Chapter2. >connection

「とにかく情報が圧倒的に少ない。ICPOも何もつかんでいないのか?」
「米軍ですら知らないような情報を私達が持っていると思う?」
 セーフハウス内、PCがところ狭しと並ぶ中でナッシュはディスプレイを眺めつつ電話を握り締めていた。電話の相手はICPOの女刑事、春麗。一緒に麻薬捜査にかかわって以来、時々情報をやり取りしている。
 今回の件に関して、ナッシュはまずできるだけ資料を集めようと決めていた。一応軍から手渡された資料はあるが、あまり信用のおけるものではなさそうなものが多数混ざっている。それに軍の上層部が何を企んでいるのか今のところ掴みきれてない以上、軍の情報だけに頼るのはある意味危険である。そこで春麗に情報交換を求めるつもりで連絡を取ってみた。
 一方の春麗は奇遇というか必然というべきか、ナッシュと同じ件に関して情報をできるだけ集めるような任務を受けていたらしい。が、彼女も苦戦しているとのこと。似たり寄ったりな状況なのである。
 大体対象が非現実的過ぎるのだ。「波蝕の鎧」とは。
「噂だけならよく聞くのよ。『一晩にして村の人間が消えたのは「鎧」の仕業だ』とか、『植物が歩いてた』とか『何もない空中から突然人が現れた』とか。どれもよく聞く噂なのに根拠が無いの。火のないところに煙は立たぬってよく云うけど、本当にはっきりした証拠が見つからないのよ。一番多いのは『雲の間に船が見えた』って云う噂。船って何なのかしら。」
「それはこっちのデータにもあるな。だが『見た』という時間帯にその地域を通った航空機その他は一切無い。少なくともレーダーに引っ掛かってはいない訳だ。……完璧なステルスを積んだ飛空艇みたいなモノでもあれば話は別だが。」
「……何だか『お伽噺』みたいな世界になってきてるわよね。ベガを追ってるほうがよっぽど気が楽だわ。」
 そう言うと春麗はため息をついた。相当てこずっているようだ。ただ、それらの噂がただの絵物語で、最近各地で起こっている異常な現象がすべて何らかの原因に裏打ちされたものなら、ICPOやアメリカ軍、そしてその他に動いている機関(具体的にどういう団体が動いているのかは詳しく情報が入ってきてはいないが、結構多いようだ。)が一斉に乗り出す事は無いだろう。本当に不可解な事象なのだ。
「……でも貴方が動くってわかってたらこっちからもっと早く連絡をしたわよ。その方が私も動きやすかったのに。……この件に関しては貴方一人? ガイル少佐とは組んでないの?」
「──いや、アイツは休暇中だ。家族サービスの真っ最中らしくて連絡すら取れん。」
「そうなの……。」
 そう言う春麗の口調はいささか疲れているように感じる。情報が集まらないという事以前に何か問題を抱えているような気配だ。
「……何か他に問題でもあったのか? 一人で調査している訳でもあるまい。」
「それがね…、この件を調べ始めた時にたまたま『目的が同じ』という人に会って……。取り敢えず協力しましょう、という事になったのは良いんだけど………あッ!ちょっと!?」
 突然電話の向こう、春麗の方が急に騒々しくなった。様子から察するに、その「同行人」が何かやらかしたらしい。
「何処へ行くのよ!!まだ……ッ!もう!! ………ごめんなさい中尉、また連絡するわ……ってちょっと待ちなさい!!せめて人の話を……。」
 変なエコーを残しつつ、春麗は電話からフェードアウトした。
 ナッシュは春麗の携帯に電話をかけたはずである。その携帯すら切らねばならないほど春麗を振り回すとは。一体春麗は誰と組んで動いているのか。春麗の口調からも気になるところではあるが、まぁ同じ件を追う限りいつかは会う事もあるだろうし、一緒に動く可能性もあるだろう。せめてその同行人が何者であるかは聞きたいところであったが。

 予想はしていたが思った以上に情報が集まらず、ナッシュはため息混じりに受話器を戻した。と、いきなり上から人が覆いかぶさってきた。
「ちょっと、いつまでそんなつまらない事しているつもりなのよ?」
 退屈が嫌いな夜の女王は勝手に付いて来ておきながら、ナッシュの行動に不満を持ち始めているようだ。先程から「外に連れて行け」とうるさくしている。
 ナッシュは「待ち」をかけるつもりだった。支障のない程度にできるだけ時間を稼ぐ。そうすれば情報も集まってくるだろうし、何よりもガイルが休暇から明けてくれば協力を請える。
「そんなに暇なら好きに行動すれば良いだろう。何も一緒に動く事はない。」
「………こっちにも事情があるのよ。」
 ナッシュのそっけない言葉にふてくされてモリガンが答える。モリガンは半ば意地になっていた。夢の中はもとより現実で実際にモリガンに会って、ここまで全く自分の虜に出来なかった男は今までにいない。まして相手は人間である。ここはサキュバスのプライドにかけても引くわけには行かない。
「──別に貴方がここでその小さい画面みながら腐っていようが私は構わないけど。昨日から何も食べてなくてこんな部屋に閉じこもってていい考えが浮かぶのならね。人間ってそういうものなのかしら。」
「──。」
 モリガンにそう言われて、ナッシュはここへ来てから何も食事を取っていないことに初めて気がついた。昨晩のうちにこのセーフハウスへ移動し、仮眠を取った後はずっと資料整理と収集に熱中していたのだ。時計に目をやるともう昼に近い時間である。
 確かにこのまま部屋に閉じこもって資料を集めてみても、まともな結果は出そうにない。大体部屋にいたのでは、いくらネットワークという便利な代物が合ったとしても情報収集には限界があろう。
「……サキュバスっていうのも腹は減るわけか。」
「人間が取るような食事は食べても食べなくても同じ。私にとっては意味が無いわね。もっとも、貴方が『協力』してくれるのなら話は別だけど。」
「……で、」
 モリガンの台詞の後半は聞かなかった事にし、ナッシュは立ち上がって上着を手に取った。人に言われて空腹を自覚すると、取り敢えず何か入れておかないと落ち着かないような気になる。
「君の言う通り頭を切り返る為に食事に行くが、君はどうする?」
「行くに決まってるじゃないの。さっきからうるさいくらい言ってるのに。」
 モリガンは自分の行動にいささか不条理さを感じた。人間ごときに振り回されている自分がいる。しかしそういう状況は滅多にあるものではなく、それはそれで楽しんでいるのもまた事実である。モリガンは難しく考えるのは止め、ナッシュに従ってセーフハウスを後にした。


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