チャールズ・エグゼビアが創立したミュータントの為の学園『恵まれし子らの学園』
その地下室にあるコンピュータールームで、ガンビットはだらだらとプリントアウトされた紙の束を流し見ていた。
その紙には今回『波蝕の鎧』に何らかの形で関わっていると思われる人物の名前と、そのそれぞれの略歴がリストになって出力されている。現在判っている分だけの名簿だが、それでも結構な数になる。よく見知った者もいれば、初めて見る名前もあり、人種・種族もまちまちだ。
その中で、ガンビットの手を止める名前があった。
“モリガン・アーンスランド”
ナッシュと一緒にいた女の名だ。確かに何処かで見た事のあるような気はしていた。しかし何故今まで名前を思い出さなかったのだろう? いくら人間ではないにせよ、彼女は『女性』である。
そういえば先に一緒に食事をした時、名前を聞いていなかった事に今更のように気がつく。上手い事はぐらかされていた感じだ。
──あの女……──
あの場で彼女が敢えて名乗らなかったのは、やはりローグとのいさかいを避けるつもりだったのだろうか。それとも何か別の思惑があっての事か。──恐らく後者の方が確率は高いだろう。
しかし何故、魔界の権力者に名を連ねる夜の女王がアメリカ空軍中尉と行動を共にしている……?
ガンビットがそうやって考え込んでいると、賑やかな足音と共にビーストが入ってきた。
「やぁやぁ、色々と忙しいな。」
そう言いながら持っていたディスクを差し込み、大きなモニタの前に腰を落ち着けて色々と入力を始める。
一方のガンビットは、今まで手にしていた紙の束をプリンタの棚の上に放り出すと、近くにあった椅子を引き寄せて背もたれを抱え込むように座り、ビーストの作業の様子をなんと無しに眺めた。
要するに今のところそのビーストの作業が終わるまで暇なのだ。
ガンビットとローグが一旦この基地に帰ってきた理由は、途中で出会ったコブンの身元確認はもちろん、携帯型セレブロの改良版ができたという連絡を受けたからである。そしてそのついでに他のメンバーとの情報交換を行うはずであったのだが……。
ガンビットはふと思い出したように口を開いた。
「ところで俺達が帰ってきてから他のメンバーの姿を見ていないンだが……。サイク達は?」
「リーダーはウルヴァリン、サイロックと共に先に出たよ。」
「先に行った? ──何かあったのか。」
ビーストの意外な返事にガンビットは少し驚いたような感じで切り返した。
ガンビットとローグは先発隊だった……というより、別件で出かけていた時に『波蝕の鎧』に関する情報が入ってきたので、そのまま調査に向かっていたのだ。よって他のメンバーの動向は全然把握していなかったのだが、一度集まってミーティングを行う、という予定を立てたのは確かサイクロップスであったはずだ。
ビーストは一旦ガンビットの方を振り向き、やや複雑そうな表情を浮かべた。
「実は数日前からケーブルの行方が判らなくなっていてね。連絡がつかないんだ。それで捜しに行っている。」
「……セレブロは?」
「今ジーンとプロフェッサーが懸命に努力しているが、何故か引っかかってこない。」
「……。」
ガンビットは難しい表情を浮かべながら腕を組んだ。
妙な話だ。ケーブルはサイパワーが使えるので、連絡を取ろうと思えばいつでも取れるはずである。そしてもし万が一、ケーブル自身が連絡を取れないような状況であったとしても、世界トップクラスのテレパシストが最先端のセレブロを使って捜索しているのだ。引っかかってこない訳が無い。
なのに行方が知れないとは。
「──まぁ殺したって死なない奴だがな。」
「そりゃそうだ。」
ガンビットの呟きに、ビーストはため息交じりに同調して視線を戻した。
でも心配な事に変わりはない。むしろだからこそ心配であるといえる。
「で、他は?」
「ストームとアイスマン、そしてマロウで1チーム。こちらは消えた街の捜査に行っててまだ帰ってきてないんだ。」
「……聞いていいかモナミ。その実にセンスの良いチームの組み方は一体誰が考えたンだ?」
つい思わずガンビットは呆れ顔を露骨に表情に出した。
