Chapter3. >再会

 ナッシュのセカンドハウスの近くには鉄道のターミナル駅があり、その中には結構大きなショッピングモールが形成されている。昼に近いせいか、構内は真っ直ぐに歩けない時もあるくらい結構混雑していた。よくよく考えれば、今日は世間一般で言う「休日」なのだ。
 ナッシュとモリガンは適当な店のカウンターに腰を落ち着け、軽食と飲み物を注文した。
 ナッシュは先程からやたら人の視線を感じるのが気になっていた。しかも自分ではなくモリガンに集中している様子。モリガンの格好を横目で見てみるが、出る直前に着替えたのか普通の人間とさほど変わらない。……と、そこまで考えてナッシュはモリガンが人間ではない事を思い出した。なるほどサキュバス〜夢に出て精気を吸い取ると云う夢魔〜の性質か、普段から何もしないでいても人を引き付けるフェロモンのようなものが出ているらしい。故にどうしても注目を浴びるのであろう。
 そしてそれ以前にふと、とある疑問が浮かんだ。
「……君は昼間出歩いても大丈夫なんだな。」
「私はいわゆるヴァンパイアとは違うわよ。案外知らないのね。」
 呆れてモリガンが答えた。この男、切れ者のように見えて変なところで抜けている。一方のナッシュは「あぁ、そうだったな」という顔をして、今しがたウェイトレスが持ってきたコーヒーに口をつけた。
 その時。
「久々に会ってみれば女連れとは、アンタもなかなか隅に置けないな、中尉殿。」
 不意に後ろから声がして、肩をかなり強い力で叩かれた。その勢いで飲みかけたコーヒーが思い切り気管に入り、ナッシュは激しく咳き込む。
 その半分涙目になった視界に入ってきた者はガンビットだった。物にエネルギーをチャージし爆発させる事の出来るミュータントでX-MENの一員の赤髪の色男は、咳き込むナッシュを楽しそうに眺めている。
 ようやく咳が収まったナッシュは、それでもまだ辛そうに口を開いた。
「……何でお前がここにいるんだ。」
「何でとはご挨拶だな。それとも『マズイとこ見られたって』ヤツか? ……しかしまぁ、お堅い中尉殿がこんな美しいお嬢さんと一緒とはね。」
 ガンビットがモリガンの方に目をやり、にっこり微笑んだ。それを受けてモリガンも極上の笑みを返す。
「貴方と遊ぶのも面白そうだけど、ここでその後ろのお姉さんと一悶着起こすのはちょっとマズイかも知れないわね。」
 モリガンの視線の先、ガンビットの後にはもう一人のX-MEN、ローグの姿があった。
「……単なる挨拶だぜ、シェリ。」
「別に今更突っ込む気も無いわよシュガー。いつもの事でしょ。」
 ローグは呆れた顔をしてガンビットを一瞥すると、その視線をナッシュに向けた。
「お久しぶり。でもホント、珍しいところ見ちゃったわね。」
「……何とでも言ってくれ。」
 もう好きにしろ、といった具合にナッシュは肩をすくめる。その様子にローグはくすくす笑い、続けた。
「折角だからお昼をご一緒しない? ……それともデートの邪魔しちゃ悪いかしら?」

