Doll 3




それは・・・一目惚れだったのかもしれない。


初めて会った場所はよく覚えてない。
でも、あの人の陽に透かすと金色にも見える琥珀色の瞳がとても綺麗で、みとれた事だけは良く覚えてる。
はじめの内は学習もなく、遠くから姿をみれるだけだった。
学芸館が開いてからは、もちろん毎日通った。
風になびく赤銅色の髪、鍛えられた身体、優しい微笑。
でも、時々その瞳には、私には言い表せない悲しみが宿ってる気がした。


それから目をそらす事が出来ず。


・・・私はもう一度、恋に落ちた・・・・。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「アンジェリーク・・・だって?!」
可愛い口から漏れたその言葉は、歴戦の勇者・ヴィクトール様を驚愕させるのに十分な力を持っていました。
「うにゃ・・・あれ? 今、確かにアンジェだと思ったのに・・・いないの?」
やっとこさ目を開けたメルがきょろきょろと辺りを見回します。
ここに二人以外の人間の気配がない事は、優秀な軍人であるヴィクトール様が良く知ってます。
ヴィクトール様の中のいつも冷静な軍人としての頭が働き出します。

(今、現在ここにいるのは俺とメル。・・・変わってしまったアンジェリーク・・・)

導き出される解答は、ただ一つ。
それはあまりに考えづらく、また普段の生活上まったく考えられない解答でした。
しかし。
それは、多分正答。


「メル・・・これを見てもらいたいんだが・・・」
心に確固たる答えを持ちながら、一方で否定してもらいたく、懐から人形を取り出します。
「わっ、可愛いっ! ・・・って、あれ? アンジェリーク?!」
最初その可愛さに歓声をあげた占い師の顔が一瞬で曇ります。

「どう言う事? ヴィクトールさん。アンジェリークここにいるよっっ!!」

やっぱり・・・。
ヴィクトール様は改めて、ぎゅっと人形を抱き締めました。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



あの人は、厳しくて優しい。
その優しさが私にだけに向けられたものなら・・・。
何度そう思った事か。
でも、きっとそれはない。
だって、大人だもの、あの人は。
あの優しさは、出来の悪い生徒に対する優しい教師の眼差し。
でも。


嬉しかったの。
あの夜、あの人が尋ねてきてくれて。
嬉しかったの。
『お前に似てる』と人形をくれた事。
もしかしたら。
もしかしたら。



「もしも、私があなただったら、ずっとヴィクトール様といられるのにね」
自分と同じ栗色の髪を撫でながらそう呟いた。
人形だったら、あの人の側にいられる。
「ホントニ、ソウオモウノ?」
急にどこからともなく声が聞こえた。
「誰っ?!」
「ホントウニ、ソウオモウノ?」
その声は、人形から。
「・・・あなたが喋ったの?」


この時点でアンジェリークが驚かなかったのも無理はない。
ここは聖地。
人に仇なすものがいる筈がない。
そう、思い込んでも仕方ないのだ。
それに普段から手紙の精霊などでそういうのには慣れてる。


「ソウ、ワタシ。
ホントウニ、ソウ、オモウノ? カレノタメニ、ソバニイタイッテ」

「え?」
「ワタシハシッテルワ。カレガ、ナニヲオモッテルカ。リョコウチュウ、ズットソバニ、イタカラ」
人形の蒼い瞳が微かに光る。
「アナタモシリタイ? ワタシトオナジカオヲシタアナタ。
アナタモシリタイ?」

「え、ええ」


「ジャア、オシエテアゲル♪」


次の瞬間、アンジェリークの身体は急に熱くなり、ついで急激に冷えた。そして全身を激痛が貫き・・・意識を失ってしまった。



今、目も見えない。身体も動かない。
でも。
あの人が側にいるのが分かる。
あの暖かい大きな手で髪を、頬を撫でてくれる。
「アンジェリーク・・・」
名前を呼んで、抱き締めてくれる。


でも。


この暖かく、冷たく感じるものは・・・何?
ぽたぽたと私に落ちてくる雫。
これは何?



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ヴィクトールさん・・・?」
人形を抱き締めたまま、黙ってしまった彼に恐る恐る声がかけられました。
「あ、ああ。すまん」


気づかわし気な表情のメルに笑ってやる。
これ以上他の奴を巻き込む訳にはいかない。
原因は元はといえば俺なのだから。


「どうして、アンジェリークはそこにいるの?」
「お前は心配しなくていい。すぐ、アンジェリークも元に戻るから」
そう、俺が戻してみせる。
あの心が暖まるような微笑みを。
優しいあいつを。


「そうやって、何もかも自分一人で抱え込むのは悪い癖だよ、ヴィクトール」


その時、背後から思いもかけない声がかけられました。
「セイランっ! ・・・どうしたんだ?」
そこには同じ教官のセイラン様が立っていました。
「僕は、この漆黒の夜に闇の安らぎを見つけだそうと散歩していただけさ。そこに、いつもは規則正しい筈の君が乱入してきただけだよ」
稀代の芸術家は皮肉げな笑みを唇に浮かべて、重ねて尋ねました。


「君は何かを知っている。それはアンジェリークに対する事だね?」
「う・・・」
「答えられないなら、答えなくていいさ。
でもね、君が今日、部屋に閉じこもってる間に世の中には変化があったんだよ」
「なにっ!」
「アンジェリークが守護聖達を誘惑し始めた」
信じられないような言葉がその美しい唇から語られはじめました。
「まあ、確かに守護聖達は『うぶ』だ。純粋培養だからね。
でもそれで説明のつかない人も何人かいるんだ。
彼等は一瞬でアンジェリークに傾倒してしまった・・・まるで、魔力のようだよ。
ヴィクトール。君は今日、アンジェリークに会いに行って女王試験の事を話したんじゃないのかい?」
「あ、ああ」
「やっぱりね」


ふっと、冷たい笑みが溢れる。
「『彼女』は女王試験を知ったんだ。勝った方が女王になれる。
『彼女』にとって女王イコール征服者だ。好きな事がなんでも出来ると思ったんだろうよ」
「でも、なぜだ?」
「忘れたのかい? 『彼女』は自分が楽しい思いをする事しかしてない。育成なんかするものか。
・・・守護聖達に勝手に育成してもらう算段さ」
何時の間にか『アンジェリーク』が『彼女』という言葉に置き換わってました。
「僕はこの宇宙を美しいものだと思ってる。総てのものに平等に渡される美しいものさ。
だから、それを一人占めしようなんて思うやつは許せなくてね。
・・・ヴィクトール、一人でいい格好しようなんて思わないでくれ」
冷ややかな瞳が、ヴィクトール様を居抜きました。
「一体、何がどうなってるんだ? 君はそれをわかってる筈だ。アンジェリークはどうしたんだ」
「ヴィクトールさんっ!」


二人の想いをヴィクトール様は痛い程感じました。
それ故、とうとう真実が唇からこぼれ落ちました。


「・・・アンジェリークと人形が入れ替わったんだ・・・」





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