「よォ、ようやくお目覚めかい? モナミ。さしずめ『眠り姫』ならぬ『眠り中尉』ってところだな。」
食堂に入るなり飛び込んできた声の主は、確認せずとも判った。
全く表情を変えないまま声のした方へ顔を向けたナッシュの視界に、薄笑いを浮かべて座っているその主が入る。
「……何故ここに居る?」
「俺だけ、じゃないンだがな。実際俺は今来たところで一番最後だ。」
そのガンビットの声につられて周りを見渡すと、他にそこにいるべき人数が倍増しているのが数えずとも判った。
食堂はかなり広い作りになっていて、奥の方に食事用の大きなテーブルがあり、手前に暖炉とその前でくつろぐ為のソファが据えられている。
その中でまず目に付くのが、テーブルの向こう側に立ち、何やら複雑そうな装置を取り出しているサイクロップスと、それを興味深そうに覗き込んでいるさくらともう一人見慣れない少女(あとでソンソンという名だと紹介された)。そしてテーブルにはウルヴァリンが葉巻を燻らせ、その向かい側に非常に不機嫌な表情のガイルがこちらを睨み付けている。
更にソファには春麗とモリガンが並んで座っており、最後にドアの近く──即ちテーブルから最も離れた所で、現在ナッシュに最も近い位置──にガンビットが一人椅子を移動して座っていた。
皆ナッシュの方を注目している。
「こうなると『何でここに居るのか』という問いを投げかけるのは却って不自然だな。」
ナッシュは半ば呆れ顔で呟いた。
恐らくガイルが(もしくはガイル「に」)連絡したのだろうという事くらいは見当がつくが、何故こんな面子が、と正直思わずにはいられなかったのだ。
「でも知りたいでしょう?」
春麗が笑顔で問い返す。が、ナッシュはすぐさま首を振った。
「ブリーフィングの最中じゃないのか? ならばそれを先に進めるべきだろう。」
挨拶など後で出来る。自分一人の為に、恐らく今後の動きを決めるのであろう会議の流れを中断するのは好ましい事とは思えない。それ故の返答である。
しかしサイクロップスが顔を上げ、
「いや、今ようやくその準備が出来たところだから、まず先に状況を説明するのは全く構わないよ。」
と、大きな食堂のテーブルの中心を指し示しながら言った。そこには直径20センチ位の円形で平たい金属質の板が置いてあり、板の上には細かい光の粒が色々な色で明滅していた。そしてその板から伸びた多数の配線が、サイクロップスの手元にある小さな端末へと伸びている。
どうやら一種プロジェクタの様である。今これの準備が終わったという事なのだろう。
「ふむ、じゃあ少しばかり時間を拝借して、レベル合わせをさせてもらおう。」
ナッシュはソファの、春麗達の向かい側に腰を下ろすと、改めて周りを見回した。それにしても良く集まったものだ。
「──あぁそうだ、まず始めに」
サイクロップスが思い出したようにナッシュの方を振り向いた。
「ネイサンが世話になったみたいだな。礼をいうよ。」
「誰だって?」
「ネイサン・サマーズ。ケーブルの本名だそうだ。」
不思議そうな顔をするナッシュに向け、ガイルが苦々しく補足する。ナッシュはあぁ、と納得した後、更にふと思いついたように聞き返した。
「ラストネームが同じ、というだけで決め付けるのも何だが……何か関係が?」
サイクロップスは苦笑しながら付け加えた。
「彼は私の息子だよ。」
「……息子?」
つい思わず耳を疑う。目の前にいるサイクロップスと比べ、ケーブルの方が明らかに年上に見えるからだ。しかし彼はスコット・サマーズの息子だという。となると目も疑わねばならないらしい。
かすかに動揺が顔に出たのか、その様子を楽しそうに見ていたガンビットがニヤニヤと笑いながら口を出した。
「いやいや、お約束の反応が嬉しいぜ。俺が一言で納得させてやるよ。」
それから勿体つけたように一拍置いて、続けた。
「──要するにアイツは未来から来ているのさ。」
成程、確かに一言で納得できる言葉ではある。
ナッシュは軽く一息つくと、
「──明快な解答をどうも。」
と、いささか皮肉の入った礼をいいつつソファに深くもたれかかった。
常識では計り知れない存在とはいえ、X-MENの構図は非常にややこしい。ガイルの苦々しい表情は、ナッシュの行動に対するものだと思っていたら、どうもそれだけではないらしい。現在では不可能といわれる科学技術が、X-MENからは当たり前のように出て来るので無理も無いのだが。
「まぁ、ついでに私達の方から行こうか。」
サイクロップスは議会進行役よろしく立ったままテーブルに手をついた。
