Chapter13. >The Meeting Place

「ホント、色んな雑誌に取り上げられてますね。街中歩いてるとそんな気配なんて無いのに。皆心の中では気にしてるんだ。」
 さくらが近くの本屋で買い漁った雑誌や新聞をそれぞれめくりながら呟く。
 春麗は手にした雑誌を半ば放り投げるようにテーブルの上に置くと深々とため息をついた。
「逆に言えば、気にならない方が不思議だって事よ。ひょっとすると今夜消えてしまうのは、自分の街かも知れないなんて思えば。それに便乗してテロなんかも起こってるみたいだし。」
 事実、同僚から入ってくる定期的な連絡メールには、そのような内容ばかりが書かれていた。見えない敵である波蝕の鎧も怖いが、そういった悪意のある人間もやっかいだ。同僚達はその対応に手を焼いているらしい。それなのに、春麗達はこのちょっとしゃれた感じのオープンカフェで油を売ってしまっている。

 しかし、確かに今はこんなところに腰を落ち着け雑誌を読むなどして油を売っているが、特に今までやることもなくただぼんやりとしていた訳でもなかった。
 まず動向を聞くためにナッシュに連絡を取った。彼の予定を聞き、それに合わせて自分達も動こうと思ったからだ。目的が同じということが判っているのだから、足並みをそろえた方が無駄が無い。
 そのナッシュからの返事は、消えた街へと足を運んでみるとの事だった。実際に自分の目で事態を確かめ、出来れば新たに何かしらの証拠を発見できれば、というつもりらしい。
 言われてみれば春麗も敵の実体については資料に目を通しただけで、全く知らないに等しい。実質ナッシュ達より早く動いてはいるものの、その内容は各支部との情報交換に忙殺されていたに過ぎないのだから無理もない。
 実際に見てみるのは悪くない。ならば自分達も雰囲気をつかむことを目的に、更に違う方向から違ったものを見つけられないかと、地図と今までのデータを引っ張り出し、検討して一つの、やはり人が消えた街を選択した。位置的にもナッシュの向かった街に程近い。あわよくば合流しようという考えである。
 彼と協力体制を取りたい、というのは実のところ春麗自身の名目で、実際のところは今も横で食べてばかりいるソンソンにこれ以上振り回されたくないという理由もあった。
 ソンソンはたまに謎めいた事を言い、波蝕の鎧について何か知ってそうな感じを漂わせてはいるものの、一向に手の内を見せてくる気配を見せない。巧妙に隠しおおせているのか、はたまた所謂「天然系」なのかはよく判らない。故に前に彼女が放った台詞「慌てなくてもそのうち着くよ。」が一体何を意味しているのかは未だ不明のままだ。天然系なら単なる気休めということになるが──。
 とにかく、目的の消えた街に移動した。現場100回とは良く言われるが、春麗は現場を自分の目で見るのはこれが初めてになる。情報化社会の現代において、机上でかなりの情報が得られるだけに、それだけでその場の状況を理解した気分になってしまう。それがいかに危険な事であるかを説いていた同僚が昔いたことを春麗は思い出した。成程、今までの状況を言うのだ。
 さくらはもちろん消えた街に行くのは初めてだ。それ以前に街や街の周辺には規制がかかっていて、立ち入れないものだと思っていたらしい。実際はそんな事は殆ど無い。わざわざ規制をかけずとも、誰も立ち入ろうとしないからだ。しかし一般人のイメージはそんなところだろう。
 ソンソンは何も言わなかったので、春麗も何も聞かなかった。恐らくは敢えて聞くよりも、自発的に喋らせた方が良いと踏んだのだ。この頃にはだいぶ彼女の性質を判りかけてきた──様な気がする。しかし振り回されている状況に変わりはない。
 そんな3人で、現地時間で朝に街の探索を始めた。そして昼前には再び街の入口に立っていた。
