冬の星座 2.― プレアデス ― |
冬休みを利用して、晶と松岡は晶の実家に来ていた。 相変わらず実家に寄り付きたがらない松岡を、帰省する晶が引っ張ってきたのだ。 家族にさまざまな形での熱烈大歓迎を受け、二人がやっと晶の部屋に落ち着いたのは、夕方になってからだった。 「近くの河原にさ、ちょうどいい土手があるんだ」 嬉しそうに晶が言う。 夏にした約束通り、二人で星を見に行く事になっているのだ。 物忘れの激しい晶にしては珍しく、帰省の話が出た途端に約束のことを口走ったあたり、よほど楽しみにしていたのだろう。 「このまま晴れてるといいな」 苦笑まじりに松岡が言うのに、晶はうんうんと頷く。頭の中ではしっかりと、持って行くおやつの事まで考えていた。 暗い空に広がる無数の光に、晶は嬉しそうに歓声を上げた。 「すっごいな―――!!」 晶は天に向かって両手を広げ、どさりとその場に倒れこんだ。 星を見た事が無い訳ではないが、日々の生活のうちでゆっくりと夜空を見上げる事なんて、長い事忘れていたような気がする。 今日だって、ばれたらうるさそうな兄弟達には内緒で、両親にだけそっと外出を告げて出てきたのだ。可哀相だが、恵里や航に知れて、ついてこられでもしたら天体観測どころの話ではなくなってしまう。 松岡が、寝転んだ晶の隣に腰掛ける。 「ほら」 松岡が、夜空の一点を指差す。 「あそこに北斗七星。あっちに行けばオリオン座だ」 「あ、それは知ってる!」 有名すぎて、知っていたところで自慢にもならないものだが、晶は胸を張らんばかりの勢いではしゃいだ。 「面白いよな。季節によって見える星座が違うなんてさ」 地球の自転によって、いつでも空に存在しているはずの星座も、もちろん昼間には太陽の光で遮られて見る事はできない。公転のせいで季節によって見える星座が違うという当り前の事が、今の晶には新鮮に感じられた。 ――そこに確かにあるのに、見えないもの。 晶は、隣に座る松岡を見た。 その表情は、暗がりの中でちゃんとうかがう事はできない。 ただ、静かに空を見上げている様子だけは容易に知る事ができた。 思えば、松岡も変わった奴だよな、と思う。 あれだけ航兄に邪険に扱われながら、一歩も引く様子がなく、誘えば必ず実家にもついて来る。 普通なら、多少は嫌がりそうなものだが。 その辺は、松岡がいかに晶とのつきあいを大切に思っているか、な訳なのだが、晶はそこまで思い至らない。 「晶」 不意に呼ばれて松岡を見ると、今度は別の一点を指差している。 「ほら。あれがプレアデス星団だ」 「え?何星団?」 聞いた事のない名前に、晶は起き上がって身を乗り出す。 「プレアデス星団。『すばる』と言った方がわかりやすいか?」 「すばる?歌のタイトルとか車のメーカーなら知ってるけど」 あまりに晶らしい物言いに、松岡が吹き出す。 「そうだな。元はといえば、歌も自動車会社もプレアデス星団の『すばる』が由来なんだ」 「へええ。知らなかった。で、どれ?」 「あれだ」 隣で指差されても、よく解らない。 晶は松岡の後方に座り込み、彼の肩口に頭を乗せた。 「わかるか?」 「よく解らないなー。星団なんて、どこにもないぞ」 「望遠鏡で見るみたいな星団を想像するなよ。あんな風に見える訳がないんだからな。よく見ろ。小さく、七つくらい光っている小さな星のまとまりだ」 晶は松岡の言う星を探す。目のいい彼は、間もなくそれを発見する事ができた。微かな光を放つ、小さな星の集団。 「あ、あった!ホントだ、車のスバルのマークと同じ形の星だ!」 ひょいと立ち上がり、晶は届くはずもない『すばる』に駆け寄る。 後方の松岡は、クク、と忍び笑いを洩らしていた。 「日本語名の『すばる』は、『自らひとかたまりになる』とかいった意味合いで付けられたらしいぞ。あとは……」 その後に続く言葉を、松岡は飲みこんだ。 ――『むすばれる』で『すばる』―― 確たる由来ではないが、星が結ばれている様からそういう風にも言われている。 