「実は私とウルヴァリン、そして今は別室でネイサンの面倒を見ているサイロックの3人で、波蝕の鎧探索と共にネイサン──ケーブルの行方も追っていたんだ。テレパスの彼と何故か連絡が取れなくてね。そんな折に春麗刑事から波蝕の鎧に関して捜査しているという内容のメールをもらった。それで彼女達と合流した訳だ。まぁ会う事も視野に入れて行動していたのは事実だが、あそこで合流できたのは偶然といえば偶然だったよ。」
「あれだけ大騒ぎしてりゃ、嫌でも目に付くぜ。」
ウルヴァリンが口を挟む。それに春麗が慌てて補足した。
「私達ね、襲われたのよ。波蝕の鎧と直接の関係はわからないけれど、標的は明らかに私達だった。今は眠っていて、サイロックが一緒に面倒見てくれているんだけど……」
春麗は一旦言葉を切りった。明らかに困惑した感じである。
そしてそれからおもむろに言葉を継いだ。
「──襲ってきたのは、キャミィよ。」
「何だと?」
ナッシュの表情が険しくなる。
「明らかに洗脳されていたの。となると、断言は出来ないけど一つの団体が関わってきている事になるわ。」
「──シャドルーか……。」
その言葉に、春麗は答える代わりに押し黙った。何よりも明快な回答だ。
「イギリス軍の技術でも洗い切れてなかったという訳か──? 向こうは何と?」
「それは判らない。まだ連絡を取ってないの。情報を確認するのが怖いのよ。」
「賢明だ。むしろこの場はX-MENに甘えた方がいい。何処で何に情報が漏れるか判らんしな。」
言いながらサイクロップスの方を見やると、彼は無言で「任せてくれ」というように頷いた。
シャドルーが波蝕の鎧を狙うのは何ら不自然な事ではない。むしろ必然であるともいえる。この場合、何らかの形でシャドルーが介入していないと言い切る方が無理な話だ。しかしここでもう一つ、どうしても拭いきれない疑惑が頭をもたげてくる。
イギリス軍そのものが、キャミィの過去を知っている上で利用したのではないかという可能性だ。
波蝕の鎧は、各国が兵器としての利用を企んでいる。ガイルやナッシュも、名目上は調査として動いているが、その実、アメリカが波蝕の鎧を兵器として利用しようという考えが前提としてある。
無論イギリスが同じ考えをもっていたとしても不思議ではないのだ。
春麗も、その可能性を考えたのだろう。連絡を取る前に、キャミィの意識の回復を待って、事情を聞いてからという判断である。
「彼女はネイサンと共に一旦我々の基地で治療を行うつもりだ。準備出来次第サイロックが連れて行く。100%の保障は出来ないが、何とかなるだろう。」
サイクロップスはしっかりと請け負った。
「で、私達の方は、話がちょっと前に戻るけど──」
続けて春麗がかいつまんで事情を話した。ソンソンの紹介と、さくらと出会ったいきさつも含めて、である。消えた街の一つに行ってみたものの何もなかったことまでついでに報告した。
「で、サイクロップス達と合流して、その後ガイル少佐に連絡をもらったから一緒にここへ来たのよ。」
春麗はサイクロップスとウルヴァリンを示しながら続ける。
「びっくりしたわよ。来てみたら得体の知れないものに襲われて、三人倒れてるって言うじゃない。」
それからガイルの方を見て、少し複雑な表情になりながら更に付け加えた。「少佐は顔に変な落書きされてるし。」
さくらもソンソンも、そしてサイクロップスまで笑いをかみ殺した顔をしている辺り、落書きだけではなかった様子が伺えた。
当のガイルはむっつりと黙ったまま、頬杖をついて正面の機械を睨み付けている。先程までとはうって変わり、今はナッシュの方を見ようともしない。
ナッシュも下手に絡まれてはたまらない。大体ガイルが落書きされた事自体には責任がないのだ。それを避ける意味も含め、ガンビットに水を向けた。
「俺はただサイクから連絡を受けたから素直に来ただけさ。何にもしちゃいない。──今はまだ、な。」
意味ありげな表情と共にガンビットが答える。
そこでそういえば、とナッシュは思い出した。
「ローグは?」
「前に会った時、ヘンなロボットを連れていただろう? アレの『ご主人様』が判ったのさ。で、今送り届けに行ってる。」
「よく判ったな。」
「あぁ、ご主人様はトロン・ボーンとか言う女だそうだ。彼女も波蝕の鎧を狙っているらしく、その手の情報を当ったら割と簡単に出てきた。表向きの職業は発明家になっていたが、実のところは何をやっているのやら。
想像してみろ。アレと同じのが40体もいるンだぜ?」
「……。」
ナッシュは素直に想像してみたが、さぞかし役に立たないだろうということ以上には膨らまなかった。40体も使って一体何を目的としているのであろうか。
「一人で行って大丈夫だったのか?」
「大丈夫だろ。『子分』があんなのなら。──いざとなったら連絡を寄越すさ。」
