Chapter11. >CABLE (-in the dark-)

 ケーブルは闇の中を休み無く走り続けていた。
 『船』を離れてからこっち、ずっと休むということをしていない。しかし休もうと足を止めれば、たちまち襲われてしまう。それを振りほどくのは、走るよりもずっと体力を消耗する。
 まだ走り続けている方がマシなのだ。そして一刻も早く、この闇を抜ける必要がある。
 とにかく、道の続く限り走り続けるしかなかった。

 船を降りた後、地表が見える地点で最初に目に付いたのは、一つの街だった。
 周りは夜。上空から見る限り、人のいる街には煌煌と明かりが灯りその存在を主張しているのだが、海沿いにあるその街だけはぽっかりと暗闇を生み出している。
 無論、興味が湧かない訳が無い。消えた街の一つなのだろう。迷い無く街の中心地に降り立ち、くまなく探索してみた。
 すると街の外れ、海に程近い部分にぽつんと建っている建物があり、その中に奇妙な穴が開いているのを見つけた。
 建物自体は別におかしいところはない。別に大した作りをしているわけでもなく、単なる小屋という表現が一番適切に思える。何に使われていたのかも定かではないが、何かの物置替わりといったところだろう。その建物のちょうど中心に当たる部分の床に、人が楽に通れるくらいの、直径約2mの穴が開いているのだ。
 誰かこの街の人間が何かを掘り出す(または埋める?)為に開けた訳ではなさそうだ。というのも、穴の周囲が何かで熔かされたようになっているからで、しかもその穴は「下から」開けられた跡がある。
 もちろん、その穴に身を乗り入れる事にためらいは感じなかった。

 穴は深く深く斜め下方へ向かって伸びていた。滑りやすい足下に気をつけながら、漆黒の闇というのはまさにこの状態であるかのように何も見えない穴の中を、側面に手をついて慎重に進んでいく。
 しばらく降りると、辺りの様子が薄ぼんやりと見えるようになってきた。始めは目が慣れたのかと思ったのだが、よく見ると少し様子が違う。どうも穴の側面その物がかすかな光を放っているようだ。
 それがコケやバクテリアの類によるものなのか、その岩その物が発光しているのかは定かではないが、その頃になると辺りは洞窟の様な広々とした空間に変わっていた。
 穴は地底(入った穴の場所や歩いた距離から計算すると、海底というのがより正確な表現ではあるが)の洞窟に繋がっていたらしい。何処からか海水が入り込み、くるぶし位までを濡らしている。
 洞窟の側面には、ケーブルが今まで通ってきたものを含め、多数の横穴が開いていた。天井はかなり高く、洞窟の広さそのものも野球スタジアムが楽に入りそうな程広い。
 そしてその一番奥、薄ぼんやりとした壁の光も届かないどん詰まりの部分に、日常生活でくぐる数多のドア、いわゆる普通サイズの二倍程の大きさの扉があることに気付いた。
 明らかに人工物であり、不自然に目を引く。
 ケーブルはそれが何なのかを確認しようと歩を進めたとき、突然背後に何かの気配を感じた。
「──ッ!」
 振り返りつつ上半身を反らすと、今までケーブルが存在していた部分の空気が勢いよく切り裂かれた。
「何者だ……ッ!?」
 体勢を立て直し、素早く取り出した銃を構える。そして襲ってきた『敵』の存在を確認したケーブルは、その答えが返ってこないであろう事を一瞬にして悟った。
 相手は人間ではなかった。
 2本の足で立ち、前肢(手?)を前にだらりとたらしている辺り、人に近い形をしている。しかしぎょろっとした目でケーブルを眺めるその顔は、むしろ魚と呼ぶのが相応しい。そして手には鋭い爪を持ち、半分開けた口からは、多数の牙が並んでいるのが見える。
