Chapter16. > Encounter the ...

 最低でも必ず二人一組で行動する事と定め、その場にいた者達を二つのチームに分けた。
 チームαにはサイクロップスを筆頭に、スパイダーマン、ガイル、春麗、さくら、フェリシアが。チームβにはリュウ、ウルヴァリン、ナッシュ、ガンビット、モリガン、そしてソンソンにてそれぞれ構成されている。
 そしてチームαはアメリカの西海岸へ、チームβは日本の漁村へとそれぞれ向かった。連絡は小型のセレブロで取り合う事とし、時差を計算しつつそれぞれに行動を開始した。


 アメリカ西海岸──とある大きな遊園地があり、その遊園地の観光客(正確に表現するならば、宿泊客)及び関係者が一切消えてしまった場所──へ、チームαは到着した。時刻は深夜。日本風に言えば「草木も眠る丑三つ時」が近い時間である。
 昼間はにぎやかな人の声であふれ、笑顔で埋め尽くされているであろうこの遊園地も、今はひっそりと静まり返っていた。普通、大規模な遊園地は、夜中だからといって完全に沈黙が支配する事は無い。翌日に向けた遊具のメンテナンスやその他色々な準備、そして掃除がひとしきり行われている為、決して無人になる事はあり得ないのだ。しかし今は全くの無人。数日前に人が全て消えてしまい、その代わりに重苦しい瘴気を一杯にたたえているこの園内に、敢えて立ち入ろうとする人間は一人もいなかった。
 そしてその沈黙を破ったのが、サイクロップスを中心とするチームα6人である。
 このテーマパーク自体は随分と広い。園内に幾つかの宿泊施設がある辺りにも、その広さが窺える。実際、全てのアトラクションをこなそうと思えば、数日間かかってしまう敷地面積を持っていて、それが一つの売りでもある。
 相談の上、まずは可能性が高いと思われる海岸に近いところから全員一緒になって捜査を開始した。1チームに6人もいるのだから、取り決め通り二人一組で手分けして捜査すれば、比較的短時間で一通り見て回る事が出来る。しかし万が一敵に襲撃された時、他が咄嗟にフォローできるとは限らない。とにかく広い園内なのだ。
 よって、それぞれが目の届く範囲で、しらみつぶしに探していく方法を採った。一種のローラー作戦である。広大な敷地を考えるとウンザリするが、その代わり見落としの範囲が少なくなる事もあり、仕方の無い措置だった。
 そんな中、春麗とさくらは雰囲気に相反して清々しい顔をしていた。今まで謎の言動ばかりをして、肝心の事を明かさなかったソンソンとチームが別れたためだ。リュウと別れてしまったのは残念であったが、振り回されていた分、それを補って余りある解放感である。
「もうちょっと早く言ってくれれば事情が変わってたかも知れませんよね。確かに不思議な話ですけど、あそこまで隠す内容じゃないと思うんですよ。」
「でもひょっとすると彼女……敢えて黙ってたのかも知れないわよ。」
 例えばキャミィに襲われる前に、ソンソンがそんな話をしたところで、恐らく春麗やさくらはそれを受け入れることは出来なかっただろう。一笑に付すのがオチだ。先にナッシュの話を聞いたから、御伽噺めいたソンソンの話もすんなり聞く事が出来たのだ。
「どうなんでしょう?」
「どうなのかしらね。」
 それはソンソン自身にしか判らない。ひょっとすると本人にも判ってないかも知れない。むしろその方が可能性としては高そうだと思えるのが彼女の特徴でもあるのだが。
 春麗とさくらは黙って顔を見合わせ、お互い同時に、まるで鏡に自分の姿を映すかのように揃って肩をすくめると、遊園地内の探索に集中する事にした。

 それから数十分後、園内にちょっとした異変が発見された。
 発見したのはスパイダーマンである。場所は一つのアトラクションの入口。所謂ホラーハウスの入場口に、ぽっかりと穴が開いていたのだ。
 一緒に探していたサイクロップス、そして比較的近くににいたガイルと、耳の良いフェリシアがすぐに近付いてきた。
「案外あっさり見つかるもんだね。」
 スパイダーマンは変に感心したように言う。一日では見つけられないかも知れないと言う懸念があったのだが、むしろ見つけてくれといわんばかりの目立ちようである。
 その横でガイルは胡散臭そうに穴を見下ろした。
「単にアトラクションの入口って事は無いのか?」
「でもそれにしちゃ不自然だよ。建物の中じゃなくいきなり地面の穴にもぐるのかい?」
「……セレブロの反応は無いんだが。」
 手元の機械をじっと見ていたサイクロップスがぽつりと言う。それにはスパイダーマンも首を振りつつ同意した。
「僕のスパイダーセンスにだって反応が無い。」
「じゃ、この場合は『取り敢えず入ってみる』で良いんじゃないのかなぁ。」
 フェリシアが真っ暗な穴を覗き込んで提案した。夜目は人間に比べたら遥かに利く方だが、それでも穴の中はインクを流し込んだような深い闇に覆われ、様子を窺うことが出来ない。
 果たしてこの穴は、ナッシュの言っていた、そしてケーブルが入って中で何者かに襲われた穴と同等のものなのであろうか。
 ただ、セレブロやスパイダーセンスに反応が無くても、非常に怪しい事だけは感じられた。大体この穴は、地面の下から上へと、突き上げたような感じで開いている。それにこの園内に充満している瘴気の気配が、ここでは一段と濃いような気がするのだ。
「ねぇ。確かモリガンやナッシュは例の穴を実際に見てるンだよね?」
 更に穴の中に首を突っ込みつつ──傍から見ていると、そのまま落ちてしまうんじゃないかと思われるような格好で、フェリシアが続けた。「どっちか一人がこっちにいれば、コレ見て判ったかもしれないよね……」
「──あいつ等がいなければならない必要性など無い!」
 突然、ガイルが声を張り上げた。他の3人はビックリしてガイルを見返す。
 それでガイルは自分が思った以上に大声を出していた事に気がついたようだ。一旦咳払いをし、今度は逆に感情を押し殺したような低い声で付け加える。
「いや……その為にレベル合わせをした訳だからな。」
「確かに。それ程支障があるとは思えない。一応の基礎知識は得ているし、いざとなれば連絡を取ればいい。」
 サイクロップスが、セレブロを掲げながら頷く。大体このチーム編成は、支障が無いと思った上で行われたものなのだ。今更蒸し返すものではない。
 それを見たガイルはもう一度咳払いをした。喉の調子がおかしかったから、思った以上の大声が出てしまった、と。そう言わんばかりに、いささかの不自然さを伴って。そしてそれから「──他の二人を呼んでくる。」と言いおいてそのままふいと向きを変え、少し離れたところを探している春麗とさくらの方へ歩いていった。
 フェリシアが首をかしげる。
「ご機嫌、ナナメみたいね。」
「──まぁ、ね。」
 サイクロップスは、ガイルと会った直後の事を思い出しながら答えた。「色々あったらしいから。」


