Chapter12. >CABLE (-of confusion-)

 ナッシュが言い終わるか終わらないかのうちに、穴の入り口が光を発し始めた。
 その直後、先程モリガンが放ったソウルイレイザーとは似て非なる、しかし強力なレーザーが穴の奥から発射された。その破壊力は凄まじく、うず高く積まれた大型のコンテナを紙切れの様に吹っ飛ばし、そのまま工場を貫く。
 それと間髪をあけず、もう一つ光る何かが穴から飛び出した。
「何だ……!?」
 ナッシュは混乱する場において、その光るものが人の形を取るのを確認した。新たな敵の出現であろうか。
 しかしその可能性は、現れた姿を見ることにより半減した。
 現れたのは、人間に見えた。少なくとも今までこの街で出会った中で一番人間らしい。
 ただ強いて挙げるとすれば、金属質の左腕と、比喩ではなく実際に光を放っている左目がごく普通の人間とは異なっている。あとはどの辺りで人間と判断するかはそれぞれによる解釈の違いになってくるだろう。
 降り注ぐコンテナの破片と共に地面に降り立った人間──男は、一旦自分が出てきた穴の方へ銃を構えつつ厳しい目を走らせた。
 そして追っ手がこない事を確認した時初めて、ナッシュとモリガンがそこにいることに気付いた。
 一瞬の逡巡の後、男は持っていた銃を横へスライドさせる。
 その銃口は、真正面からモリガンを捉えていた。
 それを受けてモリガンは冷笑を浮かべた。相手が何者であろうと、売られた喧嘩は買う主義だ──しかもかなり高値で。
「私に銃を向けるなんて良い度胸じゃないの。言っとくけど、そんなもの効かないわよ?」
 モリガンはその銃口を受け止めるような感じで、左手を上げる。
 その時、
「──待て!」
 一触即発状態である二人の間に、ナッシュが割り込んだ。モリガンの腕を押さえて構えを解かせ、男の方へ向き直る。
「何すンのよ、ナッシュ!」
「黙ってろ。」
 当然モリガンが抗議行動に出たが、ナッシュは鋭く制した。もし見込み通りなら、ここで戦うのは自分たちにとっても、相手の男にとっても好ましいことではない。
「──てめぇら、何者だ?」
 相変わらず銃を水平に構えたまま、男が聞いた。低く、そして威圧感のある声だ。
 ナッシュも気圧されぬだけの声を張り上げる。
「アメリカ空軍、ナッシュ中尉だ。君は察するにX-MENと見受けるが、もしそうであるならこちらに戦う意思は無い。──波蝕の鎧に関係しているなら尚更だ。」
 彼の容貌や服装、そして穴から飛び出してきた時の様子などから判断した結果である。間違っているという可能性は考えなかった。
「……。」
 男はたっぷり十秒以上そのままナッシュ達を睨みつけていたが、やがてふっと息を吐くと、銃を下ろした。更に“こちらも無駄な戦いをするつもりは無い”ということを示すために、いささかオーバーアクション気味に銃をしまい込む。
「──俺はケーブル。正確に言えばX-MENではなく、X-FORCEってヤツだがな。」
 男はそう名乗りながらナッシュに近付き、すっと右手を差し出して、続けた。
「アンタが空軍で異端児として通ってるナッシュ中尉か。資料は読んだ事がある。」
 このケーブルという男、随分大きい──鍛え上げられた体躯の持ち主だ。近付くとナッシュが見上げる形になる。
「──まぁ色々言われているようだな。」
 ナッシュは苦笑しながら、ケーブルとの握手に応じた。それからモリガンの方を目で示す。
「彼女は──」
「モリガン・アーンスランド。サキュバスで現在魔界の覇権を握る一人──だろう?」
 ナッシュの言葉をさえぎる様に、ケーブルが継いだ。
「知ってて……私に銃を向けたってワケ?」
 それを聞いたモリガンが、憮然とした表情でケーブルを見上げて言う。
 ケーブルは肩をすくめた。
「一応昔の資料は全部目を通してたんだが、今思い出したよ。──そうでなくても気が立っていた。」