 まず結論から言えば、探索結果は全くの空振り。特にこれといって有益と思える情報を得ることは出来なかった。
 街には何もないのだ。人間や動物といった生物の気配が。まるで何かに飲み込まれてしまったように、植物すら枯れてしまっている。
 それに伴ってか街には独特の嫌な雰囲気が流れていた。何ともいえぬ、威圧感・圧迫感。そして引き起こされる恐怖心。
 春麗達が足を踏み入れた街は、謎の奇病が流行ったとされるところである。奇病の原因となり得る要素は現時点では発見できていないというのは既に得た情報であるが、だからといって100%安心できるかといえばそういう訳でもない。それがまたいたずらに不安感をあおった。
 ある程度の危険を冒さねば情報は手に入らない。しかし本能的に察する危機感を押しのけて無理をしたところで、いい結果が得られるとは限らない。判断ミスが増すだけだ。故に街にこれ以上長居をしたところで変わった収穫は望めそうにも無いと判断した春麗は、街を後にした。
 海はそれ程近いとは言えない場所にあるこの街に、地理的な問題か潮風が吹いていたのが印象的だった。
 その後最寄の街へと移動している途中で、飛行機ハイジャックのニュースを知った。ついで、ナッシュ達は予定を変更し、違う街へ向かったという連絡を受けた。今から合流するには不可能ではないが、いささか遠い場所である。
 予定が綺麗に崩れていくのは波蝕の鎧の呪いか、と冗談半分で疑いたくなったが、起こってしまった事に文句をつけても始まらない。
 春麗達は、街に居た間に無意識のうちに張り詰めていた緊張感のせいで疲れていたこともあり、ナッシュ達との合流を明日に延期する事にして、今日の残り時間をゆっくり過ごす事に決めた。

 そんな訳で、今は暇。といった次第なのである。例えるなら劇の幕間といったところだ。
「それにしても、嫌な感じでしたよね、あの街。なんか人の気配が全くないのに誰かに見られてる様な感じ。でも幽霊みたいな怖さというのとも違うんですよね。……なんていえば良いのかなぁ。とにかく、近寄りたくなくなるのもわかる気がしますよ。」
 さくらが言った。雑誌には飽きて、今度は先程の街の様子を写したデジカメを覗き込んでいる。
「確かに嫌な感じね。」
 春麗は今のうちに資料整理をしてしまおうと、ラップトップを開きながら同意した。
 しかし春麗にとっては嫌だと思う要素は他にもある。
 実際に動いたところで、必ずしも重要な証拠や情報を引き当てるとは限らない。無駄足に終わる事も少なからずある。それは仕方の無い事であり、それが無駄足であったと判っただけでも、むしろ全く無駄という事にはならない──。
 と頭の中では理解しているが、心は納得していなかった。
 拍子抜けというか、期待はずれだ。これだけまことしやかに噂が流れているのに、更に痕跡もくっきりと残しているにも関わらず、波蝕の鎧の影すらつかめなかったのだから。
 他の波蝕の鎧に関わっている者達の中に、何か有力な情報を得たものはいるのだろうか。鎧の後を素直に追いかけるよりも、情報を得た者を探し出して問い詰めた方が早い気がしてくる。
「ところで他に波蝕の鎧を追ってそうな人に連絡取ってみました?」
 さくらが春麗のノートPCを見て、ふと思い出したように聞いた。
「今、回答待ちよ。回りくどい問い合わせ方をしたから、少し時間がかかるかも知れないわね。」
 目の前の端末を軽く小突きながら、春麗は答えた。ここへ来る前に、幾つかの心当たりにメールしているのだ。
 それから逆に、春麗がさくらに一つ思い出して問い返した。
「そういえばケンの方はどうなの? リュウは見つかったって?」
「あ、リュウさんとはすぐに合流できたそうです。でもその後連絡してません。次の行き先だけはメールしてあるんですけど──」
「じゃあひょっとすると次で合流って事もあるかも知れないのね。」
