「皇帝の最後だ・・・」
「あぁ。そして、帝国の最後だ・・・」
グレックミンスターの城の屋上からウインディと共に身を投じたバルバロッサを見て、ビクトールとフリックが呟く。その後ろにいたも、同じ言葉を胸中に抱いていた。
だが、そんな悠長なことを考えていられる余裕もなくなってしまう。
――城が、崩壊をはじめたのだ。
「! ビクトール! フリック!」
が階段を指差しながら叫ぶ。揺れは大きくなるばかりだ。
「まずいな。この城はあんまりもちそうにないぞ。早いところ脱出しよう」
「、君が先を走ってやってくれ!」
「わかった」
屋上から走り下りる。後ろからたちがついてくるのを確認しながら。
やばいな・・・。前も後ろも敵だらけだ。
が帝国兵と刃を交えながら声に出して呟く。
「、ここは俺が食い止める。おまえは先に行け!」
「馬鹿なことを言うな、ビクトール」
は嫌だと首を振るが、ビクトールは譲らない。星辰剣を兵へと薙ぎながら、静かに言った。
「、おまえはまだまだこの国に必要な人間さ。新しい国にな。しかし、この俺は戦争がなくなれば必要のなくなる人間だ。なーに、大丈夫だ。心配するな。すぐにあとを追う」
ニヤリと笑みを湛え、ビクトールはフリックを見やった。
「フリック! を頼む」
「急いで追いついて来いよ、ビクトール」
はビクトールの笑みや行動が理解できた。もちろん、この戦いの初期からかかわっているフリックもだ。
「なーに、大丈夫。不死身のビクトール様だ。すぐあとを追うから心配するな」
「行こう、リーダー。やつの気持ちをわかってやれ」
は後ろを一度だけ振り向く。だが、彼の背中を見ただけで声はかけずに前を向いて走り出す。フリックもそれに続く。
「さーて。死にたいやつは前に出な。この心臓が破裂するまで、俺は戦いをやめんぞ!!」
刃を交える音。残党たちは思いのほか人数が多く、死に物狂いだ。
青いマントを翻し、フリックが剣を振り下ろす。そんな中、キリキリと弦を引く音が聞こえ、彼はそちらへ視線だけを向ける。その刹那、彼の体はの方へと走り出していた。
「馬鹿野郎! 気をつけろ!」
不意に飛んできた矢から、そう言い放ちながらを守るため身を盾にしたフリック。血流の熱さを感じながら、変色していく服の上から傷口を押さえ、痛みに意識を奪われながらも言葉を紡ぐ。
「。おまえはオデッサのみこんだ男だ。オデッサの望んだ国をつくる男だ。そのおまえをこんなところで殺させるわけにはいかない。・・・・・・あの世で、オデッサに怒られちまうからな」
フリックは、にそう語っている間も残党と剣を交えていたが一息ついたのに気づいて、片膝をついた体制を立てなおした。
「行け、。・・・・・・みんなが待っている。オデッサの目指したものを・・・・・・」
は戦闘をやめない。フリックがに言いたいことをすべて言わせてやるために。
「さぁ、行け・・・!」
「おまえを置いていけない!」
はビクトールだけではなく、フリックまでも失うのが辛かった。
「大丈夫だ。・・・ビクトールと一緒に後から行く・・・・・・」
「だけど!」
「早く行け。早くしないと、俺はここで自分の首を切るぞ!!」
戦場でしか見せない、その厳しい姿。
戦場での悲しみや辛さを知っているから、ビクトールもフリックも他者に優しくなれるのだと、は思う。
「行け、! オデッサを悲しませるな」
それにようやくが決心した。
「死ぬなよ」
はそれだけ言い放ち、そこここに切り傷を作りながらも、リーダーが先に進めるように道を作る。
「オデッサに会うのはちょっと早いからな。そいつは俺が、彼女にふさわしい男になってからにしよう」
瞳が柔らかく、口元には笑みが浮かぶ。そして、その表情が――すぐに真摯なものに変わった。
「、呆けるな! 考えてる余裕なんかないだろ。無駄死にしたいのか?!」
が焦れて叫ぶ。
自らを犠牲にしてまで、は生きて帰らなければならない人物なのだ。彼らがリーダーと認めた――それだけで、彼は必要な人物なのだ。
「しっかりついてこいよ。ついて来てるか、確認する余裕は――もうないからな」
は剣を両手で持つ。左手の火の紋章が、輝きはじめる。
「光炎剣、頼む」
『了解した』
「――・・・炎の・・・かべ!!」
「はどうした」
「先に行った・・・」
「これで思うぞんぶん戦えるな」
「あぁ、おまえと一緒というのは気にいらないが・・・」
矢の傷からあふれ出る血液。けれども、止まることは許されない。ビクトールとて、止まることなど――できやしない。
「行くぞ! 星辰剣」
「我が剣オデッサにかけて、ここは通さんぞ!」
いまだ崩壊をつづける中、たちは城外へと脱出した。
「、君は城へ戻れ」