確かに。前にちらりと見ただけのあのロボットは、到底人に害を及ぼすようには見えなかった。もっとも、外見だけで判断するというのは極めて危険が伴うのは百も承知だ。しかしそれを視野に入れて考えても「ローグの危機」という場景がどうにも想像し難い。──あの緊張感の無い顔を見てしまった後では。
「──で、結果としてここに集合と相成った訳か。」
事情は大方わかった、という事を示すためにナッシュは周りを見回す。と、春麗が何か言いたそうな視線を向けてきた。
「それと……後一人居るのよ。今シャワーを浴びに行ってるんだけど。」
その春麗の台詞に合わせるようにドアが開いた。
そして入ってきた人物を見て、ナッシュは素直に驚いた。
「──リュウ……?」
意外な面子だ。それを言うならこれだけの人数がこの場に集結している事自体が意外だといってしまえばそれまでだが、その中でも彼の存在は意外だった。
「迷子になって途方に暮れているところに出くわしたんで、連れて来た。どうもお仲間とはぐれたらしいぜ。」
ガンビットがフォローを入れた。言われたリュウは、挨拶代わりの軽い会釈をしてウルヴァリンの横に座る。
「仲間ってのは──」
あの全米格闘王か、とナッシュが言いかけた時、ソファの傍まで来ていたさくらが言葉を継いだ。
「ケンさんと連絡が取れないんです。一緒にいたリュウさんもはぐれちゃったって……。」
「何があったんだ。」
「それがよく判らないんだ。女の子を一人、すぐそこまで送ってくるから待っていてくれと言われて別れたきり、連絡が取れない。」
リュウはナッシュを真直ぐ見返しながら答えた。
「強い者」を求めてすぐ何処かへ行ってしまうリュウに対し、今回の件に関しては連絡が取れないと困るからと、無理矢理携帯電話を持たせたのはケンの方であったが、その携帯電話が通じないのである。本末転倒もいいところだ。
「女の子に甘いのは相変わらずよね。で、今度はどんな美人さんと一緒?」
春麗が苦笑しながら聞き返した。リュウはちょっと考える表情になり、更に首をかしげている。
「さぁ? チラッと見たところ赤い頭巾をかぶっていた。顔は見えなかったけど幼い感じだったな。」
「赤い頭巾の少女?」
同時にナッシュとモリガンがつと、顔を見合わせた。赤い頭巾には心当たりがある。
「──彼女が一緒なら心配ないわ。逆に彼女、良いところに目を着けたものね。」
モリガンがくすくす笑う。ナッシュを「足」代わりにしようとして失敗した後、彼女はケンという金持ちに目をつけたのだろう。
リュウはその様子を不思議そうに眺めていたが、モリガンにもう一度「大丈夫よ」と流し目で念を押され、納得したようなしないような複雑な表情になった。
そんなモリガンの様子を横で眺めていた春麗は、呟くように言った。
「でも意外だったわ。ナッシュ中尉が女連れで作戦行動だなんて。」
「何、嫉妬?」
「違うわよ。もっと硬派……とは違うわね。自分のリズムを崩されたくない人だと思ってたから。モリガンなんて相手を振り回す典型じゃない。だから意外だなって思ったの。」
どういう意味よ、という顔でモリガンが春麗を見た。が、春麗は「そのまんまでしょ」と意に介さない。
「えー? 私は結構そんな感じだなと思って見てましたけど?」
ナッシュの隣に腰掛けたさくらが会話に割って入る。春麗が不思議そうな顔で振り返った。
「そんな感じって?」
「案外遊んでそうだなって。」
「……。」
傍らで、ガンビットとガイルが笑いを必死にこらえているのが判る。それはそれとして、リュウまでもがかすかに苦笑いを浮かべているのに、ナッシュはなんだかやり切れなくなった。
「──で、この場は私をからかう為に存在するのか?」
「違うと思いたいね。私もそろそろ話を進めたいんだが。」
サイクロップスが別の意味で苦笑しながら言った。先ほどから情報交換の方向性が違っている。そろそろ波蝕の鎧そのものについての話題を開始する頃合いだろう。
雰囲気を察した一同は、自ずと私語を止めて居住まいを正した。こういう時の切り替えは流石に皆はっきりしている。
それを受けて、会議進行役となるサイクロップスが、仕切り直す様に口を開いた。
「さて、我々の説明は一通り終わった訳だ。まだレベル合わせの域は出ないが、次はナッシュ中尉、今この中で敵と思われるものに一番近付いた貴方の話を聞きたい。一体何があったのか──」
「予め言っておくけど。私は何にも説明してないわよ。」
モリガンがしたり顔でナッシュを見た。そんな表情を見ると、説明させるためにナッシュをたたき起こしたのかと訝りたくもなるが、それ以前にそもそもモリガンは人にご丁寧に説明する性質ではないのだから仕方ないともいえる。
ナッシュは頷き半分に肩をすくめると、この街に入ってから起こった事をざっと話し始めた。