別に大した意味でもないのに、ただなんとなく、言葉にして言う事ができなかった。 続く言葉もないままに、松岡は先ほどの晶と同じように、ごろんとその場に寝そべった。 「星が、結ばれてるみたいだよな」 前方に立つ晶の言葉に、松岡はギクリ、と彼の方を見る。 晶はとことこと松岡に近付くと、ひょいと彼に馬乗りになった。その両肩を引いて、ぐいと起き上がらせる。 「なんだ?」 そのまま晶は、ぎゅう、と松岡にしがみついた。 「晶?」 「寒いからさ」 晶は悪びれなく笑う。 手を延ばしかけた松岡だが、晶をそっと引き剥がすと、自分の着ているコートのボタンを外し、その中に晶を迎え入れると、座り直させた。 背中越しに軽く抱きしめる。 「寒いか?」 「大丈夫だ。何か、顔は熱いや」 晶の言葉に、よもや熱でもあるんじゃないだろうな、と、松岡は彼の額に手を当てる。 「違うって」 けらけらと晶は笑う。 朱に染まった晶の顔が見えないから、晶が照れているのだと松岡は気付かないのだろう。 ――松岡は、晶が求めて伸ばす手を、絶対に振りほどかない。 それを解っているから、晶は昔から、いつでも何度でもそれに甘えてきた。 追いすがろうと彼の腕を取ろうとすれば、彼はその手を繋ぎ、ゆっくりと晶を引き寄せる。 その身体に腕を回せば、受け容れるのではなく抱きしめ返してくる。 いつも松岡は、晶に答える以上の事をさりげなくやってのけた。 それは一体どういう事なのだろうかと、晶は思う。 長い事自分の中に抱え続けていた迷いのようなものの正体を、掴みかけている自覚が晶にはあった。 まるでそれをすべて理解しているかのように振舞う松岡。 それをどう捉えればいいのか。 ずっと晶は答えを出しかねていたが、実は案外簡単な事のようにも思えてくる。 ――つまり、自分と松岡は、同じなのではないか。 寄り添った時に覚える身体の熱さも、抱えている想いも。 晶は身体の向きを変えると、確かめるかのように、そっと松岡の首に両腕を絡めた。 「晶?」 松岡の呼び掛けに、晶は応えない。 闇の中でも、松岡が晶の顔を見つめているのがわかる。 静かに、そっと。 晶の身体が引き寄せられ、その唇に柔らかい何かが重なった。 それは頬にも軽く触れ、一瞬で離れる。 そのまま、晶はコートの中で松岡に抱きしめられた。 ――今のは、何だろうか。 松岡の肩口に顔を埋めたまま、晶は自分の体温が一気に上昇するのを感じた。何事もないような松岡の方も、鼓動が少し速くなっているのがわかる。 『偶然』で済まそうとすれば、きっと松岡もそれに合わせるのだろう。 けれど晶は、迷いを確信に変えたかった。 松岡はいつだって、たった今も、晶の胸に優しい楔を打ちこんでくるではないか。 遠く離れている時でも、松岡の存在はいつでも晶の近くにあった。 幼なじみの絆がそうさせたのではない。 自分自身がそうであったように、それは松岡が晶の傍に在り続けようとした結果だ。 晶のために、そして多分――自身のために。 そんな彼だったから。 ――晶はずっと、松岡が好きだった。 頬の熱さが、松岡の胸の温かさに変わる。 「寝るなよ」 いつかのプラネタリウムを思い出しているのか、松岡が茶化すように晶に声をかける。 彼の胸から直接響く声が心地よくて、晶はくすくすと笑った。 その身体の細かな震えさえも。 松岡にとって心地よいものであればいいな――と。 そっと顔を上げて松岡を見る。 星空を見上げている松岡の視線を追えば、そこにはささやかな光を発しながら。 プレアデスが、小さく、寄り添いながら輝いていた。 END |
☆というわけで、一話は松岡視点、二話は晶視点でお送りしましたー。 よくよく考えると、るっかが鯨波学園をはじめてから初のラブシーン入りですねー。さりげなさ過ぎて、とてもそうは見えませんが(笑)。 カウンタ7777HIT記念として、神無月さまにささげます。 |
校門 図書室 2年A組 |