アカイヒカリ 1







「結構大きな街だな」
 赤い髪を風に靡かせながら呟く。
 茶色の手袋とブーツはどう見ても革製で、左腰にぶらさげた剣らしい金色のそれを止めてあるのも茶色の革だ。
 黒い細身のズボンとシャツ。その上から着ているフードのついたマントも黒だ。
「光炎剣、ここなら大丈夫だろう?」
『あぁ、多分な』
 まさか剣と喋っているとは思うまい。
「そこのあんた、待ってくれないか?」
 ミューズ市の庁舎前を鍛冶屋の方へ歩いていたは、その建物から出て来た人物に呼び止められた。
 振り返れば、そこにはウェーブのかかったボリュームのある髪にバンダナを巻いた、活発そうな女性がいた。その顔に、見覚えがあった。
 ――ミューズ市の長だ。
「その装備を見て戦闘に関わっていると思ったんだが、間違いないか?」
「あぁ」
 別に急ぐわけでもないから、彼女の問いに頷き肯定する。
「少し頼みたいことがあるんだ、引き受けてくれないか?」
「市長自らが街中に出て……余程自分の築き上げたものを信じているのか?」
「過信しているつもりはない。ただ、市長は口だけではつとまらない。それだけさ」
 彼女はあからさまな皮肉にそう返してくる。
「気に入った。用件次第じゃ力になる」
「やはり、私を試していたな?」
「ばれてたか」
「傭兵の友人がいてね。よくそうやって相手の出方を見ていたから」
 とりあえず中に入ろう。
 彼女はそう言い、庁舎の中へと促した。
 彼女の自室らしき場所へ招き入れられ入口で立ち尽くす。
「すまないね、こんな殺風景な部屋で」
「いや・・・」
 言葉を濁しながらもあまりの部屋に苦笑する。部屋で自分の時間を持てないほど忙しいのだろう。
 着ていたマントを肩の留め金を外して脱ぐと、一本のワインと二つのグラスがテーブルに置かれた。
「急に引き止めた詫びだ。受け取らないっていうのはナシだよ?」
「あぁ、遠慮なくいただくよ」
 すすめられるままに椅子に腰掛け、背にマントをかけた。そして、促されるままワインの入ったグラスを傾ける。
「いい香りだ。・・・・・・なんだか懐かしいな」
 この香りは、昔、トランで嗅いだことがある。
「これはトランのある地方でだけ採れる葡萄から作られたものなんだ」
 よく土産でこれを貰ってねぇ。
 彼女は小さく笑ってグラスに口をつける。
「去年まで僕もトランにいたよ。仕事がなくなったんで、こっちまで足をのばしてみたんだ」
「で、私に捕まった・・・と」
「そういうことだ」
 二人視線を合わせて笑う。
「・・・ああ、そういえば名前を言ってなかったな」
 彼女も聞かなかったからなぁ・・・などと胸中で思いながらそう言えば、彼女は少し驚いたような顔をして。
「自分の知名度、気にしたことはないのかい?」
「何故?」
 知名度があがれば仕事が増える。そんなことは当たり前だ。
「あんた、ほんっとーに傭兵?」
「傭兵というより『何でも屋』だな」
 小さな争いに参加することもあれば、旅先までの用心棒もした。ちょっとした使いもしたことがある。
「大金を手にしたいわけじゃない。二、三日の生活が出来る程度でかまわないからね」
 この男を『使い』で雇ったヤツもいるのか。
 口の中で彼女は呟き、目の前に座る赤髪を見る。
「単刀直入に確認させてもらうけど」
「どうぞ?」
「『緋閃の』だね?」
 彼女が言ったあと、少しの沈黙。それから少しして、彼の「忘れてたな」の言葉に、彼女は大きく笑う。
「あはは・・・あんた、面白いね」
「別に笑わせたいわけじゃないんだが」
「くっくっくっ・・・とにかく、よろしく頼むよ、
「わかった・・・と言いたいが、もうそろそろ笑うのをやめてくれないか?」
 ワインもなくなってきたことだし、仕事の話をしよう。
「仕事の話だね、忘れてたよ」
「おいおい・・・」
 冗談はさておき、と。
 口調は穏やかなまま、彼女は口を開いた。
「実はね、書類を渡してきてほしいんだ」
「書類?」
「あぁ、会議がジョウストンの丘で行われることが決まった。ようやく日時が決定したのはいいが、どうも北の方がきなくさい」
 北、というとハイランドか。
 は胸中で確認をとる。
「で?」
「会議出席予定は、サウスウィンドゥ、トゥーリバー、グリンヒル、ティント、マチルダ、そしてミューズ・・・」
「で、そのどこへ届ければいんだ?」
「全部だ」
「全部?!」
 素っ頓狂な声をあげた彼に、彼女はカラになったグラスに赤いワインを注ぎ入れながら苦く笑う。
「仕方ないんだ。・・・今までは書類送付も簡単だったんだけど、最近はうちの職員が狙われるようになってきてね・・・」
 それで戦闘に心得のある人物を探していたわけか。
 納得した面持ちを見て、彼女はようやくひと心地ついたようだ。
「ところで市長さん」
「アナベルでいいよ」
 それじゃ、遠慮なく。それにしても、なんとなく、誰かに似ている気がするな・・・。
 はざっくばらんな彼女の性格を好ましく思う。
 アナベルは椅子をひいて腰をあげ、壁際にある幾つかの引き出しをあけ、その中から茶封筒を取り出した。
「この中に書簡が入っている。宛名はない。全部同じものだからね」
「これを渡してくる期限は?」
「期限は一週間」
「一週間で全部を回れってのは強引じゃないか?」
「そうだな。だから今回はこちらで馬を用意する。それで問題は?」
「まあ・・・馬があればなんとかなるだろうが、あまり期待はしないでくれ」
「聞いた噂では、緋閃のという人物は、冷静沈着で受けた依頼は必ずやりとげると聞いたが?」
「またいいことずくめの噂だな」
 は苦く笑って椅子から腰をあげた。
「話が終わったなら僕は行くよ」
「話は終わったが、宿は決まっているのかい?」
「いや、これから探すんだよ」
「なら、宿屋に私から連絡しておく。明日一日で出立の用意、明後日出立。それで大丈夫か?」
「あぁ、一日あれば十分だ」
「わかった。少し待っていてくれ」
 アナベルはそう言うと、席を立ち、部屋を出て行った。