していた。当時、結核を治すような薬は何もなかった。彼が恐れていたのは、サイババが自分の約束を守るために、タチャの結核を自分の身に引き受けて、代わりに死ぬのではないだろうかということだった。これが彼の心配の中心になっていた。彼はサイババを深く愛していた。サイババは無数の人類のための仕事をしていた。サイババがもっと長く生きておられれば、多くの人がその恵みを受けられるだろうにと、タチャは思っていたのである。
 ある日、一人の帰依者がサイババに言った。「タチャの状態が最悪になりました。身体が衰弱して、今日はもう一人で立てないくらいです。どうしたら、ここに来れるでしょうか?」サイババはこれを聞いて、「明日からは快方に向かうだろう」と言った。
 次の朝、サイババは発熱し、タチャは回復し始めた。それは1918年9月29日のことだった。すこしずつ、サイババの健康は悪くなって行った。タチャは反対に力を盛り返して、毎日サイババに会いに来た。
 ある日、タチャは尋ねた。「サイババ、なぜあなたは私の病気をお引受けになったのですか? 私が死んだほうがよかったのです。私の命を救うためにあなたが亡くなることを、私は決して忘れません。私があなたの死の原因なのですから。」
 サイババは優しく笑って言った。「私がお前のために死ぬなどと、誰が言ったのだね?人間は誰も死から免れることはできないのだよ。ラ−マやクリシュナさえも死に直面せねばならなかった。誰でも生まれたときに、死の日時が決まってしまうものだ。死を嘆くことは愚かなことだよ。私たちは、全能の神がそれぞれに割り当てた役割を果たさねばならないということを、よく覚えておきなさい。私たちがすることは何事も、神さまが私たちにするようにお望みのことばかりなのだ。だから、タチャよ、どんなことでも心安らかに受けなさい。」
 それは1918年10月15日のことだった。午後1時に、サイババは帰依者たちに食事をとるように命じた。サイババに従うために、皆は坐って食べた。しかし、一同は毒でも食べているような気がしていた。みなが、偉大な聖者の偉大な最期が迫っていることを知っていた。
 サイババは彼の独特の坐り方、左足を地上に、右脚を左の膝の上にという坐り方で、石の上に坐っていた。この姿勢で1時間半、そのままでいた。午後2時30分になってから、彼は一同を祝福し、ベッドに横たわり目を閉じた。そして、永遠の眠りに就いた。
 この偉大な死の知らせはすぐに広まった。シルディ村と近隣の町村から、何万という帰依者たちが走って集まってきた。みなが泣いていた。老人も若者も揃って泣いていた。女たちも泣いていた。子供たちまで泣いていた。
 世界中で、たった一人の死に際して、これほど多くの涙が流されたことはなかっただろう。あらゆるカ−スト、宗教、社会的地位の人々が告別の葬列に参加した。
 死去の前に、サイババは帰依者たちに向かって、8年たったらアンドラ・プラデッシュ州に生まれ変わってくると予言した。サイババの死後、1926年(大正15年)にシュリ・サッチャ・サイ・ババが誕生した。人々はその子が今は亡きシルディのサイババの生まれ変わりだと信じた。
 サイババが教えたことは、あらゆる時代に全ての偉大な説教者によって説かれて来ている。彼の説教は簡単な言葉で行なわれた。彼が帰依者たちに対してそそいだ愛は偉大だったが、彼自身は簡素な生活に満足していた。彼の生活は帰依者の模範となるものだった。
 彼は常に帰依者たちに次のように語っていた。「お前たちは、悲しい時も嬉しい時も変わらずに、自分の義務を果たしなさい。悦びも悲しみも全能の神のプラサド(賜物)として、そのまま受けなさい。神さまはあなたがたに相応しいものを下さるのです。ですから、自分が通りすぎるどんな境遇にあっても、いつもその境遇に満足していなさい。どんなことが起こっても、それを安らかな気持ちで受けなさい。正しく仕事をするということを忘れないようにしなさい。働きの結果を求めてはなりません。もし、あなたが良い結果に相応しい者であれば、それを得ることになるでしょう。成功でも失敗でも、自分のもとに来るもので満足しなさい。あなたがたが完全に神さまを信じているならば、心の平安を得ることができます。これが世界中で最も価値のあるものなのですよ。」
 サイババの教えが世界中の若い心を感奮させて、全ての人が愛と献身と世界同胞の道を進むことができますように!


