「、行くぞ」
甲板でローが振り返る。
「はい」
白いツナギはぶかぶかで、彼女の体の線は感じられない。いつもの眼鏡に帽子。帽子は今朝、ローから渡されたものをかぶっている。ツバ付きのニット帽は、の目元をいい具合に隠していた。そして、手には閃雷を持っている。
「その剣を背負えるようにするか」
いつも手に持っているだが、買い出しのときには荷物が多くなるので携えることが出来ないでいた。
ロロノア・ゾロのように腰にさすか、鷹の目のように背中に背負うか。の剣はそれほど長くはないが、食料の買い出しの際に、腰にあるより背中にあるほうが邪魔にならなくていいとローは判断したようだ。
「……両方できるほうが都合がいいか」
ローは自分の目の前に立ったの全身を眺めて、意見を変えた。
「どっちか一つでいいんじゃ……」
「背中に背負うってことは、胸の前にベルトがくる。……意味がわかるか?」
意味はわかる。だが、ローがダメだと判断した理由がわからない。
ローはため息一つついて、自分の長い刀をに持たせて。
「今、お前はどうしてる?」
「どうって、キャプテンの刀はオレには重いんで、両手で抱えて……、あ」
細い刀だが長い分、重量がある。それを抱えて持つは、自分の現状をようやく把握した。
ローの刀はには重すぎて、両手で抱えるしかない。自分の胸の前で抱えた姿をローに問われて現状を把握しようと見下ろし、強調されているモノに気付く。
「背中に重量があると、どうしても胸の前にあるベルトが引っ張られる。 サラシをキツく巻いて外に出るなら話は別だが」
ローが買ってくれた下着は、きちんとサイズを測り、胸の形が崩れないように補強されたものだ。今までは気づかれずにすんだが、この先も騙せるかわからない。
背中に背負う、ということは胸を強調することと同義語だ。
「普段は腰にさすか、手に持つかが無難だな」
「そうですね」
「それに、お前が女だと世間に知られたら、俺の枷がなくなる。それこそ、お前の危険度もあがる」
「え?」
「意味がわからないって顔してるな」
が頷けば、ローは意地の悪い表情で言った。
「隠す必要がなければ、どこにいてもお前に手が出せる。当然、俺の女だと知れるのも時間の問題だ。俺に食われる危険度も、海賊狩りや海軍に狙われる危険度もあがる」
――今、サラッと爆弾落とした!?
その言葉にギョッとしたのはだけではない。
たまたま近くにいたシャチが、目をまんまるにしている。その隣でペンギンは苦笑いしていた。
「なんなんだ、アンタは! あー、もう!」
はキレたように叫ぶと、長い刀を抱えたまましゃがみこむ。帽子の隙間から見える耳が真っ赤に染まっていた。
「もー、ヤダ。これから島におりるって時に、どうしてくれンだよ!?」
「お前はキレてる時の方が都合がいいだろ? 今日はそのままでいろよ」
「無理」
「あっはっはっは! そーだよな、お前はそーゆーヤツだよ」
その問答に、シャチが笑う。
「基本的に優しいんだよな、お前は。だから、キレた時しか強く言えない」
「でも、これで他のことが頭に入らなくなっただろ?」
ペンギンが苦笑いのまま、そう言った。
「それがこの人の狙いだ」
「余計なことを言うな」
「はいはい、わかりました。シャチ、先に行くぞ」
睨むローに怯んだ様子はなく、ペンギンはシャチに声をかけると島へおりて行った。その後ろ姿をシャチは追いかける。
ローはの腕の中にある刀を引き抜くと左手に持ち、右手で彼女の腕を掴んで引き上げる。思いのほか強い力で立たされて、は少し体勢を崩した。
「ぅわっ」
倒れそうになった体を、ローは自分の体で受け止めた。
「まだまだだな。ちゃんと食って体力つけろ」
「ベポに訓練、頼もうかなぁ」
「そうしろ。体力つけておかねェと、俺に食われて身動きひとつ取れなくなるぞ」
「なんで今日はこんなに露骨!?」
は言い放ち、顔を真っ赤にしながら体を離す。
ローは笑いながら、右手で彼女のマフラーを口元まで引き上げてやる。
「お前が恥ずかしがってキレてる方が素に近いし、言葉が出やすい。普段の方が、頭が働きすぎて隠したがる。今日はそうやって俺に文句言ってろ」
「オレ、今日おりるのヤメる!」
「今更、ノーとは言わせねぇよ。来い」
ぐい、との腕を取ると、ローは有無を言わさず船からおろした。
ローは当初の目的である武器屋と防具屋へと足を向ける。武器屋でが使えるような短剣を、防具屋では閃雷を携えるためのベルトを購入する。
