傷ついた体は、思った以上に酷使されていたらしい。
はルックによって、故意に眠らされた。半日ほどした夜中、一度目を覚ましたが、視点は定まっていなかった。
ベッドで眠る姿は、年齢に応じた姿。成人を迎えたばかりの、まだ子供らしさの残る表情。
真紅の髪が風に揺れる様は、まるで炎のようだと誰かが言った。だが、それと同時に、優しい顔をするときもあるのだ、と。
その噂は、当人が眠っている間に広まり、浸透して言った。そして、誰が言うともなく、彼女には通り名がついた。
「よぉ。あいつ、起きたか?」
ビクトールは酒場のカウンターにいたフリックにそう声をかけた。答えにはNOと返ってくる。
「あれから何日だ? 1、2、3・・・・・・もう5日か。思いのほか長いな」
「――そうだな。もっと早く起きると思っていたのにな」
フリックも心配そうに呟き、ジョッキをあおった。
「ビクトール、フリック」
ようやくビクトールの前にビールジョッキが置かれてフリックの隣に腰を下ろしたとき、そう二人に声をかける人物が現れた。振り向いた先にいたのは、城主。
「どうしたぁ?」
「、どうした?」
「が目を覚ましたよ」
はほっとした表情をしたビクトールとフリックに、そっと笑みをこぼした。
「光炎剣は大丈夫?」
ベッドから上体を起こしながら問う。
『あぁ、大事ない』
「よかった」
光炎剣を、結構無茶な使い方をした。そんな気がしたからそういえば、返ってきた言葉はそっけない。
「光炎剣は魔法を複合させる媒体だったんだ?」
『それだけではないが――・・・まぁ、そういうことも担っている』
「そっか」
『負の感情で私を解放すれば暴走する。暴走した炎は災いとなって、敵味方関係なく降り注ぐ。――はその一歩手前で立ち止まることができた』
「――ルックのおかげ・・・だけどね」
光炎剣は、それでも、と続ける。
『は耐えることができた。――それで十分だ。・・・私とはじめて会ったときの記憶がなくとも、には私を使いこなせるだろう』
やめろ・・・! 、その紋章をそのまま解放してしまったら、君の命が・・・!
暴走する自分に向けて、ササライが放った言葉。その言葉は、まさしく閃の紋章の特性を知っているということ。
「あのササライとかいう、ハルモニアの神官。あの人は、本当に敵じゃない?」
『敵かどうかは自分自身で決めるのではなかったのか?』
「僕は僕の意思を曲げたくない。――だけど、暴走したときに聞こえたかすかな声・・・・・・」
自分の恩人の首を切った主に仕える神官。それはまさしく敵なのに、自分に向ける声がいつも柔らかいことに気づいた。
――迷って、いる。
『の過去を――私の知っているを教えても良いが・・・・・・だが、できることならば、私は過去を語りたくない』
「――うん、思い出せるのなら、自力の方がいいかな」
他人から語られても、何らわかることなどない。もう一人の自分がいる、という感覚でしか与えられた言葉を受け取れないだろう。
『だがそれでも、が過去にとらわれて苦しむのなら――私は』
「光炎剣。もし僕が過去にとらわれ苦しんでいても、助けないで」
『――わかった』
は一瞬にしろ、過去にとらわれ迷った。けれども、覚えている過去も覚えていない過去もひっくるめて、自分のことに関しては自分の範囲内で結論をつけたかった。
『本当に強くなったな、』
「そう? ありがとうって言っておいていいのかな」
瞳を細め、は小さく笑う。
『扉の向こうにフリックとビクトールが来たぞ』
「気配も感じれるんだ?」
『私を何だと思っている?』
「剣。――あぁ、でも、意思もあって喋ることもできるんだから、人間・・・? でも、そうでもないよなぁ」
『私でからかうのなら、それなりの応酬を覚悟しておいてもらおう』
