truth 3





 目当ての人物が見つかった。は近くの広場で芸を披露していた彼女たちを見つけて、その輪の中に入っていく。
「あ、!」
だ、だ!」
「ちょうど今、終わったところなのよ」
 の姿を人ごみの中から見つけたアイリが呼べば、嬉しそうにボルガンが飛び跳ねる。その二人の少し後ろで、リィナがうふふと微笑んでいる。
「ちょっと頼み事があるんだけど、いいか?」
「頼み事?」
「剣舞を見せなくちゃいけなくなってさ、音を頼みたいんだ」
「珍しいね、あんたが『剣舞』を見せるだなんて」
 特別な日の特別なときに、一人どこか隠れたところで踊っているそれをが他人に見せるという。アイリたちも一度だけその姿を見たことがあるが、もう一度踊って欲しいといっても、断固として受け入れてはもらえない。
 それが、だ。こともあろうに、見ず知らずの人間に『見せなくちゃいけない』と言う。
「私たちが駄目なのに?」
「僕も本当はやりたくないんだけど、仕方ないんだ。相手は『ハイランドの偵察員』だからな、言った以上はやらないと」
「――ハイランド?!」
「シッ! 声が大きい」
 アイリが思わず声をあげるのに、それを片手で塞いで耳元で小さく。
「さっき傭兵の砦まで探しものをしに行ってたんだけどな、そのときに出会った男が、どうやら『ハイランド』の人物らしい。アイリたちも見ればきっとわかる。戦場では派手だったから。――で、OKなのか? それともやめるか?」
 の言葉にふぅとため息をついたのは、その二人のやりとりを見ていたリィナ。
、それは頼む態度としてはどうでしょうね。・・・まぁ、あの容姿ならば見たことがありますし。手を打ちましょう」
「アネキ、見たのか?」
「えぇ、見ましたよ。ナカナカの男前だったわね・・・うふふ」
 にっこりと微笑む彼女の真意はわからないが、とにかく音を確保したことになった。
「もうすぐ夜ね・・・。にとっては、その方が良いのじゃなくて?」
「そうだな。陽が落ちてからでいいかな?」
「ええ、それまでに私たちも準備を整えておく」
「すまない」
! キレイ! ミタイ!」
 ボルガンが言うのには照れたように笑い、それを隠すように空を仰いだ。










 宿の一室には、備え付けのベッドと簡易ベッドが一つずつあった。簡易の方にシードは寝転び、大あくびをしている。さっきまで窓の外を眺めていたが、その視界には入らなかった。つまらないと思いつつベッドに寝転がったところで、が帰ってきた。
「寝心地は悪いだろうが、屋根のある部屋に泊まれるだけマシだと思ってくれ」
「あぁ」
 相手は戦場で紅を纏って走る様を二つ名として持つ『緋閃』のだ。寝台に眠る姿ぐらいは、男性的ではないのだろうと、少々の期待を胸の中に持っている。だが、そんなことは表情に出さず、シードは勢いづけて起き上がった。
「で、剣舞は見せてくれるのか?」
 意地悪な質問だな、と自分では思ったのだが、は軽々と「音も見つかったし、夕暮れには見せられる」とハッキリと言い切った。
 ――本気で見せる気だな・・・コイツ。
 コンコンコン!
 小さくノックの音がして、扉の外からアイリの声が聞こえてくる。
、用意が出来たよ。さっきの場所で待ってるからね」
 の返事を待たずに、アイリは足音を響かせて離れていった。
「どうする? 準備が出来たみたいだが」
「モチロン、見るさ」
 お手並み拝見といこうじゃないか。
 胸中でそう呟き、シードは小さく唇の端をあげた。










「待たせたな、アイリ、リィナ、ボルガン」
「大丈夫よ、気にしないで」
、はやく! 、はやく!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねるボルガンはとても嬉しそうだ。
「よろしくな」
「任せて」
「まかせときなって」
 アイリとリィナが笑顔で弦を構える。そして、音がはじまった。
 突き出した剣が一度止まり、その瞬間にシャラン・・・と心地よい鈴の音がする。
 舞は同じ振りを何度も繰り返すが、そのたび違う舞だと錯覚させるほど、それは見違えて見えた。緩やかに、そして、時折激しく。鈴の音もそれと同じように鳴り、音が最後を響かせたとき、その舞は静かに終焉を迎える。
 パチパチとどこからともなく拍手があった。一つ二つだったそれが、やがて大きな歓声と変わる。
「なんでこんなに人がいるんだ」
「だってあなた、人を呼ぶなとは言わなかったでしょう?」
「姉貴には負けるんだから、やめときなって」
 はため息を漏らして不平を言うのを諦め、両肩をすくめてシードを見やった。にやりと満足そうに笑ったシードの傍らに近寄り、手に持っていた剣の先を彼へ向けた。
 突然のことにシードは構えをとったが、はそれには何も言わずに剣を鞘におさめた。
「満足したか?」
「あ・・・あぁ。まさかこれほどまでとは思わなかったから吃驚した」
「最近は滅多にしなくなったからな」
 鈍ってきてるなぁ。
 先ほどまでの雰囲気を一新して、は両肩をコリコリと鳴らして両腕を振り回す。
「さて、戻るか」
 言葉どおりの穏やかな表情で、はシードを振り返りながらふわりと笑った。











