半分虚脱したヴィクトール様を含め、皆がお昼御飯を食べ終わると、ジュニアが両親に声をかけました。
「ねぇ、ねぇ! そろそろヴィクタ−来るころじゃない?」
確かに時計の針は、12:30を指してます。席を確保するにはいい時間帯と言えましょう。
「ええ、そうね‥‥‥ヴィクトール様?」
まださっきのショックから立ち直れていない(笑)旦那様の脇をつっつくアンジェリーク。
「あ?‥‥あ、ああ、そうだな」
その刺激で我にかえったヴィクトール様は、まばたきをし、一瞬遅れて息子を見ました。
「‥‥父さま、大丈夫?」
息子に心配されるようじゃ、ヴィクトール様も年をとったもんです(笑)
「早くヴィクターに会いたいね」
赤金色の髪の天使が笑います。
「楽しみだよね〜」
子供達は顔を見合わせ、これからの事に対して期待に胸を膨らませています。
「じゃ、ヴィクトール様‥‥」
「ああ」
アンジェリークは手早く広げたお弁当を片付けると、四人は立ち上がりました。
会場はそんなに広くありません。
まぁ、”ハイ・パラダイス・ランド”自体、かなり小さい遊園地ですからしょうがない事ですが。
ただ、驚いたのは。
人・人・人。
よくもこんな狭い所にこんなに人がいるな、と感心する位の人出です。それでも、『うわっ、混んでるっっ!!』って感じがしないのは、その殆どがジュニア位の子供達とその親達だからでしょう。
まだ時間20分前だというのに、その人数はかなりの数になっており、席は殆ど埋まっています。
「‥‥たぁ‥‥見込みが甘かったか‥‥」
額に手を当てたヴィクトール様が呟きます。
その時。
「父さま、父さま! ここ空いてるよ!」
元気の良い声が聞こえました。
前の方でジュニアが手を振っています。そこを目指して三人は人込みにはいりました。
が。
「二つしか空いてないね」
蒼空色の瞳が大人達を見上げます。
「じゃあ、ジュニアとアン・ディアナちゃんで見なさい。母さま達は向うで立って見てるから」
そうアンジェリークが提案しました。
子供二人にするのは、ちょっと心配だったのですが、子供達が一番楽しみにしてたのです。そうするのが自然だと思いました。
ところが、思いも寄らぬ意見が、思いも寄らぬ場所から出ました。
それは。
「ううん。母さまとアン・ディアナちゃんでここに座りなよ。僕、父さまと後ろで見るから」
「え?」
そう言ったのは、一番楽しみにしていたはずのジュニアでした。
「だって、ジュニア。凄く楽しみにしてたじゃない。いいの? ここだったらヴィクター、近くで見られるわよ?」
アンジェリークが重ねて訊ねます。
でも、息子の気持ちは変わりません。
「いいの! だって僕、男だもんっ!」
「でも‥‥」
どうしましょう?という目を傍らに立つヴィクトールさまに向けます。でも、ヴィクトールさまはジュニアに”いいからここでみてろ”なんて言わず、それどころかそのまま『ひょいっ』とジュニアを抱き上げてしまいました。
「そうだな。お前は男だものな。か弱い人達には優しくするんだよな」
そう言って肩の上に乗せてしまいました。
「と、言う訳でアンジェリーク。二人でここで見てろ。俺達は後ろにいるから」
「でも‥‥」
母親にしてみれば、子供を差し置いて自分がこういうものの一番前に座ると言うのもかなり気がひけます。
納得しかねてる妻にヴィクトールさまは、ちょっと苦笑すると、その耳にそっと囁きました。
「‥‥男のプライドだ‥‥」
きょとんとしているアンジェリークに、もう一度微笑みかけると、ヴィクトールさまはジュニアを連れて人込みの中、後ろへ後ろへと行ってしまいました。
「おとこのぷらいど‥‥?」
今の言葉に首をかしげてるアンジェリーク。が一瞬遅れて”ああ‥‥”とひとり頷き、くすくす笑い始めました。
「アンジェリークさん‥‥どうしたの?」
突然笑い出したアンジェリークをアン・ディアナが不思議そうに見上げます。
「ふふふ‥‥なんでもないの。‥‥ねぇ、アン・ディアナちゃん、男の子って可愛いわね?」
「え?」
「いいの、大きくなったらきっとわかるからね」
くす、くすくす。
心の底の方から込み上げてくる暖かい笑いをアンジェリークは堪能してました。
さて。
ヴィクトールさまとジュニアの二人は、人込みの後ろの方に立っていました。ジュニアは、父さまに肩車されてます。
ヴィクトールさま、背高いですからね。そうすれば良く見えるのです。
「ねぇ、父さま。周りのお店、みんなしまっていくよ?」
手持ちぶたさにジュニアが周りを見ては、気付いた事を次々ヴィクトールさまに報告していきます。
「きっと、戦うのに邪魔になるからじゃないのか?」
「そっかぁ!」
‥‥などと(割と)珍しい親子の会話をしている内に時計の針は一時を指しました。
”チャチャッ、チャラリラチャチャッ♪”
突然、音楽が鳴り響きました。
「あ、ヴィクタ−の始まりの曲だっ!!」
ジュニアが歓声をあげます。そして周りの子供達も。
ワーワーキャーキャー歓声があがる中を、一人の女の人が舞台に駆け上がってきます。その人は、まん中まで走って来ると、マイクを構えました。
「みんなーーーっっ! こーーーんーーーにーーちーーわぁーーーっ!!」(ヒーロー口調で読んで下さいね)
「こーんーにーちーわーっ!!」
絶叫に対抗する子供達の挨拶。
さぁ、『ヴィクター・レオショー』の始まりでした。
「みんな、元気だね!! うれしいなぁ! 今日は良い子のみんなにヴィクター・レオが会いに来てくれるんだって! よかったねぇ!!」
(‥‥‥最後に『!』マークつけなきゃしゃべれんのか?)
