lこ勤めているサラリーマンもあり、政府末端には、私が寄生している福祉事務所がある。
私はついつい彼らの言いなりになり、社員が社長lこペコペコするのと同じ状態になってしまった。そして、このことlこ気づき出したのは、酒をやめてからのついこの頃なのである。

 彼らの恵み銭に甘えているうちに、私の精神はだんだん惰弱(ダジャク)となり、意気地なしになってしまっていた。
 生活保護を受けたのは、私の決意ではなく、ある泥棒中年・ハナイの差し金だった。頭ごなしに私を「ジイ」と呼んで意気を阻喪(ソソウ)させ、インフル工ンザで寝ていた私から、毟れるだけのカネをみんな盗み、私の身柄を福祉に預けて、その後は行方不明である。
 年齢が満七○歳になったというので、ベースアップなのか、私の受給額は12万余りとなった。そこから家賃+アルファの4万4000円を支払い、あと電気・ガス・水運・電話などを払ってゆくと、食費も残らないのが受給者全部の実情である。飯が食えない受給者のために、宿泊と食事を無料で提供する「短期・老人ホーム」やデイサービスがあるが、実際はどこも満員で、すぐlこは利用できない。しかも、「短期・老人ホーム」では、ワープロの持ち込みも許されず、先客の終生収容の老人たちの真似をして、寝転がったり、娯楽室でテレどを観たり、タバコをふかしたりするだけの無為の毎日。私も日々、その老人たちの真似をしたが、3食にありつけるという点以外には、なんの興味もなかった。あそこにいたら、私はすぐ死んでしまうだうう。公費の老人ホームは、姥捨て山の現代版である。
 それに私みたいに100万近い借金を背負っている者は、絶対入れないことlこなっている。こちらからも願い下げだ。
 それlこ、福祉は私lこ時折の寄付金を全部正直lこ申告せよと迫る。もし、寄付額が4万円ずつ3カ月続いたら、次から支給額はゼロとなる仕組みである。政府出先機関lこでも、いつしかペコペコする習慣がついていた私は、その申告をすると「約束」をしてしまった。

 しかし目が覚めてみれば馬鹿馬鹿しい。私に絶対正直を要求できるのは神だけである。
247 鎌倉市城廻423−98・光田容子さんから、その点、強いお叱りを受けた私は、やっと目が覚めた。金権政府のカネは「天税」として没収しよう。そして、寄付は積極的に受け付けて、福祉には何も言うまい。完全な挑戦である。いくら政府とは言え、私の銀行通帳を自由に閲覧する権利はないのだ。私からの「虚偽の報告」を呑むしかない。
 この所を読んで、「全部バラシて、リンジーから生活保護費を取り上げるぞ」と私を脅迫する人はまあいないだうう。いたとこうで、無視するしかない。

 『遺文』が威勢よくなってしまった。だから、2号を最終号とする。次は全部自由価のブックレツト(16ページ)となる。ほかにも、ニューズレター的機能を持たせて、『橿原の声』(毎月一冊)を書くかもしれない。
 読者はまたどこかから集まってくる。それは確信する。愉美子から前に段ボール箱で来た、天神時代からの「返事をしていないお便り」が沢山ある。それから手をつけようと思っている。しかし、この弱視ではあまり長いあいだ書けない。余った工ネルギーは、元気な発声器官を使ってテープlこ入れる。仙台女神のようlこ能力のある女性が原稿に起こして、一般市場で販売するといい。私は今のところ童話を書きたい。
 すでlこ、日女ちやんあてに、「ポリポリ神さま」などの“子供の神さまシリーズ”を録音している。まだ死ねない。

                          ー17−
全くの変な仕儀で
                                       在明日香960804/1935
ダブルのボケをやってしまい、全ページ数が16でな<18になってしまった。
 P18だと、まだ郵税に変化がないというようなことを、以前lこ安達勉さんから聞いたことがある。それにしても、ミニ「私家版」配布人の松嶌徹さんには、いかい迷惑をかける。
 村井英人君などlこも、この号を送ってやりたいのだが、刑務所内の因人は、他人との文通ができない規則lこなっているから、私からの差し出しで投函しないといけない。その定めには、松嶌徹さんから一冊私に送ってもらってから、それを堺市の大阪刑務所に転送という、大変厄介な手順を蹟まねばならない。これが、サチャ・サイババが言うダルマであうう。ダルマに振り回されると、つい腹が立つことがある。そんなもの、無視してしまえが、30代からの私の人生だった。夜更けの交差点で、緑の信号が出るのをジッと待っている気持ち。ワン公など、赤でも構わず車道を横断する。人間だけが、それを羨ましそうに見ているのが、理想的ダルマ人間の横顔である。
 私の哲学では、ダルマlこ二種類あることlこなっている。宇宙絶対ダルマと世間相対ダルマである。回教国での一夫四妻のダルマ(法律保証)は、インドでも日本でもアメリカでも通用しない。相対ダルマは国lこよって異なるだけでなく、時代によっても変化する。隣家の男爵か公爵の夫人と不倫をした北原白秋lよ、しばらく臭いメシを食った。今は、不倫で投獄ということは、日本lこはない。隣の中国では、即・死刑かもしれない。時代はドンドン変わる。これから50年後の、地球人ダルマはどうなっているだううか。国境がなく均一化しているか、相変わらず「臭教」が隔てを維持しているかな。
 宇宙絶対ダルマは「殺すな」だけでいいと思うが、地球の神国化(無貨幣社会)が進めば、だれも盗んだり殺したりをしなくなるから、ダルマそのものが消滅するだろう。すると、絶対ダルマは「神を愛せよ」くらいになってしまうか。しかし、愛は命令を必要としないから、結局、絶対ダルマなるものも存在しないのだうう。

林 睦子さんからの大荷物には
                                       在明日香960804/1957
 一生分くらいの老人おむつが入っていたが、それより嬉しかったのは八女茶だった。
 私は東京生まれだから、だいたい静岡茶系統に慣れてきた。元をただせば、宇治茶の玉露に見るような日本製茶工芸の粋にたどり着く。九州の茶は中国系の素朴な釜煎り茶である。嬉野(うれしの)や八女(やめ)では名品を産する。九州人は幼いときから釜茶に馴染んでいるから、宇治茶系統の煎茶を特に美味いとは思わないようだ。私は清川l村時代に裏庭で茶摘みをやり、自分でそれを煎って揉んで作ったから、あの味もよく分かる。
 あしたは、軽脱肛をぶら下げて、八木まで買い物lこ行かねばならないと思っている。酷
暑はともかくとして、歩行が難儀である。愛神さんも脚が弱くなったと嘆いておられた。

淀川長治さんみたいに
                                       在明日香960804/2224
 高齢者でも元気な人は幾らでもいる。酒井愛神さんが1キロは歩けなくなったように、
金さん銀さんも介護なしでは歩けまい。皆の周囲lこ、さまざまの形で老いてゆく人々がい
る。50歳で活発lこ働いている人も、いつしか自分も高齢者の仲間入りをする。
 『遺文』を残すのは早いほうがいいが、それが済んだら、「神人一如」の手記を残そう。
文章が書けない人は心友に話すか、深夜に神仏と深く語り合おう。それが孤独道だ。

                       −18/18−
やまと時代;リスト