 日本に来たチームβは、今正に日が沈もうとする幻想的な風景を海岸沿いに見ることが出来た。
 町そのものはそれ程大きくない。よくある過疎化の進んだ田舎町である。民家の一軒一軒をつぶさに見て回ったとしても、それ程時間を要するとは思えない位の、本当に小さな町だ。先のチームαが向かった遊園地よりも小さいといえる。
 さりとて油断は禁物というのは暗黙の了解である。ウルヴァリンを先頭に、小型のセレブロを持ったナッシュ、更に後ろにリュウが続いて街の様子を見て歩いた。
 町の規模が小さくても、そこに漂う瘴気の濃さ、感じられる不快感は他の街にも引けを取らなかった。自然、三人とも会話が少なくなる。そのために互いの意思の疎通が無くなったせいか、または瘴気により感覚が狂ったのか、しばらくするとそれぞれの行動に差が出てきた。
 とある民家に上がり込み、中を見て回ったものの、特に変わったことはないと判断して次に向かおうとした時、リュウとウルヴァリンの二人が奥に行ったきり出てこないのにナッシュは気が付いた。そんなに見るべきところは無かったはずだと訝りながらも見に行くと、玄関から入って廊下の右側にある居間でリュウを見付けた。
 既に主無きとはいえ、他人の家に無断で上がりこんでいるという後ろめたさからなのか、箪笥の引き出しを一つ一つ躊躇いながら開けている。ナッシュはため息をつきながら後ろから声をかけた。
「家宅捜索じゃないんだ。そのチェストをどかすならともかく、中まで探す必要は無いと思うが。」
 その小さな引き出しに、人型が入っているとも思えない。今一番の目標は、敵に通じていると思われる穴だ。きょとんとして振り返ったリュウに、その旨を説明する。
「だがよ、他に何があるか判らんだろうが。」
 他所で同じくして押入れを引っかき回していたウルヴァリンが反論した。確かに「敵は穴から出てくる」であるという固定観念に縛られて、他の要素を見落とすのは好ましい事ではない。しかしこの場合、色々な可能性を考えすぎて、逆に視野が狭くなっているように見受けられる。
 ナッシュは一瞬腕時計に目を走らせ、それから二人の方にもそれを掲げてみせた。
「こっちは向こうと違って時間がたっぷりある。一通り見て回って何も無ければ、もう一度今度は違う視点から見て回ればいい。」
 始めは「穴」を探す事に専念してはどうかという提案だ。そうして可能性を絞っていくのである。
「じゃぁ今はどっちかといえばこの畳をひっくり返す方が良いのか?」
 リュウが畳をつま先で小突きながら言う。この場にいた三人の内、リュウだけが裸足である。ナッシュとウルヴァリンは日本の常識を知ってはいたが、敢えて気にせず土足で上がっていた。尤も、リュウは普段から殆ど裸足なので、この場合はある意味土足であると言えなくも無いのだが。
「──日本の家屋はどういう構造だ?」
 ナッシュが足元を見ながら聞き返した。が、その答は言葉よりも行動の方が先だった。
「引っぺがしてみりゃいいじゃねェか。」
 言うが早いか、ウルヴァリンは爪を畳に突き立てて引き剥がすと、更にその下にある敷板もぶち抜いた。
 土の地面が明りに照らされてあらわになる。ウルヴァリンは更に床下にライトを持っていき、自分自身も顔を突っ込んでしばらく覗き込んでいた。それから黙ってナッシュにライトを寄越す。ナッシュはそれを受け取ると、同じ様に覗き込んだ。
 暗い床下にはところどころ蜘蛛の巣が張っており、何となく陰鬱な感じを漂わせている。人が通るためには這いつくばって移動をしなければ無理だろう。それ以外には何処から入り込んだのか、ところどころに猫の足跡があった。
 結局光の届く範囲で見る限り、この家の下には特に変わった異変は見られなかった。ナッシュはそれを確認すると顔を上げる。
「成程、床下は土なんだな。」
 という事は、何処かの家の下に穴がある可能性も出て来た訳だ。ウルヴァリンが鼻息を荒くする。
「こうなりゃここにある家全部ぶっ潰して回った方が手っ取り早いぜ。」
「……いや、流石にそれはどうかと思う。」
 他の二人が同時にそのウルヴァリンの強攻策に反対した。家自体を破壊して回るという行動には、効率と常識的観点からみて同意しかねる。そこまでの大騒ぎにはしたくない。
 しかしナッシュにはそこである一つの考えが浮かんだ。
 ──少しばかり派手に立ち回った方が、逆に見つけ易くなるかも知れない。
 その根拠は前の街での体験である。全て食い尽くしたはずの街に入り込んだ侵入者の存在を敵に知らしめる。そうすれば誘ってくるはずだ。強い者を取り込むべく、鎧が。

