「えーっと……なんで船長室に?」
「まさか、君を俺たちと一緒の部屋ってわけにはいかないだろう?」
「いや、まぁそうなんでしょうけど」
「それに、キャプテンからの指示だから、俺に覆すことはできないよ」
はー……。
深い深いため息。一番下っ端なのに船長と二人部屋になるのは、どう考えてもおかしい。せめて倉庫にでもいれてくれれば、と思う。
「次の島も少し小さめだから、とりあえず足りない食材と君の服、生活必需品を購入することになる」
船長室にはソファベッドが置かれ、それがしばらくの寝床だ。
「あらかたのことは聞いてる。昼間は潜水しない限り、艦内に人がいることは少ないから、うたた寝ぐらいはできるんじゃないかな」
ペンギンに言われて「わかりました」とが諦めの口調をこぼしたところで、甲板から大きな声があがった。
「敵襲……!!」
その声に反応した彼は扉に向かいながら、釘をさす。
「君はここで待機。決してこの部屋から出ないこと。出ればキャプテンから怖いお仕置きが待ってるから」
言って船長室を飛び出したペンギンを見送って、彼女はソファベッドに腰かけ、意識を甲板に集中する。
ハートの海賊団は船長含め21名――自分は戦闘員でないため、この場合は数えていない――に対する、敵は50人以上。
船長の気配は艦内に入る入口の扉前。そこに立つローは、チッと舌打ちをした。
が見聞色の覇気を使ったのがわかったのだろうか。
不機嫌になった気配をベポ、ペンギン、シャチは感じ取り、少なくなってきた敵の間を縫って敵船へと入っていく。船長の機嫌が底辺までいけば、間違いなくこの船は粉々になってしまう。その前に何としても、お宝や食材などをゲットしておきたい。
バタバタと2人と1頭が敵船から帰ってきたと同時に、ローの低い声が響いた。いつも無表情か不機嫌ではあるが、ここまで地を這う声音は久しぶりだと、クルー全員が思ったはずだ。
「"ROOM"」
大きな敵船がまるごとサークルに覆われ、長い刀身が振られた。
大きな音をたてて船が海へ沈んでいくのを、肩を上下させて2人と1頭は眺め遣る。
「なんとか間に合ったか……」
「ねぇ、何でこうなるって気づいたの? さっき、特に不機嫌になるようなことなかったよね?」
ペンギンに質問しながらベポは船長に視線をうつすと、彼は既に艦内へ入っていくところだった。
「あぁ……たぶんだな」
「さっそく何かやらかしたのか? つっても、まだ戦闘員じゃないだろ?」
「戦闘員じゃないから、あの人が不機嫌になったんだ」
わけわからん。
シャチとベポは頭を抱える。
「まぁ、そのうちわかる」
俺たちにわかる程度には、感情の自制が効いていないみたいだし。落ち着くまで、時間がかかりそうだ。
ローは艦内に入りながら、ハァとため息をつく。自室へノックなしで入ると、ソファベッドに腰掛けているの目の前に立った。がし、と小さな頭を片手で掴み、自分を見上げる顔を動けなくする。
「力を使ったな?」
うっわー、バレてる。でも。
「部屋からは出てないよ?」
「阿呆。相手が馬鹿だから大丈夫だったが、力を使えば、わかるヤツにはわかるんだ。バレたくなければ、必要以上に力を使うな」
「えーーっ」
不満だと主張すると、ギロリと睨まれた。
ひーっ、怖っ! オレを仲間にするときには、そんな表情しなかったじゃないか。ん? ってことは、一応、この人も遠慮があったのかな。――うん、逆らうのはやめとう。
「身の危険を感じるまでは使わない、それでいい?」
「あァ」
話は終わったと、ローは彼女の頭を掴んだ手をはなし、自分の席に座って刀を近くへとたてかける。
机の上にあった伏せてあった本をめくる音が、すぐに聞こえてきた。
はローを見やってから、近くにあったカーテンのひかれた窓から外をのぞく。太陽の位置を確認すると、そっと立ち上がった。
「どこに行く」
「キッチン。使い慣れるまでは、ちょっと時間かかるから」
「そうか。一人で無理そうなら、他のクルーに手伝ってもらえ」
どうしても時間に間に合わなければ手伝ってもらうが、慣れるには時間がかかっても自分ですべてやらなければ意味がない。
そんなことを胸中で思うが、言葉にすることはしない。ローは聡いから気付いているかもしれないが。
「リョーカイ」
無事に夕食も終わり、敵も海軍も近くにいないため、今日は潜水せずに夜を過ごすことになった。
春の気候だが、次が冬島なのか、少しずつ寒くなっている気がする。
は見張り番にいるクルーのために、体を温め、尚且つ小腹の満たすことにできるスープを作っていた。
匂いにつられたクルーたちが、1人2人とキッチンに増えていく。
「あー! また負けたぁぁぁっ」
トランプがテーブルの上に散らばる音と、シャチの叫びが聞こえる。ペンギン相手に賭け事でもしていたのだろう。
「ねぇねぇ、」
「なに?」
「それ、美味そうだよね」
「食べたら駄目だよ?」
「えーっ、ダメ?」
「みんなにあたるようには作ったつもりだけど、見張り番のクルーにいきわたってから」
「アイアイ、わかったー」
テーブルの上のトランプを片付けながら、ペンギンとシャチにそんな会話が耳に入ってくる。
コツコツと靴音を響かせてきたのは、われらが船長。
眠そうな目のまま椅子に座り、を見やる。
「美味そうな匂いだな」
「だよねー。でも駄目だって」
「小腹が減ったんだ」
「何を言ってもダメですからね」
は言いながら火を止め鍋の蓋を閉めると、スープカップを持ってやってくる。ローの目の前に置かれたスープカップの中にあるのは。
「ただの水じゃねぇか」
低い声に「駄目って言ったでしょうが」とこちらもいつもより低い声。
「「「え?」」」
シャチとペンギンとベポの声が、綺麗に重なった。これは船長の声に、ではなく、の声の低さに驚きの声をあげたのだろう。
フ、とローが短く笑った。それに気づいたのは、以外のクルーだ。
「船長に逆らう気か」
すぐに笑いを消し、さらに低い声を出すロー。普段、必要以上にこういう言い方をしないローに、これは何かあるとクルーは思う。
「ほんっとーに、オレを気ィ短くさせるの、得意ッスね?」
先ほどまでの丁寧な口調はどこにいったのか、は小さく鼻で笑った。
船長を鼻で笑った!! えええええっ!!!