 気がつけば、ケーブルはその敵に囲まれた状態になっていた。何処からともなく同じようなものが集まり、いつでもケーブルに襲いかかれるような体勢でじりじりと間を詰めてくる。
「──ち。」
 こんなところで訳の判らないものと悠長に戯れるつもりは毛頭ない。ケーブルは考えるより先にまず一番近くにいるその半魚人を2・3体まとめてふっ飛ばし、突破口を作った。
 そして間髪を入れずにその隙間を駆け抜けると、振り向きざまに新たに取り出した銃を構え直した。
 最初に構えたものよりは遥かに大きい、普通の人間が扱うには大き過ぎる『銃火器』だ。
「食らえ!!」
 叫び声と共にその武器から極太のレーザーが放たれ、曲がりくねりながら辺りを舐め尽くす。
 数秒と経たないうちに半魚人達は『バイパービーム』の餌食となった。正に一掃。体勢を立て直す暇も無く、半魚人は灰と散る。
 あっけないほどの敵の弱さに、ケーブルはいささか拍子抜けしながら武器を肩に担ぎ上げた。あの扉に近付くのを防ぐガーディアンにしては、あまりにも弱い。ひょっとすると偵察隊の部類なのかも知れない。
 そう思いながら再び扉に近付こうとした時、ゆらり、といった感じで前方の水面が振れた。
 次いでごぼごぼと泡立ったかと思うと、何かが突き出す感じで一気に水面がせり上がった。
「また何かお出ましか!?」
 後ろに飛び退いて間を取り、様子を見る。
 水面から現れたそれは、やはり人の形をしていた。しかし先程の半魚人にあった、生物特有の雰囲気が感じられない。極めて無機質。目の前の海水がそのまま人の形をとったような感じの、白濁色でスライム状の『人型』が目の前でゆらゆらと揺れている。
「……?」
 意図がつかめず、ケーブルは敵を見つめたまま手を出しあぐねていた。するとその人型の顔に当たる部分がじわっと動き、一つの表情を形成した。
 ──笑ってやがる……?──
 人間に例えるなら『不敵の笑み』という表情を、目の前の人型は見事に、そして不気味に再現している。
 そして次の瞬間、轟音と共にケーブルの周りを取り囲む形で次々と水柱が立った。
「な……ッ!?」
 それらの水柱は一瞬人型になったかと思うと、直後に大波となってケーブルに襲いかかった。
 人型の、謎の笑みで動揺を誘われていたケーブルはその突然の出来事に反応しきれなかった。為す術が無いまま大波に飲み込まれ、上下左右が全く判らなくなる位振り回される。
 その『水』が、口からも鼻からも嫌という程入り込んでくる──まるでケーブルをその中に溶かそうとせんばかりに。
「こ……ッの野郎ォ!!」
 無論、やられっぱなしでいるようなケーブルではない。一瞬の意識集中の後、テレキネシスで周りを囲んでいる液体を全て吹っ飛ばした。
 弾かれた液体は人型に戻ることなく水面に溶けて消えた。一方、自由を取り戻したケーブルは、そのまま地面に着地して呼吸を整える。すると再びあの人型が何体か水面から現れる様が視界の端に入った。
 もう一度あの波の中にケーブルを取り込もうとしているのは明らかだ。先程とは別の新しい人型が現れたのか、それとも先程の奴等が再生してきたのかは知る術がなかったが、人型の群れは先の不気味な笑みを浮かべながらケーブルとの距離を測るかのように左右に揺れている。
 また波に飲み込まれるのだけは避けたい。テレキネシスで簡単に弾くことが出来るのは判ったが、都合上あまり使いたい手段ではない。
 人型はまたしても大波となって襲いかかってきた。技としては芸が無いが、体力を奪うには充分な攻撃力を持っている。
 ケーブルは空中へ逃れてその第二撃を躱し、手にした手榴弾を置き土産に丁度反対側の壁にあった適当な穴に身を滑り込ませた。
 一旦退却を決めた。一人であの人型共と渡り合うには、何よりも地の利が悪い。