「──良いわよ別に。更にボロボロになるまで相手してあげても良かったんだけど。」
 モリガンが丁寧に嫌味を述べた。またしても肩透かしである。折角遭遇出来た敵は弱々しく相手にならなかった。そして今度こそと思ったら、次に出てきたのは戦うべき相手ではなかったのだ。
「そう言ってくれるな。──悪かった。お手合わせならまた別の機会に願いたいモンだ。」
 苦笑いしながら素直に謝る。気が立っていた、という言葉に嘘は無いだろう。あの穴の中で何かがあったのだ。
 百戦錬磨といった体格をしているケーブルが軽く肩で息をしている辺りにも、その様子を伺う事が出来る。
「大丈夫か? 相当疲れているようだが。」
「あぁ──参ったぜ全く。夜を通しての大マラソン大会になるとは思わなかった。」
 ナッシュの問いにケーブルは呟くように答え、近くにあった段差に腰を下ろした。
 そのケーブルの行動を見たナッシュは、ケーブルのすぐ傍に、今度は見下ろす形で立つ。そしてモリガンはいつの間にか少し離れたところにある、まだ形を残しているコンテナの上に座っていた。
「差し支えなければ、穴の中で何があったのか聞きたいんだが──丁度入ってみようとしていたところだった。」
「あンまり良い所じゃねぇな。確か日本か何処かの童話では、海の底には竜宮城とかいう綺麗な城があって、中には美人なお姫さんがいるという話だが、実際はただの洞窟に半魚人に得体の知れない人形と来たもんだ。」
 ケーブルはふう、と一息ついてからたった今自分自身が体験してきた事をナッシュ達に話して聞かせた。
「──半魚人? 俺達が相手をしたのは『人形』の方だけだ。こいつはおそらく同じものだろうが、攻撃のパターンが違うな。」
 話を聞いたナッシュは、言いながら同意を求めるようにモリガンの方を見やった。
「人はともかく、魚まで喰っちゃったのかしらね。」
 モリガンがくすくす笑う。
 喰われたかどうかまでは断定できないが、奇形の魚のなれの果てであろうことは想像がつく。もしくは、奇形の魚の方がなりそこないであったのかも知れない。
 一方、ケーブルは『喰う』の意味がわからずにきょとんとしていた。察したナッシュが簡単に説明をしてやると、さすがにそれほど表情を変えることは無かったが、目を伏せて「成る程な」と呟いた。何か思い当たる事があるらしい。
 それからケーブルは、ふと思いついたように続けた。
「人形の攻撃パターンが違うのは、恐らく地形の違いだろう。ここじゃぁ奴等は正に陸に上がった魚だ。」
「かも知れん。となると、俺達にはここで体力を奪っておいて、最終的には取り込もうという算段だったのか……?」
「だったら逆にこんなところで足止めしないで、とっとと穴の中に入ってもらった方が手っ取り早いわよ。」
 ナッシュの疑問に間髪を入れずモリガンが反論し、それに加え更にケーブルが
「そりゃぁ、そうだ。奴等にとっては穴の中の方が有利なんだからな。」
 と同調する。ナッシュは「参った」といわんばかりに軽く両手を挙げた。
「──ならば一体何が目的だ?」
「それが判れば最初っから苦労してないぜ。」
 ごもっともである。目的が判らないから苦労しているのだ。──ただ、存在だけは少しずつ明らかになりつつある。それだけでもまだ何も収穫が無いよりはマシだろう。
 ナッシュは話題を変えた。
「他に今の話で気になるのは、やはり『扉』だな。人形が誘うよりもむしろ拒んだというのが引っかかる。」
「中に『何か』があることには違いないだろう。さすがにそんなに簡単に話が進むかどうかはわからんが……波蝕の鎧そのものが隠されている可能性もある訳だ。
 ──だが今もう一度入るのはご免だぜ。」
 ケーブルが頭を振りながら答える。見かけよりも酷い目にあったようだ。
 確かに話を聞く限りでは、このまま穴に飛び込むのは無謀といえる。ナッシュも、そして恐らくモリガンも、体調が決して万全とはいえない。