 結局仲良く昼食を共にする事になった一行は店の隅の方にある目立たないテーブルを確保すると、一番奥にガンビット、その正面にナッシュ、ナッシュの横にモリガン、モリガンの正面(要するにガンビットの横)にローグといった形で腰を落ち着けた。
 一通りの食事を終え、空腹が満たされた頃にナッシュが思い出したように切り出した。
「……でだ。さっきの質問の答えをもらってないんだが。」
「まぁこの店に入ったのは偶然だ。でもいつかは会うだろうとは思ってたぜ。」
 ガンビットはイスに深々と座り直しつつ答えた。
 そして『もうわかってるんだろ?』という視線をナッシュに寄越す。
「他のメンバーも来ているのか?」
「──いや、ここには来ていない。実は俺達はマンションに戻る途中なんだ。」
 そう言いつつガンビットは煙草を取り出した。しかし火をつけることはせずに、手で色々持ち替えたりして玩んでいる。
 ナッシュはそんなガンビットの様子をみながら少し考えた後、改めて目の前のX-MENを正面から見据える形で向き直った。
「X-MENが動いている、という事はやはり『それなりの事態』という事か。」
「さてね。ただの夢物語かも知れない。」
「お遊びは無しにしようぜ、レミー」
 ナッシュはガンビットのトレンチコートの襟元をつかんで引き寄せ、感情を押し殺した低い声で言う。
 そんなナッシュの様子にガンビットは首をすくめた。
「……呆れたな。なんだかムキになってるように見えるぜ、モナミ。」
「軍が何を企んでいるかを知るには、『波蝕の鎧』の正体を突き止める方が手っ取り早い。」
「でもよく言うだろ?『君子危うきになんとやら』ってね。」
「──例え当たる確率の低い賭けでも、最初っから降りてりゃ勝てる訳が無いだろう。」
 ナッシュの言葉に、一瞬ガンビットは虚を突かれたような意外そうな表情を浮かべた。
「いい根性してるぜ。まぁ最も、俺達も対した情報を持っている訳じゃないんだが。」
 言いつつガンビットはコートの内ポケットから1枚のディスクをとりだし、テーブルの真ん中に目立つように置いた。
 それを見たローグが思わず腰を浮かす。
「ちょっとレミー、それ渡しちゃっても良いの?」
「もう俺達には不要のモノだ。それにどうせ今から戻るんだぜ?シェリ。」
「そりゃ、そうだけど。」
 一応は納得したように座り直すローグを尻目に、ガンビットはディスクをナッシュの方へ押しやった。
「アンタが望んでいるようなネタは無いと思うぜ。現状では何処も似たり寄ったりだ。」
「構わん。無いよりはあった方がいい。……借りができたな。」
「よせよ。そんなものはその気になりゃいつでも返してもらえる。それよりもやたら情報を集めるのはいいが、それに躍らされないようにしろよ、モナミ。」
「あぁ……。一応心に留めておく。」
 ナッシュは答えながらディスクを受け取り、上着のポケットに収めた。X-MEN等が持つ科学技術力は想像を遥かに凌駕する。人間とは少し違う観点で集められた資料は、例え内容が同じであったとしても何らかのヒントを得る手段にはなるかも知れない。

 ナッシュとガンビットが二人で話し込んでいる間、モリガンはある一つのことがずっと気になっていた。正確に言えば、モリガンの中にいる『もう一つの人格』がそれの正体を知りたくてウズウズしているのだ。
「ねぇ……それは一体何?」
 モリガンはローグが先程からずっと抱えている『モノ』を指さして聞いた。
 頭部が黄色く、胴体が青いまるで大きなブリキの人形のようなその『モノ』は、ただの人形かと思いきや実はロボットか何かの類らしく、ちょこちょこ動く上に先程はサンドイッチまでつまんでいた。食事まで摂るのである。
「あぁ、コレ? 途中で『拾った』のよ。どうも迷子みたいね。」
 ローグは思い出したように抱えていた『モノ』を目の前に持ち上げた。そのロボットのような人形のような物体は、真ん丸な目でモリガンを見るとぴょこっと右手を挙げた。
「ボク、コブンです」
「……口がきけるの!?」
 モリガンがちょっと驚いたように声を上げる。ローグは「そうなのよ」と言いつつコブンを元のひざの上に下ろし、続けた。
「でも他に喋る言葉といえば、今みたいな自己紹介と『ご飯ですよ〜』と『トロン様〜』位よ。どうもその『トロン』というのがこの子の保護者みたいなんだけど。」
「ふぅん……。」
 モリガンは頬杖をついて、改めて目の前のコブンを観察した。一方のコブンはくりっとした表情でモリガンを見返している。
 と、唐突にナッシュが会話に加わった。
「じゃぁそいつは君らの仲間というわけじゃなくて、単に保護してるだけなのか。」
「……そういう形になる……のよね、一応。」
 ローグがナッシュの方を振り向きながら言う。いつの間にかナッシュとガンビットの会話は終わっていたらしい。
「俺はまた君達の仲間が変な発明でもしたのかと思ってたンだが。」
「こんなユニークなモノを作れるヤツはさすがにチームにいないぜ。」
 ナッシュの感想にガンビットがコブンの頭を軽く叩きながら答える。
 その会話から他のX-MENのメンバーの様子やそれぞれの近況の話になり、4人はコブンの動きを見つつしばし雑談を交わした。

