灰のなか夜のいろ  6





 
 ふるり、と寒さに体が震えた。さむっ……と胸中で呟き、体を丸くして頭まですっぽりと布団に入れる。そうしてしばらくするとだんだん温かくなって、気持ちよくなってきた。
 まだ寝足りないと目を閉じたまま思う。
 ん? 自分の布団ってこんなだったっけ……?
 甲板で久々に大量のお酒を飲んでしまって――それから……? あぁ、そうだ。キャプテンに――。
 脳裏に描き出された自分の失態。
 あぁぁぁぁ、そうだ、そうだった。オレはキャプテンの罠にはまって、泣いてしまったんだ。
 布団の中で丸くなったまま、は困った顔をしている。どんな顔をして会えというのだ、船長と。
 ――ん? そもそもココって、オレの部屋だっけ? キャプテンの気配が間近にある気がするんだけど……。
「目覚めはどうだ? 
 聞こえてきた低い声に、あぁやっぱりと布団の中で頭を抱える。ここは船長室で、手を伸ばせば届く場所に、この部屋の主がいる。できれば今は見逃してほしい。
「ある程度は覚えているようだな」
 ある程度どころか、話した内容は全部覚えてるよ! 残念ながらね!
「まだ寝たりないかもしれねぇが、そろそろ起きろ。次の島に着くぞ」
 え? 次の島?!
 驚きに固まったを布団の上から眺めやり、何を思いついたかローはニヤリと楽しそうに笑った。そして、を布団の上から両手で押さえつけて動けなくしてから、そっと言葉を落とす。
「起きたくねぇなら……俺が起こしてやるよ」
 わざと低い声に艶を交えて声を落とせば、布団の下でがびくりと体を震わせた。大仰な驚きに、ローはの掛け布団を剥ぎ取り笑う。
「わっ、さむっ……!」
「目が覚めたんなら、服着替えて他のヤツらに顔を見せてこい。よほど体が睡眠を欲していたんだろう、俺でも起きねぇんじゃないかと思ったぐらいだ」
「何日経って……?」
「5日だ」
「い、5日!?」
「わかったら、さっさと着替えて行ってこい」
「アイアイ~~」
 は跳ね起きると、ベポの真似した返答を残して走り去っていった。










