「あの目・・・・・・見ちまったら忘れられねぇぜ?」
赤い髪の彼は、そう語る。
「そうですか。それは残念ですね」
「どんな人ですか?」
ジョウイが問いかける。
「紅い髪と紅い目。剣を持ってるときは、まるで炎だった」
「シードの女性版・・・というところですか」
「――それはどちらにしても失礼なのでは。・・・紅い髪と瞳、まるで炎・・・・・・」
思い出すように、ジョウイが明後日の方を向く。
「ジョウイ様?」
クルガンがジョウイへと視線を向け、問いかける。
「シード、その人の剣は、もしかして細身の金色だった?」
「あぁ、あれで受け止められねぇと思ったのに、案外あっさりと俺の剣を受け止めやがった」
だったらそれはさんだ。――と、ジョウイの呟き。
「・・・? もしかして、知り合い・・・」
「傭兵の砦があった頃からずっといるからね。僕がここへ来るまで、ほとんど毎日、一緒だった」
「そう・・・ですか。貴方にとっても特別な方だったんですね」
「――あぁ・・・そうだよ」
今でも、彼女のことは、気になる。
キン・・・!
刃と刃がぶつかる音。続いて、擦りあわされ、弾かれる音。
金属音が響く中、更なる音がこだまする。馬の駆ける音と一緒に、赤と青が閃いた。
「そっちは任せた!」
「了解」
「、大将クラスとはやりあうなよ!」
「わかってる!」
「どうだかな!」
左に赤、右に青。両人とも騎乗し、左右に分かれる。それに伴い、後ろに続いていた兵も二分されていく。
青いバンダナに青いマント。誰もが『あれが青雷のフリックか』と思う。そのまま視線をずらしていけば、対照的な赤。
紅い髪と瞳、だが、外套もその下の衣服もすべて黒に近い色ばかり。だから余計に赤が際立つ。そして、その右手が持つ剣。金色の刀身はいまだ見たことはなく、ましてや、細身すぎるほど。
「大怪我したくなかったら手を出してくるなよ?」
すぅ・・・と細められた瞳。思わず魅入ってしまう。そして、気づいたときには、右手の剣が炎と化していた。
「真の力に対抗すれば命を落とす。覚悟のあるヤツから・・・来い!」
自ら戦場に赴くと決めた以上、敵である人間を殺すことを認めなくてはならない。だができるだけ、命を奪いたくないのが本音。
「言われなくとも・・・・・!!」
一人が言い叫び、その勢いを保ったまま剣を構えて突進していく。
キン!
刃の重なる音が高らかに響く。
カン!
鈍い音がすぐあとに。
ハイランド軍の兵士の持つ剣が、真っ二つに割れていた。
「この剣に勝ちたかったら・・・真の紋章でも持ってこいよ」
にやり、と不敵な笑み。その笑みだけで、同盟軍の士気が高まる。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
同盟軍に起こるどよめき。
「派手にやってるな、は」
二手に分かれたもう一つの隊。フリックは騎乗したまま敵をなぎ倒し、手勢が落ち着いてきたところで、対面にいるを見やる。
「こっちも派手にやるか!」
おまえら、巻き込まれるなよ!