人型の襲撃を受け、更に人型が今までに消えた人々のなれの果てらしいという事を話した時、その場には緊張が走った。
「消えた人々が姿を変えられてるって言うの……?」
春麗が眉をひそめた。疑いというよりは、驚愕の意味合いが大きい。それはこの場にいた誰もが同じ気持ちだった。行方が明らかになったとはいえ、あまり喜ばしい事ではなかった。むしろ最悪の結果である。
そこでガイルがふと思い付いたように疑問を口にした。
「しかしその『人形』はそれ程の数がいるんだろう。今まで何処かで目撃されていてもおかしくないはずだ。なのに何故今までそんな話が一つも出てこない?」
「答は簡単じゃないか少佐殿。目撃者なんて『居ない』って事さ。」
咄嗟に答えたガンビットの言葉に反応して、誰かがごくりと固唾を呑んだ。目撃者が名乗り出ないのは存在しないからだ、という答自体は当たり前の話だ。しかし「何故」存在しないのか。人型を見た、という者が皆無だとは思い難い。なのに報告が無いという事は、目撃した者達が、それを他に報告出来なかったからではないか。
即ち、「喰われた」のである。何者かに、一瞬にして。
「まず街の人間が皆消えて、その後はこれだけの瘴気が充満するから普通の人間は誰も立ち入らない。謎の病気が流行ったかも知れないところだ、瘴気が無くたって誰も入りたいとは思わないさ。調査団だって街にいたのは実質1時間にも満たないという話じゃないか。
そしてもし瘴気に耐え得る人間が街中を歩き回ったとして、その人間が人型に出会った時、果たして人型は大人しく街から出すか?」
誰も何も答えなかった。この場合の沈黙は、誰もがガンビットの示した可能性を認めたという事に他ならない。
「──で、結局何なんだその相手ってのは。余計な謎ばかり増えていくばかりじゃねぇか。」
ウルヴァリンが苛立たしげに葉巻を灰皿に押し付ける。情報が増えていくにつれ謎が深まるばかりで一向に話が進まないのだから、苛つくのも無理はない。しかしだからといって今更慌てたところでどうにもなるまい。
「相手は恐らく波蝕の鎧と見ていい。その理由はケーブルと出会って以降の話になる。」
一拍、間を取るために眼鏡をかけ直したナッシュは、更に説明を続けた。ケーブルから聞いた、別の消えた街にあった穴についてや船に関する話。そしてそれらの会話を交わした後、ケーブルの様子がおかしくなった事。
「衝撃波らしきものに吹っ飛ばされた後──そこから先は記憶にない。」
その後「精神世界」とモリガンが形容したあの真っ白な空間であった出来事は略した。重要なのはケーブルが何者かに操られていたらしいという事実だからだ。
そこでガイルが鋭い目でナッシュを見た。
「で、相手が波蝕の鎧とみる訳は何だ?」
「まだ説明が終わった訳じゃない。それは今まで眠っている間に見ていた夢による。夢というよりはイメージ。映画のダイジェストといった感じだな。彼女曰く──」
言いながらナッシュはモリガンを示し、「波蝕の鎧に残された記憶だというんだが。取り敢えずざっと話すから聞いてくれ。」
「夢」の世界観。波蝕の鎧とアビスの存在。そしてそれに関わった人物の背景──それ等を自分の私情は全く挟まずにただ淡々と話す。
話し終わった時、先程の人型の事実が明らかになった時とは比べ物にならない、重苦しい雰囲気だけが辺り一面を覆っていた。
「中尉、正直なところを聞きたい。」
しばらくの沈黙の後、サイクロップスがため息をつきながら顔を上げた。
「貴方はこれを単なる夢だと思っているのか。それとも本当にその魔道師の記憶だと思うのか。」
「──夢にしてはかなりリアルだ。似たような話も見たり読んだりした事がない。そして何よりもこれだけ壮大なストーリーを頭の中で組み立てられる程、自分がロマンチストだとも思えない──だが、100%信じろとは俺自身言い難い。だから信じる、信じないに関わらず予備知識として片隅にでも置いておいてくれれば良いと思ってる。」
先程モリガンは「本当にあった事」だと断言したが、それでも全てに対して先入観を持つのは良くないと判断した。大体話が現実か否かをこの場で判断するのは不可能だ。どうあがいても水掛け論にしかならない事に時間を割く必要性など何処にも無い。
ただ、極めてリアリストであるナッシュが夢の話をしたという事実は、意外な重みを伴っていた。
「まぁ何だって構わんさ。敵について確実に判った事だってあるんだ。」
沈み込むように椅子に座っていたガンビットが、身体を起こしながら場を取り繕う意味も含めて話をまとめ始めた。
「まず『人を喰っている』という事。しかも喰った人間を自分に都合の良い防人として作り変えることも出来る。それがその人形だろう?