「ここって、海軍もいるよな」
「まぁ……けっこう大きい島だから、大将クラスはいないにしても大佐クラスはいるかもなぁ」
 島のまわりを一周しながら、視界にとらえられる範囲で島の様子を伺っている最中だ。海軍基地はなく、時折、偵察には来るようだ。
 ログは5日でたまるようで、はコックとして食材調達と自分の武器を調達しなくてはならない。
 島の裏側に停泊することにし、食材購入時にはベポとシャチを連れていけと船長命令。この島の食材は種類が多いため、量も買いやすい。冷蔵庫や貯蔵庫にもたくさんの食糧を2日にわけて買い込んだ。
 そして、3日目――。
 は自分の武器調達に出ようとしたところでローに捉まり、そのまま一緒に武器屋へ行くことになってしまった。
 街は賑わいをみせている。ローは船から離れた武器屋の前で立ち止まった。ここへ来る前に何軒か武器屋があったが、すべてスルーだった。
 を促しローは店内へ入る。そこは、刀や剣を専門で売っているらしい。
「船長、なんでココに?」
「ヤツに戦い方を教えてもらったのなら、剣か銃だろうと思っただけだ。それに、おまえが肌身離さず持っているのが『ナイフ』だからな」
「知ってたんですね」
「ナイフのことか? まぁな、あの店でもお前はポケットに忍ばせていただろう?」
「よく見てますね」
 は言いながら、ぐるりと店内を見渡す。
 船長のように長い刀はその分、重量もある。性別も影響しているのか、あまり腕力がない。万が一、長時間の戦いになったとき、腕が疲れたからといって刀を放り出すわけにもいかないから、できるだけ軽いほうがいい。
「――軽い刀をお探しかな?」
 椅子に座って様子を見ていた店主が、声をかけてきた。白い髭が特徴の老人だ。
「そうだ」
 老人は椅子から腰をあげ、店の奥へと向かっていく。
「店の入口付近にあるものは、大衆向けに作られたものばかりじゃ。安いものじゃから重みもある。――女子(おなご)には扱いづらいだろうて。……こちらに来なされ」
 老人はのことを『女子』と言いあてた。今回は普段着ではなく、ツナギを着用している。それも、女性用の体に沿うようなものではなく、男性用のツナギだ。
「短刀が刀身が短いぶん軽いが、短すぎても力を受けるときに流しにくいじゃろう」
 老人はとローを奥へと招き入れ、周囲を見渡すよう言った。
(やいば)に関しては、そちらの船長さんの方がよく知っておるはずじゃ。こんな老いぼれよりも、よほどな」
 店主は『(やいば)』と言った。確かに死の外科医と呼ばれるだけあって、手術時に刃物はよく使う。手入れや使い方もしかりだ。
 は壁にかけられた刀を順に眺めていく。その様子を、の横に立ってローは眺めるだけだ。
 ふいに、彼女は一本の刀に視線を留めた。
「それじゃな」
 老人は視線の先に気付いて歩いていく。それを取り上げると、へと渡した。
「武器は主を選ぶ。その刀の名は『閃雷(せんらい)』という。刃を翻す際に雷が光っているように見えることから名づけられたものじゃ」
「抜いてみても?」
「もちろん。抜けなければ(あるじ)とは認めぬということ。抜ければきっと役にたつじゃろう」
 左手で鞘を持ち、右手で柄を持つ。カチリと小さな音とともに、の手によって刀が鞘から抜かれた。
 刀身を眺めやり、ローは満足げに笑みを浮かべる。曇り一つない刃が、保管に気を使っているのがわかったからだ。
「それをもらう」
 ローが言うのに、が待ったをかける。
「オレ、そんなにお金もってないですよ?」
「俺が買ってやる。気になるなら、俺のために働け」
「リョーカイしました、キャプテン」










 ローは船に戻るよう指示した。理由は聞いても答えてもらえず、とりあえず帰るぞと言われ、嫌だと言ったら能力で強制送還された。
「おまえの自由行動はナシだ」
「えーっ! 船番ならともかく、なんで?」
「おまえはその武器に慣れなきゃいけねぇだろうが。――慣れていないうちから振り回せば、仲間を傷つけることになる」
「確かに……」
「万が一、海軍にでも遭遇してみろ。慣れねぇその刀で切り抜ける自信があるか?」
 はローに問われ、ふるふると首を横に振った。
「自由行動を手にしたければ、早く慣れろ。……海軍にも能力者はたくさんいる。それに対応するためにも、俺はおまえに能力も使うぞ」
 クッ、とローは唇を歪めて笑うと、は鞘から刀を抜いた。
「オレは死ぬ気で戦えってコトっすね」
「そうだ。深手を負っても俺がいるから心配するな」
 楽しそうに笑うローに、は苦笑を禁じ得ない。
 ――船長の属性はドSだったか……。
 は胸中で苦く呟いて、ローの目に視線をあわせた。