「?!」
「決めたことだ。何を言っても無駄だ」
はに背を向け、崩れ行く城を見つめる。
「。君はまだ必要とされている。僕はまた追われる生活に戻るだけ。――そんな生活に戻る前に、あの二人だけは・・・・・・」
あの二人の生き様は、きっと自分を変えてくれる。他者に優しく、自分に厳しく。そして、戦いの中においての真実。すべてを学べそうな気がする。
「坊ちゃん・・・あの二人はさんに任せて、私たちは城へ戻りましょう」
はグレミオの言葉に渋々と頷く。
「必ず帰ってきて」
はにそう言って、城への帰還準備をはじめるよう伝達する。そして、はそんな彼の声を聞きながら、胸中で呟いた。
――悪いな、。僕はもう、あの城に戻る気はない。城の皆に迷惑をかけられないしな・・・。
「さて、あの二人を探しに行きますか」
は、まるで自分の心を紛らわすように明るい声を出し、光炎剣の柄を握る。
「もう少し、付き合ってくれ」
『もちろん、そのつもりだ』
城が崩れ落ちる前に脱出に成功した三人は、少し離れた宿屋に身を置いていた。
ビクトールは大きな傷がなく意識はしっかりしていたが、フリックは矢の傷が災いし、発熱していた。
「札があればいいんだけど・・・・・・残念。見つからなかった」
は町の道具やで聞いてみたが、治療系の札は一枚もなかった。
「特効薬では効き目不足だしなぁ」
ビクトールも困惑顔だ。けれども、フリックがこんなことで死ぬような根性ナシでないことはわかっているつもりだ。
「――少し離れた街にでも行って見つけてくるしかないか・・・」
はビクトールに任せたと言って小さな町の出口へと向かって歩いていく。その目の前に、ひらりと落ちてきた一枚の紙。落ちていくのを眺めやり、自分の足元に落ちたそれを拾い上げる。指で拾いあげたそれはどうやら裏返しになっていたらしく、ひっくり返せば、それはこんな通りに落ちているはずのない、けれどもこれは天の恵みかと思いたくなるほど、欲しているものだった。
「いやしの風の札がどうしてこんなところに・・・?」
よりにもよって、自分の目の前に。――待てよ?
すぅ・・・と瞳を細めて意識を集中する。周囲の雑多な気配に混じり、よく知っている気配が自分の目前にあった。
「ルックだね。――出てくれば良いのに」
『僕の用事は終わった』
ルックの言葉に苦笑する。ルックのいた魔術師の島はグレッグミンスターの近くだと聞いたことがある。この町はグレッグミンスターより少し離れているから、通り道だといえばそうなのだが。
『その札は僕が捨てたものだから、誰が使おうと、誰が拾おうと勝手。それじゃ』
ルックは言いたいことだけ言って気配をたってしまった。
自分の必要なものを知っていて、目の前に落としたのだとわかる行動。ルックの行為を無にしないためにも、早くこれをフリックの元へ届けたほうが良いだろう。
の歩調は、自然と早くなる。
「ビクトール、フリックの容態はどう?」
「あ? あぁ・・・駄目だな。熱が下がらない。――それにしても、町を出て探すんじゃなかったのか?」
「その予定だったんだけど、札が手に入ったから」
「札が手に入った?!」
「ルックが魔術師の島に帰る途中に落として行った」
落として行った? あぁ、アイツらしいな。星辰剣の気配を見つけてココに気づいたんだろう。
ビクトールはそう言って笑った。
「悪いが俺にはそれは扱えない。魔法はからっきし駄目なんだ。札も満足に発動させれやしない」
だから、頼むよ。
ビクトールの言葉に頷き、は札を右手の人差し指と中指で挟み、フリックの眠る寝台の傍に立った。
「――・・・いやしの風」
札は光を放ちながら姿を消し、その場には風の紋章が現れる。すぐにそれも消え、緩やかな風がフリックを包んだ。その風も髪を揺らすだけでとどまり、消えていった。
苦しそうな表情をしていたフリックの顔が、次第に落ち着きを取り戻す。痛みに顰めていた顔が安眠の顔になる。
「よかった、失敗しなくて」
実は、いやしの風の札を発動させるのははじめてだった。けれども、どうやら不安は杞憂に終わったらしい。
「じゃ、僕はもう行くよ」
「待てよ、。コイツに挨拶なしに出て行くのか?」
が一人で出て行くことは予想していたのか、特に驚く風もなくビクトールが聞いてくる。
「本当は二人をここへ運んだその日にトンズラするつもりだったんだけどな。――そうも言ってられない状況だったし」
両肩を竦めてみせたに、ビクトールは頭を掻きながら謝った。
「そりゃ、すまねぇことをしたな。――おまえだけだったもんなぁ、とりあえず」