 三人が探索する一方、屋外のやや離れた後方で、ガンビットとモリガンが雑談に花を咲かせていた。更にその後ろから、ソンソンが持参した桃を頬張り、周りの様子を窺いながらも二人の会話を楽しそうに聞いている。他の三人が極めて真面目に働いている分、こちらは気楽なものである。
「しかし正直なところ──」
 ガンビットが首筋に手をやりながら呟いた。「向こうのチームにすりゃ良かったよ。あっちの方が女の子が多い。」
「あら、私じゃ不満なのかしら?」
 モリガンが、皮肉の入り混じった表情で覗き込んだ。しかしガンビットも負けじと皮肉っぽい笑みを返す。
「今は、中尉殿にご執心なんだろう?」
「そうとは限らないわよ? 貴方が望めば何時でも快楽の極みを体験させてあげるわ。」
 命の保証はしないけれど、とにっこりした。
 確かに。相手はサキュバス。付き合うならそれ相応の覚悟が必要だろう。
 言うまでもなく、ガンビットは火遊びをして火傷することを恐れている訳ではない。リスクは付き物。その狭間のゲームを楽しむ向きもある。何よりも「いい女」を目の前に、単に指をくわえて眺めてました、では色男の名が廃る。
 しかし相手がこのサキュバスだと、何となく勝手が違うのだ。
 ──全く、調子が狂う。
 ガンビットはため息をつきつつ、首を軽く振った。
「それにしてもつれないなシエリ。わざわざ正体を隠してたとはね。」
 今は彼女が誰であるかをきちんと認識できる。前に会った時に興味を持ったのは、ナッシュが女を連れているという事実だけ。その女が誰であるのかということには全く関心を払わなかった。完璧に失念していたといっていい。
「隠さないとあの場は収まりがつかなかったでしょ?」
 鬱陶しいのは嫌いなのよね、とモリガンは付け加えた。
「でも名前くらい名乗ってくれれば他の説明は要らないぜ。迷彩をかける方が面倒だろう?」
「あらそう? 却って質問事項が増えそうだけど。」
 と言いつつ、丁度家の捜索から出てきたナッシュの後ろ姿へと視線を流す。
「──そうだな。」
 ガンビットは苦笑した。「是非『お堅い中尉殿』の何処が良いのか聞いてみたいところだ。」
「二人きりで?」
「そりゃそれなら嬉しいが。」
 ガンビットの台詞にモリガンは頷きながら、目の前にかざす様に指を1本立ててみせた。
「そうね、じゃぁこんな退屈な捜索はあの3人に任せておいて。こんな息苦しい街からも離れて  きっと貴方ならいい場所を知っているのよね? 女を喜ばせるような。」
「勿論。」
 ガンビットは「任せてくれ」といわんばかりに両手を広げて頷く。
 モリガンはそれを見て満足そうな顔をしながら、更に続けた。
「そしてうっとりするようないい雰囲気の中、二人きりで──」
 言いながらそこですっと指を下に降ろし、不適な笑みをもって一言。
「──他の男の話をするワケね。」
「!……」
 色男がコケた。
 性質の悪い揚げ足取りだ。ガンビットは渋い顔をして立ち上がると、そのままモリガンを見やる。
「──意地が悪いね。」
「あら、だって間違ってないでしょう?」
 口に手を当てて、本当に楽しそうに笑っている。明らかにからかわれているのが判る。なんとまあ軽く見られた事か。
 ──このままお子様扱いされるって訳にも、行かないな。
 ガンビットはさり気なく、ごく自然にモリガンを抱き寄せた。流石に動きに無駄が無い。
 そして流れるように腕に収まったモリガンに対し、この上なく甘い笑みと声で語りかける。
「その気があれば付き合うと行ったのは君の方だぜ。なのにこれだけ真剣に訴えても、真面目に聞いてくれないんだな? Mon chere...」
 本当にとろけるような、甘い視線と台詞。今までこれで何とも思わなかった女性は皆無である。無論ガンビットは絶対の自信を持っていた。
 一方のモリガンは全く抵抗する素振りは見せず、しばらくじっとガンビットを見つめ返していた。
 が、そのうち再びくすくすと笑い出した。
「嘘ばっかり。ここに『彼女』がいたら、そんな台詞はきっと出てこないわね。」
「──」
 それを聞いたガンビットの表情が一瞬無くなった。その様子を知ってか知らずか、モリガンは構わず続ける。
「──でも別に私は良いわよ? 彼女から貴方を残酷に奪うのも面白そうだし。
 もしくは貴方と彼女、私の『中』で一緒にしてあげるって事も出来るわ。」
 沈黙が降りた。「遊び」には重過ぎる話題だった。
「……考えとくよ。」
 モリガンから離れながら、ガンビットは短くそう告げた。
 ──やれやれ。
 だから今回は手を出すつもりじゃなかったのに。といったところだ。“いつでも遊んであげる”といいつつ、結局のところ現在の彼女の興味は一つしかない。──いや、波蝕の鎧を加えれば二つか。
 他の民家へと移動するナッシュ達の後を追うように歩き始めたモリガンの後ろ姿に、ガンビットはつい声をかけた。
「結局のところ、今君は相当彼に惚れ込んでいる様だな。」
 悔し紛れの一言に聞こえなくも無いが、実際思った事だ。
 モリガンが振り返る。思ったよりは真剣な眼差しだった。
「──貴方は私に真剣さを求めているワケ? さっきも言った様に、全てを捨てる気は無い訳でしょう。だったら遊びも程ほどにしておきなさいな、坊や。」
 さもなくば、後悔してもしきれないわよ。彼女の目はそう告げていた。
 ──痛いところを突くね。
 このサキュバスが人に対して気を遣うとは思えなかったが、今は少なくともそう見えた。ナッシュとの事を否定するよりも、ガンビットの心情を察している。──考え過ぎであろうか。
 そういえば──とガンビットは更に考えを巡らせた。ローグは無事なのだろうか。先のレベル合わせの折りにも話が出たが、到底命に関わるような危機を迎える相手だとは思えない。なのに今のところ連絡が無いのは何故なのだろう。
 何かがあったのか、それとも──
 尤も、今は考えても仕方がない。ガンビットは考えを保留して、モリガンの後を歩き始めた。

 移動するナッシュ達に付かず離れずの距離で、モリガンはその様子を窺っていた。
 よくもまぁあそこまで真剣に探索できるものだ。探索しなければ先の道が開けないのは確かなのだが、どうせこれ位の小さな街、もう少し気軽に行ってもよさそうなものなのだが。
 無論、波蝕の鎧との対峙を心待ちにしているモリガンにとって、穴なり人型なりの探索は重要な作業なのであるが、その作業の地味さにどうも気乗りがしないのだ。大体あの三人が真剣過ぎるので、放っておいても良いような気がしてくる。
 それでもまぁ取り敢えずは作業を手伝ってやるかと思い始めたとき、ふと横にソンソンが立っていることに気付いた。
 まだ桃をかじっている。先程よりもかじった部分が少なくなっている事から、恐らく二つ目かそれ以上の新しい桃なのであろう。
 モリガンが何となく視線を向けると、ソンソンも気付いて話しかけてきた。
「ねぇねぇ、一つ教えて欲しいんだけど。」
「何よ。」
 ソンソンは口の中に入っていた桃を飲み込むと、改めてモリガンを見上げる。
「あのさ、さっき喋ってた『付き合う』とか『ひとつにする』ってどういう意味なのかなぁ?」
 モリガンは呆れた表情になった。そういえばさり気なく仲間に加わっているが、彼女は一体何者なのだろうか。年齢すら良く判らない。そしてそれまで一緒にいたはずの春麗達からは何も聞いていなかった。
「お子様は、黙ってらっしゃい。」
 モリガンは相手にせず突っぱねようとした。なのにソンソンは全く気にする様子もなく、むしろ悪戯っぽい表情で更にモリガンを覗き込んでくる。
「お子様じゃないよーぅ?」
「……ならわざわざ聞く事じゃないでしょ。」
「でも知りたいなぁ。」
 にこにこと満面の笑みを浮かべている。そこでようやく意図を理解した。
 成程、そういう事なら。
 モリガンはソンソンと正面から向き合い、少しかがむ形で視線の高さをそろえた。
「じゃぁ手取り足取り教えてあげるわ。今ここで、がお望み?」
 その笑みに、ソンソンがぐっとつまった。
 モリガンの予想通り、ソンソンは単に悪戯心と好奇心でモリガンに絡もうとしただけである。そんな事でモリガンを困らせようと思ったのかどうかは定かではないが、モリガンにとっては全く無意味であるどころか、逆に格好のお遊び材料だ。
 モリガンは妖艶な笑顔のままふいと手を伸ばし、ソンソンの顔に触れようとした。
 それで、ソンソンは完全にフリーズした。
「……い、え。結構デス。充分にわかりまシたでス。」
 ぎこちない動作で後ろに後ずさりする。
 そしてそのままずるずると下がり続け、後ろにあった民家の門柱にぶつかると、更にその門柱の後ろに隠れてしまった。
「──あしらうのが上手いンだな。」
 俺はああいうタイプは正直遠慮したいところだ、と追いついてきたガンビットが言う。
「それ以前にあの子って誰かに似てるのよ。」
 モリガンが呟くように言い、門柱に目をやった。ソンソンが目だけを出してこちらを窺っている。結局一体何がしたかったのか謎のままだ。
「さて、デートのお誘いはあっさり蹴られた訳だが──」
 ガンビットはにやっと笑ってモリガンを見た。
「楽しいお話の方は、聞かせてもらえるんだろ?」
 モリガンも似たような表情で見返す。
「えぇ、良いわよ。どういう話から聞きたいのかしら?」