それから更に喰う前の人を操れる。……ケーブルが操られたのは、その穴の中で人形に襲われたのが原因か。」
「多分そうだろう。詳細は彼が目を覚ましてからじゃないと判らないが。」
「となると、随分芸が細かいな。」
ナッシュの答に感心しながらガンビットが呟く。確かに手数は多い。人を操れるなら同士討ちを狙う事も可能だ。あまり正面を切って戦いたいと思う相手ではない。
「ケーブルが気がつけば、もっと細かいところまでわかるかも知れないのに……。」
春麗が残念そうに言う。その時突然、さくらが思い付いた。
「思ったんですけど……ひょっとして今ケーブルさんも同じ夢を見てるんじゃないんですか? その様子を見る方法は無いんでしょうか。」
「今ネイサンの傍にはサイロックがついている。彼女に潜ってもらえばわかるかも知れない。」
その思い付きに同意したサイクロップスがそう提案したが、モリガンがすぐに否定した。
「止めておきなさいな。下手をすれば飲まれるわ。バックアップをつけないと彼女が廃人になるわよ。」
「となると、やっぱりそっちは治療待ちだな。──あのお嬢ちゃんもことによると鎧に操られてたって事は無いのか?」
ウルヴァリンの台詞に、今度は春麗が考え込む。
「両方を見比べた訳じゃないから一概には言えないけど、違う感じがするわ。関係があるかどうか判らないけれど、私たちのいたところは海からだいぶ離れていたんだし。」
その前にいたさくらも頷いて同意を示した。直感でしかないが、どうもあの時のキャミィは今のナッシュの話にあったケーブルの様子と異なっている気がするのだ。波蝕の鎧のような得体の知れないものではなく、極めて人為的な感じがあった。
「──あのね。」
ふと、それまでずっと黙っていたソンソンが、思い出したように、そして躊躇いがちに顔を上げる。
「……その夢って何だかじいちゃんの言ってたお伽噺に似てるよ。ちょっと違うけど。」
春麗とさくらが同時にソンソンを見た。
「何でもっと早く言わないのよ。」
とがめる様な二人の視線にソンソンは首をすくめる。
「だって今思い出したんだもん。お伽噺には良くある話だったし。鎧の名前は出てこなかったし。それ以前にじいちゃんは肝心なことばらばらで言ってたからその場になんないと判んないこと多いし。じいちゃんもわかってなかったんじゃないのかな。」
最近ちょっとボケてるかも、と付け加えた。
「──まぁいいわ。具体的にはどんな事をいっていたの? 思い出せる限りの事を思い出して。関係ないと思っても全部。」
春麗に促され、ソンソンは思い出しながらゆっくりと話し始めた。
「まずね、今の話は大まかな筋は一緒だけど、助手とかそんなのはなくて、いい人が悪い鎧を着た人を退治して海の底に沈めちゃうってお話だった。でね、更に続きがあるんだ。」
話によると、「いい人」のいた国は、悪い鎧と共に全て海の底に沈んでしまったが、いい人だけは辛うじて助かり、とある島に流れ着いたらしい。しかし今後、鎧が海の底から這い上がってこないとも限らない。そこでいい人は船を作り、鎧の監視をすると同時に、強い鎧に太刀打ちできるよう、新しい世界を巡って強い戦士を集め、来るべき鎧との戦いの日に備えているのだという。
「だからじいちゃんはしつこいくらいに『船を捜せ』って言ってた。でも一方で悪い鎧をこらしめるために船は強い人を集めているのだから、強ければ必ず船に出会えるとも言ってたよ。
まぁじいちゃんはホントに言ってる事がどれもコレも唐突だからさ。皆話半分にしか聞いてないワケ。」
半ば言い訳のような感じでソンソンは続けた。それを見た春麗とさくらがお互い顔を見合わせたが、同時に軽いため息をついただけで敢えてツッコミは入れなかった。
「ソンソンの話はむしろ『後日談』の意味合いが強いわね。」
モリガンが率直な感想を述べる。今の話は娘のその後だろう。そうすればすんなり繋がる。すんなり行き過ぎて却って不自然に感じる程だ。ただ、モリガン自身は夢の出来事は事実という確信を持っているので、この結果に対しては何ら疑問を持たなかった。
しかし一方では、それを事実として受け取れない者もいる。
「しかし百歩譲ってそれらの出来事が真実だとしてもだ。やっぱり疑問は解消されていないぞ。例えば波蝕の鎧。鎧はアビスを封じたんだろう。なのに何故街が消えているんだ。街が消え人が消え、更に人型が跋扈するという辺り、アビスが間違いなく機能している証拠じゃないか。」
またしてもガイルが反論した。筋の通らない出来事には一切納得しないという性質であるのに加え、唐突に出てきた非現実的な物語に対応しきれないでいるのだ。今までの不可解な出来事は実はこういう事でした、と更に不可解な理由を提示され、それで納得しろと言う方が無理な話ではあるのだが。
とにかく憮然とした表情で疑問の解消を求めるガイルに対し、サイクロップスが努力をしてみた。
「封印が解けたと考えるのが一番自然だが……その場合第二の封印が働くはずだな。別空間に封じるというのが。」
