遊園地には、いろんな乗り物が有ります。
メリ−・ゴ−・ラウンドにコーヒーカップ、ゴーカートにジェットコースター。
子供達は、まだまだ小さいのでそんなに激しい乗り物は乗れません(身長制限にひっかかってしまうんですね)
ですから、大人しめの乗り物や子供向けの入場タイプのアトラクションばかり乗る事になりました。
コーヒーカップでは、ジュニアが面白がってグルグル回し自分が酔ってしまったり、観覧車でも、子供二人があちこち移動するので、ただでさえ体格差のあるグループなのに更にバランスがとれなくて、大幅に揺れたりと色々ありましたが、それでもとても楽しかったのです。
「父さま、これは何?」
ジュニアが遊園地の一角で指を差しました。その先には‥‥‥。
「”お化け屋敷”だな‥‥えっと『辺境惑星の更に極東独特のスタイルでお届けする怪奇に満ちた屋敷です』
だそうだ」
その地方のらしい古い独特の白壁な建物はおどろおどろしい雰囲気を醸し出しています。そしてその前には柳の木が植わっており、入り口にはまん中が裂けて何故か舌が出ている提灯が釣り下がっています。
「かいきって?」
「怖くて変なものって言う意味だ」
説明を聞いたジュニアの顔が嬉しそうに輝きます。
「わぁ、面白そう! 僕、入る!」
「おいおい、お化けや妖怪が一杯いて怖いやつだぞ?」
「大丈夫! あ‥‥アン・ディアナちゃんは怖いの駄目?」
自分は言い切ってから、はたと隣の少女の事を思い出したのでしょう。心配そうに隣を見ましたが、アン・ディアナは全然平気な顔をして、
「だいじょ〜ぶ♪ お化けは宮殿のでなれてるもん」
と、頼もしく太鼓判を押しました。
(まぁ‥‥確かに守護聖様方は一種妖怪みたいなものだがな‥‥)
なんて思いながら、
「じゃ、はいるか」
と、妻の方を振り向くと、何故かその顔は強ばっていて。
「‥‥なんだ、アンジェリーク? お前、怖いのは苦手だったか?」
その琥珀の瞳には明らかに笑いが含まれてます。そう言えば、アンジェリークは昔っから恐がりの所がありましたから。
「えぇぇぇっ!! 母さま、怖いの?」
案の定、ジュニアが吃驚したように眼を見開きます。
「えっ、えっ! ‥‥だ、大丈夫よ」
息子に情けないところを見られたくないと言うのは、どの母親にでもあることでしょうか?
つい、アンジェリークは虚勢をはってしまいました。本当はとても苦手なのに。
「無理しなくていいんだぞ? 怖いんだったらここで待ってれば」
それが無理をしての言葉とわかってるヴィクトール様は、そう譲歩しました。からかったのを、後悔して。
だって、アンジェリークの顔は真っ青だったのですから。
でも。
「それだけは絶対いやですっ。こんなところで待つくらいなら一緒に行った方がマシですっ!」
そう言ってぎゅぅうぅぅっとヴィクトール様のお洋服にしがみつきました。
‥‥確かに遊園地のはしっこ。おまけに雰囲気たっぷりのお化け屋敷の前でたったひとり待つのは、かなり嫌な事かも知れません。
仕方なく、四人は、お化け屋敷へと入場しました。
「わぁ〜い♪ 真っ暗だぁ〜♪」
‥‥どう考えても音符付きで話す台詞とは思えませんが、子供達は嬉々として狭い通路をぱたぱたと走っていきました。
女の子であるアン・ディアナをかばって、ジュニアはその手をしっかり握ってどんどん先に進んで行きます。
「お〜い、あんまり走るなよ、って‥‥おい‥‥アンジェリーク‥‥」
ヴィクトール様は、空を仰ぎ見ました。
そのアンジェリークは‥というと、ヴィクトール様の背中に掴まってて、おまけに顔はしっかり背中へと押し付けられてます。
「それじゃ、はいった意味がないだろう‥‥?」
肩ごしに見ますが、格好は変わらず。
「ヴィ‥ヴィクトール様、そ‥そのまま、歩いて‥‥いってく‥‥くださいっ‥‥」
心持ち、声もしがみついてる手も震えていて。
仕方なく、そのまま順路に沿って歩いてゆきます。
「ヴィ‥‥ヴィクトール様‥‥段差の時は言って下さいね‥‥」