次に、本屋へ立ち寄ったローは、専門書のある棚へと入っていった。本屋に来たローは、いつも少し時間がかかる。それを知っているは、自分も本棚を見上げて物色をはじめた。
「そういや、ナミに言われてたっけな……」
小さく呟き、本棚を眺めやる。
専門書の多いこの場所は、医学書と正反対の場所にある。本屋の隅だ。入り口付近には流行りの小説などが並び、若い女の子2人が手に取り話をしている。
流行りの小説は女の子の好きな恋愛もので、外見は優男だが実は海賊で、けれど人を攫ったり殺したりしないという設定だ。ちなみに、ヒロインはその男に攫われて船に乗せられた、という王道だ。
が何故、そんなことを知っているのかというと。
ぷるぷるぷるぷるぷる。
宴から3日たった昼頃、の部屋にあった電伝虫が鳴った。
『久しぶりね、』
「ロビン、久しぶりだな」
『勉強は進んでる?』
隣から、ナミの声が聞こえてきた。
ロビンとナミには、自分が航海術を勉強していることを伝えていた。
「少しずつだけど、一応な。毎日、読むようにはしてる」
『今日はね、に読んで欲しいものがあったから、ロビンに連絡とってもらったのよ』
「珍しいな」
『私がはじめて読んだ、航海術の本よ。あと、今流行りの恋愛小説』
『うふふ。私も読んだけど、面白かったわよ』
「ロビンもその小説読んだのか? けど、オレはいいよ」
2人とも、女性だから好きなんだろうな。けれどもオレは――。
少しの沈黙ののち、ロビンが言った。
『何か、あったのね?』
『吐き出してしまいなさいよ、1人なんでしょ?』
続いてナミに言われ、は返答に困ってしまう。
その頃、サウザンド・サニー号内のナミの部屋では、電伝虫が困った顔をしていたため、彼女たちにの表情が丸わかりであった。
『の能力を私たちは知ってるわ。だから教えて? 1人で抱えないで』
ナミの言葉に、はしばらく考えて。
「島にいるんだけど、仲がいいんだよ、クルーと島の人たち。よく立ち寄るみたいでさ、着いたその日に大歓迎の宴」
『へーえ、珍しいわね』
『全員参加だったのね?』
「よくわかったな。逃げ場なくて、仕方なく酒飲みながら避難してたんだけども」
『お酒、飲んだの?』
「好きだけど強くないんだ、オレ。それに、酒に酔ったら能力が勝手に出ちゃう可能性があるからさ」
『トラ男はそばにいなかったの?』
『彼は船長さんだから、ずっと一緒にいるのは無理だったんじゃないかしら』
「まぁね、仕方ないよ。そのための避難でもあったし。それでも、発動しちゃったんだよな、能力」
『そう……それで、聞こえてしまったものがあるのね?』
「全部じゃなかったんだ、だからそれほど酷くは……」
『酷くないわけないでしょ!?アンタ、自分の顔、鏡で見たことある?』
の言葉尻を奪ったナミは、少し寂しそうな声音で言葉を続けた。
『私は、に女の子に戻ってほしい。一緒にお茶して、ショッピングして……女の子じゃないと出来ないことをしたいの』
「ありがとう、ナミ。でも、ごめんな……、完全に戻ることは出来ない。けど、お茶やショッピングはオレが今のままでも出来るだろ?」
『ナミ、困らせては駄目よ。が戻るときは、トラ男くんの前だと決まっているんだから』
『わかってるわよ、そんなこと。、約束して。今度会ったら、私とデートして』
「わかった、約束する」
ナミとロビンの言葉に、は泣きそうになって、ぐっと目尻に力を入れる。
『それで、は何を聞いたの? トラ男くんへの恋慕? それとも、もっと欲深い思いだったのかしら』
「………………両方」
ロビンの台詞にたっぷり間を開けてから、は渋々口にする。
『それをトラ男は知ってるの?』
「言ってない。……っつーか、会ってない」
『会ってないの?』
「あんまり思いが強すぎてあてられたんだ。意識なくしてさ、気がづいてからずっとベポが一緒。今は買い出しで外に出てるけど、甲板にはペンギンとシャチがいる」
『過保護ねぇ』
『それだけ酷かったんでしょうね』
「みたい。で、キャプテンは接近禁止をペンギンから言い渡されたらしい。オレが意識失う前に、今はキャプテンじゃない方がいいって言っちゃったから」
『みたい、ってアンタね……』
「仕方ないだろ、意識なくしてからのこと、わかんないし。けど、夜に気配は感じるんだよ、キャプテンの」