 その日の深夜。
 はベッドから抜け出し、宿の外に出ていた。
「あったのかい?」
 少年のような声がに問いかけ、それに彼女は「あぁ」と短く答える。
「燃えない成分とはいえ、溶けてもないとは。――まさしく逸品だね」
 ポケットから取り出したものを手のひらに乗せれば、風がそれを攫っていく。
「確かに渡したよ。――戻ったら受け取る。あぁ、それから」
「わかってるよ。気をつけなよ?」
「ありがとう。じゃあ、頼むよ」
「僕を伝書鳩代わりにするなんてよく考えたね。あとで覚えておきなよ」
 風がの髪を乱雑に撫ぜて消える。
「戻るか」
 気配も感じることだし。
 はわざと口に出して次の行動を言い、ゆったりと背伸びをする。それから軽い足取りで宿へ向かう。
 その頃、シードは抜け出したを追って外に出ていた。陰に隠れてみていれば、独り言のように喋っているかと思えば、時折声だけが聞こえてくる。手のひらに載せた銀色の小さな物を風が攫っていく様を見て、の前には魔法に長けた人物が姿を消して目の前にいるのだと気づいた。
 暫くすれば、戻るかの呟きが聞こえ、シードは慌てて宿へ戻る。
 がシードが居たことを知っていたとは、気づかずに。
 キィ・・・と小さな音とともに、が部屋に帰ってきた。部屋の簡易ベッドにはシードが眠っている。
 はシードの前まで行くと「起きているのだろう?」と問いかける。それに表情さえ動かさず、シードは眠り続けている。
「ま、いいか」
 はあっさりと引き下がり、ベッドへ潜り込んだ。










「おはよう、目が覚めたみたいだな」
 は既に出立準備が出来ていた。
「もう出るのか?」
「まあな。早めに戻らないと、やきもきする連中がいるんでね」
 心配されるということは幸せなことだよ。
 呟いて、はシードがのっそりと起きてくるのを眺め遣る。
「そんな無防備でいいのか? 僕がこの剣先を向ければ、間違いなく死ぬ」
はそんなことしないだろう?」
 シードは昨日だけでそういう人物だと判断した。確かにそれは当たっていて、は心底呆れたように両肩を竦めるだけだ。
「図太いというかなんと言うか。――あぁ、僕はもう出るから。宿代はちゃんと払ってある。朝食は残念ながら取れないが、馬ならハイランドまで早いだろう? それに腕前もピカイチのようだしな」
「気づいてたのか」
「お互い様だろう?」
 言って、はポケットに入れてあった一つの箱を取り出した。
「あの砦に残っていたものだ。ジョウイに渡してくれ。――心配なら今ここで開けてもいい」
「――・・・」
「ピリカのものだ。ルカに襲われたときに落としたのだろう。――燃えずに残っていた」
「あのチビのか・・・」
「大事に持っていたブローチだ。――頼んだからな」
 は無理矢理シードの手に持たせ、部屋を出ようとする。だが、それをシードの手が止めた。
「お駄賃はくれねぇのかよ?」
「駄賃? 武将の首を切らなかった。それだけで駄賃に値すると思うけどね」
「一対一ならわからないぜ?」
「どうだか」
 シードの腕を振り払い、が目尻を釣り上げる。帰るつもりの気持ちに歯止めをかけられ、苛々しているのだろう。
「放せ」
「駄賃を貰ってからな」
 シードは立ち上がり、ブローチの入った箱をベッドに置いての腰を引き寄せた。急なことに対応しきれなかったが体制を崩してシードに引き寄せられてしまう。
「放せッ」
「駄賃を貰ってからって言っただろ?」
 剣の柄を握ろうとした手を取られ、壁に押し付けられる。もう片手も腰を抱いていた手で封じられ、とうとう身動きひとつ取れなくなった。更に足の間にシードの片膝が入り込めば、貼り付けられたも同然だ。
「何す・・・・・・ッ!!」
 声が途中で不自然に途切れ、次に聞こえたのはの苦しげな息。
「ッ・・・んっ」
 壁とシードに挟まれて身動き一つ取れないの唇に、シードのそれが重なっていた。強引に絡めた舌を噛みつかれそうになったシードが、ようやく身体を解放した。
 ニヤリと笑ったシードの唇は、名残を残して淫らに光っている。
 キッ、と睨んだの頬は息苦しさのあまり高潮していて、いつもの強い瞳の力は完全に消えている。
「ご馳走さま」
 そう言ったシードに手短にあった枕が投げられ、それを防ぐために両手で顔を覆っている隙に、は姿を消していた。
「かわいいじゃねーの」
 その反応に、シードは楽しそうに笑った。










「お帰り」
「思ったより早かったな」
 シードを出迎えたのはジョウイとクルガン。ただいまと言いつつポケットから取り出したブローチをジョウイに見せれば、彼は瞳を輝かせた。
「それをどこで?」
が砦で見つけたらしい。預かってきた」
「え?!」
「仕方ねぇだろ、本人にばったり出会っちまって。あっちも知ってたみてーだし、喧嘩両成敗っつーことで、今回は帰ってきた」
 本当は違うんだけどな、と胸中で呟くシードの声は嬉しそうだ。
「じゃ、確かに渡しました」
 言うシードの声の楽しさに、クルガンが眉を寄せる。
「何があった?」
「ん~? 別に。たいしたことじゃねーよ」
 ポケットにはブローチの入っていた箱が一つ。わざと自分の手元に残したそれを思って、シードは薄く笑う。
「まあ、追求するのはやめておくが、支障をきたすなよ?」
「わかってわかってる」
 クルガンに軽く言いながら、シードは自室へと足を運ぶ。これを見れば今朝のことが思い出せる。
、可愛かったな・・・」
 箱を自室のテーブルに置きながら、彼は小さく呟いた。