フリックは叫び、右手の紋章を発動させる。
「しっそうする雷撃・・・!!」
「あいつら、派手にやってくれるじゃねぇか」
赤と青。どちらも今回は動きが派手だ。
「クルガン! ちょっと様子を見てくる!」
「おい、待てシード!」
「堅いコトいうなよ」
馬を走らせて戦場を横切っていく姿を見送り、クルガンはため息を一つ。
「――・・・ジョウイ様」
後ろからやってきたジョウイに気づいたクルガンが声をかける。
「シードが着いたら撤退する。・・・あれだけ派手にやられては、こちらの士気が落ちるばかりだ」
「はい。――しかし、彼らはいったい何者でしょうね」
クルガンの問いに、ジョウイは無言のまま目を伏せた。
「おい、派手にやってくれるじゃねぇか」
これだけやられちゃ、戦うところじゃねぇよ。シードは苦く笑いながら、騎乗のまま剣を構える。
『ハイランド軍のシード。大将クラスだ』
脳に光炎剣の声がする。
『水の紋章を使う。――今は流水を宿している。紋章を封じられては不利だ』
まともにやりあわないほうがいい、と。
は炎を纏う剣を左上から右下へと一振りし、炎を振り払う。
「ほー・・・すげぇな、その剣。魔法剣ってヤツは、まだ見たことも戦ったこともねぇ」
嬉しそうな声音なのは気のせいか。
シードは剣を構えて、へ突っ込んでくる。派手な音がして、銀の刃を金の刃が受け止めた。
――重い。
両腕に力をいれ、シードの一振りを受け止めるのがやっとだ。
「へぇ・・・結構やるじゃねぇの。俺の剣を受け止めやがって」
彼はくっ、と唇を歪ませ、それでも嬉しそうに。
一度押しやってシードから距離をとったは、馬から飛び降りた。この男を騎乗したままで対峙するのは骨が折れると、そう判断したからだ。
対等な位置で勝負がしたいのか、シードも馬から飛び降り、へと剣を振り上げ振り下ろす。
ギリギリと、刃の重なり擦れる音。
「こんなことしてていいのか? 後ろを見な」
そんな彼に向け、は彼の背後へと視線を向けながら言った。それに気づいたシードが自分の肩越しに見やる。
「撤退?! そんな話、聞いてねぇぞ!」
「僕たちの派手さに尻尾を巻いたってところだろ。・・・派手になればなるほど、士気が高まる」
「けど、派手すぎると激減するぜ?」
「そんなヘマはしない。――ほら、置いてかれるんじゃないのか?」
それに再度、シードが視線をやる。その隙に、は力の限りで受けていた剣を押しやる。
「・・・ぉっ、とと。危ねぇ、危ねぇ」
押しやった瞬間シードが少しだけタタラを踏む。すぐに体制を立て直した彼に、の剣先が突き出された。
「今日はとりあえず様子見ってコトにしといてやるよ」
「それはどうも。こっちとしては願ったり叶ったりだ」
剣先はあっさりとかわされ、シードはあっという間に騎乗する。
「また今度、一対一で勝負してもらうぜ!」
「丁重にお断りする」
は断言し、騎乗した。
「、とか言いましたね。――彼の戦いぶりを遠くから見させていただきましたが・・・・・・あの剣は見事としか言いようがありません」
「あの剣は特別製のようだけど、詳しいことは僕も知らない。――ただ、さんは火の紋章を左手に宿しているから、それと相まってああいう形になるんじゃないかと思っていたんだけど」
ジョウイは少し考えるふうに言った。
「彼は他に紋章を宿していないのですか?」
「彼?」
あぁ、そうか。
ジョウイは忘れていたと胸中で苦笑する。は女だということを隠している。否、隠すというよりか、既に男性化していると言ったほうが良い。自分がはじめて出会ったとき、すでには男性として、そして傭兵として生活していた。
「クルガン、さんは『彼』じゃない」
「え?」
「彼じゃねぇって、どういうことだよ?」
クルガンとシード、両方から疑問の声があがった。
「彼ではなく『彼女』だよ」
「――まさか、女性・・・?」
「マジかよ・・・。あれで女か!?」
「さんに対して失礼だよ、二人とも。確かに彼女は女性らしくないけれど」
フォローになっていませんよ。
クルガンはそう呟き、苦い笑いを滲ませる。シードは彼女と対峙したときのことを思い出そうとしている。