 一旦撤収して出直すのが賢明であろう。
 そう考えたナッシュは、一度工場から出てガイル達のいるあの家へ戻ろうと提案しようとしたが、そこで一つだけ聞こうとして聞いていなかったことを思い出した。
「最後にもう一つ。何処の街から『穴』に入った? 話を聞く限りここではないだろう。」
「ここは何処なんだ?」
 ケーブルは現在位置を確認してから、一つの地名を挙げた。──まるで、何かを宣告するかのように。
 無論、聞いたナッシュは驚きを隠せなかった。ケーブルが告げた場所は、今いる位置とまるで反対方向、地球の裏側といってもいい位置であったからだ。
「一晩で地球横断か──。」
「あの洞窟内で空間が捻じ曲げられていたとしても不思議じゃないぜ。ただ、俺の入った場所は間違いない。──船から降りて、あの街を発見した時に緯度経度を確認したからな。」
 その台詞に対し、更にナッシュとモリガンは一瞬顔を見合わせた。モリガンも「意外」といった表情を浮かべている。
「船に……乗っていただと? 空を飛ぶあの『船』か。」
 それを聞いて、ケーブルはあぁ、と思い出したように続けた。
「気付いたら乗せられていたのさ。好きで乗った訳じゃねぇ。
 あの船の目的は結局のところ波蝕の鎧を探し出すことにあるらしい。──だがあの女はそれ以上のことは言わなかった。」
「女──金髪で隻眼の、か。」
 ナッシュの言葉に、ケーブルがわずかに目を見張る。
「知っているのか?」
「それ程じゃない。見たことがある。彼女が船の主なのか。」
「名はルビィ・ハート。それ以上の事は判らん。ただ妙な能力を持ってる。見る限りあれは魔術の類だな。」
「魔術──」
 ナッシュが言いよどんだ。
 それに対し、ケーブルが先回りして言葉を繋ぐ。
「『常識人』であるアンタが何と思うかは見当がつく。しかし魔術だって確立された形態だ。科学とは相反するが、存在はしている。ただ科学という名の金字塔の裏に隠れて見えないだけでな。」
「──別に魔術の存在を否定するつもりは無い。……今更な。」
 ナッシュは眼鏡をかけ直しながら言った。意外な言葉の連続で、事態を整理する間が欲しかったのだ。
 いうまでも無く、ナッシュは占い等あやふやで根拠のないものは信じていない。何の確証もない事柄を、訳もなく鵜呑みに出来る程お人好しでは無いのだ。しかし、だからこそ逆に、自分の目で見た事や、自分自身で体験した事等は理屈抜きで信じることにしている。自分自身が信じられなくてはどうしようもない。
 何よりも──ナッシュは横目で、少し離れたところに座るモリガンに視線を走らせた。そう、目の前に魔界の住人が存在しているのだ。今更そういうものを否定するのは逆に滑稽であろう。
 ケーブルもそれは察したようだ。その話題はそれきり終わった。
「しかしそのルビィ・ハートという女。波蝕の鎧を探している、となると、無関係ではないが直接鎧を操ったりする立場ではないという訳か。」
「さぁな。あの女の目的は先刻も言った通り全く判らん。本当に肝心な部分は何も言いやがらねぇ。だから俺は船を降りたんだ。
 ──ただ、何かを待っているような感じではあったな。」
「──待つ、か。」
 波蝕の鎧を探す事に加えて、一体何を待つというのだろう。船の持ち主の名が知れたところで、謎が全て解ける訳ではない。しかしそのルビィ・ハートという女が何かを知っている事は確かだ。実際に会う機会があれば、詳しいことを何としても聞き出してみたいところだ。
 しかし机上の空論を展開していた時よりは、実際動いてからの方が得たものは大きい。特にこの街に来てからの収穫は目を見張るものがある。わずかずつだが真相に近付いていっている。あやふやだがそういう手応えを感じるのだ。ケーブルと遭遇できたのも運が良かったと言えるだろう。
 ところでそのケーブルだが、先程から少し様子がおかしい。穴から出てきた直後も疲れている様子だったが、今は更に顔色が悪いように思える。