「何やってんの?」
 キン、と刃のぶつかる音がして、街から帰ってきたベポがシャチに尋ねる。
、自分の得物をゲットしてきたみたいだから、キャプテン自ら手合わせ中ってコトじゃねぇかな」
「でもあれ、能力も使ってるよね?」
 ベポは二人の動きを目で追いながら問いかける。
「能力者はたくさんいるから、その対策じゃないか?」
 艦内から甲板に出てきたペンギンが、その様子を眺めながら言った。
「それにしても……あの攻撃の仕方……」
 多少の手加減はしているだろうが、それでもローは躊躇(ちゅうちょ)なくに攻撃を仕掛けている。が女だということを忘れているとしても、随分キツイ攻撃をしている。
 攻撃を受けて流すのを得意としているだが、それだけでは勝てない。勝つためには、自分から攻撃をしなくてはならない。
 もそれがわかっているのだろう、灰色の目がローの動きを見逃すまいと必死になっている。
「キャプテン、なんだか楽しそう」
 ベポが二人を眺めながら言うのに、シャチもペンギンも頷く。
「確かに」
「あれは俺たちにも止められねぇって。武装色の覇気使ってないだけで、全力だろ……アレ」
 シャチが心配そうに二人を見やる。
「海軍の危険性を感じてるんじゃないかな。10年前の手配書で『ONLY ALIVE』。つまり、今のと手配書のが同一人物とバレた場合、確実に狙われる率が高くなる。船長には遠く及ばないけど、10歳で1000万ベリーは高いほうなんじゃないか?」
「……10年前って言ってたな、そういや」
「うん。今バレると、確実に懸賞金あがるよね」
「さらに、ハートの海賊団所属」
「アイアイ……」
「まぁ、それもわかっててキャプテンは仲間にしたんだろうけど」
 ガツン、と鈍い音がして、がローに飛ばされた。甲板に投げ落とされた彼女は、両肩で荒い息をしていて、それでも右手には閃雷(せんらい)を握っている。
「また明日だ。――ベポ、を部屋に連れていけ」
「アイアイ~」










 体があちこち痛い……。
 戦闘に自信があったわけではないにしろ、雑魚海賊団になら負けなかった。だが今回のことで、それは猿山の大将と同じようなものだと悟った。トラファルガー・ローという人物が『億越え』である理由がわかる。
 はじめは手加減があった。手に馴染む感触がわかった瞬間、ローからの攻撃が変わった。
 次に、自分の一振りがどれだけの威力になるのか、どれだけの範囲を捉えることができるのかを理解した途端に、彼は能力を発動させた。
 が閃雷を自分のものとするたびに、ローは攻撃を変える。一時も猶予ならない状態を維持し、短時間で身に着けさせようとしているのだ。
 脳が、いまだに戦闘から抜け出せずにいる。こんなことははじめてだ。
 船長命令でベポがを部屋のベッドに寝かせたのは、一時間ほど前。いい加減落ち着いていいはずの脳は、頭が痛くなるほど熱い。少し休めば楽になれるかと思って瞼を閉じても、瞼の裏に光が散っているようで眠れない。
 は眠ることを諦めて体を起こす。歩く気力があれば甲板にでも行きたいが、そんな気力も根こそぎもぎ取られたようだ。
 はぁ、と吐き出した息が熱を帯びている。ベッドの上に座って壁に背中をもたせかけ、彼女は閃雷を抱えて天井を見上げた。
 ログがたまるまで、船番以外は自由行動になっている。コックの仕事をすることもないため、ローは島に滞在している間にを戦闘員に育てたいのだろう。
「覇気を使わない戦闘がこんなに難しいとは……」
 見聞色の覇気は、相手がどこへ攻撃をしてこようとしているのかがわかる。たとえ背後からの攻撃であっても。
 前にローと『身の危険を感じるまでは使わない』と約束したから、使うことができない。
 そういえば、と今日のローの刀の強さを脳裏に思い浮かべる。
「あれは武装色の覇気……かな」
 投げ飛ばされたというよりは薙ぎ払われたが正解の、最後の一撃。あの一撃だけ、重みが随分違った。受けることすらできなかった。あれを閃雷で受ければ、()こぼれもしくは折れていたかもしれないと思うほど、強烈な一撃だった。
 絶対にわざとやったんだ、最後のは。それに、オレが左目が見えないことを知っていて、そっちから攻撃を仕掛けてくる。オレは左側が死角になりやすい。自分でも把握しているけど、うまくいかないんだよな……。
 見聞色の覇気を使えば、左からの攻撃にも意識が向けられる。だが、使わないとそちらからの攻撃をもろに食らってしまう。その回避方法を身に着けさせようとしているのだろう。
「わかっちゃいるんだけどなぁ」
 力で押し切ることができないなら、速さか頭脳勝負しかない。頭脳に関しては、ローの方がはるかに上だ。残されたものは『速さ』しかない。それも十分にわかっているのだ――頭では。
 最後の一撃で受けた傷は、きっと痣になって残るだろう。それほどに、強かった。それ以外にも小さな傷はたくさんあったし、ツナギも刃で切られたりもしているが、それを気付く余裕すら今のにはない。
 これを受けてしまえば死ぬかもしれないと、何度思ったか。そのたびに、ギリギリのところで避けてきた。
 天井を見据えていたは、溜息とともに目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、先ほどまでの戦闘だ。まざまざと思い出される光景に、完全に眠ることを諦めた。