『心配なのよ、のことが。偶然でも会ったらちゃんと目を見てあげなさいよ』
「目?」
『そうよ。目は口ほどに物を言う、って言うでしょ? 口に出すのが出来ないなら、ちゃんと目を見てあげなさいよ。それに、トラ男は口に出すタイプじゃないでしょ。だから、目を見れば何を語りたいのかわかるんじゃない?』
「わかった。ロビン、ナミ、ありがとな」
違う海賊団なのに、こうやって連絡を取り合う仲になった。ローはそこまで仲良くなったと気付いていないだろう。
電伝虫を眺めながら、彼女はもう一度、言った。
「ありがとうな」
そんな会話を思い出しながら、は本棚の上の方にあるナミの言っていた本を見つけ、手を伸ばす。
「イテッ」
うまくその本が引き抜けずに力をこめれば、本は重力に負けての頭上に落ちてきた。
「何やってんだ、お前は」
頭を撫でつつしゃがんでその本を手にとったところで、ローが分厚い本を2冊手に持ってやってきたようだ。
「何でもないです」
「貸せ」
手を出すローに首を振ってはその本を元の位置に戻し、そのまま入口の方へと歩いていく。その後ろ姿を少し眺めたあと、ローはが戻した本を手に取り、彼女の後を追った。
入り口で立ち止まり、はローが本を買うのを待っている。
そういえば、と思い出した彼女は入口の目立つ場所にある、ナミの言っていた恋愛小説を見つけて眺めやる。
「ナミとロビンがねぇ……」
ロビンは航海日誌を読んでいることが多いと聞いたことがある。ナミは新聞。小説というのは初耳だ。
――ま、どっちにしてもハートの海賊団ですって背中にドクロ背負って歩いてンのに、大衆向け小説なんて買えるわけないし。大体、男って通してるのに、余計無理だ。……でも、読まなきゃ読まないでなんか言われそうだよなー。
考えるのが嫌になってそこから視線を外せば、ローがこちらに歩いてくるところだった。
――たまにはこっちからナミに連絡いれるか。それに、キャプテンが一緒なのにアレを買う勇気ないし。
はようやくやってきたローを見上げながら思う。
「行きたいところはないのか?」
見下ろしながらローは問いかけるが、は首を横に振った。この島のことを何も知らない彼女には、行きたい場所の見当がつかない。
「まだログが溜まるまで日があるしな……、今日は帰るか」
「はい」
は頷き、見上げていた顔を前へ向ける。無言で歩き出した彼の隣に並んで歩きつつ、今夜にでも彼女たちに連絡しようと思う。行動力のある彼女ならば、この島にいる間に本が届くかもしれない。
ローは船に帰るまでの道すがら、一軒の酒屋に入った。数本を購入しすぐに出てきた彼は、能力でそれと本とを移動させてしまう。
「あ、前に食べたチーズ美味しかったんですけど、どこに売ってるかしりません?」
の問いに、ローは能力で移動させなかった、手に持っていた紙袋を彼女の差し出す。思わず受け取り首をかしげたに、中を見るように言った。
「これ……っ!」
見た瞬間に目を輝かせて笑顔をみせたに、ローは口元を緩めた。
中身は、彼女の言ったチーズ。
「今夜はこれで酒盛りですか?」
「しばらくは、お前のお守りだな」
「すみません……」
「気にするな。俺の目の届かないところで酔われるほうが困る」
「すみません……」
船へ帰りながら小さくなる声に、彼はため息をつく。
「気にするなと言わなかったか?」
「言われましたけど……」
沈んだ声音に、ローはの腕を取って。
「”ROOM”……”シャンブルズ”」
船長室に能力で移動したローは、危険を察知したを逃げられないように壁に押し付け、彼女の動きを封じた。
「え!? ちょっ、……なっ、キャプテン!? ……んんっ」
屠るようなキスにがローの背に手を回して縋り付いたとき、ようやくそれははずされた。
「他の奴らが介抱するのも、介抱されるのを見るのも不快だ」
――それはつまり……嫉妬?
「酔って枷が外れたら俺の意識を読めばいい。そういうときは大抵『お前を抱きてぇ』と思ってるからな」
明け透けな言葉に、は顔を向けることができない。
「今日は朝から何なんですか!!」
「何日お前に触れてないと思う? ククク……禁断症状だな」
自分の行動をそう言って、をベッドへ押し倒す。
「とりあえず、俺が満足するまでお前を堪能させろ」
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