truth 2





 同盟軍の人間に見つからないよう、軍服を脱ぎ私服を身につけたシード。ハイランドを出、馬を操りながらトトの村を越え、リューベの村を越えて行く。そして、傭兵の砦へたどり着く。
 思い出す、はじめの一撃。





『ピリカ! 早く行け!!』
 ルカの構えた剣から逃がすため、腕の中に庇った子供を突き飛ばす。
 ジョウイと、そしてナナミ。彼らの元に子供がたどり着いたのを確認してニヤリと笑う。
 ルカを目の前にして、そんな笑みを浮かべた彼――このときはまだ性別が見た目と違うことを知らなかったのだ――に、豪胆なやつだと思ったものだ。
『ブタの中にも、まだブタになりきれない者がいたか』
 剣を振り上げ、ルカは狂喜の笑みを浮かべる。
『血に飢えているんだな、お前は。だが、血を求め人を殺し、それでもなお、飢えが収まらないのは何故だ?』
 見上げた赤い瞳がルカの目を捕らえる。
『ほぉ・・・その目を俺に向けるか』
『・・・・・・紋章に負けているおまえに、どんな目を向けようが、僕の勝手だ』
 紋章に負けている。思い返せばその意見は正しかったのだと頷ける。
『貴様・・・なかなか面白いな。俺の元に来い』
『丁重に辞退申し上げる』
 殺すなら殺せ。だが、ただでは殺されない。
 そんな言葉が読み取れるほど、ルカを見る目は強かったのを、シードは今も覚えている。
 珍しくも自分が男の、よりにもよって敵の傭兵のことなど覚えているのかと思ったものだが・・・・・・覚えていて当たり前だったのだ。その男が女であったなら、頷ける。
「ん・・・?」
 砦の奥から微かな人の気配。こちらの気配を消せば軍の者だと気付かれるからあえて消さず、ずかずかとそちらへ近づく。
「・・・・・・残ってたんだな」
 そんな声が微かに聞こえてくる。
「誰かいるのか?」
 声を放ちながら近づく。
「こんなところに何の用だ?」
「物見遊山に来ただけさ。・・・っつーか、本当はラダトへ行く途中なんだけどな」
 シードはそう言って笑う。半分本当で半分は嘘を。全部を嘘で固めてもよかったが、目の前に現れた人物がまずかった。
 ――目的人物である・・・当人だったからだ。
「珍しい・・・、だがまあ、そういう人間がいないこともないからな」
 独り言のような呟きのあと。
 貴方はこれからラダトへ? それとも、もう少しここを探索?
 聞かれてシードは逆に問い返す。そっちはどうするのだ、と。
「ラダトに宿をとってある。一旦そこに戻るつもりだけど?」
「なら、ラダトの宿屋まで案内してくれねぇか? 行くのははじめてなんだ」
 シードの言葉には少し驚いた顔をしたが。
「旅は道連れとも言うしな。・・・見たところ剣を持ってるらしいし。戦闘は期待していいんだろ?」
「あぁ」
 任しておけ!
 いつもならそう言い切るのだが、今は言えない。・・・戦闘に慣れていると知られてはならないからだ。不完全燃焼な気持ちを抱えたまま、シードはと共に砦の出口へと向かった。
 砦が陥落して以降、戦場でかいま見るは、自分に冷静さを強いている気がしていた。それは間違った選択ではないが、人間らしさを欠いているように思える。
 人間は感情があってはじめて、価値の出る生き物だとシードは思っている。――戦場とは違い、今のに押し殺した風の感情は感じられない。
 それにしても、と隣に立つを見る。
 お世辞でも女性らしい言葉づかいではないが、格好はそうでもない。
 細身のブラックジーンズにチャイナドレスのようなものを着ている。とは言ってもチャイナドレスとは違い、体の線を露骨に表すような服ではないゆとりのあるそれ。赤い髪が白い上着に映える。
 そして、腰の左には見覚えのある金色の剣。柄の先に赤と白の組み紐が飾られている。
「その剣・・・」
 シードは珍しそうに声音を作り問い掛けてみる。すると、は剣に左手を添えながら「珍しいだろう?」と言ってきた。素直に頷けば「この世で一本しかない逸品なんだ」と微笑んだ。
「旅をしてるとお金が必要でね。たまにだけど剣舞を見せて稼いでるんだ」
 剣舞をしているのは本当かと疑いの目を向けそうになり、彼は平静を装う。
「俺にも見せてくれよ」
 虐めてみたくなって言えば。
「構わないが・・・音がいる。ラダトに行けば知り合いがいるから、一曲見せよう」
 あっさりと引き受けられてしまいガッカリするシード。
「ところで、名前は?」