「‥‥だったら、顔あげて周りを見ればいいだろう?」
「そ、それが出来れば、こんな格好してませんっ!」
怒ってても可愛いですが、これでは声がくぐもってよく聞こえません。ヴィクトール様は、苦笑するとそっと背中に手を回し、次の瞬間片腕にアンジェリークを抱きとってました。
「どうせなら腕にしがみついてくれ」
アンジェリークは、自分の位置が変わったのも判らず、ただ今度は脇の裾を握ってふるふる震えています。
(‥‥か、かわいい‥‥)
その姿はおもいっきりヴィクトール様の庇護欲と別の欲(笑)を刺激しました。
(そういえば結局今朝は何も出来なかったし、ここのところ軽いキスぐらいの時間しか持てなかったしな‥‥)
そうです。今朝の熱いキスは、それこそ何日ぶりっ?!って感じなものだったんです。
周囲は、都合のいい事に(笑)真っ暗です。子供達はとっくに先に行ってます。それに、このアトラクションはそんなに人気がないらしく、自分達以外の人影もありません。
(いいよな、少しくらい‥‥)
ヴィクトール様は、そっとアンジェリークを両腕に抱き取りました。
そのどこを触れても柔らかいその身体は、すっぽりと自分の腕の中にはいります。
「アンジェリーク‥‥」
とっときの低い渋めの甘い声で耳もとで囁きました。
「ヴィクトール様‥‥‥?」
そして、その身体を抱き締め、甘い香りのする髪へ唇を寄せようとした時。
「きゃ‥きゃぁぁぁぁぁっっっっ!!」
ごんっ!
思いっきりの絶叫が近場で炸裂し、そのまま強い衝撃がヴィクトール様の顎を襲いました。
完全に油断してた事もあって、それはクリティカル・ヒット。
痛烈なアッパーを食らってしまったみたいです。
顎を押さえ、声もでないヴィクトール様にそのままアンジェリークが抱きつきます。
「いやぁぁあっっ!! 怖いっっっ!!」
‥‥‥どうやらヴィクトール様に名前を呼ばれて、顔をあげようとおもったら丁度目の前に幽霊の機械人形を突き付けられた状態になったらしいのです。
パニックになったアンジェリークが、勢い良く顔をあげてヴィクトール様にしがみつこうとして‥‥その頭が丁度ヴィクトール様の顎の位置になった‥‥というのがこの事故の全貌のようです。
(こ‥こいつ、わざとじゃないだろうな‥‥?)
言葉もでないまま、先程の続きをする気力も沸かず、まるでお預けをくらった犬のような気分で、ヴィクトール様はアンジェリークをその脇に置いて出口に向かう事にしました。
一切余計な事は考えずに‥‥‥(笑)。
「大丈夫か?」
お化け屋敷から出ると、子供達は、出口でいい子に待っていました。いままで暗闇にいた分、余計空が良い天気に見えます。
その眩しい光の中、4人は軽食を出してくれる店の前のテラステーブルに座りました。
目の前に座ってる妻の顔は、はっきり判る程青褪めてます。
「少し休んだ方がいいな‥‥」
顔色をみたヴィクトール様は、そう判断しました。
「‥‥時間もいいし、ここで昼御飯にしよう。そうすれば、気分も変わるだろう?」
「ええ‥‥でも」
「いいから、ここで待ってろ。今、持って来るから」
ヴィクトール様は、ついて行こうとするアンジェリークを無理矢理座らせると、荷物を取りに向かおうとしました。その時、
「父さま、僕も行くよ。荷物、多いから」
と、息子の提案。
「そうか‥‥? じゃあ、一緒に行くか」
子供達を残していっては、アンジェリークが休めない。そう思って、ヴィクトール様はアン・ディアナにも声をかけます。
「一緒に来てくれるか?」
「いこうよ! アン・ディアナちゃん!」
誘われた少女は、にこぉっと嬉しそうに笑うとジュニアの手を取りました。
「じゃ、ちょっと行って来るから大人しく休んでるんだぞ?」
両手に子供をぶら下げて、ヴィクトール様は歩き始めました。
4人がいた所から荷物を預けた入り口まで丁度端から端へ歩く位の距離がありました。
15分くらい経って、ようやく戻ってきます。
(気分が悪いようだったら、冷たい飲み物の方がいいかな?)