「そうですね。何かどうもケンさん今圏外にいるみたいなんですよ。」
 そもそも全世界で通話が可能な仕様の携帯電話だが、だからと言って全てをカバーできる訳ではない。まして入り組んだ建物や洞窟の中等に入ってしまった場合は言うまでもなく通話は不可能になる。
 故に連絡が取れなくても不思議ではないし、その為にメール機能があるのだ。全く便利な世の中になったものである。
 さくらは携帯をしまいながら、隣で非常に大人しくしている、その実口の中に目一杯ものを放り込んで喋れないだけのソンソンを見やった。
「よく食べるねェ……。」
 その声に、ソンソンはきょとんとした顔を上げた。
「食べとかないと、いざって時に困るよ?」
 それにしても食べ過ぎだ。小柄な彼女の一体何処にこれだけの食料が入ってしまうのだろうか。
「いざって時も何も。未だ何も起こってないわよ。むしろ離れていってる感じもするし。」
 前よりはだいぶ心の平静を取り戻している春麗が、苦笑いしながら言った。そんな事はもう聞き飽きたわよ、という皮肉も含んでいる。
「だいじょぶだよ。じいちゃんが言ってたから。強ければ船に乗れるって。船に乗れば波蝕の鎧も深淵も近いよ。」
「ねぇ、ソンソンのお爺さんって結局何者なの? 貴方は一体何処まで波蝕の鎧について聞いているの?」
 さくらも半ばしびれが切れかかっているらしい。彼女らしくズバッと聞いた。
「じいちゃんが言うにはね、」答えながらもソンソンは目の前の食べ物から全く目を離さなかった。「深淵は強いものを求めるんだって。で、どんどん強くなる。船はそれに対抗する為に強いものを先に集めちゃうつもりでいるから、お前は船を目指せって。
 きっと春麗もさくらも強いよね。だから鎧を追い続ける限り、心配する事無いよ。」
「──という事は船は良いものなんでしょうか。船ってあの噂の空飛ぶ船ですよね。」
 そこまで聞いたさくらはもう一度雑誌を取り出した。船の噂で特集を組んだ記事が何処かにあったはずだ。
 その横で、春麗は顔に微かに緊張の色を浮かべていた。ソンソンから有益な情報を引き出せるかも知れない。──ここへ来て初めて。
 ソンソンを真正面から見据える形で、ゆっくりと口を開く。
「──ねぇソンソン、出来れば一旦食べるのを止めて、順序立てて話してくれないかしら。」
 するとソンソンがつと顔を上げた。
 しかし視線の先は春麗ではなく、もっと向こうに向けられていた。
「……?」
 視線の厳しさにつられて振り返る。
 春麗達が座るオープンカフェの、道を挟んで反対側。この街の観光名所とも言える大きな時計台をバックに、その者は佇んでいた。
 小柄な体格。どちらかというとやや汗ばむ位の陽気なのに、赤いロングコートを着込み、フードを目深に被っているので一際目を引く。
「あの人、なンかヘンだね。人形みたい。」
「──何で判るのよ。」
 春麗自身も何かが変だ、と言うのは判る。でもそれは何かに裏付けられているわけではなく、勘でしかない。 それよりも何よりも、あのコートには見覚えがあった。
「春麗さん……あれってまさか。」
 さくらが呟くように言う。その気持ちは春麗も同じだった。
「まさか、って思いたいわね……。」
 相手が予想通りの人物だったとしても、春麗達と必ずしも敵対するとは限らない。むしろ仲間となるべき存在といっても過言では無かったはずだ。なのに何故か悪い予感が先行する。
 そんな予感を裏付けるように、コートの相手はゆっくりと口を開いた。
「目標捕捉。排除対象リストと一致。これより攻撃を開始する。」
 機械的で、感情による抑揚の無い口調。実際には雑踏に紛れ聞こえないはずの声が、何故か耳に届いた気がした。
 その時、後ろの時計台が時を告げた。同時に、それが合図であったかのように相手は赤いコートを脱ぎ捨て、春麗達に向かって突撃を開始した。