ビクトールはフリックを抱え、が火の魔法を放って道を開けた。どうせ落ちる城ならば、いっそ自分の道を作るために壊してしまえと言ったビクトールに驚きもしたが、どうせ建て直さなければならないものなのだと思い、片っ端から壊して進んだ。
魔法を使うも相当疲れた顔をしていたが、それでも二人ほどではない。ビクトールは一番はじめに残った人物だ。自分より敵兵と刃を交えた戦いも多かったはずだ。
「光炎剣のおかげだ。魔法増幅もしてくれるらしくて、重宝するよ」
『重宝という言葉は解せない。アイテムと同じにしないで欲しい』
すぐに光炎剣から訂正が入る。それにくつくつと笑う声。
『我らは意思がある、ということだ』
星辰剣が光炎剣に同意し、ビクトールもも失笑してしまった。
「――ま、ここまで一緒にいるなら、出立が明日になっても問題ないけどさ」
明日にはフリックも目を覚ますだろう。元気になった姿を見てからここを出るのもいいだろう。
「ビクトール、少し休めば? 看てるよ」
「あぁ・・・そうしてくれるか。――ちょっと横になってくる。何かあったら遠慮なく起こしてくれ」
「わかった」
ビクトールが隣の部屋に消えたあと、は頭元にある椅子に腰掛けた。先ほどまでビクトールが腰掛けていたのもここだ。
「まったく、ルックも素直じゃないね。彼らしいけど」
ルックも心配だったのだろう。様子見を兼ねて寄ったに違いないと思っている。きっとビクトールも同じように思っているだろう。
この二人と再び出会うときまでに、自分のことが思い出せていればいいんだけど。
――思い出せていなくても、彼らのように、他者を尊重できる人物になっていよう。
翌日の早朝。フリックが3日ぶりに目を覚ました。
「おはよう、フリック」
ゆっくり目を開けたあと、瞬きを何度も繰り返すフリックに、は笑みを浮かべる。
「気分は?」
「あぁ・・・大丈夫だ。――ヘマをやっちまって迷惑かけたな」
一番はじめに言う台詞とは、とうてい思えない。自分が死にかけたという事実を覚えているのだろうか。
「あ、ビクトール」
木製の扉が開かれた音と一緒に入ってきた人物に声をかける。
「生きて――いるんだな・・・」
「死にたかったか?」
「いや。死ぬには早すぎる」
ビクトールはフリックの頭をぽんと叩いて、飯をもらえるか聞いてくると部屋を出た。
「ご飯を少し摂ったらもう少し眠った方がいい」
「まだ動くのは億劫だが、動けないことはないぞ?」
「一日ぐらい寝てれば?」
寝てるの、ビクトールと一緒で苦手そうだけどね。
そう付け足しては腰をあげた。
「じゃ、僕もご飯を食べてくるよ」
ビクトールが粥の乗った盆を持ってくるのとすれ違いながらは言う。
「生きてるって、いいね」
は笑って、部屋の扉を閉めた。
二人が揃って笑う姿が頼もしい。戦場でそんな姿を見かけるたびに思った。士気が違ってくるのも、肌で感じた。
――自分はまだまだ未熟で、傭兵としても頼りない。彼らと生きてきた年数も大して違わないのに、これほどまでに違うものか。
女という事実を隠し、男として生きることを決めた。女として戻るときは、多分きっと――自分の記憶を取り戻したときだろう。
柔らかな一陣の風が、の紅い髪を揺らす。
ルックだね。
気配は感じないけれど、彼の魔法で作られた風はどこか違う。彼は魔術師の島から自分の動きを見ているのだろうか。
行く末を案じてくれているなら、嬉しいけれど。
「光炎剣。当分よろしくな」
『こちらこそ、だ。私は、以外の者を使い手とは認めない』
「嬉しいね、その言葉」
『だがもし、有能な使い手がいればそちらへ行くかもしれないぞ? 鵜呑みにして良いのか』
「あぁ、信じてるからな」
『単純だな』
「なんとでも」
は町の出口へ立ち、町中を振り返る。さっきまでいた宿が見える。それほどこの町は小さい。
ビクトールとフリックには、旅立つことを言わなかった。けれども、彼らは言わなくとも気づいているだろう。
また、会おう。そのときまでに、人間を磨いておくよ。
「出て行っちまったか」
「あぁ・・・」
ビクトールはふあぁ・・・と伸びをしながら欠伸をし、窓の外を見やる。
「フリック、おまえ知ってたか? 知らないうちに、あいつに通り名がついたこと」
「いや、知らないな。聞いたことがない」
フリックは首を小さく振り、どんな名前なんだ?と問うた。
「『緋閃』」
「ヒセン?」
緋とは赤、閃とは光。火の紋章を発動させ、光炎剣を炎と化した姿を指しているのだろう。
「簡単なネーミングだな」
「おまえの青雷や俺の風来坊だって大差ない」
「違いない」
喉を震わせ笑いあう。こんな日がいつまでも続くことを祈りながら。
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