプラサド(波動体、神からのお下がり)としての食物を頂くことだった。サイババはみずから、食物の分配の世話をした。遠近の村々から集まった人々は、木曜日の行進に参加してプラサドを頂いた。
 そこでは、誰もカ−ストや宗教の違いを問わなかった。そこに集まった人々のあいだに何か共通のものがあるとしたら、それは皆がサイババの信者・帰依者であるという一事だった。サイババを訪れた人々の家庭は、異教徒を咎めない寛容なものに変わった。


12.ヴィシュワナトの反抗

 パンディット・ヴィシュワナトはシルディ村の新しいヒンドゥ−教の寺の僧侶だった。彼はまた、民間療法の医者でもあった。彼は薬草を与えて治療をしていた。彼の亡くなった父親も僧侶で病気治療をしていたのである。その跡を継いだヴィシュワナトは、手相を見る運命判断もやっていた。彼の治療を受けて死んだ病人がいても、「俺に何ができるというのだ。あの病人は生命線が切れていたからな」とうそぶく始末だった。彼の家庭の責任は重かった。6人の娘がいて、彼はその娘を全部嫁にやらねばならなかったからだ。そのために、彼は大金を必要としていた。この理由で、彼は最初の日からサイババを嫌っていたのだ。サイババが村にいれば、自分の僧侶としての儀式の仕事も薬草治療の仕事も下火になると恐れていたのである。
 サイババがドモダルを毒蛇の害から救ったあと、村人が彼を肩にかついで行列をするのを自分の目で見たヴィシュワナトは、血が煮えくり返るほどの怒りを覚えた。だが、どういう手を打ったらいいのか? 彼は家に引きこもって、ドアを中から閉めた。その時から、彼はサイババの悪口を言うことに全力をそそいだ。サイババとその信者たちを辱めることが、彼の唯一の夢だった。
 ある日、何人かの村人がヴィシュワナトの家に来た。その一人にダンドゥがいた。彼の妻はもう何か月も病床にあった。彼の母親は全くの盲だった。彼の妻がもし死んでしまったとしたら、どうしようもない境遇だった。その日も、彼はパンディット・ヴィシュワナトから薬を貰いに来ていたのである。
 ヴィシュワナトが他の人々のために薬の調合をしているあいだに、ダンドゥはサイババの奇跡について耳にしたことを一同に話していた。「昨日、サイババはヘマッド・パントに、タチャ・パテルはどこにいるかと尋ねたそうだよ。タチャ・パテルは、サイババが最初に食物を乞うたバイジャ・バイの息子さ。あとになって、サイババはその女を"バイジャ母さん"と呼ぶようになったという話だ。すると、ヘマッド・パントは次のように答えたそうだよ。"おとといから、タチャは熱病で臥せっています。今朝、見舞いに行ったら、ひどい熱でした。"」彼の話は次のように展開した。
 サイババは言った。「それでは、見舞いにタチャの家に行かねばならない。」サイババはタチャの家に向かった。ヘマッド・パント、ドモダル、そのほか5人の帰依者がサイババに付いていった。皆が彼の家に着いたとき、タチャは意識不明になって横たわっていた。バイジャ母さんは息子のベッドに坐っていた。その顔は青ざめて、二日間一睡もしていない様子だった。
 「タチャはどうだね?」とサイババは尋ねた。バイジャ母さんは声を詰まらせて答えた。「タチャはひどい高熱なのです。一昨日、あなたのマスジッドから帰って来てから、熱を出したのです。」サイババはビブチを持ってきていた。そのビブチをタチャの額に塗ってから、こう言った。「タチャ、どうだね? どうして二日も私の所に来なかったのかい?」タチャは目を開き、サイババを認めると立ち上がって言った。「何が僕に起こったのか、まるで分かりません。長いあいだ眠っていただけのようです。」
 母親は言った。「何を言ってるの、タチャ? お前は高熱で二日間も眠っていたのですよ。分からないの?」
 「何を言っているの、母さん? 僕に熱が出ただって? ご自分でごらんなさいよ。僕の身体は氷のように冷たいよ。」彼は自分の右手を母のほうに差し出した。バイジャ母さんはその手に触れてみた。本当に、それは氷のように冷たかった。子供の額にも触ってみた。熱など何もなかった。彼女はサイババの顔を見た。彼は微笑んでいるだけだった。そこに居合わせた一同はサイババの奇跡を目の当りにして驚いた。
 この驚くべきサイババの行為についてのダンドゥの話を、パンディット・ヴィシュワナトの家にいた全ての人々が傾聴した。皆がその話に感動したが、ヴィシュワナトは次のように言い放った。「高熱の病人が灰なんかで治るという馬鹿な話を、私は信じないぞ。サイババはインチキだ。彼はお前たちみんなを騙しているのだ。」するとダンドゥは、サイババが昨日も別の奇跡を行なったと言った。そこにいた他の人々は彼に頼んだ。「昨日の奇跡というのを、ぜひ話してくださいよ。」そこで、ダンドゥは昨日の話を始めた。
 サイババはビブチでタチャを癒したあとで、こう言った。「バイジャ母さん、私に何か食べるものをくれませんか?」バイジャ母さんは答えた。「はい、喜んで。」彼女が台所に行ってみると、そこには4枚のチャパティしかなかった。そのチャパティにカレ−を添えて、彼女はそれをサイババに差し出した。そのとき、サイババはこう言った。「タチャ、君は私たちと一緒に行って、ドワルカバイ・マスジッドで食事をするべきだよ。」タチャを含めて、一同はサイババに従った。
 バイジャ母さんは心で思った。「4枚のチャパティでは、あんなに沢山の人たちにはどうしても足りないわ。それに、サイババが養っている5匹の犬もいるしね。」そう考えた彼女は台所に行って、もっとチャパティを作り始めた。充分のチャパティを作ってから、彼女は走ってドワルカバイ・マスジッドに行った。そこに着いてみると、みなは食事をしていて、もう終わるところであった。彼女がチャパティを差し出すと、サイババは言った。「私はもう充分食べたよ。私は要らないけれど、他の人に訊いてごらん。」
 彼女は他の者に一人一人尋ねたが、みなおなかが一杯だと答えた。誰もチャパティを一枚も取ろうとしなかった。そこで、彼女はチャパティの切れ端を一匹の犬にやってみた。犬も食べようとせず、満腹の様子だった。5匹の犬はいつものように隅のほうに行って、横になった。
 バイジャ母さんは本当に驚いた。5匹の犬を含むこんなに沢山の人が、わずか4枚のチャパティで満腹するというようなことがあるだろうか! 「これが奇跡でなくて何だろう?」と、
大聖シルディ・サイババ小伝