 長い2本の三つ編みが、残像の様にたなびいた。
 予想通り、そして紛れも無く、コートの中身はかつて戦闘機械と称された娘だった。
「キャミィ……何故!?」
 答は返ってこなかった。代わりに鋭い蹴りが春麗めがけて勢い良く繰り出される。
 春麗はそれを受け止めると、残ったキャミィの軸足めがけて足払いをかけた。しかし既にそれを見越していたキャミィは、春麗の肩に手をかけるとまるで鞍馬のように飛び越し、着地ざまに今度は拳をねじ込んだ。
 その攻撃に対するガードは辛うじて間に合ったが、次々と繰り出される攻撃に、春麗はそれ以降しばらく防戦一方となった。流石に決定的なダメージは食らわないものの、かなり分が悪い。
 何とか状況を立て直そうと春麗が無理に足を踏み変えた時、今度は逆にキャミィがその足を払った。
「──ッ!!」
 そもそもの無理な体勢がたたり、あえなく地面に叩きつけられる。それに畳み掛けるように、キャミィが馬乗りになった。
「春麗さん!!」
 さくらはキャミィの背面に回っていた。春麗に気を取られているうちに回り込んだのだ。
 ストリートファイトがどうのといっている場合ではない。こんな街中で、しかも相手は手加減なしだ。躊躇していたら全滅してしまう。
「──波動拳ッ!!」
 渾身の力を込めて、気の塊を叩き付けた。ガードされても吹っ飛ばせれば、少なくとも春麗からは引き離す事が出来る──はずだったのだが。
 キャミィは振り返らなかった。振り返らず、見もせず、飛んできた波動拳を拳一つではじき返した。
「ぅわッ!!」
 逆に自分の方へと飛んできた波動拳を避ける間もなく、咄嗟にガードはしたものの、さくらはそれを正面から受け止める形で喰らって弾き飛ばされた。
「……ったー…。」
 想像をしなかったキャミィの対応に驚きながらも、すぐに跳ね起きて再びキャミィを視界に捉える。
 その眼を見て、さくらはすくんだ。
 一瞬、本当にほんの一瞬だが、キャミィはさくらの方を見ていた。きちんと目の端で、さくらの動きを追っていたのだ。まるで捉えた標的は必ず撃ち落とす機械の様に。
 キャミィは春麗だけが目的というわけではないのだ。攻撃する順番が何らかの理由によりそうなっただけで、春麗の動きを止めたらすぐさま目標をさくらへと転ずるだろう。
 そして、もしさくらが逃げ出したとしても、決してそのまま見逃すような真似はすまい。完全なる任務の遂行。そんな無機質で機械的な目をしていた。
 その時春麗は、キャミィが一瞬にせよさくらに気を向けた隙を見逃さなかった。思い切り足を蹴り上げキャミィを振り落とすと、すぐさま身を転じて体勢を立て直す。
 キャミィは春麗たちを「壊す」目的のようだが、春麗はあくまでも彼女の動きを止める事に執着している。その辺の意識の差が、双方の動きの差へと明らかに繋がっている。そうでなくても今のキャミィにはリミッターが存在しない。
 再び、春麗は押されていく羽目になった。
「あの人凄いね。あんな力の使い方してたら壊れちゃうのに。」
 いつの間にか、さくらの横にソンソンが立っていた。
「だから早く何とか止めないと──」
「彼女、止めれば良いんだね?」
「──え?」
 さくらが聞き直す間もなく、ソンソンはすたすたとキャミィと春麗が闘っている傍へ近付いていった。
 キャミィはソンソンに対しては特に注意を払っている様子は無かった。しかしもちろん目的の邪魔をするものは排除する──あくまでも機械的に。
 瞬時に足を踏み変え、それまで春麗に向けていた攻撃を突然ソンソンへと向けた。しかしそれがかなり変則的な動きであったにも関わらず、ソンソンはあっさりと受け止め、逆に押し返した。その手にはあの特有の長い棒が握られている。
 ソンソンは更に幾つかの攻撃をその如意金箍棒で軽く受け流した後、次に飛んできた攻撃をかがんで避けた。そしてそれから次の動作への溜めに転じ、一気に開放した。