 は覚えるのが早いと、ローは思う。
 見聞色の覇気を使わずに戦闘するのははじめてのようだったが、ものの数分で、俺の動きを捉えはじめた。手に馴染むまでは力を受けさせるだけにし、赤髪から教わっただろう力の流し方をやらせた。力を流すのは、時間稼ぎにしかならない。これから先、どんな強敵がいるかもわからない海では使い物にはならない戦い方だ。
 次に、受け流した力を自分の戦闘力に変換できるように、受けてから払うまでの間合いを教え、自分の一振りがどういうものかをわからせる。刀は単一攻撃も範囲攻撃も可能だ。どちらにした方が効率的かを、戦いながら判断しなくてはならない。それを、に教え込む。それを覚えるのにも、大した時間はかからなかった。
 ――面白い、と思った。
 元々の戦闘センスがよかったのか、あるいは赤髪の教えがよかったのか、一時間もかからずに覚えた。
 死角である左側は、今まではずっと見聞色の覇気で補っていたが、雑魚海賊団相手にそこまで使う必要はない。見聞色の覇気を使わずに死角を補える動きを身につけさせつつ、海軍大将などの大物を相手にするために必要な、悪魔の実の能力を相手にする方法を教える。
 を殺すほどの力は込めないにしろ、武装色の覇気をトドメに、今日の訓練を終了する。
 武装色の覇気というものがどういうものか、体感するのが一番早い。
 途中から面白くなって、やりすぎた感は否めないが――のことだ、きっと脳裏で今日の戦闘をトレースしているに違いない。そうすることで、身をもって覚えていくのが一番早いと、ローは思っている。











 次の日も、とローは甲板にいた。彼女の目を見れば、昨夜は眠れていないのが手に取るようにわかる。だが、妥協はしない。それはどちらも同じこと。
「またやってる……」
 シャチとベポは、今日も街から帰ってきて、甲板にいる二人を見やる。
 いつからこの戦闘をしているか知らないが、そうとうな時間は経過しているようだ。さすがのローも、ほどでないにしても肩で息をしている。
 は、完全にローの動きを捉えていた。苦手だった左側の攻撃も対応できるようになっている。
「"ROOM"」
 彼女が、渾身の一撃をローへ叩き込むべく向かっていく。それにローは間合いをとって能力を発動する。
「"シャンブルズ"」
 能力で自分と甲板にたてかけられていたモップの場所を交換すると、体勢を崩したが甲板に激突する。痛いともいわずに起き上がったの首筋に、後ろから手刀(てがたな)を叩き込み、今日の訓練は終了となった。
 手刀で意識を失ったを甲板に落ちる寸前で抱き留めたローが、荷物を担ぐようにを抱き上げる。
 シャチとベポが見ているのを知っているだろうに、ローは自分の手でを部屋まで連れていく。の部屋の前まできたが、何となく一人にさせたくなくて、自分の部屋へ連れ帰る。
 彼女を自らのベッドに押し込んでから、ローはソファベッドへ横になって、明日はどうするか、と今日の戦いを反芻(はんすう)する。
 能力者との戦いは、生身の人間では勝ち目がない。だが、相手の能力を見極める目を持たなければ、逃げることすらできない。
 見聞色の覇気が使えたとしても、大将クラスなら使えて当たり前のものだ。
 この街に海軍が来ることを昨夜、ペンギンから聞いた。出航するのが先か海軍が島に着くのが先か、微妙だと言う。
 出航と戦闘の準備と、街に繰り出している仲間たちに帰還を指示する。
 に自由時間を与えてやるためにこの2日、強引な手段で戦闘員として育てたが、間に合わなかったようだ。
「自分の身が守れるようになっただけでも収穫か……」
 能力者ではない海軍連中なら、たとえ1対多数であっても勝つことができるぐらいには成長している。
 自分がそばにいれは守ってやれるだろう。だが、仲間に帰還指示を出した手前、1人に自由時間を与えるわけにはいかない。
 の寝息を聞きながら、ローは仮眠をとるべく、目を閉じた。










