三人の朝は、激しく扉を叩く音で明けました。
結局、夜も遅かったですし、総ては次の日と言う事で、そのままメルの家に泊まったのです。
「はぁ〜い、今開けます〜」
メルがドアを開けに行きます。その間二人は・・・すぐにでも飛び出せる位置に身を潜ませました。
守護聖様達がおとされたのは分かっていました。何時その手がこちらに伸びてこないとも限りません。
開けるのも待てない忙しさでドアが叩かれます。
「‥‥‥ル、メル! いるのですか?!」
「あっ、エルンストさん!」
扉が開かれるとそこに立っていたのは、王立研究院の若き主任・エルンストでありました。
「よかった・・・無事だったんですね」
その青い瞳がほっとしたような光を浮かべます。
「エルンスト!」
「ヴィクトール、セイランも! 無事だったんですね」
「無事って・・・どう言う意味だい?」
その言葉尻をとって質問がでます。
「まだ、知らないのですね」
「守護聖様達がおかしくなったのは知ってるぞ」
「執務宮、女王宮を含めた聖地総ての施設が封鎖されました」
いつも冷静な口から流れた言葉は、まったく予想もつかない事でした。
「なんだって?!」
とりあえず立ち話もなんですので、部屋の中に引き入れます。
「・・・で、どういうことだ?」
少しもずれてない眼鏡を神経質に直しながら主任殿の口から今までの事情が話されます。
「どういうことだといわれましても・・・昨夜遅く総てのサクリアが一気に膨れあがり、ついで女王陛下のサクリアのみが急激に弱まり、そして・・・計器総てが振り切れました」
「振り切れた?」
「ええ。そして、直ぐに総ての施設の封鎖が女王陛下の名の元、命令されました。研究院、学芸館の閉鎖及び関係者の・・・名目上は”保護”とはなってますが監禁も共に」
「ッ! ティムカは?!」
その場にいない幼い同僚の姿がヴィクトール様の脳裏に浮かびました。
「おそらくそのまま・・・」
「なんて事だ・・・」
「大丈夫だよ、ヴィクトール。一応彼は一国の王太子だからね。早々危険にはならないよ」
唇を噛み締める年長の同僚にセイラン様が肩を叩きます。
「でも、良く君は捕らえられなかったね? 主任ともなれば責任重き立場だと思うけど」
「私は夕べ、いつものように自分の研究の為に研究院に最後まで残っていたのです。その研究内容で危うく難を逃れられたのですが」
それよりも、と更に言い難そうにエルンストが続けました。
「総ての命令の出先は『257代女王アンジェリーク』なんです」
重い空気が四人の上にのしかかります。
「・・・そうきたか。これは僕の読みが甘かったよ」
「どう言う事だ」
セイランが次第を理解し、ぼそっと呟きます。
「”彼女”は新宇宙じゃない、この『宇宙』の女王になったんだよ」
「なんだって?!」
「はい。おそらくそう考えて間違いはないでしょう・・・一体彼女に何があったのか」
エルンストはそう言って首を振った。
「エルンスト・・・彼女はアンジェリークじゃない」
「は?」
それは本当に『は?』以外の何ものでもなかったでしょう。
「何を言ってるんですか? 他からアンジェリークと言う名の女性が入り込んだとでも?」
「いや、そうじゃなくて」
三人は今まで分かった(とおもってる)事を全てエルンストに話しました。
「・・・それは事実ですか?」
全く信じられないといった顔で彼は皆の顔を見直しました。
「それじゃお前は、この命令を出したのがあのアンジェリークだというのか! 守護聖を誑かし、思いのまま操るあいつが!!」
えらい剣幕で怒鳴るヴィクトール様を『まあまあ』と肩を叩いて落ち着かせると、
「確かに殆どは憶測でしかない。でも僕は正解に近い憶測だと思うけどね。それとも君は、『彼女』が正真正銘のアンジェリーク・コレットだという事実を持っているのかい?」
その問いに薄青色の瞳がキッと向けられます。
「ええ。彼女は正真正銘のアンジェリークです。何故なら、今聖地を覆っているのは間違いなく女王のサクリアですから」
「なんだって?」
「先程、何故私が逃げる事が出来たかお聞きになりましたね? それはこのサクリア計測器のお陰だったんです」
そういって、彼の内ポケットから出てきたのは小さな機械。