半分憮然と、半分何処か諦めたような表情でヴィクトール様は舞台を眺めました。
中央にはさっきの女性がなにやら身ぶり手ぶりで話しています。なにやらその元気さは、聖地の某無駄に明るい守護聖様を彷佛させます。
(‥‥ま、これも家族サービスか)
お父さんは、肩の上から乗り出し、ずり落ちそうになる息子のお尻を慌てて支えました。
そんな父の苦労も知らず、ジュニアは大熱狂です。
「わーっ!! ヴィクターッッ!!」
周りの子供たちも似たようなものです‥あ‥‥‥お母さん方も叫んでますね‥‥‥(汗)
やはりこの番組は大変な人気のようです。
ヴィクトール様は、ふと、これから自分が軍でどんな扱いを受けるのか心配になってきました。もちろん派遣軍には子供のいる軍人さんだっていますから。
総帥が総帥なだけに軍でヒーローショーをやってしまうかもしれません。もちろん自分を担ぎ出して。
総帥の氷色の瞳を思い出しつつ、ヴィクトール様は深い溜息をつきました。
その時。
「ははははっっ! 浮かれるのもそれまでだ!!」
今まで流れてた軽い勇ましい感じの曲が 突然、大音響に遮られました。それと共に降ってくる邪悪そうな声。
その声に驚いたようにお姉さんが叫びます。
「誰っ、誰なのっ?!」
「俺さまだ。機械人形(マシン・ドール)ゼーウィンだっ!!」
その声は、舞台の上の方から聞こえました。見ると屋根の上になにやら人影があります。
黒尽くめの服に背中にはもちろんマント。つんつんしている銀髪の頭からはなにやら怪しい角が生え、そしてその顔は紅いガラスを眼の所にはめ込んだ白い仮面で覆われてます。そしてその仮面の頬や腕からは、回路みたいなのがむき出しに見えました。
ヴィクトール様は思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えました。どう見てもあの方です。背に少し不自由しているのもオリジナルに似ています(笑)
「この空間はすでに俺さまのマシンで通常空間から切り離した。何をしようと無駄だ。このまま人間どものエネルギーを頂いて、我が皇帝に捧げようぞっ!」
「なんですってぇっっっ!!」
女性が大仰に悲鳴をあげます。
「そんな事はさせないわっ! さぁ、みんな、ヴィクター・レオを呼びましょうっっ!!」
「無駄だと言ったはずだっ!」
その時、ゼーウィンが何かの機械を手にし、そのスイッチを押しました。
ドッカンッッッ!!
突然爆音と共に舞台前に二条の白い爆煙があがりました。
「ちょっとでも、動いてみろ。この空間を爆破するぞっ!!」
女性の動きがぴたりと止まります。
(結構ちゃんと考えて作られてるじゃないか)
ヴィクトール様は、爆音に驚きつつも、感心してみてました。
爆薬の量や爆破テクニックなど、どうしてどうしてなかなかのものです。
「‥‥わかったようだな‥‥」
ゼーウィンはにやりと笑うと、そこからふわっと舞台の上に飛び下りました。
「さて‥じゃ、どいつからエネルギーを吸い取ってやろうか‥‥」
腕組みをしながら、観客席を品定めしつつ見渡します。
「手下どもっっ! まずは生きの良さそうな子供から攫ってこい」
「はっ!」
何時の間にか、その周りには黒尽くめの男達が現れてて、少年の命令を聞きます。
子供達はそれを聞くと、キャ−キャ−悲鳴をあげます。
「うるさいっ、黙れっ!! ‥‥お前達の命は全て俺さまが握っているのだ。行けっっ、お前らっ!!」
その声を合図に次々と手下共が、観客席へと飛び下ります。
「なにすんだよぉっっ!! え〜い、ヴィクターはきっと来てくれるんだからなぁっっ!!」
「おいおい‥‥」
ばたばたと肩の上で暴れる息子を苦労して押さえます。でないと、今にも飛び出していきそうなのです。
「放してよ、父さまっ!!」
「まぁ、待て。お前がいったらヒーローの出番がなくなるだろ?」
‥‥ヴィクトール様も大分ジュニアの扱い方がわかってきたようですね。
その言葉に、ジュニアはぴたりと止まります。
「‥‥ヴィクター、来られるかなぁ?」
上から父親の顔を覗き込む顔は真剣に心配そうです。
「大丈夫じゃないか? ヒーローはいつも最後にやってくるものだし」
「そう‥‥そうだよねっ! ヴィクターはきっと来てくれるよねっ!」
その時。
大きなどよめきが会場を覆いました。
「ん?」
父子ふたりが、その様子に舞台に眼を向けると、そこには。
「アンジェリークっ?!」
「アン・ディアナちゃんっ?!」
見覚えのある二人が、黒尽くめの男達に抱きすくめられ、舞台上に立っていました。
そしてそれに近付く悪の幹部。
が。
どこかとまどいを隠せないようです。
それもその筈。
こういうイベントショーでは、通常こどもだけが人質になる筈。確かにひとりはこの中でも一位二位を争うくらい可愛い少女。でも、もう一人は、どう見ても妙齢の女性です。
でも、そこはプロ。
「ふははははっっ!! この者達のエネルギーなら、皇帝もさぞかしお喜びになるだろうっ!」
大袈裟に腕を振り上げて、喜びを表します。
それがこの先、どんな不幸を呼び込むのかも知らずに‥‥‥(笑)
続く♪
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