 この穴が何処へ通じているのかは判らない。しかし微かに空気の流れを感じるので、何処かへの出口が存在するはずだ。地上に出ることが出来れば、反撃の手段も幾つか見つかる。
 穴の奥へ向かって全力疾走を始めると、程なくして後ろでパッと閃光が走り、手榴弾が炸裂したのが判った。あの程度で人型に致命的なダメージを与えることは期待していない。この手の敵は、大抵数が尋常じゃなく多いか、ダメージを与えても復活してしまうかのどちらかであろう。
 事実、数秒と経たない間に、後ろから人型が追ってくる気配を感じた。
 ──捕まるわけにはいかない。
 先程波に捕まって振り回され、水を飲んだせいか、わずかに頭痛がする。身体の方も疲労からか、妙な倦怠感を伴ってだるさを感じる。
 しかしケーブルは足を止めることなく、出口と思われる方向へ向かって闇の中を走り続けた。


「ストームとアイスマンが?」
「えぇ、『よろしく』なんて言ってたけど。」
 妙な人影を追う間にナッシュに追いついたモリガンは、今まであった出来事をかいつまんでナッシュに話して聞かせた。本来ならもう少し焦らすなどしてすんなりとは教えないところだが、この場合は仕方がない。
「……そのマロウというのは知らないな。」
 ナッシュがちょっと考えてから言った。
「何か新入りみたいよ? 今度会ったらちゃんと相手してもらわなきゃ。」
 モリガンは先刻のやり取りを思い出しながら答える。あのままでは消化不良だ。いずれきっちりと決着をつけて、彼女があれ程人間を嫌う理由を確かめてみたい。
「で、その君の友人とやらが言っていた『深淵』についての事なんだが……」
 ナッシュはマロウの事に関してはそれ以上追及せず、別の気になる疑問に話を向けた。
 例の人影は二人に後を付けられている事を知ってか知らずか、あちこちの家の合間をゆらゆらと漂いながら、それでも確実に一定の方向へと向かっている。その先には、あの工場しかない。
 慎重に後を追いながら、言葉を継ぐ。
「具体的に正体が何か、という事は結局判ってないんだな。」
「そうよ。だから忠告にも何にもなりゃしないわ。わざわざ言いに来なくても良いのに。」
「──いや、そうでも無いかも知れん。」
 ナッシュは独り言のように呟いた。
 アビスという言葉に何となく聞き覚えがあるような気がする。そう思いながら記憶の糸をたどっていったところ、一つ思い当たる事があった。
 あの、行きの旅客機の中で読んだゴシップ誌だ。確かにその記事の中に、『アビス』の一文があった。

“その街が全滅しているのを発見した人物は、こうも証言する。
「私が始めにあの村に足を踏み入れたときに、まだ辛うじて生きている人がいたんです。その人が息を引き取る間際に一言『深淵に飲み込まれた』と……。」”

 当然、始めに目を通した時はきれいに読み飛ばした。記憶の片隅にも残らないような他愛の無い記事だ。
 恐らくその雑誌はオカルト的な部分に重点を置き、胡散臭さを漂わせながらも大衆の興味を引こうとしたのだろう。それが皮肉にも的を得ていた形になる。
 そのアビスというものの正体が何なのか、波蝕の鎧と何の関係があるのかはその雑誌には載っていなかった。無論書いた本人に判っていようはずもない。
 そしてもちろん、そんな事は軍の報告書にも一言も書かれていなかった。しかし今更その事に対し、責めたり呆れたりする気が起きない。そういった感情は既にお門違いの域であろう。
 噂だけが先行して、実際の正体が全く知れない、という点において、『アビス』と『波蝕の鎧』は非常によく似ている。
 ──それにしても『深淵』とは。また意味深長な名だ。
「ホラ、考え事ばかりしてるとアイツ見失っちゃうわヨ?」
 そんな声と共にモリガンが背中にのしっと乗っかってきた事で、ナッシュは我に帰った。
