無事に見張りが終わり、アキラは自室へ眠りに行こうとしたところをローに攫われ、船長室で眠りにつくことになった。
昼頃まで眠っていたアキラは、ローの気配が船から遠ざかることで目が覚めた。
彼が船から出るということは、アキラの自由時間が与えられたということだ。
彼女は少し考えてから、シャワーを浴びて着替え船をおりた。
ぶらぶらとゆっくり島を散策する。腰にある閃雷が、ベルトに当たって小さな音をたてる。
「あの……」
呼びかけに、その声の方に振り向く。そこには、若い女性が立っていた。アキラは上から下まで視線を向け、その姿にどう対応しようか、思案する。
明らかに色を含む色合いと服装。昼間だからおさえされてはいるが、そうとわかる雰囲気が出されている。
「誰かに呼んでくるように言われた?」
「あ……、いえ……」
「わかった、何処に行けばいい?」
アキラは先のことを考え、意識を切り替える。アルコールが入っていないため、見聞色の覇気はコントロールできるからそちらは問題ではない。
――オレが目的か、キャプテンが目的なのか。
船長を意識し、隙のない自分を思い描く。それによって出来たアキラを包む空気が変わったことに気づいたのか、女性が少し怯えたように見えた。
「アンタが誰かに言われてオレを引き止めたのはわかった。連れて行かなきゃ、アンタは何かを引き換えにしないといけない。……そのやりとりには興味はないけど、オレが理由で死なれちゃ、後味が悪い。アンタに付き合うのはそれだけだ」
口調を変え、わざと言い放つように言えば、彼女は泣きそうな顔をする。それにため息をつくと、アキラは彼女の背に手をあてた。
「手配書の海賊に声をかける勇気があるなら、それを違う場所で活かせ。アンタはアンタの思う通りに行動すればいい」
とん、と緩く背中を叩けば、彼女はアキラの台詞に薄く笑った。
「不思議な人……」
「海賊にマトモな奴なんていねぇよ」
彼女は酒場の奥へと入っていく。裏路地の奥深くに、隠れるようにあるその建物の扉を、彼女の細い指が開く。
「ちゃんと帰ってきたようだね」
「今度オレを誘うときは、他人を頼らず自分で来いよ」
彼女が喋るより先に、アキラは正面に座る女を見据えて言った。
「イイ男ねぇ」
「そりゃどーも。夜の蝶がオレに何の用だ? 残念ながらオレは間に合ってるから必要ない。それに……アンタに魅力を感じないな。何年演じてるのか知らないが」
「アンタに何がわかるの!!」
「わからねぇな。自分ばかり不幸だと思ってる奴のことなんか」
――ま、キャプテンの受け売りだし、人のこと言えないけどな。
胸中で苦笑しながら言えば、女の両横にいた男2人が、こちらへ武器を向けてきていた。
「もうちょっと穏便に事を済ませたかったんだけど。……って言っても、無理か」
はぁ、とため息をつき、アキラは閃雷を抜いた。
「海賊に武器向けるって意味、わかってンのか?」
「5000万ベリーの賞金首!」
剣を構えて走りこんでくる1人の男がアキラに刃を振りかざすが、彼女は軽くその刃をかわす。続いて横凪ぎにされた剣を、閃雷で受け止める。
「ちょっとはヤレるのかと思ったけど、駄目だな」
力ではかなわないとわかっているから、アキラは速さと一撃必殺で勝負するしかない。だが、今回は相手が弱すぎるため、そこまで気にする必要はなさそうだと判断する。
「オレの手配書、よく見ておけ。お前らの力じゃ、オレを捕まえられねぇよっ!」
語尾に力を入れて、受けた剣を力で跳ね返す。アキラの力で跳ね返すことができるのなら、その力量は大したことない。
体勢を整え振り上げた男の横腹を、閃雷の背を力一杯叩きつければ、呻いて体勢を崩す。その首に回し蹴りをして昏倒させると、アキラは女へと足を向けた。
もう1人の男が駆け寄るより早く、その女へ刃を向ける。首筋に刃を向け、銃を持つ男に向かって言った。
「この女がどうなってもいいのか?」
ちらりと女へ視線を向ければ、顔面蒼白になっていた。
「安心しろ。ちゃんと解放してやるよ」
小声で女に言って、アキラは男を見据えた。銃を構える男は、銃口をアキラから女へと変える。
「やっぱりか。女を駒としか見てねぇ、……胸糞悪りィ野郎だ」
「この世界は弱肉強食だ! 弱い者を駒にして何が悪い?」
「そんなに力が魅力なら、こんなところで燻ってないで、海賊にでもなれよ」
アキラは嘲笑し、その笑みのまま女にちらりと視線を向けた。