「あぁぁ、もう、悪かったよ。――思ったよりも口も性格も悪いんだなぁ」
しみじみと呟き、は笑みを苦くした。
ノックのあと、姿を見せたのはビクトール。
「あれ? フリックは?」
の問いに、彼は小さく苦笑して親指をたてて扉の向こうをさした。
「何で入ってこないんだ?」
「遠慮してるんだろ、アイツは。俺と違ってウブだからな」
「誰がウブだ! 謹みがあると言え!」
確かに、今のの姿は他人に見せられるものではない。簡単に衣服を纏っているだけの姿のうえ、ベッドに上体を起こしたまま。
ビクトールの背後から聞こえた怒鳴り声に、は笑顔を見せて。
「いいよ。――フリック、入ってきても」
その言葉に、フリックがかすかに息を吐いたのがわかった。
扉を開いて入ってきたフリックの額にはいつものバンダナがない。見ればマントも羽織っていない。
「コイツ、暫く戦闘を禁止されてンだよ。そのうえ、その間は書類整理をしろと言われたんだ」
「マントを羽織ると気分が変わるから? 傭兵じゃない自分を意識するため?」
「そういうことだろうよ」
無言のフリックのかわりに、ビクトールが答える。その間、フリックは両腕を組んだまま苦笑のような表情をしているだけだった。
「僕もまだ戦闘は無理だよ。魔力がまるで戻ってない。――やっぱり、魔法の融合はキツイみたいだね」
フリックと視線をあわせて、同時に苦笑い。
「おいおいおい。おまえら二人で分かり合ってんなよ」
「だってあのとき、ビクトールいなかったし」
「おまえは帝国軍相手に遊ばれてたしな」
「うるせぇ!! 俺だって好きで遊ばれてたワケじゃねぇんだ!」
ビクトールはそのときのことを思い出してか、ムムム、と不機嫌な顔をして叫ぶ。
「悪かった、悪かったよ。その叫びを聞き付けられたら、三人で大目玉だって」
は両肩をすくめて、柔らかく謝った。
「ところで、どうして目が覚めたの、気づいた?」
「が言ってきたんだよ」
紋章が反応したのかな。
「そのは?」
「次の戦闘の準備に入ってる」
「そう。――大分、城の中も慌しくなってきたから、そんな気はしてたけど」
最終決戦が、近いのだろうか。
は途中参加だから、ビクトールやフリック、そして、軍師であるマッシュの話を聞いて戦況を見てきた。最終決戦の相手が誰であるかも知っている。
は辛いだろう。最終決戦の前に、実の親と対戦は避けられない。
戦いというものは、悲しみを生む。けれども、それを感受しても止められない願いがある。
コンコン、と控えめなノックのあとに、この城の主の声。
「、入ってもいいかな」
「入ってこいよ、」
「ビクトール、おまえが言うな」
「いいじゃねぇか」
二人もいるんだね、と呟きながら、が入ってくる。
「、僕と一緒に――最後まで戦ってくれるかい?」
「何言ってるんだよ。今更抜けたら、あとで何を言われるかわからないじゃないか」
、こっち来てよ。
名前を呼んで手招きする。フリックとビクトールを越えて前に出ると、彼の腕を引っ張り引き寄せる。
「戦場に出る覚悟があるなら、仲間を信用しなくちゃいけない。僕たちがの後ろを守る。たとえ後ろに何があっても、君は前だけを見つめていかなくちゃ駄目だ。それが、城主であるの役目」
「――・・・・・・そうだね。浮かない表情をしてちゃ・・・駄目だ・・・・・・」
「は頭がいい。だから、理性では理解できても、感情が追いついてこない。可哀想な子・・・」
視線をあわせて、は余裕の笑みを浮かべる。
「大丈夫。後ろは絶対守ってやる。たとえ、何があろうとも。――だから、前だけを向いて、前から来る敵だけをやっつけて行けばいい」
の笑みに、ようやくは笑う。
そうだね、と。
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