 場所は既に工場前。昼間何故か調べようと思わなかった工場が、月明かりを浴びて逆に内包する闇を一層深くしているかのように、目の前にそびえ立っている。
 そしてあの人影は、工場の入口へと消えようとしているところだ。
“何者かは知らないけれど、私を甘くみたことを後悔させてあげるわ。”
 人影の背中を目で追いながら、モリガンはそう心の中で呟いた。
 モリガンには期待感があった。ようやくお祭りに参加出来るという期待感が。
 そんなモリガンの様子を知ってか知らずか、工場を見上げてナッシュが口を開いた。
「運が良ければ、騒ぎの主とご対面といったところだな。」
「『悪ければ』かも知れないわよ?」
 モリガンが悪戯っぽく突っ込みを入れた。そんなモリガンと一瞬目を合わせたナッシュは肩をすくめる。
「何れにせよ、相手の正体が判ればそれに越したことはない。」
「──先、行くわよ。」
 モリガンは気配を殺して入口に近付くと、スッと中へ消えていった。
 ナッシュもそれに続く形で、これから何が起こるか予測できない、しかし何が起きても不思議ではない工場の中へと足を踏み入れた。

 工場の中は、意外にも明るかった。天井部分にふんだんに明かり取りの為の窓が作られていて、そこから月の光が入り込んでいるためである。それにしても今夜の月は、異様なまでに輝きを放っている。よくよく思い起こせば満月か、もしくはそれに近い形をしていた。
 相変わらず生物の気配は感じられない。アイスマン達は奇形の魚を捕らえたらしいが、それは工場内での話なのだろうか。それとも工場の裏手に広がる海で捕獲したものだったのだろうか。
 あの変な人影を追うのは、工場内でもさほど難しくなかった。何で出来ているのか、その人影が通った跡はまるでナメクジの様にぬらぬらと濡れていたからだ。
 大きな旋盤機械らしき物の横を通り抜けると、ちょっとした広場に出た。恐らくこれから加工するための材料や、出来上がった製品を一時的に置いておく為のスペースなのだろう。奥の方に大きなコンテナが見える。
 人影はその広場の中央付近で進むのを止めた。それに伴い、ナッシュとモリガンは機械の影に身を潜めて様子を窺う。
 月明かりに照らされ、相変わらずゆらゆら揺れている人影の様子がよく見えた。白濁色で人の形はしているものの、人間と呼ぶには程遠い。あくまでも形をしているだけだ。頭に相当する部分が丸く上に突き出し、次いで肩らしき段差。しかし手があるのかどうかはよく判らない。そして足は分かれておらず、胴体からそのままストンと下に落ちている。むしろ地面から生えているような感じといってよい。
 緊張も加わって、そのままの状態で結構長い時間が経ったように感じた。あの人型はこのまま朝までこうしているつもりなのだろうか。とすればとんだ無駄足だ。
 するとその気持ちが通じてか、左右に揺れていた人型の動きが止まった。
 それからぐっと身体を右向きにねじったかと思うと、そのままくるくると回転を始めた。見る間に身体がねじれていく。
 ──何をするつもりだ……?──
 訝りながらも見ていると、ある程度螺旋状になったところで、人型の顔に当たると思われる部分がこちらを向いた。
 そして、にやりと笑った。──笑ったように見えた。
「──!!」
 瞬発的にナッシュとモリガンはその場を離れていた。
 人型が、一気に体を巻き戻したのだ。ぶぅんという風切り音と共に体を回転させ、四方に飛沫を撒き散らした。
 物凄い音をたて、弾丸となった飛沫がナッシュ達の居たところを機械ごと貫く。さながらマシンガンといったところだ。
“後をつけられているのは知っていたか──”
 ──尤も、気付かれていないということを期待していたわけではないが。
 ナッシュは林立する加工用機械の間をすり抜けながら、相手との距離を測った。人型は再び体をねじり始めている。再び撃たれる前に、動きを止めたい。