「斉天連撃!!」
 叫び声とともに弾かれた棒が、キャミィの身体を正確に捉える。
 そしてそのまま空へと突き上げた。
「……すっご……。」
 見ていたさくらは純粋に感心した。
 もちろんキャミィに対し面識が無い(と思われる)ソンソンは、春麗やさくらのようにためらいがないということもあるのだが、予想以上の運動能力を持っている。このような状況にあるにも関わらず、さくらは一度ソンソンと手合わせしてみたいと思った。
 そんなさくらの気持ちを知ってか知らずか、ソンソンはさくらに向けてVサインをしてみせた。
 しかし、流石に物事はそう簡単には片付かなかった。
 空中に飛ばされたキャミィは、落下する間に猫のように体勢を整え、地面に足が着いた瞬間にその場を蹴っていた。まるで弾丸の様に一瞬にしてソンソンとの距離を詰める。
「ソンソン!!」
 春麗の怒号が飛んだ。
「──!」
 その声とソンソンの反応はほぼ同時だった。間一髪でキャミィの攻撃を躱す。それから第二撃が来る前に慌てて離れ、さくらがいるところまで退却した。
「……っとと。こわ。」
 ソンソンが呟く。手応えはあった。効いていないはずが無いのに、平気な顔をして向かってくるのはどう考えても普通とは思えない。少なくともソンソンが今まで相手をしたなかに、こういう人種はいなかったように思う。
 その一方で、ソンソンへの反撃が失敗したキャミィは静かに立ち上がった。相変わらず表情に変化は見られない。
 ここでキャミィ、春麗、ソンソンとさくらは丁度正三角形を描く形となった。
 空気が徐々に張りつめていく。それに伴い、時間の流れが徐々に遅くなっていくように感じられた。
「よぉ…ッし!」
 その沈黙を破り、真っ先に動いたのはソンソンだった。思い切り息を吸い込む。明らかに次への予備動作だ。
 無論キャミィはすぐに反応した。しかしその攻撃の矛先はソンソンではなく、春麗に向けられていた。
 キャミィにとって、この中ではソンソンに対するデータが最も少ない。故に様子を見る意味で距離を離し、その一方で色々と対応できるよう、春麗を仕留めて盾にしようという判断を下した。
 もちろん春麗とて大人しくやられるつもりはない。今度は確実にキャミィの動きを止める為に身構えた。
 もう、遠慮はしない。していられない。脚に気を入れ、距離を測る。
 攻撃可能範囲まで、あと数歩──
 しかしキャミィの拳は、あと一歩のところで春麗には及ばなかった。一つのがっしりとした手が、しっかりとキャミィの右腕をつかんで押さえていたからだ。
「──!?」
「お嬢ちゃんよ、理由は知らんがこんな街中で物騒な騒ぎは感心しねェな。」
 何処から現れたのか、小柄ながらに威圧感充分の男が二人の間に立っていた。その男が、あっさりとキャミィの動きを止めたのだ。
「ウルヴァリン!?」
 春麗が驚いて声を上げた。予想外の人物の乱入だ。彼ならキャミィのスピードについて行くのも容易いだろう。
 そのキャミィは無表情でウルヴァリンを見返していたが、ふいに身体の力を抜いた。
 ようやく諦めたかと思った瞬間
「──ふッ!」
「う…ぉッ!?」
 ウルヴァリンが抑えていた腕を難なく引き剥がし、身を翻して一気に距離を離した。そして新たに出現した『敵』を計る為に素早く視線を走らせる。
「ミュータントを確認。危険要素と判断し排除に入る。」
 あたかも自分に対する命令の様に言ったキャミィのその眼には、相変わらず表情が無い。生きた光が無い。言葉が通じそうにないのは一目で判る。
「ち。荒々しい事は避けたかったンだがな。」
 呟きながらウルヴァリンが手の甲に力を入れようとしたその時、視界に更に一つの影が入った。
 音も無く、無論気配も無く、キャミィの真後ろに、それこそ影から滲み出てきたかの様にその女は立っていた。