 しばらく後、真面目に探索を続けている三人に、そろそろ諦めの雰囲気が漂い始めた。
 民家の並びは既に外れ、あとは納屋や神社位しかない。ここで何も無ければ、もう一度街の入り口から探索のし直しだ。先程ウルヴァリンの提案した、「片っ端からぶち壊し」計画も候補にいれなければならないかも知れない。
 ナッシュはこれからどうやって探索し直すかを考えながら、セレブロにインプットした街の地図を引きだそうとした。
 その時、
「ナッシュ! ウルヴァリン! ちょっと来てくれないか。」
 リュウが鋭い声で呼んだ。二人が行ってみると、そこにはぽっかりと穴が開いていた。
 場所は神社の裏である。建物の裏手にある崖の壁面にひっそりと隠れるように、しかし隠したくても隠せない不気味な気配を漂わせてそこに存在している。
 ナッシュは穴の入口にかがみ込んで注意深く観察した。入口の地面は月明かりに照らされて、何となく湿っているのが判る。
「どうも間違いないようだ。」
 ──これだけ堂々としている辺り、再び誘っているという事か。
「確かに潮に紛れて異様な臭いがしやがる。今までに嗅いだことがない臭いだ。」
 ウルヴァリンが半ば穴に首を突っ込むようにして言った。声が反響している。
「セレブロの反応は?」
 ウルヴァリンは振り返って聞いた。
「全くない。大体何を対象にスキャンすれば良いのか判らん。エネルギーの種類がわからんことにはな。」
 と、ナッシュが首を振る。対象を限定せずに走査しても、ここにいる6人の生体エネルギー以外は探知できないのだ。
「──なら逆に話は早い。入ってみようぜ。」
 ウルヴァリンが不敵の笑みを浮かべながら言った。恐らく一刻も早く敵の正体を突き止めたいのであろう。
 それを受けて先にリュウが穴に足を踏み入れようとした時、ウルヴァリンが引き止めた。
「俺から行く。お前達は後からついて来な。」
「しかし……何があるか判らない。」
「だからこそ俺から行った方がいい。それが適材適所ってモンだ。」
 ウルヴァリンには驚異的な治癒能力がある。ふいを突かれたとしても、ダメージを最小限に抑える事が出来る。故に切り込み隊長役を買って出たのだ。
「任せる。だが気をつけてくれ。」
 ナッシュの言葉に、ウルヴァリンはにやりと笑った。何を今更、といった表情だ。
「誰に対してモノを言ってる? それより中尉殿はてめぇの女をあのケイジャンから引っぺがしてきな。あのまンまじゃあいつらは単なる足手まといだぜ。」
 そう言い捨てると、さっさと穴の中に入っていく。リュウが一瞬間を空けてそれに続いた。
「……。」
 残されたナッシュはゆっくり振り返った。少し離れたところでガンビットとモリガンが談笑し、更に後ろでソンソンが、今度はバナナをむきながら二人を見上げている。
 あの三人が働いていないことについては、予想されていた事態でもあるし、別に今まで支障があった訳でもないので今更どうこう言うつもりは無い。
 しかしそれ以前に気になったのはウルヴァリンの台詞である。いつの間にモリガンの管理が「公認」になったのだろうか。
 色々と去来する考えを振り払うようにナッシュは首を2・3回振ると、後ろの三人に声だけをかけて、自分もウルヴァリン達の後を追った。


 地面に開いていた穴は、真下に続くものと思われたがそうではなかった。真下に開いていたのはほんの2メートルほど。まずスパイダーマンが糸をたらして様子を見て、それから穴の下に下りてみると、そこからは斜め下方に道が続いている事がわかった。人一人分の幅しかないが、歩いていけないことは無い。
 何はともあれ進んでみないことには何も判らない。チームαはサイクロップスを先頭に、スパイダーマン、ガイル、春麗、さくら、フェリシアという順で縦一列になって奥へと向かうことにした。
 穴自体は、急に向きを変えて真下に落ちたり、真上に上がっていたり、狭くなったりという変化を見せることは無く、淡々と続いている。ただ、話に聞いていた通り、進むにつれて何故か明るくなってきた。穴の周り、岩自体が発光しているように見える。先に波蝕の鎧がいるかも知れないという緊張感が無ければ、実に幻想的な光景だ。
 しばらく歩いたところで、春麗はふと前を歩くガイルに話しかけた。
「どうしたの? ガイル少佐。ここずっと機嫌が悪いようだけど。」
「──いや、何も。」
 そう言い返すが、その言葉とは裏腹に表情は硬いままだった。
「……ナッシュ中尉の事?」
 ずばり聞く。
 しかし返事はない。春麗からはガイルの表情の変化は窺えなかったが、背中の雰囲気からして肯定しているように思えた。
「そりゃ私も意外だったわ。でも意外だったのはむしろモリガンの方かも知れないわね。大人しく一緒にいるなんて。」
 先のブリーフィングの際、ナッシュの事を「自分のペースを乱されたくない人だと思っていた」 ──即ちマイペースな人間であると春麗は指摘したが、それはモリガンにも当てはまる。むしろモリガンの方が一段とその傾向が強いように思う。徹底して自分の行動を邪魔されるのを嫌うのだ。しかし話を聞くところ、どうもこの件に関しては始めからずっと行動を共にしているようである。
 二人の間では、思いもよらないところでバランスが取れているのかも知れない。
 ふと、ガイルが肩越しに春麗を振り返った。その目は不機嫌であるとか、怒っているといった感情はなく無表情であった。
「──別にアイツが何を考えていようと、それは俺の知ったことじゃない。ただ、任務をちゃんとしてくれればな。」
 そして再び前を見て、それきり押し黙ってしまった。もう同じ質問は受け付けないという様子だ。
 ── 一種の嫉妬なのかしら。
 黙ったまま前を歩くガイルの背中を追いながら、春麗はふとそう思った。
 実はガイルの感情を言葉で言い表せば、その表現が一番近いのだ。
 しかしその感情は、ガイル自身も自覚していなかった。

 それからしばらく変化のない状態が続いた。
「いつまで続くのかなぁこの道。」
 フェリシアがボンヤリ呟く。いうまでもなく、他の面子も同じ様な気持ちを抱いていた──が。
「先はそう長くはなさそうだよ。」
 前から二番目を歩いていたスパイダーマンが、後ろを振り返りつつそう告げた。
「何か見えたんですか?」
 さくらが隙間から何とか前を見ようと、身体を乗り出しながら聞く。
「光、だな。」
 先に確認したガイルから前二人は、後ろが様子を見ることが出来るよう、狭い穴の中で極力壁際に身を寄せた。
 穴の先、まるでトンネルの出口のように、丸い光が輝いていた。当然のことながら歩いていくにつれ、だんだんと大きくなる。
 そしてとうとうその光の直ぐ傍まで来た。まるで壁のように光が溢れていて、先の様子は判らないが、恐らくここが穴の出口──そして何かの入口なのだろう。
「ここから先は、特に気をつけた方がいい。」
 サイクロップスは後ろの全員に確認すると、その穴の先に向かって一歩踏み出した。