「私は守護聖様のサクリアを数字やデータで表せないかと言う事を研究してます。星の発生にはどの位サクリアを必要とするのか、そしてその内容はどう言う比率なのか。その結果、こういうものを造りました。
これが現女王陛下以外の『女王のサクリア』に反応したのです。
今現在、聖地で確認されてる女王のサクリアは発展途上を含めて三つ。一つは西の塔、一つは特別寮。
そして残る一つが今聖地を覆っているのです」
胸をはり、そう言い張るエルンストにセイラン様は黙って机に置いてあるあの人形を指差しました。
「だったら、その”素晴らしい”機械でその人形を計ってごらん。おもしろいものが見られる筈だよ」
「どっ、どう言う事ですかっ、これはっ!!」
先程の自信とは打って変わってどもる口調に彼の驚きがあらわれてます。
「1000、2000…………間違いない。弱くなってはいますが、これは紛れもなく女王のサクリアです。
何故人形に・・・」
「だから言っただろう? これがアンジェリークだって」
ウンザリ、と言った口調で返す。
「そんな、信じられません! どうやったらこんな・・・」
「はいはい、君は好きなだけ喚いていいよ。喚くのに飽きたら呼んでくれれば」
もういい加減飽きてきたのでしょう。セイラン様はさらりとそう言うと奥の台所へお茶を飲みに行ってしまいました。
「ちょっと、セイラン様ってば・・・」
取り残された二人はしょうがなく。
「・・・あのね、エルンストさん。アンジェがここにいるのは間違いないの。だってメル、アンジェのこと感じるもん。アンジェの優しい気持ちを感じるの。だからこれはアンジェリークなんだよ」
「そうだ。信じられないのも無理はないが、総てが明確に一つの事実を表してる。例えそれが常識から外れていたとしても真実なんだ」
「メル・・・ヴィクトール・・・」
エルンストの瞳が改めて人形の上に止まります。
「・・・分かりました。でも、だからといって現状をどうすればいいのでしょう? この人形がアンジェリークだとしても今の問題の解決にはなりませんが」
「冷静になってくれて嬉しいよ。そこであんたに聞きたい事があるんだ。
人形がアンジェの心と入れ替わったとすれば、それを元に戻すにはどうしたらいい? アンジェリークが元に戻れば、結果、総ては上手く行くと思うんだが」
総てを理解納得した彼にヴィクトール様は夕べから考えていた事を尋ねました。
「心を入れ替える・・・?」
エルンストは口元に手をやって考えてます。その眉間は狭められ、その提案は決して簡単な事ではないことが見て取れました。
「・・・結論から言いましょう。無理です」
「何?!」
エルンストからの口からそんな言葉がもれるとは露程も思ってなかった二人に衝撃が走ります。
「どうして、エルンストさん?」
「無理ってどう言う事だ?」
詰め寄る二人に彼は憂いを帯びた瞳を向けました。
「感情や心をいじくるなんて事は科学では考えられません。そういうのは専門外です。・・・ただ一つ言える事はこのアンジェリークと『彼女』を重ね合わせてはいけないという忠告しか出来ません」
「・・・・どういうことだ?」
「この人形と『彼女』は、ほぼ同一なサクリアを持っています。お互いにそれをぶつけあえば反発を起こし・・・二つは無にかえってしまうでしょう」
それは恐ろしい予言でした。
「無に帰るということは・・・死ぬ、と言う事か?」
「同一と思ってもらってかまいません。でも、お互いに入れ替わろうと思えば戻れるかも知れませんが・・・ちょ、ちょっとヴィクトール、何処へ行く気ですか?」
急に身支度を始めたヴィクトール様に慌てた声がかかります。
「元に戻るように、若しくは、女王になるのをあきらめて貰うようにあいつを説得してくる」
「そんな無茶な」
「無茶でも何でも、王立研究院にはどうする術もないのだろう? 待つだけ無駄だ」
ヴィクトール様は常に携帯している簡易防具セットを開き、あっという間に身につけてゆきます。防具とは言っても全て洋服の下に隠れるほどの薄さで、着けてしまえばその存在は全く分からなくなるほどのものでした。いつもの白手袋を茶色の革手袋に付け変え、そして総てを着け終わると人形を懐にしまいました。
