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2000年 1 月の記録

日付 内容
2000/2/1  とりあえず SoftFSB を使って部屋の PC のクロックを 460MHz (ベースクロック 103Mhz) まで上げてシミュレーションを始めた。しかしそれでも 3 日くらいかかる予定。頭が痛い。あまり重たくならないようにタスクは一つだけにした。けち臭いがこれなら CPU 1 個分くらいしかパワーを消費しないので、 Web Site の更新その他に支障がない。

 会社で必要なところだけ細かく観察できるようにプログラムを改良できた。Δt も大きくできるようになり、実質的な高速化ができた。部屋の PC で実行させてみた。会社で口論するなどむしゃくしゃすることもあったが、部祖内メールも少しずつ広めており野望は徐々に広がっている。
2000/2/2  先日(購入から大遅れて) Drive Copy for CD-R の登録はがきを出した。せっかくこのソフトに対応している CD-R に買いなおしのに認識できなかったので、意見欄に少し文句を書いた。さっききたメールを見たら、ネットジャパンからで、その内容は私が書いた文句に対する解決法(かも知れない内容)だった。なかなかやるもんだと感心した。

 帰宅したらシミュレーションが終わっていた。最初のモデルでは終了まで 2 日半ほどかかりそうだったのが、1 CPU あたり 1 タスクの負荷なら 12 時間ですみそうになったのがうれしい。これならベースクロックは 100MHz でよかったなと、後になって言えることを考えた。それでもオーバークロック状態なのですけどね。

 unigraphics から今度は比較的まともにリンクされたメールがきた。優待販売の締め切りは一ヶ月延びた。(リンクがないぞ!という)非難轟々のメールばかり着いたんだろうなぁ。やれやれ。
2000/2/3  Solid Edge Origin 3D 優待販売に申し込んだ。

 シミュレーションはうまくいっているようないないような。手を加えると速度を落とさねばならないので頭が痛い。Pentium 120MHz のころから別件のシミュレーションを始めたが、Dual Celeron 450MHz になって10 倍以上の効率を得られた。でも、さらに 10 倍の効率が欲しい…4.5GHz の CPU はまだまだだなぁ。Quad Celeron ができないか?と模索している人たちもいるようだが“実はハードウェアが対応していた”ということだとしても、専用 HAL がいるからなぁ。

 会社では昨年買ったスキャナ (旧 RIOS Systems の RI-850) がモテモテ(苦笑)。FAX 精度の二値画像 (濃度はハードウェアで自動調整) を 4〜5 秒で取り込むのはすごいと思う。
2000/2/4  部長がまた突発的に資料作成を要求してきた。こんなことばかりなんだから嫌になる。やれやれ。

 シミュレーションは条件を変えた実行ファイルを複数動作させて帰宅した。部屋の電源は最終的に切られるのでワークステーションが置いてある部屋までデスクトップを持ってゆかねばならない。やれやれ。

 実家に電話したところ、コンピューターはそれなりに動かせている模様。しかしデータの追加や印刷がまだうまくいかないらしい。妹に言ってくれと言われたので
「僕が言えば(妹が)言うことを聞いてくれるわけやなかとよ」と返事した。これに対しては
「いや、そうじゃなくて困っているということを伝えてくれ」と譲歩?した返事が返ってきた(ニヤリ)。弟が実家に寄ってある程度助けたりしてるんじゃないかと期待していたがまだ寄っていない模様(タハハ)。

 最近になって第一種情報処理技術者試験の午後の問題を始めたが、ことごとく間違える。頭が痛い。さらに言えば SQL の部分は解答を見てもさっぱり理解できない。英語もしなけりゃならないし、CAD のモニターも…ま、こちらは着々と?手を打っているが。
2000/2/5  いつもどおりの勉強漬けの一日だった…、というのは正確でなくて、最近サボリ気味だった勉強をかなり熱心にやった、が正解です。おかげさまで知恵熱が出ています。答えを考えられない状態になったので、今日の勉強は英語も情報処理もおしまい。とはいえ…日記みたいなものがあまりにモノトーナスでこれではねぇ。でも、今何か企画を立てても実現できる見込みはないですねぇ。