 ウルヴァリンを先頭にしたチームβは、特に何の問題もなくどんどん穴を進んでいった。
 進むにつれ、周りが暗くなるどころかぼんやりと明るさを増してくる辺り、ケーブルの言っていた事とも一致する。
「何だよ。なーンにもねぇじゃねぇか。」
 不満そうにウルヴァリンが呟く。ケーブルの話を期待していたようだ。確かに順調に行き過ぎている感はあるが、実際何も襲ってこないのだから仕方がない。
 全く変化のない状況に、一行の間に何となく欲求不満さが漂う。しかしそのうちに穴の先が一層明るく輝いているのが見えてきた。どうも出口らしい。
「先、気をつけてくれ。」
「判ってる。むしろとっとと出て来てくれってぇ位の気分なんだからよ。」
 ナッシュの忠告にひらひらと手を振りながら答えたウルヴァリンが出口からゆっくりと顔を出すと、目の前には巨大な洞窟が広がっていた。
 地底湖とまでは行かないが、足元にうっすらと、深くてもくるぶしが浸るくらいの水が湛えられている。その辺の描写も、ケーブルが言っていた通りのものだ。
「へぇ、随分広いな。」
 リュウが感心して上を見上げている。その横でガンビットが「デンジャールームに出来そうだ。」と、冗談なのかネタなのか良く判らない感想を呟いていた。
 そんな洞窟内部は非常に静かだ。そして時々何処かで滴が水面を打つ音が響く他は、何の気配も無く何の物音もせず静まり返っていた。生物がいる様子もなく、無論敵の存在など見る影もない。
「──で、遊んでくれる相手はどこなのかしら?」
 最早モリガンは苛立ちを隠そうとはしなかった。皮肉と挑発が入り交じったその言葉が、なおも静かな洞窟の中に響き渡る。そして敢えて声には出さなかったが、ウルヴァリンも同じ気持ちでいるようだ。雰囲気がピリピリしている。
 その一方で、余り深いことは気にしなさそうなソンソンが、明るい声を上げた。
「でも全くなンにも無いわけじゃないよ。ほら、アレ!」
 ソンソンが持っていた棒で、先──洞窟の更に奥を指し示す。
 そこには、自然にできたものと思われる洞窟とは異なり、明らかに人の手が入ったと思われる人工物があった。巨大な扉である。
「──ドアがあるわね。」
 モリガンはそれを面倒臭そうに見やると、わざわざ確認するかのように答えた。モリガンにとっては、今ここで出て来て欲しいのは扉等の無機物ではなく、敵の存在に他ならないのだ。それ以外は皆「退屈なモノ」で片付けられてしまう。
 ふと、リュウがナッシュの方を見た。
「ケーブルはここで襲われたのか?」
「同じ場所かどうかの確認は出来ないが──あるいは。」
 ナッシュもモリガンも、ケーブルの話を聞いただけで実際その目で見た訳ではない。なので断定は出来ないのだが、状況は一致している。
「もし同じ場所だとするならば、あの扉に近付こうとすると、何かしら襲ってくるはずだぜ。」
 鼻息荒く、ウルヴァリンが言い放った。そしてその扉に向かい、躊躇いも無く歩き始めた。足下の水が荒々しく跳ねのけられていく。
「おい──」
 他の5人は一瞬お互いの目を見合わせたが、そのままウルヴァリンを追いかけた。
 そのまま一直線に扉へ向かって歩き続ける。無論周りへの警戒も怠らなかった。しかしケーブルが言っていたような防人は襲ってくる気配を見せない。先にドアが静かに佇んでいる。
 そして、何事も起こらぬまま、とうとう扉の前まで来てしまった。
「……何なんだよ。」
 拍子抜けを通り越して憤りを覚えているウルヴァリンは、その気持ちを素直に口にした。ここまで何事も起こらないというのは確かに不気味だ。何故ケーブルの時と状況が違うのだろうか。
「ねぇ、折角だから開けてみようよ。」
 ウルヴァリン達の気持ちをよそに、やっぱり何も考えていなさそうなソンソンが提案した。尤も、その提案が無かったとしても、今後の行動は「扉を開くこと」には変わりないのだが。
 全員が目配せで確認しあうと、再びウルヴァリンが代表を買って出た。緊張した面持ちで扉に手をかけぐいと押す。
 巨大な扉は、その大きさに相応しい重さの手応えを返しつつ、ゆっくりと開いていった。そしてその中は──。
 何も見えなかった。
 真っ暗なのだ。洞窟の明りが入り込んでいる部分がわずかに見えるが、それもほんの数メートル。石らしきものでできた廊下が見えるのみ。あとは不自然に、正にインクを流し込んだように暗い。
「んー?」
 目を凝らしてなんとか中を見ようとしている他のメンバーの横からソンソンがひょっこりと顔を出し、持っていた棒で、見える部分の廊下をつついた。特に何の変化も見受けられない。ソンソンは一瞬考えるような仕草をした後、
「ちょっと見てくるねー。」
「おい!」
 他が止める間も無く、すたすたと中に入っていった。何のトラップが仕掛けられているのかも分からないというのに、躊躇いも無くずんずんと進んでいく。
 全員がヒヤヒヤとして見守っていると、光の届く限界まで歩いていったソンソンは、振り返って笑顔で手を振った。
「大丈夫みたいだよー?」
「無茶するな……。」
 流石のリュウも、半ば呆れた口調で呟いた。

