<美声な彼のセリフ>





2.バーカ、なに照れてんだよ





 
「知った人間ばかりがいるところより、知らない人間ばかりの方が何かといいだろ?」

 何かと、とは何だろう。

 思いつかずに小首を傾げて彼を振り返ると、彼は薄い唇に笑みを浮かべたまま、真っ赤な私の頬にその唇を押し当てた。

 恥ずかしくてさらに赤くなる私に、ローさんはうれしくて仕方ないと目元を緩ませる。

 職場では絶対に見せない表情に、私はいつもあたふたしてしまう。

 職場の休みが一緒になった日、ローさんの運転で少し遠出をした。

 誰も知っている人がいない、それは自分を律する必要がないわけで。

 ローさんもいつもより表情が穏やかだし、私も彼を「先生」と呼ぶ必要がない分だけ緊張するけど嬉しい。

 手を繋ぐだけで恥ずかしくて、いまだに落ち着かなくてドキドキするけれど、そのドキドキも嫌いじゃない。

「ほら、迷子になるぞ」

 人ごみの中、差し出された手に自分の手を置けば、指と指を絡ませるようにして握られる。

 恋人繋ぎなんてローさんの外見や性格からは想像できなかったけれど、私限定だと、明後日の方が向きながら困ったように言ってくれた。

 うれしくて笑ったら、彼は大きな花壇の隅に引っ張って行って、花の間に隠れるようにして抱き寄せられた。

 人の視線から逃れて、耳元に落とされた唇と低い声。

「バーカ、なに照れてんだよ」

 真っ赤になった私に囁かれた言葉は甘く響いて。

「あんまり林檎みてぇに真っ赤になってると、の気持ちなんてすっ飛ばして喰っちまうぞ?」

 慣れない私のために我慢させているのはわかっているけれど、もう少し待って――……。

が俺の声に慣れちまったら、俺の楽しみがなくなっちまうから……」

 ――しばらくそのまま、慣れないままでいろよ?





           <耳元で言ってやろうか?>



     確かに恋だった様 (お題配布サイト)