 いつ飛沫を撃たれても身を隠して避けられるような大型の機械と、その横にある機械の間に適当な隙間を認めると、そこからソニックブームで反撃すべく構えを取る。
 しかしそこで、ナッシュはモリガンが空中にいることに気付いた。
 先ほどの飛沫を空へ飛ぶことで逃れたモリガンが、ナッシュより先に迎撃体制に入っているのが見える。
「そ…う来なくちゃ!」
 言いながら、頭上に掲げた右腕を勢いよく人型に向けて振り下ろした。
 右腕に込められた『気』が光り輝くコウモリとなって放たれ、人型に襲いかかる。
 直後にばしゃ、と鈍い音がして、人型の頭の部分が爆ぜた。
 頭が無くなった人型は、空気が抜けた風船の如く形を失い、その場に崩れ落ちる。あとには、水たまりが残った。
「何よ、あっけない。」
 人型(であったもの)の傍に降り立ったモリガンは、そう呟いた。ナッシュも駆け寄ってくる。
 モリガンは明らかに落胆した様子だ。確かにあっけない。
 しかしナッシュは崩れた人型には目もくれず、厳しい表情のまま別の方向を見ていた。
「そうでもないと思うぜ、モリガン。本番はこれかららしい。」
 ナッシュの示す先、奥のコンテナの陰から、一目で数えることの出来ない程おびただしい数の人影が揺れている──。
 その中の一体が身体をひねり、先程の人型と同じように飛沫を飛ばしてきた。
 2人は再び別れて攻撃を躱すと、なだれ込んできた人型の群れを迎え撃つ為にそれぞれ位置を確保する。
 人型一体一体は、味気ない程に弱い。素手で殴るだけであっさり崩れてしまう。
 しかし数が多い。何処から現れてくるのか、いつの間にか背後──ナッシュ達が今まで通ってきた入口側──からも人型が押し寄せ、2人を取り囲む。
 近くの人型は直接攻撃でまとめて叩き潰し、遠くで飛沫を飛ばそうと構えている人型には、ソニックブームやソウルフィストで破壊していく。しかしキリがない。数が減ってこない。むしろ増えているように感じる。
 体力を消耗させるのが目的なのだろうか。この状況はあまり楽観視できるものではない。
 これはまずいな、とナッシュが思い始めた時、
「あぁもう! 鬱陶しいわね!!」
 先にモリガンの堪忍袋の尾が切れた。
 一度ふわりと宙へ舞うと、広場の端まで移動し、そこにいた人型達を吹っ飛ばした。
 それから他の人型に向かって右腕を突き出し、左腕をそれに添える形で構える。すると背に生えた羽が変化し、モリガンに覆いかぶさって一つの形を形成した。
「覚悟はいい……!?」
 モリガンの右腕を覆った羽が──いや、羽であった部分が今は砲口のようになり、輝きを放ち始める。
 直後、辺りは光に包まれた。
 巨大なレーザー砲である。そこから放たれたレーザーが一気に辺りを覆い尽くし、人型を巻き込んだ。
 いくら数が多くても、そもそも人型に耐久性は全く無い。そこへレーザー砲ではひとたまりもない。
 その場にいた人型は全て、一瞬にしてモリガンが放ったソウルイレイザーに殲滅された。
 そして辺りには再び静寂が戻った。
「ナーッシュ。無事?」
 羽を元に戻し、工場内に良く通る声でモリガンは呼びかけた。人型にやられたり、ソウルイレイザーに巻き込まれる程間抜けとは思えないが──。
 程なくして、ナッシュが機械の陰から姿を現した。それからきれいに一掃された辺りを見回し、ひゅぅ、と口笛を鳴らす。
 それを聞いて、モリガンが怪訝な顔で近寄った。
「……何よ。」
「いや、実際戦っているところを見るのは初めてだったなと思ってな。」
 そう言われてみればその通り。一緒に戦うのはこれが初めてである。飛行機の中ではモリガンは『雑用』をやらされていたし、何よりも本格的な戦闘らしきものは今までに無かった。
「ふふ。どう? 感想は。」
「強いな。」