 そうそう1800超アクセスありがとうございます。もっともかなりの割合で自分のアクセスがカウントされているところが問題ですが、今後ともよろしくお願いします。

 で、頭脳労働の疲れを癒すためにお酒を飲んで寝た。
2000/2/6  朝、意外と早起きできたので「救急戦隊ゴーゴーファイブ(しかも最終回)」「仮面ライダークウガ」を見ることができた。
ゴーゴーファイブ
 いつのまにかサラマンデルが生き返っていて驚いた。しかも主人公達の母親がいつの間にやら“実は生きていた”ことになっていて根性+唐突に出てきた最新ロボットで敵に勝ってしまった。年子ばかり作って母親を酷使?した父親くらいは死んだろうと思っていたら生きていたし。そういえばピエールは生き残っているようだがいいのだろうか?次の戦隊は未来からやってくるらしい。
クウガ
 ネットニュースではハイビジョン撮影のせいか映りがショボいという意見が出ていた。これに対して映りの問題はノウハウ次第ではないか、という意見があった。その意見の投稿者は日光江戸村を見て回る機会があったが、フィルムで撮ったものを見ると質感があるのに直に見るとショボかったそうである。、そういう訳でいずれハイビジョン撮影用の色の塗り方が確立されればよくなるのではないかということだった。私が番組を見他と肝確かに“見えすぎている”ような印象を受けることがあった。
 また、ネットニュースではハードな話の展開のために子供が離れてゆき、歴代ライダー全員集合のようなてこ入れがあるんじゃないかという危惧が投稿されていた。これもまったく同感だった…私にとってはハードな展開は心地よかったんですけどね。こうなったらいい年をした大人ががんばってテレビを見てキャラクターグッズを買ってがんばるしかないのか?などといってみる(笑)。しかし、子供のころは変身ベルトなんて買える金額じゃなかったしなぁ…でも買ってもらったかな?あったような記憶が無きにしも非ず。

 この時間帯、これまで甥、姪はテレビにかじりつきだったはずなので、クウガに関しては感想を聞いてみたい。ただ、甥は結構臆病だからなぁ。二三年前はバルタン星人の人形を怖がっていたから蜘蛛男や蝙蝠男を見た日には夜も眠れなくなっているかも知れない。

 今日も一応勉強して (知恵熱が少し残っていたのであまりはかどらなかった) 久しぶりに駅前まで出た。少なからぬ店が閉店していてびっくりした。

 父に電話したら妹がまたいろいろ教えてくれた模様で非常に感謝していた(我が親ながら評価レベルの変動が激しいのには苦笑してしまう)。ただ、
「操作方法の全部が全部を覚えられた訳ではないので(紙に書いたりもしたけど)また聞くかもしれない」なんて言ってたので
「紙に書いたことは何度も練習してよ」と言っておいた。
2000/2/7  出社してシミュレーションの結果を調べたら、そこそこうまくいっていた。肝心の部分の受験を詰めるために条件を変えたシミュレーションを仕掛けて帰った。

 第一種情報処理技術者試験の午前の問題をやってみると、80 問中 72 〜70 問 (90 点〜 87 点) は正解するようになっていた。ケアレスミスをなくせればさらに +3 問はいけるのだが…。しかし午後の問題は難しい。

 どうもクオー会が情報処理の試験前日に開催されそう。とある人が、ある国の大統領の通訳として来日するので足を伸ばすこいうことで開催される模様。さすがに大統領はこないでしょうねぇ(来る訳ないか)。試験前日だと参加すべきかどうか迷いますねぇ。参加するとしても酒は止めておきましょう。