「となると、波蝕の鎧はそのままで、反転された機能が何らかの要因により戻ったという事……?」
春麗もそれを受けて考え込んでいる。そんな様子を見たモリガンが無駄だと言わんばかりに横から口を挟んだ。
「中途半端な状態なのかも知れないわね。いずれにせよ、あの魔道師のかけた魔法は当てにしない方が良いわよ。あんな状況下で、しかも能力が未知数の相手に完璧な呪詛をかけられるはずがないもの。」
それに最終的には魔道師自身が取り込まれてしまっている。最終的にあの時何があったのかは当事者にしか判らないし、当事者にすら判らないかも知れない。──何もかも取り込まれて全て一緒になってしまった今となっては。
「やっぱりその辺は船を捜せばいいんじゃないでしょうか。船に乗ってるのは関係者と見て間違いないみたいですし。」
さくらが提案した。尤もである。結局は事情を知る人間に聞くのが一番早いのだ。そして現時点で事情を知ると思われる唯一の人物が『船』に乗るその人物。
「……あの船に乗っているのは『娘』なのかしら。女の人が乗ってたんでしょう?」
春麗がふと呟く。
「子孫に任せてでも止めろと言ったんだろう? 娘と考える方が不自然じゃねぇのか。血縁ではあるかも知れないが……。」
「でも魔法使いならそういう事もあるかも知れませんよね。歳を取らない薬とか。」
「──そんなのあったら分けて欲しいわね。」
この後しばらく一同の間でそんな話題が続いた。
それらの会話の合間、ナッシュはケーブルが言っていたルビィ・ハートという女と、先ほど見たイメージの中で出てきた『娘』のことを考えていた。
確かに似ている。何よりも右目の状態が符合する。イメージに出てきた娘は右目に怪我を負い、ルビィ・ハートもまた右目に眼帯をしていた。
──しかしそれで本人だと果たして断定できるのだろうか。あれから何年経っているのかも判らないのに、だ。少なくともここ数十年の出来事ではないだろう。そんな出来事があれば、今この場にいるメンバーの誰かが耳にしていてもおかしくない。しかしそんな様子は見受けられないので、やはり最近の出来事ではあるまい。
彼女はその子孫で目の様子はただの偶然かもしれない。そう思えるが、本人であるという可能性も捨てきれない。そしてそんな非現実的なことを平気で考え始める辺り、この現状にかなり慣れつつあるという事に他ならない。ナッシュは心の中で苦笑した。
「とにかく、だ。今後俺達がどう動くか、まずそれを決めるべきじゃないのか?」
話がループし始めたのを見かねたガンビットがそう進言した。サイクロップスも頷く。
「うん。それについてちょっと検討してみたんだが──」
ここでようやくプロジェクタの出番のようだ。皆話を止めてそれに注目した。
「我々だって今まででのんびり遊んでいた訳じゃない。今までのデータの集計結果を元に、次に狙われる可能性が高い街を3つ、ピックアップした。
サイクロップスの言葉に答える様に、丸いホログラムの上に3つの赤い点が出現する。
「──あそこは……」
ガイルが指を差したその先は、日本の漁村。つい先日人々が消えた地域である。他には北極海、そしてもう一つがアメリカ大陸の西海岸付近で点滅していた。
「そう、この予想ポイントは人そのものが消える場合を想定して計算したものだ。実は他のポイントも既に消えたとの情報を得ている。計算結果が正しい事が証明された訳だが……」
サイクロップスの声には悔しさが含まれていた。
疫病が流行る街は、気象条件も伴うので計算が難しく、地域が割り出しにくい。故に先に海に隣接した地域に絞って予測したところ、皮肉にも的中してしまったのである。この場合は、素直に喜べなかった。
「でも予測できるという事は、一応パターンがあるんですね。」
画面を見上げてさくらが呟く。
サイクロップスが頷きながら説明を加えた。
「そう、どうも鎧は空間の狭間を漂っているらしい。出現パターンを数式化するとそんな事が読み取れる。次の予測ポイントはまだ出ていないが、結果が出次第、避難勧告が行くはずだ。」
「空間の狭間って……じゃぁやっぱり鎧の封印が解けたって事なんでしょうか?」
「さぁ。そこまでは断言出来ないな。」
さくらの質問に対し、サイクロップスはちょっと困ったような表情を見せた。確かに今までの話からすれば、違う空間を移動しているという事は第二の封印とやらが働いた事になるのではという憶測が出てくるが、それを手元のデータだけではそれを裏付ける事にはならないのだ。
もちろんさくら自身もふっと思った事をそのまま口にしただけであり、明確な答をその場で得ようと思っていた訳ではないので、「そうですよね」と答えて話題を区切った。
サイクロップスはうなずいてプロジェクタに再び向き直り、更に説明を続ける。
「さて、次の予測ポイントが出る前に、この消えたばかりの3つの街の調査を提案したいと思う。今我々がいるこの街も、ケーブルが穴を発見したという街も、人が消えて1ヶ月前後だ。消えたばかりの街にも何かしらの証拠が残っているかもしれない。」