 取り敢えず目下のところは危険が無いと解ったので、全員が廊下に足を踏み入れ、中の様子を見た。
 天井は後ろの洞窟と変わらないくらい高い。しかし暗いので、実際どの程度の高さまであるのかどうかは判らなかった。他の様子もつかみにくい。
「とにかくこう暗くちゃなんにも出来ねェ。明りつけてくれ。」
 ウルヴァリンの言葉にナッシュが頷いてライトをつけようとしたその時、ぼうっと、先に明りが灯った。
「──!?」
 全員がそちらの方へ注目すると、奥からこちらに向け、左右の壁に分かれて等間隔で明りが迫ってくる。
 同時に、背後で長く重い音が響いた。
「──あッ!」
 振り返ると、いつの間にか扉が閉じていく。阻止しようとした時は既に手遅れで、予想以上の早さで止めようとしたその手をすり抜けた。
 そしてどん、という低く思い音が地面に響くと共に、全員を立ち眩みが襲った。
「わぁッ?」
 ソンソンがたまらずしりもちをついた。他も真直ぐに立つ事が出来ずに、壁に手をついたりして身を支えている。
 一連の動きがようやく収まった頃には、真直ぐ立った状態で臨戦態勢をとれている者は一人もいなかった。
「──何だ今の?」
 先に立ち上がったウルヴァリンが呟く。もちろん明確な回答を期待した質問ではない。素直な感想だ。
「──今の眩暈はドアが閉まった衝撃じゃないな。全員体験したのか?」
 続いて頭を振りながら立ち上がったナッシュの問いに、他が頷いた。
 じっくり周りを見渡してみる。最初に奥からこちらに向かってきた明りの正体は、照明だったようである。どういう仕組みか、左右の壁に均一の間隔で明りが灯っており、それが廊下全体を明るく照らしていた。まるで全員を導くかのように、扉から奥まで真直ぐ続いていて、更にその奥には再び小さく扉が見える。
 先程暗くて見えなかった天井の高さは、見る限りでは普通の建物の3階に相当する高さと思われた。凝った装飾が施されていたが、その意味は判らない。
 ふと、今や固く閉じられた扉を見ていたモリガンが呟いた。
「空間がねじ曲げられたみたいね。」
「どういう意味だ?」
 すかさずウルヴァリンが聞き返した。モリガンは半ば呆れたような顔をして振り返る。
 それからドアを指差して、続けた。
「だから、今まで私達がいたあの洞窟と、今ここの回廊は違う空間だという事。つまり切り離されたってワケ。もう一度あのドアを開けると、今度は違うところに繋がってるかも知れないわよ。」
「そうなったら帰れないねぇ。」
 深刻な台詞の割には陽気な声でソンソンが言った。一瞬、何となく気まずい雰囲気が流れる。
「──まぁそういう事は後で考えようぜ。まだ先に進めるんだ。」
 ガンビットが前方を指し示した。
「折角の御招待だろ?」
 そう、進退窮まった訳ではない。むしろ、進まねばならないのだ。──この状態に於いては。
「なら、いよいよご対面ってヤツか。」
 再びウルヴァリンを先頭にして、奥へ向かって歩き始めた。
 滑走路の誘導灯のような照明は、先程の洞窟の中と同じく何故そうやって光を放っているのかという原理は判らなかった。淡く白く、丸い光がそこに浮いている。
 天井には装飾が施されている一方で、壁自体は単に石を組み合わせただけの単調な作りをしていた。タイルとして模様が描かれているという訳でもない。それとももっと離れて見れば、何かしらの意味が含まれているのが判るのだろうか。
 そんな周りの様子を観察していたナッシュは、他に何か注目すべき点は無いだろうかと辺りを見回して、すぐ隣を歩いているリュウが妙に難しい顔をしている事に気付いた。
「どうした?」
 問い掛けに一瞬遅れて気付いたリュウは、ゆっくりと顔を上げた。
「いや、ケーブルの時は入口で襲ってきたのに、どうして俺達はこうして中まで招き入れられてるんだろうか、と。」
「ンなモン鎧に直接聞きゃ良いじゃねぇか。」
 ウルヴァリンは既に、積もりに積もった疑問について深く考える事は止めたようだ。振り向きもせず、低い声のトーンだけが心理状態を物語っている。
「まぁ確かに、」
 と、ガンビットが、暇つぶしを兼ねて口を挟んだ。
「ケーブルの時は半魚人に得体のしれない人形で追い立てたにも関わらず、俺達は御招待と来た。この待遇の差は何なんだ。それに──」
 ここでもったいつけたように一拍置いて、更に付け加える。
「何故ケーブルを吸収しなかったんだろうな。話を聞いた限りじゃ、幾らでも吸収するタイミングはあっただろうに。」
 その疑問に対しては、モリガンがズバッと明確な答を導いた。
「あんな人形に変えてしまうよりは、精神を乗っ取った方が戦力になるからでしょ。最終的な目的は『破壊』だもの。」
 先に対戦した「人型」は極めて弱かった。単体で襲われたところで対処を誤らなければ、それ程恐れる相手ではない。数が多いからやっかいなのだ。生体エネルギーを吸収された後の抜け殻だから仕方ないのかも知れない。
 逆にここにいるような、色々な能力に長けた者達ならば、むしろ洗脳した方が戦力になる。そして洗脳出来れば、最後に吸収することも出来る。
 ナッシュは考えをまとめようとして、口元に手を当てた。
「となると、こんな仮説が立つか。──穴に躊躇いもなく乗り込んできたケーブルをまず襲った『半魚人』は、ケーブルの実力を計る為の当て馬。その結果、吸収するよりは操った方が効率が良いと判断して、次に人形をぶつけた──と。」
「それに丁度私達が別の穴に興味を示してた訳だし。全部手下にしてしまおうと思ったンでしょ。」
「俺達が相手にした人形は、足止め役か──。」
 成程、つじつまは合う。ケーブルのサイパワーで精神世界に引き込まれたのも、それで納得がいく。
「じゃあ俺達が招待されているのは?」
 リュウが再び最初の疑問に話題を戻した。すると後ろのソンソンがまた呑気な声を上げた。
「みんな仲良くお仲間なのかなぁ。」
「──ま、そんなところかも知れないわね。」
 モリガンも肩をすくめつつ同意する。これだけの人数、これだけの戦力。洗脳するにしろエネルギーにするにしろ、波蝕の鎧にとってはどちらも都合がいい。──無論、こちらとて鎧の思う通りにさせるつもりは全く無いのだが。
 そんな話をしつつ歩くうちに、気付けば一番奥へと到達していた。
 目の前にある次の扉は、普通のドアと変わらない大きさだった。扉の上には何か紋章の様なものが刻まれているが、これまた何の意味を現しているのかは判らない。
「──フン。」
 先頭のウルヴァリンは、今度は扉を押し開ける事はしなかった。その代わり、手の甲にあるアダマンチウムの爪を素早く引き出したかと思うと、扉に突き立てて引き裂いた。
 続いて右足を振り上げ、勢い良く扉を蹴り抜くと同時に、そのままの勢いで向こうへと踏み込んでいった。
「……気持ちは判らなくもないが……」
 すぐ後ろにいたナッシュは、呆然と崩れ落ちた扉を見た。相手の目的が判らないまま振り回されているという現状に対し、苛立ちを覚えるのは無理もないのだが、ウルヴァリンはとうとう我慢の限界に来たようだ。
「でもこれなら閉じこめられることは無いな。」
 リュウが変なところで感心する。もちろん、ウルヴァリンはそんな事まで考えて扉を崩した訳ではない。
 そうやって入口を見つめていると、再びウルヴァリンが戸口に顔をのぞかせた。何も言わず目だけで「来てみろ」と促す。
 慌てて足を踏み入れた全員の目の前には、再び広々とした空間が広がっていた。しかし先程の洞窟とは全く異なる景観である。
 中心に向かって下っていく階段状の座席。それらの座席には、一つ一つに机が据え付けられている。最下層には楕円形のフロアがあり、楕円の頂点に当たる部分にそれぞれ演台の様なものが置かれていた。
 天井は、ドームの様に中心が最も高い造りだ。先程の通路とは違い、凝った装飾では無かったが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「ここは……議事堂だ。封印されたのは神殿だけじゃなかったのか。」
 ナッシュが円周状に配置された座席を見下ろしながら言った。わずかに驚きを含んだ口調だった。
 その横でリュウが不思議そうな視線を投げ掛けた。
「何故議事堂なんだ? 議事堂と神殿は隣接していたのか?」
「いや、結構距離があったように思うが……だからといってかなり離れていたとも言い難い。十分に歩ける距離だ。」
 そこでナッシュはふと思い出して、ソンソンの方を振り返った。
「そういえば君は先刻『悪い鎧は国ごと沈められた』と言っていたな。」
「うん。お伽噺ではそうなってるよ。」
 ナッシュ達が見たイメージと、ソンソンの知っているお伽噺との差は一体何なのだろうか。神殿を封印するつもりが、実際は国ごと封印されてしまったという事か。もしくは国そのものに、何かしら有事の際に働くシステムがあったのか。
 注意をしながら、最下層の部分まで降りた。フロア部分はかなり広い。
「──議事堂というよりは、コロシアムみたいだぜ。こんなところで会議をやったってのか。」
 ガンビットの言葉に、ナッシュは頷いた。
「多目的フロアに近いだろう。論議をする場ではなく、お披露目会場といった方がしっくりくる。」
「ねぇ! こっちにもぅ一つ扉があるよー。」
 フロアの奥、楕円形の頂点に当たる部分から、ソンソンが声をかけてきた。全員が行ってみると、確かに大きな扉がある。この議事堂をステージに例えるなら、ゲストの入場口といった雰囲気だ。
「まだ先があるってのかよ。」
 三度、ウルヴァリンが扉を開けようとした。しかし今度はびくともしない。爪で引き裂こうとしても、突き刺さりはするものの相当な厚さがあるらしく、破るのは不可能に思えた。
「これ以上は進めそうにないな。」
 リュウが言う。今まであっさり先に進めていたにも関わらず、今回は扉が開かないという事は、ここで行き止まりという意味なのだろう。
 再びフロアの中央まで戻ってきた時、ウルヴァリンが突然振り返った。
「鎧は神殿に封じられたって話だったな。あっちとの連絡はどうなってる。」
 ナッシュはセレブロをとり出して眺めた後、黙ってウルヴァリンに手渡した。
 セレブロは本来、精神感応者の能力を増幅し、同族のミュータントを探し出す為に作られた装置である。今回それぞれのチームに手渡された小型セレブロはそれを改良したもので、特定の者に限らず誰でも使える上、ミュータントだけではなく色々なエネルギー波を探知出来る。また、特殊な通信方法により何処でも通信が可能な機能を搭載している。
 しかし今、その万能ともいえる通信機の反応は全く無かった。
「……と、言う事は、向こうも困ってるかもな。」
 覗き込んだガンビットが軽くため息をついた。何の為のセレブロか。
「俺達が議事堂に着いたからって、チームαの行き先が神殿って事もないんじゃないか?」
「それはその通りだ。ストームのチームが北極海にいるしな。何れにせよ連絡が取れないのは都合が悪い。」
 遅れてセレブロを覗き込んだリュウの意見に、ナッシュが首を振りながら言葉を返す。
「誘ってきたのは敵の方よ。そしてこれ以上進むところが無いって事は、ここで何かがあるんでしょ。」
 どうも天井の方を見に行っていたらしいモリガンが、上からふわりと降りてきた。波蝕の鎧の「お披露目」が行われるはずだった議事堂に招き入れられたという事は、何かしらの意味が存在するはずだ。むしろしてもらわねば困る。
「私達がお客で、鎧のファッションショーでもするのかな。」
 お披露目だよねぇ? と聞くソンソンは、唯一この中で、こんな状況を全く気にしていないようである。本当に呑気なものだ。
「是非そうなって貰いたいモンだな。」
 言いながらウルヴァリンはどっかりと座席の一つに腰を下ろした。こうなれば持久戦である。
 リュウとソンソンは議事堂をあちこち興味深く見回り始めた。ナッシュは何とかならないかとセレブロを色々調整し、モリガンがその横から余計な口出しをして混乱を招いている。ガンビットは一人カードをめくっていた。
 一見くつろいでいるように見えるが、それぞれがお互いに気を配りながら、静かに神経を研ぎ澄ませて何かが起こるのを待った。


