そして君に逢いに行く2


             

そのまま様子を見つつ、家まで行く。幸い、ユリアはそれほど苦しそうな様子も見せず、先ほどの奴らに見つかることもなく無事家まで辿り着いた。

「ただいまぁ、お〜い、お袋!」
 呼んでみても、気配なし。
「・・・またかよ」
「え?」
 心底うんざりしたかのような台詞に驚いたように顔をあげる。
「しょっちゅうなんだよ、うちにいないの。す〜ぐ、どっかに呼ばれちまうの」
「麗ちゃん、人気者だから」
「迷惑被るのは、俺達家族。この三日間『ごめん、忙しかったの』で、夕食、全部納豆」
 そのままとうとうと母親の悪口を並べ立てる。
「大体、家の事も満足にしねーくせして、他人様の世話しようと言うのが間違いなんだよな。もういい加減若くもないんだし、ちっとは家でじっとしてろってーの・・・どうした? イテテッッ!」
 ユリアがなにか言いたそうな顔をして俺を見上げる。それに応えようと思った瞬間、右耳に激痛が走った。
「だ〜れが若くないですってぇ〜」
「お、お袋・・・」
 いつの間にか帰ってたらしい母親が、背後から音もなく忍び寄り、自分の悪口を得意そうに言っている息子の耳を捻りあげたのだ。
「まったく、たまに遊びに行ったと思ったらさっさと帰ってきて・・・いい若いもんが、家に入り浸るんじゃない! ----まあ、珍しく女の子を連れてきたのは、誉めてあげるけど」
「そう、思うんなら手を離せよ、痛い!」
「当たり前、抓ってるんだから。ねぇ・・・あら?」
 普段、硬派を気取っている息子が初めて連れてきた少女の顔を良く見ようとした時、なんだか懐かしい気がしたのは何故だったか?
 そしてその懐かしさは、少女の顔の上にも表れていた。
「・・・麗ちゃんっ!」
「え?」
 自分の名前を呼び、抱き着いてきた少女を持て余す。自分より背の高いすらりと伸びた肢体、艶やかな長い髪。こんな大人びた印象に該当する知り合いはいないけど、でもこの顔には何故か懐かしさを覚える。
 そしてそれは。
「もしかして・・・ユ・ユリアなの?」
 胸に埋められた顔を無理矢理挙げる。そのくしゃくしゃになった顔は、確かに昔自分の娘同然に可愛がった少女であった。

「ユリアだ・・・きゃあ! ユリア!!」
「麗ちゃん」
 手を繋ぎ、ぴょんぴょん跳ね出した二人を俺は呆れてみていた。
 このお袋の反応。
小さい頃『ほんとはユリアが母さんの子供かもしれない』と悩んだことを思い出した。
 「どーしたのぉ? いつから日本に? マリアは? 一緒じゃないの?」
「来たのは二日前。目的は、観光。ママは、まだ向こうなの」
「え? じゃ、帰ってきた訳じゃないんだ。・・・一言連絡してくれれば、迎え行ったのに。泊まってるのはどこ?」
 ユリアは東京の結構大きなホテルの名前を挙げた。
「もう、水臭いわね。そんな高いとこ泊まらないでも、家に真直ぐ来れば良かったのに。部屋は、余ってるし・・・そうだ! 今日は泊まっていきなさい」
 ポンと手を打つ。
「え、でも」
「大丈夫よ。荷物置いてきてるんでしょう? え、前金も払ってある・・・? だったら平気よ。決まり! 今日は家に泊まる。なんなら、昔みたいに流矢の隣にお布団敷くけど?」
「お袋っ!」「麗ちゃんっ!」
 あ、重なった。
「何照れてんのよ? 冗談よ、冗談。可愛いユリアを流矢になんか任せておけますか。今日は私と寝るの」
「? おじさまは?」
「ああ、今ね、海外に行ってるのよ。まあ、海外青年協力隊みたいなもの。あの人、あれでも医者だから」
 さて、御飯でもつくりますか、とお袋はエプロンをしめた。
「・・・今日の夕飯は?」
「・・・納豆汁にしようかな?」