「当たり前じゃないの。」
 そんな他愛ない会話を交わしながら、周りの様子に注意を払う。
 工場の広場は、人型の残骸で埋め尽くされていた。大半は水たまりとなっているが、所々頭や身体の一部であったらしいものが崩れずに残っていて、水たまりの中から突出している。見ていてあまり気持ちのいい光景ではない。
「一旦小休止といったところか。」
 ナッシュが呟いた。人型が再び出てくる気配は今のところ無いようだ。それにしてもあの人型の群れは、一体何処から出てきたものなのだろうか。
 工場の奥の方を覗いてみようとと歩きかけた時、
「──ナッシュ」
 ささやかに緊張を帯びた声が、ナッシュを呼びとめた。
「なんだ改まって。」
「たった今、解った事が一つあるわ。」
 モリガンは足元に広がった、最早人の形を取っていない『それ』を、軽く右足の爪先で突付く。
「これ、『人間』よ。」
「──何?」
「正確には、『人間だった』というのが正しいのかしら。断末魔の時の、感情の高まり方は人間のそれと酷似しているわ。……いや、全く同じね。」
 遠くを見るような、ある種恍惚とした表情でモリガンは語った。
 ナッシュはゆっくりと振り返り、厳しい目でモリガンを見据える。
「……どういう意味か、具体的に説明してくれないか。」
「貴方はきっと、憶測や推測ばかりで物事を語られるのは嫌いだと思うから、極力それを省いて今私がこうだと断言できることだけを言うわよ。」
 モリガンはそう前置きしてから、続ける。
「『喰われた』のよ。この人達。もちろん何に、かは判らないけれど。
 何かが人間を取り込んで、精力──生物の生命力といったものを奪う。そして不必要な、もしくはその残骸である肉体はこんな風に変えられて、ここで私達に倒されたりしてるってワケ。……そうね、下僕ッてトコかしら。役に立ってるのかどうなのか、目的が判らなければ知りようが無いわ。
 せめて意識や精神が残っていれば、知る術があったかも知れないわね。」
「意識が残ってないなら、何故死ぬ間際の感情が読み取れる──人間だと判る?」
「どんなものにでも、人間が関わったものには思念が残るわ。今まで人だったこの慣れの果てにはその人間であったころの想いが当然強く残っているもの。それが倒される瞬間に弾けるから、判るのよ。」
 モリガンは一種得意そうな表情を浮かべ、質問に答える。一方でナッシュは口に手を当てて一瞬考えた後、もう一つ質問を挙げた。
「確かに人そのものが消えた街はそれで説明がつく。だが謎の疾病が流行った街はどうなる?」
「まぁ実際見てみた訳じゃなし。断言は出来ないけど、多分『精力』だけを持っていかれたのね。肉体は何らかの原因で持っていけなかったか、必要なかったか。」
 にわかには信じ難いが、納得のいく説だ。
 消えた街のデータの詳細を思い出せば、その説を裏付けるもの幾つかある。人そのものが消えた街は、必ず海岸沿いに位置していた。それに対し、奇病が流行った街の方は海に近いものの、直接面しているわけではない。ただ潮風がよく通ることだけは報告されている。
 海から直接上がれる街は身体ごと。それが出来ない所は生命力だけを奪ったと考える事に不自然さは無い。
 ナッシュはそのまま黙り込み、思案にくれた。人を『喰う』のはエネルギーを奪うのが目的なのであろうか。敵の一部に触れた(と思われる)ものの、意図が全くつかめない。
 ──しかしこれが人間だったとはな……。
 そんなナッシュの様子を横で見ていたモリガンは、前髪をかき上げてからもう一言付け加えた。
「安心なさいな。これを元の人間に戻す手段はないわ。それに既に死んでいるも同じだから、今更殺した事にはならないわよ。」
 その言葉に、ナッシュは顔を上げる。モリガンはナッシュを同じ人間と見て、一応フォローを入れてくれたのだろう。片手を上げて、その言葉に応じた。