 ナッシュはもう一度ケーブルが入った街の位置と、時刻を確認した。
 それによるとケーブルは、正に夜通しの耐久マラソン状態であったことが判る。船を降り、街を見つけて探索してから、穴を発見し人型に追われてこちら側に出てくるまで実に10時間以上も休み無く動き続けた計算だ。
 そのせいか、ケーブルは疲労の色を隠せずにいる。
「──いや、済まん。気分がイマイチ優れなくてな……。」
 そう呟くように言い、頭を両手で抱え込んでうつむいた。
「……一旦戻った方が良さそうだな。」
 そんなケーブルの様子を見て、ナッシュはひとりごちた。今まだ人型が出てくる気配はないが、人型でなくてもまた別の敵がいつ現れるとも限らない。攻撃力が低くても、数で押してくるような敵はあまり相手にしたいものではない。体力のあるときならいざ知らず、今襲われれば対処できる自信は正直ないに等しい。
「──。」
 ケーブルはそのまま黙り込んで動かない。余程疲弊したのか、それとも人型との戦闘で何処かに傷でも負わされたのか。──尤も、後者の確率は極めて低そうに見えるのだが。
 何れにせよ、このままの状態が良いとは思えない。
「立てるか?」
 そう言いながらナッシュが手を差し伸べた時、
「──駄目!ナッシュ!! 離れて!!」
「──!?」
 モリガンの叫びと、その衝撃が襲ってきたのは同時だった。
 ケーブルの身体が一瞬光ったように見えた。後から考えれば錯覚だったのかも知れないが、とにかくその時はそう思った。そして気がつくと、ナッシュは地面に大の字になって倒れていた。
「……ッつ。」
 目の前が真っ白になった。そして頭が割れるように痛い。
 額の真ん中を何かで撃ち抜かれたような感じだ。しかし何故かその痛みは数秒も経たないうちにすぐ引いた。──頭の中心に針の先が残っているような違和感を除いては。
 頭を軽く振りながら起き上がる。数メートル先にケーブルの姿が見える。結構飛ばされたらしい。
 ケーブルは相変わらず頭を抱えていた。
「──大丈夫か、ケーブル?」
 今の衝撃波はケーブルが放ったものだろうか。そういえば彼のミュータント能力は何があるのか具体的には聞いていない。
 ナッシュが近付くと、ケーブルは左手で頭を押さえたままおもむろに立ち上がった。
 その直後、ナッシュは身体の中心に今度は先程の衝撃とは違った軽い感覚を受けた。
「──な……?」
 ケーブルの予備動作は全く何もなかった。わずかにでも何かあれば、こんなことにはならなかっただろう。
 いつの間にかケーブルが手にしていた光り輝く槍──シミターがナッシュの胸元を貫いていた。
「……か…はッ…」
 ──何が……一体何が起きた?
 理解できない。状況が把握できない。
 今確実に認識できるのは、胸を中心に痛みはもちろん熱さをも通り越した、一種の麻痺に似た感覚が全身に広がっていく事だけだ。
 ナッシュはその場に崩れ落ちるように膝を落とし、俯せに倒れた。口の中に血の味が充満する。咽喉が熱い。
 何とか身体を起こそうとしたが、力が入らない。目の前に広がっていく鮮血と共に、力も抜けていく感じがする。
「……ぅ」
 それでも手をついて辛うじて上体だけを起こした。
 相変わらず頭の中が混乱していて、まともに考えることが出来ない。
 ──何故だ──?
 そんな疑問だけが頭の中をこだまする。
 その時、頭に何か金属質の物が当たるのを感じた。それが何であるかは、言葉には表せなくても感覚的に身体が理解した。
 徐々に失われていく体温よりも更に冷たい銃口が、頭に突き付けられている──。
「何故だ……ッ!? ケー……」
 懸命に声を絞り出してそこまで言いかけた時、鈍く重々しい炸裂音が辺りに響いた。
 ナッシュの意識は、そこでふつりと途切れた。

 


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