「さて、と。ずいぶん長居しちまった。」
 ガンビットが店の時計を見つつ思い出したように腰を上げた。最早店に入って数時間が経過している。昼食の混雑はいつの間にか解消され、店内の人もまばらになっていた。
「さっきも言ったように俺達は今からマンションに戻らなきゃならないんでね。コイツの身元も確認せにゃならん。」
 そう言いつつガンビットは続いて立ち上がったローグに抱えられたコブンを指差した。
 そんなガンビットとローグの様子をナッシュは座ったまま見上げ、口を開いた。
「いずれまた会うことになるだろうな。」
「……お互いに生きてりゃな、メザミ。」
 ナッシュの言葉にガンビットは手をひらひらと振って答えると、「じゃな」と短く別れの挨拶を告げてローグと連れ立って店の外に消えていった。
 例え偶然であれ、ここでガンビットやローグといったX-MENと出会えたことはナッシュにとっては幸運だった。それに多少なりともこの事柄に対する方向性が見えてきているような気がする。少なくとも次に向かう先の糸口はボンヤリと浮かび上がっている感じだ。
 そんなナッシュが考えをまとめようとしている時、正面の座席にモリガンが移動した。そのナッシュを見つめる眼差しには何となく笑みが浮かんでいる。
「──それで、何か収穫はあったワケ?」
「まぁ色々とな。」
「……実はね、今まで言ってなかったんだけど。」
 モリガンはちょっと身を乗り出す感じで座り直すと、改めて口を開いた。
「私は私なりに色々と情報を持ってるのよね。その『波蝕の鎧』に関して。貴方がさっき電話で話してた『空を飛ぶ船』も実際みたことがあるのよ。」
 モリガンが言い終わるか終わらないかのうちに、ナッシュは腰を浮かせた。
「何故今まで言わなかった!?」
「聞かれなかったし、何より聞く耳持たなかったじゃない。私始めに言ったわよね?『波蝕の鎧に興味があって人間界に来た』って。そりゃ私なりに色々情報を集めるわよ。」
「……それはそうだが……。」
 ナッシュは力を失ったように再び腰を落とした。身近に情報源が居たにもかかわらず、全くもって思い付かなかったのだ。
 この件に関して余程焦っているらしい自分に今更のように気が付く。
 モリガンは更に威圧するようにナッシュの胸元に指を当て、続けた。
「いい?この私がこんなに大人しくしているっていうのは、私にしたら破格の大サービスなワケよ。こんな機会は滅多に無いのよ? ……それともそんな事も解らない位余裕なくしてるのかしら。だとしたら……」
「いや、確かにその通りだ。」
 ナッシュはモリガンの言葉を塞ぐように答えると、軽くため息をついた。ここは一つ落ち着いて気持ちを切り替える必要がある。ある程度の『余裕』が無ければ損をするということは充分解っていたはずなのに、こんな出だしでつまづいていたのでは先が思いやられる。
「取り敢えず部屋に戻ろう。そこで改めて今後どう動くかを検討したいんだが、君の意見を聞かせてもらえるか?モリガン。」
「ちょっとは目が覚めたみたいね。これ以上貴方が周りを見失ったままだったら見切りをつけるところだったわ。」
「……つけてもらったほうが良かったかも知れないが……。でも忠告は感謝する。」
 苦笑しながら立ち上がったナッシュは素直に例を述べた。
 その意外な言葉にモリガンは一瞬きょとんとしたが、すぐに気を取り直すと店の出入り口にある会計の方へ向かって歩いていくナッシュの背に向かって聞こえるか聞こえないかの小さい声でつぶやくように言った。
「私、自分の目は信じることにしてるの。貴方と一緒にいれば退屈しないと思ったんだもの。もうちょっと楽しませてくれなくちゃ。」

 


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