 実家に電話して、父に“妹は自発的に PC の使い方を教えたのであり、こちらからのリアクションではない”ことを伝えた。それとは別に、父は何か言いたそうだったが言わずじまいだった。

 後、英語をさらっと進める予定。でもできませんでした。
2000/2/8  約一ヵ月後に社内で TOEIC の試験があることがわかった。タイミングとしてはちょっと早すぎる嫌いがあるがちょうどいい目標となった。ただ、企業内で開催される試験は有志しか受けないので、一般公開される分と比べても点が高い。社内で最初に開催されたときはたくさんの人が受けたのでそうでもなかったが、600 点突破コースを受けた直後に社内で受けた試験の平均点はそれこそ 600 点近かったような記憶がある。しかも、本社より工場のほうの平均点が高い。本社ではまだまだ
「こういうのがあるから受けといてよ」なんていわれて参加した人がたくさんいるのかもしれない。その反面、工場の受験者数はお寒い限りだった。
2000/2/9  部署内 LAN でメールが使えるようにしてしばらくたったが、話を聞いてみると使っている人はかなり使っているようだ。そのあたり、実績報告として部署内でしゃべって欲しいとお願いした。

 あと、部署内 LAN でメールが利用できるようになることを嫌がる人がいる模様。これまでは機密保持や費用増加の面から社内 LAN の利用を制限したい、という“上司の想い”が届いていたが、部下は部下で、メールでばんばん指示が来そうなことに危機感をもつものもいるらしい。部署内 LAN のトラブルに対して
『メールをやり取りしているせいでトラブルが起きてるんじゃないのか?』みたいなことを言うらしい。
2000/2/10  部署内メールへの反発はさらに高まった。われわれは複数の部会を掛け持ちした格好になっているが、私が休憩しているときによその部会の会議の声が聞こえてきた。その部会には、われわれの部会にも参加している書記のおばさんが参加していて、部署内メールに関して数人の男から責められていた。私は普通ならかなりムカムカして話を聞いてしまうが、今回は状況が違った。書記という業務はやたらと雑用が多く、それでいて社員の連絡への返答が遅れてばかりでうんざりする状況が続いている。そのせいか、書記としては部署内メールを使った通達配信にかなり乗り気になっており、会議の中でのその書記は圧力をかなりがんばって撥ね退けていた。そこで今回は部署内メールで部会員に檄を飛ばすことにした。
「こういう状況があったがわれわれは恥ずべき行動はとっていない。申し訳ないがしばらくは悪役になってくれ」と。

 これに対して部署内メールをがんがん使っている人は仕事上かかわっている部署内の社員にメールを入れてもらいたがっていた。こういう反応は (苦労はかかってくるけど) 非常にうれしい。
2000/2/11  起床後、profile を追加修正した。英語を進めて五ヶ月目の講義は終わらせたが模擬試験までは進めなかった。ジョージアの 2000 年グッズプレゼントの締め切りが明日まで、ということなので、慌てて三口分を貼り付けた。

 父親の PC の面倒を見て欲しいと弟に電話したら非常に嫌そうな返事だった。
2000/2/12  起床後、やや頭痛気味でボーっとしていた。ジョージアの応募はがきを出した後、洗濯と英語の五ヶ月目の模擬試験を始めた。一部の洗濯物の汚れが落ちなかったが漂白剤を切らしていたので買いに行った。英語は模擬試験まで済ませたので情報処理の方の模擬試験も済ませる予定。

 来週あたり、帰省しようかと家に電話したら後からの電話で「とりあえず、帰ってこなくていい」とのこと。でもそれは「妹に聞くから」だって…。またすったもんだがあるだろうなぁ。
2000/2/13  今日は情報処理の通信教育の試験を済ませた。結局勉強で連休が終わった。会社に置いた PC 上のシミュレーションがきちんとすんだかどうかの確認はしていない。