「俺の精神面の心配をしているのなら、無用だ。」
 言いながら、改めてコンテナの奥に向かって歩き出す。
「──強いのね。」
 モリガンはその背中に向かって呟いた。
 ──でも、その強さが、実は弱さの裏返しって事は、無いのかしら。
 相変わらずナッシュの心の奥を覗くことが出来ない。裏表が全くないとは思えないのだが、霞がかかったように見えないのだ。故にこの事に関して動揺しているのかどうかも知りようが無い。表情は完璧なまでのポーカーフェイスだった。
 そういえば、他にも似たような者を知っているような気がする。──確か名をリュウと言ったか──。
 モリガン自身もそんな色々な思案に耽り始めた時、
「モリガン。ちょっとこっちに来てみろ。」
 と、コンテナの奥からナッシュの呼ぶ声が聞こえた。
 その声に従い行ってみると、積み上げられたコンテナの隙間の先、丁度裏側にあたる部分にちょっとした空間があった。
 コンテナの奥は、工場の壁で行き止まりである。縦にも横にも積み上げられたコンテナも壁のようになっているので、四方を壁で囲まれた一種の小部屋になっている。
 そこに足を踏み入れ、ナッシュの示す先を見たモリガンは素直に驚いた。
「──穴?」
 行き止まり、工場の壁に見上げる程大きな穴が開いているのだ。
 工場は街と海に挟まれる形で海岸線に横たわっていた。その入口のある左端は、そのまま海に続く海岸につながっていたが、右端は垂直に切り立った崖に食い込むように建てられている。
 この穴はその崖の部分からぶち抜かれたように開いていた。穴の奥は暗くてよく見えないが、斜め下方に向かってどこまでも続いている感じだ。
 そして穴の入口は、水を撒いたように一面濡れて月の光を反射していた。
「先刻の連中はこの穴から出てきたらしい。となると、この先に何かがあるはずだ。」
「アイスマン達はこんな穴の事なんて一言も言って無かったわ。」
「そもそもここはコンテナの陰で見つけにくい。もしくは完全に夜にならないと、判らないような仕組みなのかも知れん。あの妙な『人型』の事も言ってなかったんだろう?」
「そうなんだけど……。」
「街の人間が消えたのも夜だ。別に不思議な事ではない。」
「でも何か出来過ぎてる感じじゃないの。」
「それは言い出したらキリが無いな。」
 そもそもこの工場に来た事自体、何かの策略にまんまとはめられているような感じがするのだ。自らの意志でここへ足を運んだ訳ではなく、何者かに誘われて来てしまった、というように。
「ま、でもここまで来ちゃったからにはもちろん、入ってみるのよね?」
「──いや、ちょっと待て。」
 既に半分身を乗り入れていたモリガンを、ナッシュは後ろから制した。
「何か聞こえないか?」
 穴は暗く深い。その視界の届かない先から、微かな音が聞こえてくるのだ。
 その金属質な響きを伴う炸裂音には聞き覚えがあった。
「……銃声ね。」
「銃声だな。」
 お互いに確認するように呟く。こんなところで銃をぶっ放すような人間を含む生物(またはそれ相応の存在)に心当たりがない。
 そう考えながら注意深く穴の奥の様子を窺っていると、再び3回ほどたて続けて銃声が響いた。反響しているが、先程よりはこちらに近い部分で発砲した感じだ。
「こっちに近付いてきてるみたいね。」
「ああ、うかつに飛び込むよりは少し様子を見た方がいい。」
 この中で一体何が起こっている──?
 その時ふと、穴の奥で何かが光った。
「──!?」
 それが何かを認識するよりも早く、ナッシュは身を翻しながら叫んでいた。
「離れろ!! 何か来る!!」

 


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