「それも持って行くのですか?! 危険です! 何が起こるか分からないじゃないですかっ!」
「これ以上こいつを側から離しておけない。眼の届くところにいないと不安なんだ。・・・やつと重ね合わなければ大丈夫なんだろう? だったら俺が必ずこいつを守るから」
「何を騒いでるんだい」
奥でお茶を飲んでたセイラン様が騒ぎを聞き付け戻ってきました。
「ああ、セイラン。ヴィクトールを止めて下さい。何の策もなく宮殿に乗り込む気なんです。それに人形までも連れてゆくと言って・・・」
「ふ〜ん・・・」
セイラン様の蒼い瞳がヴィクトール様をねめつけます。
「・・・まあ、他に策がないのだから君が乗り込むと言うのを止めはしないさ。だけど僕もついてゆくからね。ああ、エルンスト。そんな驚いた顔しなくてもいいよ。確かに人形がアンジェリークなら連れてゆくのが危険と言う君の意見はもっともだ。だが、これだけ普段から外れた事が起こってる。今聖地で本当に安全なところはないのさ」
「メルも行くっ!」
続いて。
「・・・しょうがないですね。ここまで来たら最後まで見届けない事には王立研究員として恥ずかしいですね。私も参りましょう」
驚いたのはヴィクトール様の方です。
「おいおい。俺が勝手にやるんだ。お前らがつき合う義理はないぞ。相手は守護聖様方までおかしくしたやつなんだからな」
「それでも、僕達は君たちを放っておけないのさ。さあ、行こう。そうと決めたら早い方がいい」
4人は立ち上がりました。
「やっぱりな・・・」
「ええ、考えられた事でした・・・」
4人がいるのは生け垣の中。
目の前には宮殿が聳え立っています。そしてその前には見慣れた赤色ときらびやかな色がうろうろしてました。
「オスカー様はもともと王宮警備の総責任者ですからね。こういう時もやっぱり表に出てるんですね」
変なところに感心してみる辺り、余裕かと思いきや。
「オリヴィエ様だけならなんとかなったかな?」
とメルが伺うように見ました。
「いいや。ああ見えても、オリヴィエ様はタガーの名手だ。守護製様の内の手練がきちんといるよ」
苦笑を交えながらヴィクトール様が言います。
「で、どうするんだい?」
こちらはここに来るまでに意外な特技を見せたセイラン様が尋ねます。
「僕とヴィクトールでなんとかなりそうかい?」
「セイランさん、あんなに強いと思わなかったよ」
とても感心した風に少年が見上げます。
「綺麗なものには誰もが惹かれる。それを守る為には必要な事さ」
何かとても嫌な事を思い出したとでも言うように眉間に皺が寄ります。
「で、なにか策はあるのかい?」
「う〜ん・・・女王宮の他の入り口から入るという手立てもありますが、そちらがロックされてでもいたらおしまいですし・・・何か上手い手が・・・」
普段より一層難しい顔でエルンストは考え込みました。
「今は色々迷ってる時じゃない。俺とセイランで何とかする」
事態の停滞を防いだのは、やはりヴィクトール様でした。
「取りあえず俺が行くから、セイランはオリヴィエ様を」
「了解」
そうと決まれば行動は早いです。
ヴィクトール様は、身を伏せ、生け垣に沿いオスカー様が巡回している位置にそっと近付きました。
そしてそのまま、相手が近付くのを完全に気配を消して待ちます。
(30、20、10・・・今だ!)
相手は炎の守護聖です。勝負は一瞬で決めなくてはなりません。
「なんだ。メル達もいたんだ」
その時。「どういう事なの?」
さっぱり話の見えないメルが我慢しきれず聞きます。
「オスカー様もオリヴィエ様も正気って事だ」
「まったく人が悪いよね」
それを受けて、オスカー様が髪をさっとかきあげて、
「心外だな。このオスカー、いくら魅力的なお嬢ちゃんだからといって、総てを捨てて盲信するほど愛に不自由はしてないつもりだぜ?」
「莫迦は死ななきゃなおらないって事だよ」
今一、意味がつかみ取れない少年に麗人が助け舟を出します。
「どうして無事だったんですか?・・・っ! それとも皆さん全員正気なんですか?」
だとすれば、総ては計画されていて『彼女』は遠からず捕らえられるということなんだろうか?