21.おわりに

 毎日コツコツとこの原稿を書いていたら、6日目に完結の運びになった。どういうわけか、食業(商業的翻訳)が切れている。以前であれば、将来の生活の不安で落ち着かず、何やら焦っていろいろ画策するのだが、印度でサッチャ・サイ・ババの「大凝視」に出会ってからは、奥底の生活の不安が消えてしまっている自分に気がついた。
 何をするにも「仕事」は神さまに捧げ、その「結実」も神さまに捧げなさいというサイババの教えが身に染みている。不安や憂慮や心配は、呼べば自分のところにやってくるような気もするが、奥底でそんな気にならない。平安であるものを、わざわざ掻き立てる気にならないのである。
 長男の高校進学の費用で必要だというので、愉美子は一昨日サラ金で10万円を都合してきた。無際限に借金することはできないと、常識は教えてくれるが、今はそれでよいと思っている。以前は生活に困ってくると、大道易者にでも立とうかと思ったこともあるが、今はそんな気もしない。「あなた任せ」は責任回避で怠け者だと言われるかもしれないが、不安が原動力になって、あちこち走り回っても仕方がないという考えが底に坐っている。 差し当たり、この原稿をコピ−機にかけて、20部でもコピ−を作ろうと思うが、その金もない。全部は無理かもしれないが、この小伝の一部でも感熱紙で印刷は出来る。それを一人だけ、大阪のアリババさんに送ろうと思っている。彼の再コピ−によって、大阪の何人かの友人の手にこの小伝が渡るだろう。あとは全く神さまのご計画のままである。
 シルディ・サイ・ババの伝記はお伽話のようで、現代の人間には信じがたいことが多いかもしれない。しかし、現存のサッチャ・サイ・ババは、シルディ・サイにも劣らぬ数々の奇跡をその誕生以来こんにちまで行なってきている。私たちが童子のように素直に全能・全知・全在の神さまを受け入れるならば、リ−ラ(神の遊び)と呼ばれる「奇跡」は私たちの周囲に起こると信じている。
 サイババのメッセ−ジは簡単である。万人・万物に神が存在するのであるから、どこを見ても神さまだらけ、その神さまを褒め讃えなさい、というだけである。神さまについては学者になる必要はない。素直に万象・万物を愛するだけでよい。戒律も要らない。外側から縛って人を形だけの善人にしても長続きするものではない。心が平安であれば、憎んだり、殺したり、盗んだり、騙したりは、自然に出来なくなるだけである。
 魚と肉は相変わらず身体に入りそうもないが、一仕事終えて、ためしに何日か手を触れなかったワンカップを飲んでみた。あんなに気持ち悪く感じたお酒が今日は美味しく感じる。破戒で堕落したとか、三日坊主とも思わない。飲めなかったり、飲めたりするのが不思議だと思うだけだ。煙草のみや酒飲みを見下げた奴だとは思えない。豚を食べないムスリムや、牛を食べないヒンドゥ−を不自由な人間だとも思わない。外側の形で人間をとやかく言いたくない。神さまはどんな「形」のなかにもいらっしゃる。自分の優越感や劣等感を育てるのはやめた。万事そのままでよい。あとは一番いいようにしてくださる。

    筆者連絡先: 879−69 大分県大野郡清川村天神 十菱 麟
大聖シルディ・サイババ小伝
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