なんて思いつつ、アンジェリークの待つテーブルへと急ぎました。
その時。
ぴたりとヴィクトール様の足が止まりました。
突然立ち止まった父親に子供達が不思議そうな視線を投げます。
しかしそんな子供達の存在もすっかり忘れきったかのように、ヴィクトール様は大声をあげます。
「‥‥‥アンジェリークッ!」
見れば、椅子にちょこんと座ったアンジェリークの周りに何時の間にか、若い男達が立っているではないですか!
耳を澄ませば、聞こえる声、声、声。
「ね〜、いいじゃん。一緒に遊ぼうよ〜」
「君みたいに可愛い子を一人にする奴なんか放っておいてさ〜」
「あの‥‥えっと‥‥」
アンジェリークは真っ赤になり、おろおろしています。
‥‥‥ナンパです。
アンジェリークは、皆様が御存じのように子持ちの主婦です。
けれども、その外見は二十歳そこそこ。下手すれば十代に見えてしまう程、可憐で清楚でした。
そんな子が、ひとりで所在なげに座っているのです。世の若い狼さんが放っておくはずがありません。
(あいつら〜〜〜〜っっっ!!)
一気に頭に血が昇ったヴィクトール様は、子供達がいる事も忘れて、そのままつかつかとその集団へと近付きました。
「な〜、いいじゃんかよ〜」
「俺達、この遊園地だったら何乗ってもタダなんだぜ」
いくら断っても若者達は、アンジェリークから離れようとはしません。
(あ〜ん、助けて〜〜)
半分泣きそうな思いのアンジェリークの耳にその時、一番聞きたかった声が聞こえました。
「俺の連れに何の用だ?」
「ヴィクトール様っ!」
その顔にぱぁっと光が差します。
ヴィクトール様の迫力に(あの体格の上に、サングラスもかけてますものね)男達はその瞳に一瞬怯えた光を浮かべました。
「連れ‥‥?」
「そうだ」
その時。
迫力で押し通そうとしてたヴィクトール様の袖を引っ張るものがいます。
「ん?」
それは、状況を知らずにそのまま付いてきたジュニアでした。
「父さま、この人達、誰?」
その一言で、若者達の緊張が一気にほぐれます。
「な〜んだ、お兄さんとその子供の面倒を見てるのか〜」
「大変だね」
‥‥なにやら思いっきり勘違いしているようです。
「あの‥‥?」
「いいって、いいって。取りあえず御飯をお兄さん達に喰わせてやんなよ。それが終わってから遊ぼうぜ。
‥‥‥ここまで来て、お兄さんや甥っ子・姪っ子の面倒見る事ないって」
「そうそう。若者は、若者どうし‥‥‥二時過ぎに迎えに来るからさ」
そういうと、若者達はざわざわと離れてゆきました。
あまりの衝撃的発言で思考回路が止まっていたヴィクトール様が我に返った時、すでにその姿はどこにもありませんでした‥‥‥(笑)
「‥‥‥ちょっと待てぇぇっっっっっっっっっ!!!」
後に響くのは、虚しい叫び声だけでした・・・。
続く♪
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