その場にいた船員は、みんな同じ気持ちのはずだ。
「お前が言うことを聞かないからだろう」
「オレはあんたの道具じゃない。ちゃんとした食事は出してる、あれは食べるべき船員が然るべき時に食べるものだ。それを、たとえ船長といえど食わせるわけにはいかねぇって言ってンだよ。健康のことは医者であるアンタが得意分野じゃねぇか。寝起きなんだろ、だったら体に水分が足らねぇはずだ。さっさと飲め、そしたらコーヒーでも入れてやるから」
船長を窘めるように言うと、ククク、と楽しそうなローの声。スープカップの中の水を飲み干した彼は、へとそれを手渡した。
「これでおまえもやりやすくなっただろ」
何がだ?
はローの言葉に首を傾げて――その視界の隅に白いツナギがたくさん映りこむ。
「あちゃー……」
スープカップを持っていない方の手で顔を覆う。
怒りに任せて、素を出しちまった。
「もうちょっと違うやり方、なかったんですか」
はぁ、と両肩を落として溜息をつくと、いまだ楽しそうにローは笑っている。
「ここのクルーに隠してもはじまらねぇだろう。そのうちバレるなら、早めにバラしておくほうが楽でいい」
「はいはい。で、船長はコーヒー?」
「濃いめでな」
注文を聞いたはそこにいたクルーを見渡して。
「オレ、怒ったら素が出るんでヨロシクオネガイシマス」
言って頭をさげ、キッチンへと向かう。もちろん、ローご所望の濃いめのコーヒーを入れるためだ。
「ほかにコーヒーいる人、つくるよー」
その声に手をあげるクルーが多数。
「濃いめがいい人は?」
数人が手をあげる。
「リョーカイ。先に濃いめのつくるから、ちょっと待ってて」
は細口のドリップポットを用意して、それから大きなヤカンを火にかける。濃いめのコーヒーを入れる人数分のカップをだし、お湯がわくとまず、そちらへ入れた。沸騰したお湯の表面にある泡が静まると、ドリップポットへ移して準備完了。お湯を沸かしながらペーパフィルターも用意していて、その上にコーヒー粉も入っている。
少量のお湯を、そっと乗せるように注いで蒸らす。お湯が注がれると、コーヒーの匂いが、艦内に広がった。
「ベポ」
ローは白熊だけを呼び寄せると、彼にしか聞こえない声で言った。
「のことはわかっているんだろう」
それに、頷きが返る。
「あいつは理由があってあの恰好をしている。しばらく内緒にしておいてやれ。――知っているのは俺とペンギンと、おまえだけだ」
「それでいいの? キャプテン」
「あぁ、構わねぇ。他のクルーには自分で言わせる。――おまえは匂いで気付くだろうと思っていたからな」
「アイアイ、キャプテン」
動物のため、嗅覚が鋭い。性別で匂いも違うため、のことには気づいていた。
ま、どちらにしてもあいつ専用の武器を調達してからだな。
ローは胸中で呟き、コーヒーの香りに目を細めた。
船長を起こさないように、はそろそろと起きる。彼女のいた島は春の気候だったため、暑さ寒さに耐性がない。
「寒っ!」
ふるり、とは体を小さく震わせ、朝ごはんの仕込みをはじめる。今日の昼頃には次の島につくだろうと航海士であるベポが言っていたので、できるだけその場で食べきれる分だけを作る。昼と夜とを島内で済ますのなら、無駄になってしまう可能性があるからだ。
寒いから、焼きおにぎりをつくってそれをお茶漬けにでもするかな。お茶漬けなら冷えたおにぎりでも温かく食べられる。万が一残っても、居残り組が必ずいるからどうにかなるだろう。
炊きあがったご飯をせっせと握り、握る傍らで焼いていく。
朝は手の込んだ料理はまだ無理で、船に乗った日から眠りはずっと浅いままだ。
船が島につけば、皆、出ていくだろうから、その間に眠れるか……。
そんなことを考えながらすべてのご飯を握りおえ、次はだし巻き卵でも作るかと卵を取り出す。
「」
船長がのっそりと起きてきた。いつもは起こしに行っても寝ているのに、なんと珍しいことか。
「次の島でおまえの服を揃えるぞ」
「この間、ペンギンさんに聞きました。次の島はそれほど大きくないからって」
「おまえがどの程度まで耐えられるか知らんが、金のことは気にせず買っていい」
「え?」
「俺やペンギン、シャチやベポは北の海出身だから寒さには強い。だから俺たちでは気付かないことも多いはずだ」