 先ほどまでTBSの「ウルルン」を見ていたら男性ストリップの体験記だった。スタジオの女性陣は頬を高潮させて普段より感情が高ぶっているようだった。タハハ…。これに対して男性陣は (徳光アナ以外は) 照れ気味だった。ハハハ…
2000/2/14  会社においた PC 上のシミュレーションはいくつか完了してない分があり、最終的に終了したのは 11 時過ぎだった。

 通信教育の模擬試験 (英語と情報処理) は切手を貼って投函した。

 部署内 LAN 上のメールへの反発は徐々に和らいできた模様。担当者の努力が実って理解が深まったようだ。

 mozilla 5.0 (milestone 13 だったか?) for Japanese を初めて使ってみた。UI がかなり違い、泥臭く感じられた。また、設定時の文字が枠をはみ出したりするのはいただけなかった。α版だけによく落ちたが日本語文字種の自動認識機能はかなり向上しており、この点と表示文字サイズが見やすいところは気に入った。

 BIND 8 も試してみたが、どこにどういうファイルを置けばいいのかわからなかったのですぐに uninstall した。
2000/2/15  昨日は mozilla (milestone 13) にはまるはまる。完成度はまだまだだが面白かった。PNG が置いてあるサイトに行ってどれだけ PNG の仕様に対応しているか調べたりしているうちに、過去見かけたが、場所を忘れていた GIF のライセンスに関する記事をようやく見つけられた。しかし、全般的にはネットサーフふぃんのしまくり時間の無駄遣いだったかもしれない。

 今日からまた会社に置いた PC でシミュレーションを始めたので、明日から会社では VAIO を使うことにして準備を行なった。

 部署内メールはほとんどの人たちに対して行き渡った。ここまで一気に普及できるとは思わなず、感慨深いものがある。積極的に利用したいと思った人がいたことと、熱心に広めた人がいたことが前向きに動いた原因だと思う。
2000/2/16  部署内メールシステムがほぼ完備された。各自に配布したアドレス帳が更新してばかりで統一が十分取れていないところに問題があるもののこれほどまでにスムーズに動いたものはなかった。ただ、通達回覧の紛失防止、と回覧時間削減を主目的に組んだシステムだが、接続者全員宛てにメールを送ると TO: 行が長くなりすぎてメールサーバーがヘッダの一部を壊してしまい、 Subject: 行がなくなってしまた。バッファ・オーバーランがおきたようだ。まだまだ対策は打てると思う。

 ただ、これからはメンテナンスを進めなければならない。理解されにくいのが問題だけど。

 英語の勉強と情報処理の勉強を続けた。H10 年の午前の問題をやったが 80 問中 10 問ほど間違えた。87 点の壁は厚い。
2000/2/17  昨日、「部署内のメールは入れなくていい」と言った人が「勘違いしていた。やはり入れてくれ」と言ってきた。参加者が増えるのはありがたいので早速メールクライアントをインストールしようとしたら“COMCTRL32.DLL のなんたらがどうの”というエラーが出た。最初は Windows 95 が OSR1 になっていないからではないか (実際のところ、無印 95 のままだった) と勘違いして SP1 を当てたが改善しなかった。さすがにその後気がついて IE4 のコントロールを取ってきて当てたらインストール時に引っかからなくなった。

 久々に BIND の設定をいじって名前を追加し、MailServer をいじって余計なアカウントを削除した。

 久々に DNS & BIND (O'Reilly) …もちろん翻訳本…を読んだ。出来がいい本だなぁ、と感心してしまう。これに対して Apache の本の方はちょっと物足りないような気がする。

 さーて、今日もふんばるか。
2000/2/18  結局ふんばれませんでした。今日は移動するメンバーの歓送迎会がありましたが、これからふんばります。

 しかし、今日は失敗したなぁ。出社したらシミュレーションを実行している PC のマウスが動かなくなっていたので(シミュレーションで見たいところは大体終わっているから言いや、ということもあり) 再起動をかけたのだけど、単にマウスのコネクタが抜けていたのが原因だったのでした。いくつになってもありがちなミスは続く(苦笑)。
2000/2/19  2000 カウント到達!万歳。栄えある 2000 番を get したのはROM男さんでした…ガックリ。やっぱり自分自身のカウントアップが多いなぁ、はぁ。