「オレがこの刃をはなしたら、外に向かって走れ。お前の妹も一緒にな」
「え?!」
「上手く逃げろよ」
ニヤリとアキラは笑みを浮かべると、閃雷を女から離し、銃口を持つ男へ走りこむ。
「行け!」
一瞬、女は躊躇したが、すぐにもう1人の女の手を引いて走り出した。
酒場の通りより1本横の、大通りを歩いていたローは、細い路地から女性が2人、走り出てきたのを視界にとらえた。
2人はローを見つけると、走り寄ってくる。
無表情でそれを眺めていると、女性の1人が言った。
「私たちを助けようとして、アキラさんが……っ!」
「あいつなら心配ない。……そこの酒場にいろ。ちょうど村長がいる」
顔を見合わせて頷きあった2人が店に入っていくのを確認すると、ローは路地へと足を踏み入れた。
刃が金属を弾く音がして、どさりと人の倒れる音。どうやら、勝敗が決まったようだ。
開け放たれた扉の奥を見ると、アキラは閃雷を鞘へ戻しながら舌打ちしていた。
「やりすぎだ」
ローがそうアキラへ告げれば、怒りの色を乗せた瞳が彼を見る。
「女を道具のように扱ってるのを見て、腹がたってつい」
いまだ怒りは消えていないのか、声音にも熱がある。
ローはアキラの前まで行くと、入れ墨のある指で軽く頭を叩いた。
「落ち着け、2人は無事だ。……行くぞ」
「はい」
ローは、女性2人にいるように言ったその酒場の扉を開いた。そこには、色を含んだ衣装ではなく、ワンピースを着ていた。
彼の後ろから入ったアキラを見つけた途端、彼女たちは泣き出してしまった。
「自分の始末は自分でしろ」
彼は言って、店を出て行った。
アキラは、深い深いため息をついて、泣いている2人に声をかける。
「泣くことねーだろ。……オレ、気の利いたこととか言えないんだけど」
2人のそばへ行かずに、その酒場の店主へ足を向けた。
「厨房、借りていいか?」
店主へ言ってOKをもらうと、厨房へ入って行く。しばらくして出てきたアキラは、マグカップを2つ、持っていた。
「ホットミルクだ。飲めるか?」
2人に手渡すと、両手で持って飲み始める。しばらくそれを無言で眺めていると、姉の方が頭を下げてきた。
「ありがとうございました」
厨房の奥から出てきた村長も、頭をさげた。
「ありがとうございました」
「オレが気に入らなかっただけだから、気にしないでくれ。それに、あの場所に行って気付いたから。アンタら2人が姉妹だってのと……村長、あんたの娘だろ」
村長の話によると、あの2人は海軍崩れの人間らしい。正義の名のもとに、力で支配しようとしていたらしく海軍から追い払われた。その鬱憤を、村長の娘2人を力で支配し、この村を乗っ取ろうとしたらしい。それをローに話をしていたところに、アキラが介入してしまったようだ。
姉が仲間になり、妹だけでも逃がすつもりだったようだが、妹はそれに同意せずにアキラを連れて戻ってきてしまった、ということだ。
「色の恰好より、今の姿の方が似合ってるよ」
アキラはそう言って、2人から離れる。それに気づいた妹が、アキラのツナギを握って引き留めた。
「あの! あ、明日……夜に宴をしようと思ってるんです。来て、いただけますか?」
「オレ、酒に強くないから面白くないと思うぞ。この間の宴も、途中抜けになったし」
「それでもいいんです! お礼がしたいの」
「海賊にお礼?」
「はい!」
アキラは少し考えて。
「それじゃあ、食材いっぱい用意してくれるか。オレ、これでもコックが仕事だからさ、この島にいる間、作れなくて退屈してンだよ」
「え、でも……」
「人がたくさんいるのが苦手なんだ。仲間は大丈夫だけど、知らない人が多いと人の多さに酔うからさ。コックで動き回ってる方がイイんだ。……あ、でもキャプテンに怒られるカモなぁ」
島にいる間は、コックの仕事禁止だからなー。
アキラの呟きに、村長が笑みを浮かべながら言った。
「大丈夫ですよ、私が船長さんに話しておきます。言い出したのはこちらなのですから」
「そうしてくれると助かる」
翌日の夕方。
ローは呆れたような顔でアキラを見やり、そのあと、小さく息を吐いた。
「怒ってます?」
「…………」
「呆れてます?」
「あぁ」
勝手言ってすみません。
アキラが凹みつつ頭を下げると、その頭をこつりと叩く指。そのあと、同じ指が彼女の顎をとらえて、上向かせる。
「凹みながら笑うな」
「オレ、ホントに料理作るの好きだなぁと思っ……」
語尾を奪い、触れるだけのキスをして、ローはアキラを引き寄せる。