そこでつと、春麗が手を上げた。
「ちょっといい? それよりはまず船を捜すべきじゃないかしら。確かに中尉の話を聞く限り、人々が消えた直後の街を探索すれば、何者かと何かしらの接触ができるようだけど。訳も判らずいきなり敵陣に突っ込むよりは、まず確実な情報を求めた方がいいと思うの。」
それも一つの意見である。しかしガンビットがそれに反論した。
「だが船は捕まえようとしても簡単に捕まるかどうか判らないぜ。出現率の高い地域はあるが、そこにパターンがある訳じゃない。むしろ船は後回しにして、可能性の高い方を攻めた方が良いんじゃないのか。夜の街を探索してみて、何も無ければそれから船を捜したって遅くはないと思うんだが。」
「でももし『何かあった』場合がむしろ困るんじゃないかって思うんだけど。」
春麗は敵の能力が未知数である事を主張したいのだ。無謀に突っ込んでいって全滅ではシャレにならない。もちろん簡単に全滅してしまうメンバーではない事は百も承知しているのだが。
「船の出現率が高い地域ってのは大抵消えた街の位置と重なるんだろう。だったら一石二鳥を狙うのも手じゃねェか。」
ウルヴァリンが折衷案を出す。ソンソンの言う通りだとすれば、波蝕の鎧を追っていれば嫌でも船に出会えるはずだ。可能性の高い方を取れば、自ずと順番が決まってしまう。
そして結局はまずこの目で敵の正体を見てみたいという興味がこの場全員に共通した気持ちだった。
春麗が苦笑いをしながらサイクロップスに話を進めるよう促した。実は春麗自身も先に街を探索する事に異存はなかったのだが、だからといって他の選択肢を潰したくなかったのだ。
「この3つのポイントのうち、一つは既にストームのチームに向かってもらった。現地時間の朝方に到着して、街を見て回ったが特に収穫は無く、今は様子をみているそうだ。先程連絡が入った。
そして後2つのポイントは、異存が無ければここにいるメンバーを2つに分割して調査してみたいと思う。」
「2分割、というと──」
「5人ずつですね。」
サイクロップスの言葉に反応してその場の人数を数え始めたリュウに、さくらが継ぎ足した。この場には10人いるのだから、全くもって否定の仕様のない事実である。
しかしその言葉を聞いたガイルがナッシュをふり返った。
「お前も行く気か?」
「この中で、俺が絶対に行かないと思っている連中の方が多ければ諦めようか。」
表情の隅にある種自信をたたえて答えるナッシュに対し、ガイルはため息をついた。
「──体調は?」
「今のところは問題ない。」
そういわれてしまうと、反論する材料は何もなくなる。それにナッシュが一度決めた事を変えさせるのがどれだけ難しいかはガイル自身が一番良く知っているのだ。
そんな二人のやり取りの横で、何となく皆の顔を見回していた春麗がふと呟いた。
「あともう2人いれば、6人ずつで丁度良いのに。」
「──何故ですか?」
「穴は途中で枝分かれしている可能性もあるでしょう? 6人だと、最大2人ずつ別れて3組できるわ。二手なら3人ずつ。場に応じて動けるから悪い数字じゃないと思うの。」
「しかしあと2人、今から集めるのか?」
ウルヴァリンが聞き返した。
ケーブルとキャミィは動けない。サイロックはその治療に立ち会うので今回の参戦は無理だ。そしてローグはまだ帰ってくる気配が無いらしい。
春麗は首を振る。
「いれば良いな、って思っただけよ。今から召集をかけている時間はないでしょう?」
「募れば来るかも知れないが、その間に鎧を見失うのだけは避けたいな。」
確かにいい考えだとは思うんだけどね、とサイクロップスは付け足した。
「あとはメンバーの配分が問題か。どう分けるつもりでいるんだ? サイク。」
ガンビットが聞いた。
「やっぱり戦力が均等になるように分けるべきよね。」
「戦力もそうだが、チームワークも考えなきゃならんぞ。」
「いっそカードで振り分けたらどうだ。」
「そういう分け方なら他にはあみだくじとかじゃんけんとか、色々ありますよ。」
「カードで分けるなら、ただくじ引きじゃつまらないだろ。勝ち組と負け組ってのでどうだ?」
「お前……今から何をするのか判ってるのか?」
各々が好き放題色々な案を挙げ始めた。更にそれぞれに対して話題が広がっていくので、その場は和んだ雑談風景になった。
その時。
「──誰か来たみたいだ。」
リュウが腰を浮かせて呟いた。その場の雑談がぴたりと止まる。玄関のドアがノックされたり、チャイムが鳴ったというわけではない。しかし何かの気配をリュウはその鋭い感覚で察知したようだ。
誰よりも先にドアに近い位置にいたガンビットが立ち上がって様子を見に行った。
「何だ。また『人形』みたいなのが来たってのか。」
「──いや、それは無ぇな。」
ガイルの言葉をウルヴァリンが否定する。既にその嗅覚で、誰が来たのかが判ったらしい。