 部署内メールが一息ついたのでついつい http (apache) + perl による業務改善を考えてしまう。apache.org に行ったらバージョンが 1.3.11 になっていた。まず、部屋の PC に perl と jperl を導入した。BIND は… 4.9.7 で行なったほうがいいかなぁ。

 Apache のソースに openssl を当てようとしたがさっぱりわからず挫折した。
2000/2/20  結局勉強を禄に進めずにハマってしまいました。
  1. DNS をいれずに Apache を入れたらエラーで起動しなかった
  2. よって (ほとんどスタンドアロンで使っているのに) BIND 4.9.7 を導入 (BIND 8 はまだまともにコンフィギュレーションを書けないのでやめた)。BIND を導入しリゾルバを設定した後はまともに動くようになった
  3. WinProxy というのを見つけた。なかなか高機能そうで気に入った。部屋の PC に入れるメリットは今のところないが、メールの振り分け機能があるということと、利用状況のログが取れる、ということで部署内 LAN では役に立ちそうだ
  4. MK Editor for Windows というのを見つけた。私は Wz Editor (V2) を使っているのでそれほどメリットはないが、会社でシミュレーションを C でやっている同僚に奨められる
    1. 特定の文字列を修飾できる使用になっていたので、C と C++ のキーワードを登録するために探したら部屋の中の本からは見つからず、 C++ Builder の help には載っているものの一つ一つ別項で説明されていて取り込むのは非常に効率が悪いことがわかった
    2. 仕方がないので Web 上で予約語を示しているところから項目を取ってきて整形し C と C++ で別の色になるよう区分して登録した
    3. 単語修飾は記号やフレーズに対しては無効なようで、"include" は登録できても "#include" や "long double" は登録できなかった
  5. AN httpd も get した。ちょっと触ってみたが、面白かった
  6. Web Fetch も get した。面白かった
現実逃避かなぁ?
2000/2/21  現実逃避は午後 2 時ころまで続き、それから英語の勉強を進めた。 4 時ころ寝て起きたら 6 時だったが床を出られたのは 7 時を過ぎてからだった。

 MK Editor を同僚の PC にインストールした。これまでは EmEditor 1.2 (Free 版) を使ってもらっていたが C のプログラムを書くにはいささか不便なところが多かった。今回の Editor は C, C++ の予約語などを就職する機能まで入っているので相当に使いやすくなったと思う。

 帰社したら Inprise C++ Builder 5 優待販売の案内がきていた。ぱらぱらと中身を見ると、 C++ Builder 5 (Pro/Ent) を買うと Delphi 4 と J Builder3 がついてくるとのこと。また、C Magazine によると Inprise は日本でもコマンドライン版 C++ Compiler の無償配布を始める模様。開発ツールのありようが変わってきたことを実感した。
2000/2/22  まいた種が徐々に実り始めた。といってもしっぺ返しがきた訳でなく、部署内 LAN 上での通達配信が始まった。うれしいですねぇ。ただ、遅れまくっている分もあるので急いで進めないと。うー、日にちが変わる前に更新するためにここでおしまい。
2000/2/23  報告の前に何とか結果を出した。よくわからない、ということも結果といえば結果だい。

 書記が発信したメールの日付がずれている、ということでちょっと問題になった。問題のメールを見ると、時刻の数値は問題ないものの、GMT と書いてあった。タイムゾーンの設定がおかしいのか、と思い確認してみたが、日本になっていた。さらに書記の PC から書記宛てにメールを送ったら JST 表記になっていた。何ゆえ?