「あとから俺たちも行く。船に残る奴らの分も用意しておけ」
「はい」
笑みの残る唇に、ローは引き寄せられるようにそれを触れ合わせた。
村長がいたあの店は、村長が経営しているらしい。前は村長の補佐を店の合間にしていた。その後、前村長がその役割が果たせなくなっため、現村長が指名されたらしい。
その店の厨房で忙しそうに動きながら、それでもアキラは楽しそうだ。
「これ、持てるか?」
「はい!」
普段から店に立っている2人は、軽やかに皿を持ち、テーブルへ歩いていく。その後ろ姿を少し眺め、次の料理へと思考を向ける。
頭の中で段取りを組みながら、彼女たちが転んだりしないか視界の端に入れる。
店の外には、料理を心待ちにしている人たちがいる。海賊専属のコックからの料理など滅多に味わえないからか、大勢が詰めかけていた。
「手伝いに来てやったぞー!」
「おれも手伝う!」
シャチとベポが厨房へやってきて、だんだんと宴の準備が整ってくる。
「これ頼む! それと……ありがと!」
笑顔で1人と1匹に言うと、彼らは満面の笑みで手を振った。
賑わいをみせる宴の中、アキラはようやく一息ついた。村長の娘2人も彼女と一緒に動いていたから相当疲れただろう。
「座ってな、コーヒーでも淹れるよ」
2人が座るのを確認しながら、アキラは自分の分も含めて3人分、用意する。ついでに切り分けたケーキをコーヒーとセットで置いていく。
彼女らの正面に腰かけたアキラは、コーヒーを一口飲んで、ほっと息をついた。
「本当に好きなんですね、料理を作ることが」
姉の方がアキラにそう言った。
「コックをはじめて間近で見たとき、感動したんだよ。空腹だとさ、思考も動きも鈍るだろ。満腹すぎると同じようになるけど、雰囲気が違うんだ」
アキラは瞳を細めて微笑む。
「オレの手配書を知ってるだろ?」
「はい。……『ONLY ALIVE』と」
「理由は言えないけど、オレはずっと偽りを見せている。もちろん、君たちにも。だけど、料理が好きだって気持ちだけは本当だ」
「それでも、わたしはアキラさんのことが好きです」
妹はそう言って、アキラをしっかりと見つめてくる。
「……可愛いと思うし、いい娘(コ)だなと思うけど――ごめん」
「――そう言われるだろうとは思っていました」
「さっき言っただろう? 偽りを見せているって」
アキラの言葉に、妹はこくりと頷いた。
「二人とも、店の厨房に来て」
飲みかけのコーヒーとケーキをそのままに、アキラは腰をあげて厨房へと入っていく。奥まで入ってしまうと、外からは何も見えなくなってしまうのだ。
「アキラさん?」
問いかけに、アキラはうっすらと苦く笑って。
「おいで」
手招きされるまま2人はアキラの目の前まで行くと、彼女たちはアキラに抱き寄せられた。
「見られる場所ではマズイからね」
アキラは意味ありげに笑ってから「恋人になれないけど、友達でもいいかな」と2人を抱き寄せる腕を強くする。
「え、あの……っ!」
「えっ? あ、え、あの!」
アキラの両腕から逃れようとした2人が、反射的にアキラの体に手をつき、距離を取ろうとする。
「秘密だよ?」
低い声で言って、アキラは両腕を解放する。
「偽りって……」
「女性、なのですね」
「偽りはこれだけじゃないけどな」
「それを解く日は……くるのでしょうか」
「神のみぞ知る、だな。コレは内緒にしててくれ。……海軍が来ても、知らぬ存ぜぬと言い切ったほうがいい。ただ、オレのことで2人の命が危なくなるなら、言っていい」
泣きそうな顔をした2人に、言葉を続ける。
「キャプテンもクルーもみんな知ってる。だから、ずっと偽ってるわけじゃない。こうやってオレを気にかけてくれる、信頼に足る人もいる」
しゃくりあげ、泣き出してしまった2人の髪を撫でながら、アキラは更に続ける。
「『自分の目の届く場所にいろ』、『辛いことがあったら自分のところで泣け』って無言で迫る、過保護な船長がいるから大丈夫だよ」
そんな風には見えないだろ?
アキラがおどけたように言うと、2人は声をたてて笑う。
「オレのために泣いてくれてありがとう」
その言葉に2人は顔をあげて、アキラに抱き着いた。
「アキラさんが泣かないから、私たちが泣くんです!」
涙で濡れたまつ毛をそのままに、2人はアキラに抱き着いたまま、穏やかにほほ笑んだ。
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