 チームαは、途中まではチームβとほぼ同じ道程を辿っていた。
 狭い穴から地底湖のような洞窟へ出て、更にその奥の扉を開け、眩暈の洗礼を受けた。チームβと違っていたのは、回廊の奥にあった扉とその先の風景である。
 扉の大きさは、洞窟の中にあったものと変わらぬ位大きかった。今度は扉が閉まってしまうのを防ぐため、サイクロップスのオプティックブラストで打ち壊して進む。
 先には、幅広い階段があった。その上へと続く階段の両側には大きな柱が立ち並び、それぞれに幾何学的な紋様が掘り込まれている。階段自身も、よく見れば大理石のような美しい石で作られており、どういう原理か明るく輝く天井の光を反射している。
「うわぁ……。」
 見上げたさくらが感嘆の声を上げた。それだけの美しさが、そこにはあった。神々しささえ感じられる美しさが。
 用心しながら、一段ずつ階段を上がっていくと、更にそこには美しい廊下が広がっていた。鏡の様に磨き上げられた石の廊下があり、左側に階段と同じく石柱が並べられている。右側は壁になっていて、こちらは幾何学的な紋様が掘り込まれている。正面には行き止まりの壁が見えるが、この壁にも装飾が施されていた。
「ここから部屋に入れるみたいだよ。」
 廊下の中心辺りまで歩を進めていたスパイダーマンが、他を振り返って伝えた。廊下の丁度中央に当たる部分、階段から奥へ向かって右側の壁に、中の部屋へと続く入口があった。ここに扉はなく、中の部屋を覗くことが出来る。外から見る限りだと、中はかなり広そうである。
 注意深く中の様子を窺ったあと、思い切って足を踏み入れた。
 その部屋は外から察した通り、かなり広い部屋だった。床は廊下と同じ石版が一面に敷き詰められ、立ち入った者の姿を反射している。廊下と違うのは、一定の間隔で幅10cm程度の溝が切られていることだ。覗き込むと水が流れている辺り、水路のようなものなのだろう。
 そして入口から踏み入れて右側の奥に一段高くなっている部分があり、そこにこの部屋の用途を示す重要なものが設置されていた。
 祭壇である。
 正確には「祭壇らしきもの」というのが正しいが、その周辺の装飾から見る限り、ここで何らかを祀っていたと考えても不自然ではない。
「水や海を信仰してたって話だったかしら。」
 春麗が全体を見渡して呟いた。
 地面に水路。磨き上げられた床や壁。どれを取っても「水」を意識させられる部屋だ。偶像崇拝では無かったらしく、人や何かを模ったといえる像は置かれていない。あるのは幾何学的な形をした柱やモニュメントだけだ。
「じゃぁここが神殿ってところですか?」
「雰囲気からするとそうみたいだな。」
 さくらの言葉に、サイクロップスが同意した。考古学者が見たら泣いて喜ぶかも知れない。
「ねぇねぇ皆。ちょっとこっち来てみて!」
 祭壇の近くまで行っていたフェリシアが、声を張り上げた。皆すぐさま駆け寄る。
「何だこれは?」
 祭壇の中央に大きな凹み──まるでそこに巨大な人間が座っていたかのような、非常に大きな跡があった。
「そういえば鎧は何処だ? 神殿に居るんじゃなかったのか?」
 相変わらずの怪訝な表情で祭壇を見下ろしているガイルが、疑問を口にする。受けて春麗も難しい顔になった。
「何故居ないのかしら。鎧はデマ? それともアビスとかいうのが既に発動して……」
「──いや、」
 スパイダーマンは言いながら床を示した。硬い石畳の上には大きな足跡がくっきりと残っている。
「どうも鎧のまま動き回ってるらしい。何かしらの理由で状態が変わったのかも知れない。」
「でもそうだとしたら、鎧はここにいるんじゃなくてチームβの方に行ってるって事? 私達はハズレ?」
 眉間にシワをよせる春麗に対し、スパイダーマンは軽く首を振った。
「一概にそうとも言えないんじゃないのかな。こっちがハズレだからって他が当たってるとも限らない。少なくとも僕らは祭壇にたどり着いたわけだから、ここから何かしらの情報を得られないか努めるべきだし、波蝕の鎧がここへ戻ってこないとも限らない。」
 昼寝の合間に外の空気を吸いに行ってるだけかも知れないんだし。と付け加える。サイクロップスもその横で頷いた。
「その意見には私も賛成だ。油断は良くない。それにここで得られる情報は貴重だと思う。調べられるだけ調べよう。」
 その提案通りに、先程遊園地で探索した時と同じくお互いが目の届く範囲で部屋の捜索を開始した。