 翌朝。
「海軍だーっ!」
 仲間は全員帰還済みだ。潜水すれば難を逃れることは可能だろう。だが、ローは潜水指示を出さなかった。
 甲板で島を眺めるロー。
「キャプテン! 潜水指示を!!」
 ペンギンが促すのに、ローは首を縦に振らない。
 ログがたまり出航した自分たちを、海軍は追いかけてくるだろうことがわかっているはずなのに、だ。
 ――能力者なしの海軍なら、肩慣らしにちょうどいいか。
 ローは相手に問題ないことを確認してから、自室へと戻る。ベッドで寝ていたは起きていて、左手には閃雷が握られている。
「準備はできてます」
「お前を前線に出すとは言っていない」
「けど、出さないとも言ってない」
 はローを見上げる。真っ直ぐにローと視線を合わせ、反らすことをしない。
「仕方ねぇな……。それがお前の覚悟か」
「そうですね。それに……この気配、知ってますから」
「……俺の判断で無茶だと思ったら、お前を止める。――肝に命じておけ」
「了解です、キャプテン」










 ローと共に現れたは、左手に閃雷を持っている。
「おまえら、しばらくこいつの好きにさせてやれ」
「キャプテン?!」
「結構な数いますよ?」
「これぐらいでくたばるような鍛え方をしてねぇよ。それに」
 ローは言葉を切って、の頭をぽんと叩いて。
「それがこいつの『覚悟』ってヤツだ」
「あの海軍、もしかして……?」
 シャチは追いかけてきている海軍を見やってから、へと視線を移す。
「たぶんね」
 は両肩をすくめてみせる。
「たぶんキレると思うんで、できればフォロー、お願いします」
 前もって言えば、シャチにデコピンを食らってしまった。
「任せろ」
「デコピンしながら言う台詞じゃないと思う……」
「っつーかさ、猫かぶるのいい加減ヤメろ。キャプテンにならともかく、俺らには必要ねーだろ?」
「一応、下っ端じゃないですか」
 がデコピンをされた額を右手で覆いながら言えば、「コックっつーのは、キャプテンの次に偉いんだぜ?」と笑う。
「コックがいなきゃ、俺ら美味い飯、食えねーじゃん? もう、自分らが作った飯なんて食えねーよ」
 口が肥えちまったからな。
 シャチは言って、更に笑う。同意の声があちこちからあがって。
「お前はもう俺らの仲間なんだ。1人でなんでも抱え込むな」
「そうだよ!」
 仲間の顔を1人ずつ見やり――最後に船長を見上げて。
「好きにしろ。俺がやらなくても、他の連中が黙っちゃいねぇよ」
 ローはを見下ろし、満足げに笑った。










