ifの物語
  〜 もしベジータとブルマが子だくさんだったら!? 〜

第1章/第2章第3章(最終章)


第1章

「ベジータじゃ……ベジータがいっぱいいる」
 うわごとのように亀仙人がつぶやいた。
 わらわらわらわらとあたりを駆け回り、塀によじ登っては係員に叱られ、売店の中へちょこまかと入り込んではつまみ出されている幼児たちは、皆そろってベジータのミニサイズだった。

 魔人ブウ戦から10年後の天下一武道会。そこへベジータとブルマが数え切れないほどの子どもたちを引き連れて現れるなんて、いったい誰が予想しただろう。
 この衝撃的なニュースの前では、久しぶりにみんなが顔を合わせた懐かしさも、デンデが立派な青年に成長したことも、マーロンが娘らしくなったことも、悟飯とビーデルの娘のパンが武道会に出場することも、何もかもが吹っ飛んでしまった。

「おい、すげえな」
 悟空が感心して悟飯に言った。
「そうですね。いったい何人くらいいるんでしょう」
「数えてみっか。悟飯、おめえは左っから数えてみてくれ」
「わかりました」

 悟空と悟飯はそれぞれ端から順番に数え始めた。だが、じきにそれが無駄なことだと知ってあきらめた。チビたちがチョロチョロして、ちっともじっとしていないのだ。『野鳥の会』に双眼鏡とカウンタ持参で来てもらった方がいいかもしれない。
 それにしても、チビたちはみんな見事にベジータに似ていた。これだけベジータそっくりの子どもばかりうじゃうじゃいると、ハイブリッドのトランクスとブルマに似たブラは突然変異のように思えてくるから不思議だ。

「ひ、ひでえ……」
 ヤムチャは思わず絶句した。男の子ばかりのチビたちの中に、たったひとりだけ女の子が混ざっていたのだ。年の頃は2歳くらいだろうか。本来なら“愛らしい”と形容されるはずの年頃である。
 広いデコ、眉間に深々としわを刻んだ険しい目つき。この世に楽しいことなど何もあるもんかとばかりに、への字に曲がった口。
 まさに父親のベジータの顔に生き写しだ。

 あの顔で女の子というだけでもインパクトが強いのに、その子はさらに繊細なピンクのエプロンドレスからにょっきりとガニ股の足を突き出し、山型に逆立った黒髪を耳の横で編んでリボンをつけ、天をくようなおさげにしていた。
 何もここまでせんでもいいだろう似合わんということがわからんのかというほどオトメチックに着飾ったその子は、まるでフリーザ軍の忘年会で余興に無理やり女装させられたベジータのようだった。

 思わずその子の将来を悲観して、みんなが暗〜い雰囲気になったとき、あっけらかんとした笑い声が響いた。ブルマである。
「みんな久しぶりね〜。武天老師さまは変わんないわね。あら〜クリリン、老けたじゃない。チチさん、元気だった? マーロンちゃんもパンちゃんも大きくなって、びっくりしたわあ」
 びっくりしたのはこっちの方だ。

「すげえなあ、ブルマさ。この10年間、毎年産んでたってことになるだべか」
 子どもたちをざっと見渡したチチが今更のように感心してつぶやいた。子どもの数が10人より多いのは、双子や三つ子や四つ子や五つ子まで混じっているからだ。
「頑張ったなあ、ベジータ」
 悟空に背中をポンとたたかれ、ベジータは憮然として言った。
「確率の問題だ」

 そういう問題じゃないだろ――――誰もがそう思ったが、この男を怒らせると怖いので黙っていた。

 2段構えになったツインのベビーカーに目つきの悪い赤ん坊を4人乗せ、ブルマはまとわりついてくる幼児たちの世話を焼いている。その中のひとり、3歳くらいの男の子が急に真っ赤な顔になったかと思うと、半ズボンの股のところからじょじょじょーっと液体が流れ出し、地面に大きな水溜りが出来上がった。

「あ〜らら、やっちゃった。トランクス、お願いね」
 おっとり言うと、ブルマはおぶいひもで1歳の弟をおんぶしているトランクスに巨大なマザーズバッグを渡した。トランクスは甲斐甲斐しくおもらしした弟を着替えさせている。それがすむと今度は、言われもしないのにベビーカーの四つ子のおむつを換えて、ミルクを与え始めた。

「トランクスのやつ、すっかり保父さんだよな」クリリンが同意を求めるようにピッコロを振り仰いだ。「ピッコロ、ああいうの得意だろ。手伝ってやれよ」
「ふざけるな。なんだってオレが」
 言いかけてピッコロは、「む!?」と足元を見下ろした。4、5歳のチビたちが3人、マントの陰でかくれんぼに興じている。純白のマントには既にもみじのような手の跡がいっぱいついていた。

「きさまら、オレをいったい誰だと思っている」
 ピッコロが渋い声で恫喝どうかつすると、遊んでいたチビどもが一斉にキョトンと声の主を見上げた。
 その中のひとりがピッコロを指さして言った。
「はげ」
 グッと息を詰まらすと、ピッコロはこめかみに青筋を立てて目を閉じ、じっとこらえた。
(たかがガキの言うことだ。気にするな)

 だが、恐るべしサイヤ人。敵の弱点(?)を容赦なく攻撃するのが闘いの鉄則だということをちゃんと心得ている。あっという間に他のチビどもも集まってきてピッコロを取り囲むと、いっせいに指差してはやしたてた。
「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」「はげ」……∞

 子どもはしつこい。エンドレスで続くはげコールに、無視しようとしていたピッコロはついに頭を抱え、くわあぁああぁぁーーーーーっと咽喉を締め上げられたニワトリのように悶絶した。

「どっ、どうしたんですか、ピッコロさん」
 悟飯がただならぬ様子に気づいて飛んできた。もう少しでチビたちを魔貫光殺砲の餌食にしてしまうところだったピッコロは、弟子の顔を見てようやく自分自身を取り戻した。
「い、いや。何でもない」
「そうですか、でも……」
「大丈夫だ。心配するな。ふはははは」
(本当に大丈夫なんだろうか。目の焦点が合ってないけど)
「悟飯」
「はい」
「このガキどもをまとめてユンザビット高地へでも捨ててこい。―――構わん。オレが許可する」
「そ、そんなこと言ったって」

 その時、突然ベジータの怒鳴り声が聞こえてきた。
「バカやろう、トランクス! ミルクのあとすぐに寝かせるなと言っただろう。……見やがれ、吐いちまったぜ」
 ベジータはベビーカーの4人の赤ん坊を次々に肩の上に抱えあげては、手馴れた動作で背中をポンポンと叩いた。
「こうやって縦に抱いて背中をさすってゲップさせるんだ。わかったな」
「は、はい。父さん」
「それから紙おむつのテープは左右対称に止めろ。隙間が開いて漏れないようにな」
「はいっ、父さん」
 トランクスに育児のノウハウを叩き込んだのはベジータだったのか――――みんな蒼白な顔で愕然とこの光景を見守っていた。


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