 

それでもその日の夕食は、いつもに比べると随分豪華なものになった。比べると言ってもくらべる対象があまりに貧しすぎるかも知れないが。
 食後、デザートを食べると言う二人をおいて、俺は部屋に戻った。なにをする訳でもなく、ふと思い立ってベランダに立つ。今、その家は潰されて駐車場になってるが、この向こうにユリアの部屋があった。

 

不思議だな。
7年も離れて暮らしてたのに、偶然今日逢っただけなのに、気持ちは7年前とまったく同じになってる。家族以外で多分最も俺を知ってる奴。
 なんであいつは今ここにいるんだろう?
コンコン。
「流矢?」
 ドアがノックされ、返事を待つまでもなく開かれる。
「なんだよ」
「お茶のまない?」  その返事も聞かないでユリアは俺の隣にたった。
「はい、コーヒー・・・ここも変わっちゃったね」
 その瞳は、以前の自分の家の場所を見つめていた。
「三年前まではあったんだけど、持ち主がうっぱらったんだ」
「ふ〜ん」
 渡されたコーヒーを飲む。
「昼間の女の子、彼女?」

 

ゲホッ!
コーヒーが苦いっ!! 気管で飲むには滅茶苦茶苦い!

「あ〜あ、汚い。吹かないでよね」
「ゲホッッ! ゴホッッ・・・クフ・・見てたのか?」
「そのほっぺたの赤い理由まで」
「-----悪趣味」
「偶然よ、偶然」
 『で、どうして?』と重ねて聞いてくる。どうしてこう女ってこういうことを聞きたがるんだろうな。
 相手の性格は多分殆ど変わってない。うやむやにはきっとさせてくれない。
「・・・価値観の違いさ」
「価値観? 離婚理由みたいね」
「俺、やりたいものがないんだ。でも、周りの人間は無理矢理にでも決めろって言う。『とりあえず大学はいってそれから決めれば?』とかね。でもそんなん、嫌なんだ。放っといて欲しい訳。で」
「そのまま言ったら、バチン?」
「・・・大当たり」
 目的みつける為に大学行くのはおかしいことじゃない。それは、わかってるけど俺には向かない。そう、俺は。
「進路じゃなくて『夢』が欲しいんだ」
「夢?」
「自分の人生、投げ出してもいい位の夢。それに向かって歩む以外考えられない夢」
「・・・麗ちゃんはどう言ってるの?」
「お袋は、『自分は好き放題やってきたからあんたの人生に口出ししない』って。『18で流矢を産んだことも全て自分で選択してきた。それについて後悔はしてない。あんたが自分で後悔しなければ好きにしなさい』って。親父も似たようなことを」
「二人らしいね」
「俺の言ってることって・・・」
「贅沢の一言に尽きるわね。流矢らしいって言えば、らしすぎるけど」
 ユリアは残っていたコーヒーを飲み干した。
「曖昧さが許せないのよね。安全パイを持たない。背水の陣でしか物事にあたれない。
----全然変わってない。
 好きにすればいいのよ、流矢は。きっとそれに関して、後悔なんかしないよ」
「ユリア・・・」
 にっこり笑って俺を見上げる。
「私もそうするから」
「え?」
「私も新しい夢を見つけてみる。どっちが先に見つけられるか競争しよ」
「新しいって・・・今、夢はないのかよ」
「今の夢? あるよ」
「なに?」
「『大人』になること」
「なんだ、それ?」
「他人の夢は、人にはわからないわよ。・・・おやすみなさい」
 意味不明な言葉。穏やかな表情。
 ユリアは、俺の手からカップを取るとドアの向こうに消えた。


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