水と油の関係にあるストームとマロウを組ませるなんてどうかしている。間に入る羽目になるアイスマンの胃の具合を、つい思わず心配してしまうようなチームだ。
チームワークを考えるなら、サイクロップスのチームもいささか疑わしい。ケーブルの捜索という名目なので、サイパワーの持ち主であるサイロックと、嗅覚が非常に鋭いウルヴァリンというチーム編成は確かに間違っていないように思えるのだが……。
それにしてももう少しなんとかならなかったものか。チームワークで人の事を言えた義理ではないが、ガンビットはその2チームの雰囲気をそれぞれ想像していささかうんざりした気分になった。
と、そこへ
「何うんざりした顔してるのシュガー?」
という言葉と共に、ローグが入ってきた。胸にしっかりとコブンを抱えている。
そのローグの様子を見たガンビットが一言。
「……随分とお気に入りだな、シェリ。」
「何言ってンのよ。ちゃんと捕まえておかないと何処行っちゃうかわかんないんだから。」
さして気にする様子も無く、ローグはコブンを床に降ろした。
そのコブンはしばらくきょろきょろと辺りの様子を見回していたが、別に危険なものは何も無いと判るとおもむろに何やら白いものを取り出した。
「……?」
そして一体何をするつもりなのかと一同が見守っているのには全く気にかけず、コブンはその白いものをかざして前へ投げた。
紙飛行機だ。
コブンはそれを嬉しそうに追いかけ、部屋中をぱたぱた走り始める。空中を音も無く飛んでいく紙飛行機を右へ左へとひたすら追いかけ続け、果てに良い音を立てて真正面から壁に激突した。
もちろん上を見上げて走っていたのが原因だ。そのまま後ろに倒れて目を回している。
あまりにもお約束を通り越したような結末に、ガンビットは却って毒気を抜かれてしまった。
「おいおい、なんなんだコイツは。」
「だから言ったじゃない。──ところであの子が何なのか、誰の物なのかわかった?」
ローグはもうあのコブンの行動には慣れきってしまっているらしい。構わずビーストの方に話題をふる。
「……それが判らないんだよ。これほどの技術を持った科学者なら我が輩の耳にも入ってきているはずなんだかね。どうも思い付かない。それにこいつは見かけによらず遥かに高機能だ。我が輩にも判らないシステムをたくさん使用している。下手に触ると本当に壊してしまうからこれ以上はちょっと無理だな。」
ビーストが眉をひそめて答えた。コブンが言う『トロン様』という名前に聞き覚えが無い。そしてこのコブンは壁にぶつかって目を回してしまうようなロボットだが、未知の機能がたくさん装着されている。技術的に見た事がないシステムが多数使われているのである。出来れば全部分解してみたいところなのだ。
──一体このメカは、誰が何の目的で作ったのだろうか──
そんな風に思いを巡らすビーストに、ガンビットが横槍を入れた。
「我らがマッコイ博士でも、解らない事はあるンだな。」
「何を言う。」
ビーストは意気込んでガンビットの方を振り向いた。
「解らない事があるからこそ知ろうとし、そして学ぼうとするのではないか。いいかガンビット、そもそも我が輩は……」
「ハイハイくだらない話はそこまでー。」
『お喋り好き』なビーストがいざこれから演説を…と立ち上がりかけた時、絶妙なタイミングでジュビリーが入ってきた。
「くだらないとは何事だジュビリー。我が輩はガンビットに学ぶ事の大切さをだな……」
「それがくだらないって言ってンの。」
不服そうなビーストを冷たく突き放すと、ガンビットの前に大きな封筒を差し出した。
「ついさっき届いた写真。教授が持ってけって。」
「何だ?」
ガンビットは多少訝りながらも受け取り、早速中を開けてみる。
「……!」
出てきた写真は計6枚。
そのうち5枚はまるでCGで合成したような、一種の非現実感を漂わせている見事な写真だ。
「何なに?何の写真?」
黙り込んでしまったガンビットに興味を覚えたローグが、近寄ってきて覗き込む。そしてやはり息を呑んだ。
そこに映し出されていたのは、雲という大海原を雄大に進航する巨大な船。波蝕の鎧を追う者なら必ず一度は耳にするあの『船』だった。