「ねぇスパイディ、実際のところはどうなの?」
 春麗がこっそりと近寄って聞く。春麗自身の勘では、どうもまんまとおびき寄せられただけのような気がするのだ。意中の相手とランデブーは、残念ながら叶わない感がある。
「──多分ここには何もいないよ。スパイダーセンスに何も反応がないからね。ことによると向こうが危ないかも知れない。」
 もしくは別の街を襲っているのかもね、と彼はちょっと首をかしげる仕種をしつつ答える。スパイダーマンも同様の意見らしい。先程とは違い、真面目な話だ。
 春麗もつられて軽くため息をついた。
「ますます判らない事が増えていくわね。ナッシュ中尉の話だと、鎧を封印したのは神殿のはずなのにここにはいないし。」
 ここは本当に神殿なのかしら、と続けて呟く。
 スパイダーマンは肩をすくめた。
「でもソンソンは国ごと沈んだと言ってたよ。結局のところ古代の魔法文明は僕たちには理解できないものみたいだから、それらの疑問は船に乗ってからのお楽しみというヤツさ。」
「──そうね。判らないことをあれこれ考えても結局判らないものね。」
 少し苦笑いを浮かべつつ、春麗は答えた。結局関係者に真相を聞かねば判らない。推測だけでは何も立証出来ないのだ。
「とにかくおかしいと思ったら皆に知らせるよ。」
 ヒーローはそう言いながら天井に糸を飛ばし、上の方を見に行った。
 それを見送った春麗は、視線を元の高さに戻す際、ふと視界に入ったものが気になった。
「──?」
 何か違和感を感じた。祭壇の更に奥、一段と高いところに何かの台座が設置されている。その台座の上が、どこか不自然に思えるのだ。近寄って見てみると、台座の上は綺麗に磨き上げられた石で出来ており、自分の顔がはっきりと映った。埃すら積もっていない。
 ──誰かが座る訳じゃないみたいね。
 そう思ったのは、3つのくぼみが等間隔で空けられていたからだ。祭壇にある凹みの様に、人が座る形ではない。何か──形から察するに恐らく球状のもの──をこの上に置くらしい。
 その場ではそれ以上の事は判りそうになかった。しかし春麗は引っかかるものがどうしても払拭出来なかったので、取り敢えず台座の写真を色々な角度からデジカメに収めておいた。
 先程もスパイダーマンが述べたとおり、あとは「船の人に聞け」という訳である。

 一通りの探索の後、チームα全員は再び部屋の中央に集まっていた。
「歴史上貴重だと思われるものは沢山あるみたいだが……。」
 サイクロップスが言葉尻を何となく濁す。直接波蝕の鎧やアビスと繋がると思われる手がかりの探索は、あまり芳しいものでは無かったのである。
 さくらが首をかしげた。
「でも敵みたいなのも襲ってきませんよね。私達、一体何の為にここに来たんでしょう?」
 しかもおびき寄せられるように。招かれるようにこの部屋に辿り着いたのだ。現在のところ、そこが最大の疑問だった。
「知るか。」
 不可解で理不尽な事ばかりで極めて不機嫌なガイルが、そっけなく答える。
 その時、スパイダーマンの顔色が変わった。
 もちろんマスクをしているので、実際に色が変わった様を見た訳ではない。しかし何かの異変を察知した様子が窺えた。
 何事かと、他もスパイダーマンの視線の先である祭壇の方向に目を向けた。
「あ…ッ!」
 目に入ってきたのは、白く濁った人の影──人のような形をした物体だった。それも一つや二つではない。数え切れないくらいの人型が、目の前であふれ帰っている。
 そうこうしている間に、神殿の床に張り巡らされた水路からもぼこぼこと水が溢れ返り、持ち上がると、人の形になる。
 春麗が悲鳴に似た声を上げた。
「何なのよ! これが『人形』なの!?」
「どうもそうらしい。気をつけろ! どんな攻撃をしてくるか判らん!!」
 そう言いながら、ガイルは手で撤収を指示した。聞いた話が本当なら、いくら反撃してもいずれは数で押し切られてしまう事になる。最悪全員が相手に乗っ取られかねない。
 一斉に身を翻し、先程の通路への出口へと走り出す。同時に人型が一斉に襲いかかってきた。まるで津波のように。
「くっ!」
 もう少しで追いつかれるというのを気配で察知したガイルは、振り返って気を練った。
「私も手伝います!!」
 直ぐ隣にさくらが並び、同じく気を練る。
 そして同時に、ソニックハリケーンと真空波動拳を人型の大軍に叩きつけた。
 ぱんっ!というはじけるような音と共に、一番近くにいた人型が何十体か一度に砕け散る。その様子は、まるで水風船が割れた時の様だ。
 一瞬、静かになった。が、間髪を開けず、すぐ後ろがそのまま迫って来た。明らかに先程より数が増えている。
「やはり無駄か……。とにかく走れ!」
 ガイルは再びさくらを促して廊下に走り出た。その時、階段の下から声が聞こえた。
「──入口が! ふさがってるよ!!」
 真っ先に階段下の扉にたどり着いたフェリシアが声を張り上げていた。駆け付けると、確かにそこにあったはずの入口が消えている。更によく観察すると、先程サイクロップスが穴を開けたところに、何かを強引に埋め込んでふさいだような跡があった。
 その様子を見たサイクロップスが、一旦皆を入口から下がらせた。
「私が焼き切る! それまで何とか持ちこたえてくれ!」


「──何か来る。」
 真っ先に気付いたのは、例によってリュウだった。その天性によるものであろう感覚には、正直頭が下がる。
 そして間もなく、その「何か」の存在を、その場にいる全員が確認する事が出来た。
 微かな地響きを伴い、大きな足音が、遠くから徐々にこちらに向かってくるのだ。一歩ずつゆっくりと、しかし確実にこの議事堂に近寄ってきている。
「なんか大きそうな人だよねぇ。」
 ソンソンだけは変わらずマイペースぶりを発揮していて、緊張感のかけらもない。
 その足音から大きさは判らないが、かなりの重量感を伴っているのは確かだ。一歩ごとに議事堂内の揺れが、わずかずつ大きくなる。
「まさか鎧が動き回っていると……?」
 ナッシュが議事堂の扉を見上げながら呟いた。足音はそちらから聞こえてくる。入ってくるならご丁寧に入口からという可能性が高い。
「有り得ない話じゃないわね。助手は頭が良かった訳だし。『あの時』実際に封印がどのように働いたかなんて判らないのよ。
 それに今まであれだけ人間を喰っていれば、細かい芸当を身につけてたって不思議じゃないわ。」
 モリガンは楽しそうだ。そしてその横では、ウルヴァリンがいつでも戦闘に入れるよう、低いうなり声とともに構えていた。既に手の甲からは銀色に光り輝く爪が引き出されている。
「──とにかく」
 ガンビットはホルダーからカードを引き抜きながら、続けた。
「一発でJACKPOTたァ、俺達はツイてるぜ。──来るぞ!」

 


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