そう考えても無理はありません。
しかし、その答えは。
「いや。まともなのは、俺とオリヴィエ。それにゼフェルの三人だけだ。後はすべて『彼女』の手に墜ちた」
「・・・免疫のあるものだけが残った、って訳だね」
「まあな」
重苦しい沈黙が、場を支配します。
「・・・で、どうしてオスカー様達は未だに『彼女』の手先として動いてるのですか?」
それは痛いところだったのでしょう。二人は・・・特にオスカー様は・・・苦しそうな顔で胸を押さえました。
「最初は、陛下だけでも逃がそうと思ってたんだ。が、『彼女』は誰も信用してない。全て同じ行動を取らされた。お互いがお互いを見張るように。
次は、陛下を安全な場所に移そうと思った。が、それも俺は信用されなく、ジュリアス様が総てを取り仕切った。俺には陛下が今何処にいらっしゃるのかわからない。あの方の行方を知る為には、手先として様子を伺うか、後はお前らを待つしかなかったんだ。下手に動いて陛下に何かあったら俺は生きていられない!」
最後は血を吐くような、叫びに等しい訴えでした。
それは、まるで死より辛い苦しみだったのでしょう。
「・・・御安心下さい。女王陛下は西の塔にいらっしゃいます」
その苦しみを救ったのはエルンストでした。
「西の塔?」
「ええ。それがどういう意味を示してるのかはお分かりですね?」
二人の守護聖が顔を見合わせます。
「西の塔はサクリアを押さえる機能がついている・・・ってことは」
「女王のサクリアが邪魔なら直ぐ処刑しちゃえばいいんだ。それをわざわざ抑制させるだけに留めてるって事は、当分殺される危険はないってことだよ! やったね、オスカー」
女王陛下の無事が確認できて、二人の顔色は一気に明るくなりました。
「そうと判れば、ここで大人しくしている必要はない訳だ。おい、ヴィクトール。俺達も一緒にいくぞ」
それは、願ってもない申し出の筈でした。
だけど。
「いいえ。やつのところには俺達だけで行きます」
「なにっ?!」
「ヴィクトールさんっ!」
総てから驚愕の声があがりました。
「・・・まさか、強さを司る炎の守護聖つかまえて『足手まとい』とか言うんじゃないんだろうな?」
「足手まといです」
言った端から断定の言葉。
そのあまりの態度に、拳が握られます。その剣呑な雰囲気にヴィクトール様は、まったく頓着せず。
「失礼」
すっと、その手はオスカー様の大腿に当てられてました。
「ッ!」
「・・・やっぱり」
慌てて手がひかれます。
「気付いていたか・・・」
「ええ。それで付いてこようとは無茶です。恐らく、オリヴィエ様、ゼフェル様も同様なのでは?」
「当たり・・・いや〜、ヴィクトールってば鋭いね♪」
オリヴィエ様はおどけたように手を上にあげます。その手は、いつもとは違い黒い革手袋で覆われてました。
「どう言う事?」
「大事なものを守る為にはそれなりの代償が必要ってね。まともでいる為に支払ったものがあるんだよ」
冷たい風が6人の中を吹き過ぎてゆきます。
「それに、オスカー様。あなたを今もっとも必要としているのは我々ではありません。・・・ロザリア様が一緒とはいえ、どんなに陛下が心細い思いをされてるとお思いですか? 我々の手助けをしたいとおっしゃるなら、陛下の事をよろしくお願いします」
そしてヴィクトール様は深々と頭を下げました。
「・・・納得は出来ないが、わかった。俺達はこれから西の塔に向かう。後の事は任せておけ。そのかわり、お前は、お嬢ちゃんを元に戻すんだ」
そう言うと、オスカー様は腰の大剣を外すとヴィクトール様に渡そうとしました。
「いいえ、それは結構です。その剣は聖なる翼の元、誓約しているものです。あなたが陛下を守る為にお持ち下さい。俺は俺のやり方でアンジェリークを元に戻しますから」
「強情だな」
にやりと笑うと剣は腰に戻されました。
「『彼女』は玉座の間にいる。総てのロックは今ゼフェルに交信して解除してもらう。道順は・・・エルンストがいるから平気だな?」
「ええ。大丈夫です」
「じゃあ、健闘を祈る」
オスカー様はオリヴィエ様を促すと、足早に塔に向かって歩き出しました。
その時、ヴィクトール様は一つ不思議に思ってたことを彼等の背中に投げかけました。
「ところでどうしてアンジェリークが入れ替わってると気付いたんです?」
と。
その答えは。
「入れ替わる?
そんな事は知らないさ。ただ、あれは俺達の可愛い女王候補生じゃないとわかっただけだ。
・・・絶対取り戻せよ」
その言葉に四人は一斉にうなづきました。