自分で管理しろということだろうと判断し、はうなずいた。
島に着く前から、クルーは皆、ソワソワしている。そんな中、が船長室に呼ばれた。
「です」
コンコン、と船長室をノックすると「入れ」との声。
「この部屋から、ログのたまる時間がわかるか?」
「わかりますよ。見ましょうか?」
「いや、それはしなくていい。わかるかどうかの確認だけだ。万が一、おまえに何かあったとき、対応できないと困るからな」
「二つ先の島の航路まで見えるから、そこの時間も読めますよ?」
「そうか」
の言葉に、机の上にあった紙に要点を書き始める。
「航路とログの時間と、あと何がわかる?」
「見聞色の覇気と一緒なら、島全体の様子もわかります。海軍がどこにいるかとか細かなこともわかりますけど、かなり左目を酷使して、使ったあとはかなり痛いので、やりたくないです」
「わかった」
ローは書いていた紙を引き出しにしまうと立ち上がる。
「ペンギンたちがログについては探ってくるだろう。いつものことだからな。つなぎは脱いでおけよ? 一般人に見えるようにしとけ」
「リョーカイです。って、オレがいるのに、なんでシャツ脱ぐんですか?!」
「見たけりゃ見ていいぜ?」
「遠慮します!」
バタバタバタバタ、ガタン!
こうゆうのは男の反応はできないわけか。
いいことを知ったと、ローは楽しそうに笑った。
「1人で大丈夫ですよ?」
は1人で買い物に出れるものだと思っていたが、違うかったらしい。隣には、長身の男。
「金を出すのは誰だと思っている」
「え? 出してくれるんですか?」
そんなことだろうと大きくため息を吐いたローは、おまえの持っている金で足りるわけないだろう、と呆れ顔。
「じゃ、じゃあ……借りるってことでお願いします」
どうやら買ってもらうことに抵抗があるのだろう、ローは「仕方ねぇな」と肩をすくめてを促す。
は促されるまま、連れ立って歩く。
チラリと見やった隣の男は、いつもの白い帽子はなく、代わりに黒いコートについているフードを被っている。もちろん、コートにハートの海賊団のマークはない。そして手には刀がなく、所為なげにコートのポケットに突っ込まれている。
今回の目的は、の生活用品の確保だ。そのため、一般人に見えるように、いつもの服を船長含めすべてのクルーに禁じたのだ。
不意に立ち止まったローに合わせるように足を止めただったが、その店を見て凍りつく。
「こ、ここデスカ……? さすがにちょっと……」
ブティック、と呼ばれるものだろうが、どう考えても自分には似合わないと思う。
ここだけは遠慮したいなぁ。
の胸中を理解しているはずのローは、ギロリと見下ろす。
「無理矢理入れてやろうか?」
言葉に本気が滲んでいる。確かに彼はやりかねない。
「わ、わかりました」
がため息まじりにいうのを聞きながら、ローは彼女の背を押した。
「いらっしゃいませ」
入ったすぐ隣には革張りのソファが置いてあり、高級感が漂っている。
「こいつに合うやつを見繕ってくれ。そうだな……上から下までセットで20」
「20は多すぎです!」
「船で生活するんだ、それでも少ないぐらいだ」
「でも……」
「俺が買ってやるって言ってるんだ、文句を言うな。それとも、反論できないようにしてやろうか?」
言いながら顎を掴まれ上げさせられた目に映ったのは、意地悪いローの笑み。
「わっ、わかりました」
「行ってこい」
「はい」
ローに軽く背中を押される。
ん? さっきも同じようにされた気が……。
なんとなく気になりながらも、促されるまま、は店の奥へと歩き出した。
ローは奥には入れないため、案内されたソファで座っている。
ふと思い出し、店員を呼び寄せると言った。
「服はできるだけパンツにしてやってくれ。露出も控えめに」
「女性にしては背が高いほうですし、歩き方も綺麗ですから似合うと思いますが……本当によろしいのですか?」
「あァ。男所帯にいるからな、そのほうが都合がいい」
「かしこまりました」
この会話で自分たちが海賊であることがわかるかもしれないが、ヒラヒラの服では仕事にならない。それに、彼女が嫌がるのが目に見えている。
店の奥での喚く声を聞きながら、彼は腕を組んで目を閉じた。
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