 シードが聞くと、これまたあっさりと口にされる。ここまでストレートだと、自分の名前を偽る必要がないなと思い、彼も自身の名前を口にした。
「シード? どこかで聞いた名前だけど、どこだったかな・・・・・・」
 ま、いっか。どちらにしても初対面だし。
 恐ろしいほどに無垢なの呟き。
 砦から出てきた二人は、はたと自分たちの行動範囲の違いに気付く。
、ここまで何で来たんだ? まさか歩きってことはないんだろ?」
 シードが聞けば、は徒歩だと平然と答える。
「俺は歩きなんて嫌だぜ?」
 シードは近くの木に繋いであった馬を放し、その背に飛び乗った。
「来いよ」
「いや、しかし」
「うるさいヤツだな」
 シードは首を振るを強引に捕まえると、その身体を引き上げた。
「わ、ちょっ・・・!」
 馬の上など珍しいわけでもないだろに。
 の驚く様が嘘をついていないことを、如実に物語っている。他人に引き上げてもらったことがないのだろう。
 馬の上に横座りにさせられたは、その慣れない乗り方に戸惑っていた。自分が彼のように、他人を馬にのせて走ることは多々あった。だが、この形で乗るのは未経験。
「おまえ、おもしろいな」
 くくく、と楽しそうに笑いながら、慌てるの表情を堪能する。
「しっかり捕まってろよ」
 つかまると言っても、この不安定な乗り方では・・・。
 は口に出さずに心で呟く。それが顔にでていたのか、シードは目元を緩めて笑う。彼の両手がの両手を掴む。そのまま引き寄せられ、シードの体の前で組まされた。
「え? あ、まっ・・・」
 落ちるなよ、と一言あっただけで、馬は走り出してしまう。
「後ろに乗ってどう案内しろっていうんだよ」
 大抵、馬の上で呟くことは前の人間には聞こえない。風が前から後ろに吹くからだろうが、どうやら彼は聞き取っていたらしい。
「こっちでいいんだろ? 指で教えてくれたらいい」
 馬の走りを歩みに変え、彼は肩越しに振り返ってそう言う。
「あちらに橋が見えるだろう? あれがラダトだ」
 の左手が指さした方角に、橋と船が見える。
「やはり馬だと早いな」
 砦からラダトまでは、それほど距離はない。だが、徒歩だとそれなりに時間がかかるし、弱いとはいえ、モンスターに出会う確率も高くなる。
 二人を乗せた馬がラダトに到着する。
「ありがとう。楽をさせてもらった」
「礼を言われるほどのもんじゃねぇよ」
 宿まで馬をおり徒歩で向かう。真っ直ぐ向かってすぐのところに酒場、その裏に宿屋はあった。
「飛び込みで悪いんだが、一人入れるか?」
「申し訳ありません。生憎と満室でして・・・」
「確か、簡易ベッドがあるって言ってたよな?」
「えぇ、それは勿論ありますが。・・・まさか・・・・・・?」
 の意図に気づいた主が、驚きの表情で見やる。それに軽く頷いてみせたは、シードへ振り返った。
「相部屋でよければ、部屋を提供するが?」
「相部屋って・・・のか?」
「僕相手では不満か」
 そういう意味じゃない。
 シードは呆れる。おしとやかには程遠いとはいえ、一応は女性なのだ。その女性であるはずのが、男であるシードと一緒の部屋になるかと誘っているのだ。
「女だという自覚がないんじゃねぇのか?」
「自覚はあるつもりだが? 貴方が何かしようとするなら、それなりの対策をたてておくだけだ」
 は肩をすくめる。
「何かするかもしれねぇぜ? それでもいいのなら、よろしく頼むよ」
「決まりだな」
 主に向かいなおすと、彼は声を潜めた。
「良いのですか? 本当に。あの顔に私は見覚えがあります」
「あぁ、勿論。僕だって知っているさ。――だからだよ」
「――貴方を危険な目にあわせるとわかっていてこんなことをすれば、私は彼に会う顔がありません」
「大丈夫。大丈夫だよ。――襲われたら襲い返すさ」
 仕方ありませんね。
 主は諦めたように笑い、カウンターを出て行った。
「暫く時間がかかるそうだ。――あぁ、そうだ。さっき言っていた剣舞、見たいなら見せるが・・・どうする?」
 問いかけに、シードはうーんと唸って考える。剣舞が見たかったわけではなく、出来ないことをさせるのが目的だった。その思惑がはずれたうえ、こうやって問いかけるってぇことは、間違いなく剣舞が出来るということだ。
 ――それでも、一度は見てみてもいいかもしれないな。
「あぁ、頼むよ。・・・今からで大丈夫なのか?」
「知り合いがいれば、だけどな」
 は「見てくるよ」と言い、宿を出て行った。