「……これが噂のヤツね。」
感嘆を交えてローグが呟く。その横で、ガンビットは最後の一枚を見ながら口を開いた。
「なぁジュビリー、コレ誰が送ってきたンだ?」
「クモ男。」
「ふむ。」
成る程よく撮れている。
写真には一枚A4サイズの紙が添付されていた。この写真を撮るに至った詳細、及びその後起こった事故の内容と、その関係者の名前が簡潔に書かれているレポートのようなものだ。
ガンビットはその紙にざっと目を通すと、最後の写真と共にローグに渡し、ビーストの方を振り向いた。
「そのセレブロはあとどれ位で準備できる?」
「もう5分とかからんよ。すぐに行くのか?」
「……そのつもりだ。行き先は決まったしな。」
口の端に意味ありげな笑みを浮かべつつ、ガンビットは立ち上がった
最後の写真は『関係者』の記念撮影らしきものだった。その中には先程会ったばかりの、見慣れた顔がある。
──いい処ばかり持って行かせる訳には行かないぜ──
そう思いながら、ドアへと向かう。その背中に向かって、
「まぁせーぜー頑張って目立ってらっしゃいよ。」
今回は教授より『お留守番役』を任命されてしまったジュビリーが、膨れっ面で手をひらひらさせた。彼女の言動は非常に判り易い。
「──あぁ、そうさせてもらうぜ。」
ガンビットは肩越しに振り返ると、そう言い残して部屋を出ていった。
「なぁーに張り切ってンの?あの色男。」
「結局私たちが一番出遅れてるし、大方どうやって美味しいところ持って行こうかって考えてるんじゃないの?」
口をとがらせたジュビリーに、最後のレポートに目を通していたローグが失笑交じりに答える。ガンビットもまた、割と判りやすい性格の持ち主といったところか。
横でビーストが、やれやれといった感じで軽いため息をつきながら頭を振った。
「もう出るのなら、先に教授のところへ行って話をしておくといい。何か他に新しい事があるかも知れない。その間にこれの最終調整をしておくよ。」
そのビーストの提案に、ローグは写真を封筒に収めながら頷いた。
「──そうね、そうするわ。」
廊下に出たガンビットが無意識にカードを取り出して鮮やかな手つきでシャッフルしつつ歩いていると、後ろからローグが追いかけてきた。先程コンピュータールームに入ってきた時と同じようにコブンを抱えている。ただ前と違うのは、コブンが目を回したままだという点だ。
「連れてくのか?」
「そうよ。だって波蝕の鎧の調査の最中に『拾った』んだもの。連れていった方が案外持ち主に会えるかも知れないし。それに……」
ローグはちらりと後ろを振り返るそぶりを見せて、続けた。
「置いてって誰が面倒見るのよ。」
確かにその通りだ。エグゼビアとジーンは、他のメンバーのフォローをすると同時にケーブルの探索の為にセレブロにかかりきっている。ビーストは情報収集と整理に忙しい。
そして一番手が空いていそうなジュビリーは、任せれば間違いなく『キレる』だろう。
「……。」
ガンビットは黙ったまま、シャッフルしたカードの中から1枚勢い良く引き抜いた。
「で、やっぱり後を追いかけるの?」
「まぁ…そういうことになるな。」
ローグの質問にガンビットは半分上の空といった感じで答える。視線はたった今引き抜いたカードに固定されたままだ。
そしてわずかに隙間の開いた窓の横を通り掛かった瞬間、その隙間めがけていきなりカードを投げつけた。
瞬時にチャージされたカードは一筋の光線を描き、隙間をくぐり抜けて庭の木にぶつかる直前で閃光と共に炸裂した。
「ちょっとガンビット。人がいたらどうするのよ。」
ローグが驚いて声を上げる。
「そりゃ、運が悪いな。」
ガンビットは意に介さず、残り52枚となったカードをコートの内にあるホルダーに戻した。 ──スペードのエースが無いトランプ・カードを。
そして去来した色々な考えを振り払い、プロフェッサーXの部屋のドアをノックする。
今引いたカードが誰の事を示しているのか。今のところはまだ、判らない。
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