「──!!」
 故にキャミィの判断も遅れた。次から次へ、予期せぬ方向からの予期せぬ人物の乱入。いくら常識を超えた殺人機械としての能力を持っていようとも、一度にこれだけの人数を相手にすれば必ず何処かに穴が出来る。
 キャミィが振り返る前に、女はその手に光るサイブレードを首筋に素早く刺した──ように見えた。
「しばらくお眠り。──夢も見ない程にね。」
 その声が合図になったかのように、キャミィは膝から崩れ落ちた。完全に倒れ込んでしまう前に後ろの女──サイロックが支え、地面に寝かせる。
「サイロック……?」
 春麗が慌てて近寄る。さくらもソンソンもその場に駆けてきた。しかし突然の展開に頭がついて行こうとしない。三人共その場に呆然と立ち尽くしていた。
 そこへ
「やれやれ。収まったか?」
 と、更に予測しない人物が現れた。
 X-MENのリーダー、サイクロップスだ。しかし彼の登場が逆に春麗を我に返すきっかけとなった。
「サイクロップスまで……一体何があったの?」
「それはまずこちらが聞きたい事だよ。この事態は一体何事なんだ──こんな人通りの多いところでストリートファイトなんて。」
「彼女達が呑気にストリートファイトをやっていた様に見えるか? サイク。」
 横からいささか呆れた声でウルヴァリンが言う。それに対しサイクロップスは苦笑いをしながら肩をすくめただけだった。
 それから改めて春麗に向き直る。
「私達がここにいるのは半分は身内の用だが、半分は君のメールだ、春麗刑事。『例の物』は我々も追っている。で、一度連絡をしようと思っていたんだが、ここで会えて良かったよ。」
「そう……。」
 春麗は、半ば気の抜けた返事をした。
 という事は、彼等と遭遇したのはたまたまということになる。運が良かったというべきか。ここで大騒ぎしていた事も幸いしたといえる。
 それにしても──とキャミィの方に目をやった。何故彼女がこんな事になったのだろう。
「彼女、何があった?」
 春麗の視線に気付いたウルヴァリンが、煙草に火をつけながら聞いた。
「どうも洗脳されているみたいなのよ。何の為に、かは判らないけれど──」
 春麗は沈痛な面持ちで答える。そう、キャミィは明らかに洗脳されていた。理由は判らない。しかしタイミング的には波蝕の鎧との関連が最も疑わしい。
 その横でさくらが口を挟んだ。
「春麗さん、キャミィちゃんって確か──」
「そう、洗脳は解けたはずなのよ。それからイギリス軍に入って……。イギリス軍も彼女の背景を知っていたはずだわ。後遺症に対する警戒もするって言ってた。──なのに、何故……。」
 消え入るような声で春麗は呟いた。判らない。何故キャミィが再び『キラービー』となったのか──。
 その横で、サイロックがかがみ込んでキャミィの様子を診ていた。
「──後催眠の類かも知れない。潜ってみないと判らないけれど。とにかくあんまり良い状態じゃ無いのは確かね。」
「何れにせよ、こんなに注目を浴びた状態じゃ落ち着いて話も出来ない。一度何処かに移動する事を提案するが、どうだい?」
 サイクロップスが周りを見比べながら提案した。
 そこで初めて周りの事を思い出した。人通りの非常に多い、所謂メインストリートでの騒ぎである。気が付けば周りには見事な人だかりが出来上がっていた。人々は口々にその中心にいる春麗達を指差しては何かを囁いている。
「そうね。そうしましょう」
 春麗は即答した。
 今は何よりも落ち着くことが先決だ。ぐずぐずとこの場に留まって、これ以上ややこしい事に巻き込まれてもつまらない。
 春麗達とX-MEN、そしてサイクロップスに抱え上げられたキャミィを含む七人は、逃げる様に速やかにその場を離れた。

 


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