 書き忘れたこと。日曜に会社に寄ったら香典返しが届いていた。ところが、私は香典を送った覚えがない!包みを開けて送り主を見たが、やはり覚えがない。うーむ。

 ところで、Solid Edge Origin 3D こないなぁ。申込書には 1 〜 2 週間かかります、とあったけど、日記を見直したら 2/3 に FAX していた。かんかんに怒るほどではないけど、この会社不手際多すぎるなぁ、と不信感を持つくらいは許して欲しい。
2000/2/24  とうとう、 ThinkPad535 の保証 (EMS) の最終日になった。結構長かったけど EMS には助けられました。 VAIO はどうなることやら。

 今日、書記からきた通達のタイムスタンプは正しいものになっていました。バッチリ。

 英語を最終月の 2 週間目まで終わらせました。成績は相変わらず悪し。これで 730 点を突破できるのか?

 雑誌の付録についてきた WinGate V3 の評価版を試してみた。なるほど、プロキシサーばーとはかくあるものか、と納得した。PC のタイマをいじって評価期間を超させたら、不可逆的に使えなくなった。ま、いいっすけど。

 WinProxy はソースがついてくるのが楽しい。さらに言えば、C++ Builder のソースというのがなおさらうれしい。
2000/2/25  連日少し勉強方面で無理しているためか疲れ気味。仕事も一山越えたせいか(次の山はすぐ来るのだが)今日はたそがれ気味だった。

 ところで Solid Edge Origin 3D を 2/3 に FAX で申し込んだ (クレジットカード払いで) のだが…。帰社したらクレジットカードの明細が来ていたが…引き落とされてなかった。実は変なところにアカウントナンバーを送っていて、とんでもないことが!ということが起きたらそれはそれで大変なのだがそうでもなさそうだし…ちょっとなぁ。
2000/2/26  今日もちょっとボーっとしていた。USB Hub, USB Mouse, USB Port 用 LAN Adaptor を購入し、Vaio での動作を確認した。

 日経 BP の「ISDN ルーター徹底活用ガイド」 (ISBN4-8222-9098-0) を購入した。inertnet protocol 専用のルーターが出始めたころに書かれたようだがパケットフィルタリングとサブネットマスクの設定について丁寧に説明してある。そしてそのぶん難しいが有用な本だと感じた。

 実家に電話したら、父親は PC をいじらなくなったとのこと。一通りそろったら安心したらしい。オイオイだなぁ。

 これから勉強を再開予定。開始時刻はずるずると延びたものの、やりました。
2000/2/27  朝、一生懸命早起きしてタイムレンジャーとクウガを見た。タイムレンジャーは隊員各人がばらばらな意識の状態から始まっているのがなかなか面白い。クウガ…きたろうがおやっさんを演じる、と聞いていたがかなりとぼけた演技をしていた。どんなおやっさんになるのやら。後、警視庁が作ったトライチェイサーが変身?するのはなぜ?

 英語はさらに進めて、後一週間分+試験二回分でおしまいのところまでたどり着いた。ただし、かなり中抜きした状態なので実際に力になっているかどうか疑問も大きい。今日中に残り一週間分も済ませたい。
2000/2/28  その残り一週間分は聞き取りだったのでえいやと進めて終わったことにした。週末の試験も終えて後はファイナルテストだけとなった。こうやって余裕ができたので力を他にようやくまわせるようになった。

 あと、もう少し何とか力を尽くせば…。
2000/2/29  仕事でやっているシミュレーションはそこそこ評価されました。ふー。

 ファイナルテストは半分終了。しかし…トロいなぁ<私。

 帰宅後、夕刊を見て笑ってしまいました<閏年問題。テレビの報道によると、ものによっては 400 年に一度どころか 4 年に一度のずれに対応できなかった装置もあるとか。でも、私が使っている腕時計 (10 年くらい前の ALBA) は年の項目がなく、最初から閏年の時には手動で 1 日ずらしてください、という断り書きがありました。

2000年 3 月の記録

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