 潜水艦の速度をわざと落として、海軍の船を近寄らせる。
 甲板の真ん中にローは腕を組んで立っていて、その後ろには船員がいて、彼らはいつでも動けるように構えている。
「海軍大佐か」
「10年前はただの海兵でしたよ」
 ローの呟きに、が答える。
「10年で大佐か、たかが知れてるな」
「それでも、あの時のオレには脅威(きょうい)でしたよ」
 は一歩、ローの前に出る。
「我々が欲しいのは、トラファルガー・ローの首だけだ」
 海軍の船から、声が聞こえる。
「へぇ……うちの船長の首だけ(・・)ね」
 は海軍大佐を見上げる。甲板から見えるその顔は、やはり見覚えのあるものだった。
 自分が海軍の中で地位を得るために、の島を壊滅に追いやった張本人――。
「向こう行っても?」
「やめておけ。――そのうちこっちへ来るだろう」
「けど、船を傷つけたくないんですけど」
「おまえの攻撃で傷つくような、やわな造りにはしてねぇから安心しろ」
 潜水艦に、橋が渡された。それを許す時点で、何か裏があると思わなくてはいけないのだろうが、海軍大佐はそのまま甲板まで下りてきた。
「あいつ、馬鹿か?」
 ローの後ろにいるシャチが呟けば、隣のペンギンも「この船に追いつける事態がおかしいんだけどな」と顔を見合わせ苦笑い。
「出世したんだな、あんた」
 は海軍大佐に声をかける。
「君のことなど私は知らないが」
「覚えてはいねぇだろうが、こっちは被害者だからな」
「海賊が被害者とは笑わせる」
「へーぇ、あんた、億越えの船長と一緒にいるのに、笑えるってさすがだね」
 馬鹿にしたの言葉と態度。あからさまな挑発だ。
 チャキ、と音がして、銃が構えられる。海軍の船からも銃口が向けられた。
「キャプテン!」
 ベポが飛び出しそうな勢いで呼ぶが、ローは右手を挙げてそれを止めた。
「使っても?」
「ダメだ」
「使ったほうが勝負が早いんっすけど」
 ローを振り返れば、目で凄まれて断固拒否された。
「じゃあ、あっちはさすがに時間かかるんで、流れ弾にご注意を」
 船の方からの射撃は、さすがのでも対処が難しい。それはローもわかっていた。
 は右手で柄を持ち鞘から引き抜き、海軍大佐の手が振られたのを合図に、駆け出していった。










 自分の身に降りかかってくる攻撃だけを避けながら、の刀身が(ひらめ)く様を見やる。
 ベポやシャチたちも同じように、自分たちから向かっていくことはしなかった。それは、船長が「好きにさせてやれ」と言ったからだ。
 潜水艦の甲板にいた海兵たちの持っていた銃を真っ二つに切り裂いたは、海兵を海へ投げ落とした。そのまま海軍の船まで入っていき、すべての銃を切り裂いた。
 水しぶきと水音が絶えず響き、その間で(きら)めく刀身。
 海兵はすべて水へ落とされ、残ったのは大佐一人となった。
 海兵数十名と、ほぼ一人の戦いは、ものの数分で終わってしまった。
 潜水艦へと戻ってきたは、切っ先を海軍大佐へと向ける。
「オレがいた島は、あんたの欲の犠牲になった」
 海軍大佐へ切っ先を向けたまま、は甲板を蹴った。銃が間に合わないと思ったのか、海軍大佐は剣を抜いた。その剣に向かって振り下ろす。
 刃の擦れる音が響く。
「10年前だ」
「10年前のことなど覚えておらん」
「……覚えてないなら、思い出させるだけだ!」
 は力を込めていた腕を急に緩め、体勢を低くして海軍大佐の後ろへ回り込む。力の押し合いが急になくなったことで、海軍大佐は体勢を崩した。その隙を狙って、は刀身を叩き込む。
 は、上向きに転がった海軍大佐の眼前に切っ先を向ける。
「オレの目に覚えがあるはずだ」
 言われて、海軍大佐がに目をやる。すぐに目を見開く姿を見やり、彼女はニヤリと笑った。
「思いだしたみてェだな。ま、何もかもが変わってるからな、あのときとは」
 は切っ先を持ち上げ、海軍大佐の心臓の上に視点を合わせる。これで振り下ろせば、確実に息の根を止めることができる。
「ベポ!」
「アイアイ!!」
 刃を振り下ろそうとしたへ、船長から指示されたベポが走っていく。羽交い締めして止めたベポはその手から刀を奪い取る。
「ベポ! 返せ!」
「ダメだよ!」
「"ROOM"」
 ローは海軍大佐の体を能力で包む。
「"シャンブルズ"」
 海軍大佐の体を海の中へ能力で落とすと、落ちていた鞘を拾ってからの眼前に立った。ベポから刀を受け取り鞘に入れ、へ渡す。
「ペンギン、出航だ!」
 ペンギンはベポを伴って操舵室へ向かう。それを見送ってから、ローはの頭を自分の持つ刀の柄で叩いた。
「あとで俺の部屋に来い」
 ローはそれだけを言ってから離れて自室へと向かった。





          



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