玄関の方で歓声に近い声がしたかと思うと、だんだんそれが近付いてきて、皆が見守るドアが勢いよく開いた。
「お客さんだ。実にいいタイミング。まるで図ったようじゃないか。」
偶然に苦笑を浮かべながら入ってきたガンビットの後ろにはスパイダーマンが立っていた。
そしてその横にもう一人。修道衣というこの場にはとても似つかわしくない格好をした女が一緒にいる。
「フェリシアじゃないの。一体こんなところで何やってるのよ。」
「あ、モリガン。おッ久し振りィー♪ 元気してた?」
モリガンの言葉で、女がシスターの衣装を脱ぎ捨てた。キャットウーマンの名に相応しい耳や尻尾が姿を現す。
ミュージカルスターとして既に人間達にも定着しているフェリシアが、何故かスパイダーマンと一緒にそこにいた。
「相変わらずよ……ってあなた私の質問に答えてないじゃないの。」
「一旦戻った時に彼女とばったり会ったんだ。やっぱり波蝕の鎧を追いかけてるって聞いたから一緒にね。」
スパイダーマンが代わりに説明する。彼自身はサイクロップスからの連絡を受けていたらしい。それぞれの紹介や挨拶で、場が再びにぎやかになった。確かに出来過ぎたようなタイミングだが、こんなタイミングの良さなら大歓迎である。
「フェリシアってあのミュージカルスターだろう。何故そんなのがここに来るんだ。それにあの女とどういう関係だ?」
いつの間にかガイルがナッシュのそばに立ち、新たな仲間であるフェリシアを見つめて呟いた。
妻や娘が好きで良く観ているミュージカルに、彼女が出ている事があった。ガイル自身も妻と共に舞台に観に行った事がある。そんなミュージカルスターが波蝕の鎧を追うメンバーに加わっているという状況が全く理解できない。まして気に食わないあの女と知り合いとなれば尚更その存在自体に疑問を感じる。
一方で、ナッシュは変なところに感心していた。
「──成程、あの耳や手足は本物か。」
「どういう事だ?」
「彼女は恐らくダークストーカー等その類の仲間という事だ。キャッチコピーが『人間界と魔界の掛け橋になる』だったと記憶しているが、正にそのままの意味だったとはな。」
ナッシュ自身はミュージカルにあまり興味がなく、ちょっと変わった雰囲気のスターがいる程度にしか認識していなかった。一種の「売り方」だと思っていたら、正真正銘何のひねりもなくその通りのフレーズだったようだ。
一般でいうところの「人間」が、どういった経緯にしろ彼女をダークストーカーと認識した上で受け入れているなら驚くべき事であり、喜ばしい事でもある。しかし実は周りの人間が正確に彼女の事を知らぬままだったとしたらどうなるのか。その正体が明らかになった時、果たして今のまま「掛け橋」を務めることが出来るのだろうか。
「だから何でそんなのが波蝕の鎧に関わってくるんだ。」
ナッシュが見当違いの回答をしたので、ガイルは多少苛立たしげに聞き直した。
「波蝕の鎧が街の人間を喰えば、『掛け橋』どころの騒ぎじゃなくなるからだろう。いずれにせよ目的は同じだ。戦力になるならこの際仲間は多い方がいい。違うか?」
見上げながらそう言い返してきたナッシュに対し、ガイルは一瞬の間をおいて肩をすくめた。
「……俺には良く判らんよ。」
そう言い残してナッシュの傍を離れ、再び先程自分が座っていた椅子にどっかりと座り込む。自分から質問してきたにも関わらず、その言動は少しばかり不可解なものを残していた。
ガイルは同行してからこっち、余程ナッシュの行動──特にモリガンの存在──が気に食わなかったのか、どうも落ち着きが無いように思える。簡単な事で動揺をするような性質ではないはずなのに、今のガイルは冷静な判断力を欠いている感じだった。
この捜査が始まったばかりの自分自身の状態にも似ているとナッシュは思った。常識離れした場の展開についていけず、焦りばかりが募るあの状態に。
ナッシュ自身は既に肝が座ってしまっていた。目の前にある事実に対してどうこうケチをつけたところで始まらないのだから。
少し落ち着いて話し合う余裕が必要かもしれない、とナッシュは思う。ガイルの為はもちろん、自分自身にも必要な事だ。しかしそんな時間を取っている時間があるのかどうかはいささか疑わしかった。
それからわずかの後、一通りの会話に区切りがついたところを見計らって、サイクロップスが一際大きな声を張り上げた。
「じゃぁ先程春麗刑事の言った通り、6・6のチームで行こうと思うが異存はないか?」
もちろん、異存のあるものはいなかった。それに心強い仲間が更に増えた事により、精神的にも余裕が出てきた。
自分達の力でたどり着く為の、得体の知れない「波蝕の鎧」への確信へと迫る為の入口が、少しだけ近くなったような感じだ。
ただし、その入口が簡単に開くかどうかは、実際にこれから試してみなければ判らないのだが。
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