「彼女の過去がどういたものなのか、僕にはわからない。――ビクトールさんやフリックさんなら、知っているかもしれませんが」
風来坊ビクトールと青雷のフリック。確かにこの二人なら、知っているかもしれない。3年前に起こった門の紋章戦争のとき、と一緒に戦っているのだから。
「風来坊ビクトールと青雷のフリック。その通り名で思い出しました。確か、門の紋章戦争のとき、・という名前の人物がいたように記憶しています」
「それに間違いねぇようだな。で、その通り名ってなんだよ?」
シードの問いに、クルガンはふむ、と顎に手をあてて黙ってしまう。
「おいおいおい、そこまで思い出して、通り名を忘れちまってんのかよー」
「仕方なかろう。――私とて万能ではない。実際に見たのははじめてだしな」
人づてに聞いたことをたまたま覚えていただけに過ぎないのだからな。
クルガンはそれでも思い出したいのだろう、黙り込んだまま視線だけをジョウイに合わせた。最近まで一緒にいた彼ならば知っているかもしれない、と。
「本人から聞いたことはないんだ。――二人にはじめた会ったときに聞いたような気が・・・・・・」
ジョウイまで悩みこみ、とうとう沈黙が訪れた。
「マジかよぉ。ジョウイ様まで覚えてねぇなんて」
「おまえは聞いたことがないのか」
「男だと思って興味持ってなかったしなぁ」
聞いたことは勿論あるぜ? けど、男だと思ってたしな。――そういえば、剣をぶつけたとき、受け止めたけど、なんだか精一杯って感じだったな。男にしては弱っちぃなと思ったっけな。・・・それが女だってんなら、頷ける。
「あぁ、思い出したよ。彼女の通り名。確か――・・・・・・」
【 】
「確かに、そんな感じだったなぁ」
やけにしんみりと、シードが呟く。
「お相手願いたいね、今度は真剣勝負で」
「この間のは真剣ではなかったのか」
「半分は遊び」
確かに、彼にとっては遊びだったのかもしれない。本気になれば、彼は剣術と魔法の両方を操って戦うだろう。
「けど、真剣勝負の前に――・・・」
一度、手合わせ願いたいね。剣じゃなくて、な。
胸中での呟きは口に出さない。女と知ったその瞬間から、興味がわいたなどと知れれば、どんな小言を言われるかわからない。ジョウイは呆れるだけだろうが。
「不埒なことを考えているのではあるまいな?」
「まさか。――どうやって不埒なコトをやるってんだよ。できねぇことは考えねぇ主義なの、俺は」
「どうだかな」
「ったく。何で俺にそこまで突っかかるんだよ」
いつも以上に小言が多い。まさかとは思うが、クルガンも?
「ジョウイ様、彼女の行動パターンは読めますか?」
「読めないこともないけど――意表をつくのが得意だからね。多分、僕たちよりも思慮が深いはずだよ」
ふぅと小さくため息。
戦場以外では――たとえ敵陣に身を置いていても――とても信頼できる人だ。けれど、戦場となれば話は別。とても厄介な存在になりかねない。
「とりあえず、もう少し詳しい情報が必要ですね。――ジョウイ様、いかがなされますか?」
「密偵を出す。けれど、城内には入らないほうがいい。同盟軍の主要メンバーを甘く見ない方が良いから」
「わかりました」
「じゃあ、俺がいく」
「阿呆か、貴様は。面子の割れているおまえが行っても密偵にはならない」
「まぁ、そう言うなって。アイツが戦場以外でどんな顔してンのか、見てみたいだけだって。無理はしない。だから、な?」
シードは行くと言えばどんなことをしても行く人間だ。
「わかった」
「ジョウイ様」
咎めの口調でクルガンが名前を呼ぶ。けれど、彼は仕方がないと苦笑する。
「行ってもいいけれど、期間は一週間。それ以上の滞在は許さない。城内には絶対に入らないこと。近くにサウスウインドゥとラダトがある。そのあたりなら何とかなるだろう。いざとなれば傭兵の砦の跡地へ逃げ込めばいい。あそこに同盟軍は来ないだろうから」
「さすがジョウイ様。話がわかる!」
待ってろよ~。
シードは気が変わらないうちにさっそくと、呆れ顔の二人を残したまま自室へと消えていった。
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