1.はじめに
                   在天神940114/2231
こんな否定的な題で本を書いたことは、いまだかつて一度もない。
肯定的・積極的な書題であれば、読者を引き付けるだろう。『人生万々歳』とかその種の題である。『人生、生きるに足らず』のような題の本を誰が読むだろうか。読む人がいるとしたら、その題に共感する悲観的・否定的な人々だけだろう。
ウツと失業のなかにいる人たちのために、私はこの本を書くのだろうか。いや、そんなつもりはさらさらない。ウツと失業の解決法のようなハウツ−物を書く意図があるのでもない。人生そのものが、ハウツ−、つまり方法論で解決できるなどとは、元から信じていないからである。ハウツ−を信じていた時期も昔あったが、そのどれもが無効だったから、私はあらゆるハウツ−を捨ててしまった。
爽快のソウ、憂鬱のウツ。これはどんな人間をも襲う気分の上下であるが、その山であるソウと、谷であるウツとの距離が特に大きいのを病気と捉えて、それを医者は躁鬱症と呼ぶ。病気なら治せるはずだ、治さねばならないというわけで、医者たちはいろいろの薬剤を開発した。私もあれこれ試してみたが、大して効くものではない。時間に優る医薬はない。時間が経てば、いつしかウツは消える。それは私の体験だ。そして、ソウが来て、何やら活動を始める。何年か何か月か何週間か、ひどい場合には何日かが経過して、またウツが来る。不可抗力である。諦めてソウとウツのシ−ソ−ゲ−ムをやっているうちに、67年の人生が経ってしまった。
ウツは苦しいが、ウツのさなかに学ぶことはいろいろある。まず我力の無能である。自我あるいはエゴの無能力を悟る。「天はみずから助くる者を助く」という諺があるが、「みずからを助ける」能力などは、ウツ人間にはもともとないのであるから、この格言には何の価値もない。自助そのものが不可能になった状態をウツというからである。ウツ世界にいる者には、ウツの壁に囲まれた風景しか見えない。もちろんジタバタするが、それはウツの苦しみを増すばかりだ。人生には直面の勇気が大切だとか、人々は利いた風なことを抜かすが、ウツに直面することは最悪の結果を生む。だから、今朝目覚めてから、私は直面を避けて寝てばかりいた。そして、夜の22:56になり、今夜はもはや眠れないことを覚悟して、この本を書き出すことにした。
ウツはそのひどい程度においては、あらゆる表現が不能になる。行動はできない。言語による自己表白もできなくなる。いま、私がこの著述に取りかかったということは、たしかに朝と比べるとウツの程度が軽くなったということだろう。しかし、何もウツに直面しようと気張っているわけではない。ウツ者にはウツのことしか書けないとしか言えない。 おまけに、4分の3の失業中と来ている。お金につながる仕事は月に1週間分しかない。それはカイロプラクティックに関する書物の翻訳だが、1週間で片付いてしまうから、あとの3週間は失業である。昨年暮れの失業から昨日までは、ソウの時期がどうにか続いていたので、『サイババ発見』という本を書いたり、知友に励ましの手紙なども書いていた。失業を奇貨(思いがけない幸い)として、余暇の善用をしていたつもりだった。ところが、ウツの波に呑み込まれてしまえば、そういうこともできなくなる。それで仕方なく、この本を書き出したわけだ。


2.神とは取引しない
                        在天神940114/2318
扶養するべき子供が6人いる。高校3年生から6歳児までだ。それに、外に働きにゆけない、その子らの母がいる。その母・愉美子(42)は1992年8月18に離婚した私の最後の妻。夫婦ではないが同居している。子育てのための両親共同体である。セックスなしで同居している男女は不自然だと、この清川村の或る酒屋の主人(79)が言っていた。常識から見て不自然であっても、そういう生活形態もあるのだから、やはりこれも自然の一種だろう。
豊後の山奥の寒村に住んでいるから、食業は近くにはない。農業をするほどの体力と気力はない。専業農家だって立ち行かないご時勢である。技能と言えば語学と文章力くらいしかない。仕事があるとすれば、すべて都会からである。翻訳仕事を捜す努力も多少はしてみたが、はかばかしくない。そのうち、くたびれて止めてしまった。ウツがかぶってくると、そういう努力をする気も萎えてしまう。仕方なく、棚からのボタ餅を待つよりほかなくなっている。「野(ヤ)に遺賢(イケン)なし」とは、政治がよく行われていることの、昔のシナのたとえであるが、私がその「遺賢」だと言い張ったところで、その声がどこかの権力者や金持に届くわけでもない。神さまは別かもしれない。神さまの目から見て、「この男の才能を社会全体のために役立ててやろう」ということになれば、思いがけない所から仕事が舞い込むかもしれない。そればかりを待つのを、世に「棚ボタ」という。
ボタ餅が降ってこなければ、この家族はサラ金を山と積んで餓死するか、一家離散か、差し押さえを食って路頭に迷うか、どうせ碌なことはあるまい。しかし、いろいろの兆候から見て、今年の夏あたりから日本中が、いや世界中が私たちのような窮乏状態になるらしいから、私たちは少々早手回しにその状態に入って、世間が追いつくのを待っているだけかもしれない。サラ金会社も倒産するだろう。私の借金も棒引きになってしまうだろう。それなら、思い切り借金をしておいたほうがいい。
ウツね。これも先取りなのかもしれない。私はまだ一度もその衝動に駆られたことはないけれど、ウツの極致は自殺と言われる。自殺する人が何十万人も出る時代になれば、同病者は激増するわけだ。そうなったからと言って、別に私の心が慰められるわけでも何でもないが、状況がどんなに悲惨であろうとも、私は早くソウに移りたいと思っている。事実、私の場合の爽快は周囲の情勢の如何に関係なくやってくるもので、このソウには周囲の難局を処理する力も伴う性質のものだ。ウツ期には確かにエネルギ−の蓄積がある。まあ、このようにどうにか文章が書ける程度の軽いウツが続いてくれれば、何となく暮らせるだろう。さっきも煙草が切れたので、ショ−トピ−スを2カ−トン、愉美子がツケで手に入れてくれた。ツケにも限界はあろうが。
私は、正月の3日に見学した奈良県の榛原町の「心境同人共同体」に感心し、一時はそこに移住して、この貧乏暮らしから抜け出そうと思ったが、睡眠時間が不規則でショ−トピ−スを欠かすことができないこの我儘者が、共同生活に合うはずはないと思って、結局諦めてしまった。出稼ぎのつもりで、大阪市役所の汲み取り屋になろうとも考えたが、体力に自信なく、これも断念した。よって、こうして現状のまま座り込み、「坐して餓死を待つ」という具合になっている。餓死するかしないかは、これから先を見ないと分からない。今まで生きてこれたのだから、これからも寿命の限りまでは生きてゆかれるのでは、という淡い望みしかない。故に、神の助けを100%信じているわけではない。神が、人類56億分の1である、この渺(ビョウ)たる一個人の生活の隅々まで世話を焼いてくれるということが、もう一つ信じられないでいる。そういう信仰のあるなしにかかわらず、つまり私の信仰心と引き換えに、条件付きで人間の面倒を見るといような厄介な神であれば、それは要らないと思う。神との取引ほどシンドイことはない。私は、今までにその取引をずいぶんやって、ほとほと疲れ果ててしまった。
取引対象の神はご免蒙る。
ウツと失業