見渡せば、花畑。昔はこんなところになかったはずだ。
「ここは・・・・・・」
昔の面影すらないこの場所は、自分の記憶が間違いなければ、がけ崩れのあった場所のはず。
ぐるりと見渡せば、花畑の少し奥に舗装された道があった。自分がきた道からは一本道だったはずだが、山道を綺麗に整備し、がけ崩れがおきないように防護ネットがはられてあった。太陽が花に力を与えている様を見つめて、はしばらく立ち尽くした。
自分とは、正反対の花。
まぶしすぎると目を細め、は一歩を踏み出す。
きっと自分のいた家は、朽ち果てているだろう。何もかもをそのまま置いてきたのだから。
村の入り口は花畑から近く、久々に見た故郷は人の気配がしない。中に入っても声の一つもしない。不思議に思いながらも自分の家へと向かう。
外観はずいぶん朽ちている。扉を開き中に入る。驚いたのは、クモの巣ひとつなく、配置もそのままだということ。テーブルの位置やソファの場所さえそのままで、テーブルの上には一輪ざしの花瓶に小さな花が挿してあった。
自分の家は、他の人が住む家になったのかもしれない。5年間空家であったのだから、誰が住んでいても文句は言うつもりはなく、中だけ見たら帰ろうと思い、自分の部屋であった場所へと近づいた。
カタン・・・と物音がして、一人の気配を感じる。気配を感じるということは、戦闘員ではないということだろう。念のために小さなナイフを片手に持って、は扉の前に立った。
物を動かしているような音がして、様子をうかがうために扉を少し開いて中をのぞく。
「え・・・?」
姿を見て、はナイフを無造作に片づけながら呟いた。
声に、人影は振り返る。
「あんた・・・・・・ちゃんだね!?」
立ち尽くすの目の前には一人の女性。その手にはぞうきんを持っていた。ふくよかなその女性は、大きく目を見開いて言った。
「あぁ、もう・・!! あんたは何で手紙の一つも寄越さないんだい!!」
心配してたんだよ!!
呆然とするをぎゅ、と抱き締め、彼女は小さく言った。
「あんたがいつでも帰ってこれるように、時々掃除をしてたんだよ」
「でも」
「あんたが何でこの村を出たのか、それぐらいわかってるよ」
そう、ですか。
はそっと息を吐く。ここは自分の家で、彼女はを庇って死んだ彼の母親だ。
「帰ってきてくれたのは嬉しいけどね・・・・・・今は、ここに長居しない方がいいよ」
「え?」
今日はあいつらがくる日じゃないからね。
彼女は小さく小さくつぶやく。
「あいつら?」
「そう・・・一週間ぐらい前から海賊が二日に一回はやってきて、村を荒らしていく。だから皆、部屋から出なくなった」
「その海賊はどんな?」
「賞金首にすらなっていない小さな海賊だよ。だけど、あたしたちには脅威・・・」
戦う術を持たない彼女たちには、確かに脅威でしかない。だが、自分なら――。
「わかった、ありがとう。今夜はここに泊まるよ」
「あたしの話を聞いてたのかい?」
「聞いてたよ。――大丈夫。この剣は、飾りじゃない」
自らの腰にある剣に視線を向け、は告げる。自分も海賊なのだ、と。
「海賊!?」
「だから、俺には近づかない方がいい。――明日、やつらを片付けたらここを出る。二度とここへは帰らない」
彼女から距離を置き、は冷やかな声で告げた。
「麦わらの海賊団・・・・・・聞いたことがあるだろう?」
「賞金首の・・・」
「いきさつはどうあれ、今はその一味。・・・・・・やつらと同じ、海賊だ」
は言い切り、彼女から視線を外した。
「来る、か」
「ちゃん・・・?」
の表情が険しく変わったことに気づいた彼女が問えば、は首を軽く振って答えることを拒否した。
「さあ、早く自分の家に戻って、しっかり扉を閉めておいた方がいい。――これから、荒れる」
の言葉に頷いて、彼女は自分の家へと走って帰っていく。
「何で来るんだ・・・あんたたちが――・・・」
「ここか?」
「あぁ、間違いねぇ」
ルフィの問いかけに、サンジが答える。どうやらの呟いた「あんたたち」とは、仲間を指しているらしかった。
「おーいっ! っ!」
ここを開けろーっ。
扉の向こうから、ルフィの大きな声がする。村の人たちの大半が、彼らを『海賊』と認識しているはずだ。
「お前な・・・」
ゾロはあきれたような声を出したが、咎める気配はない。
「ちゃん、いるんだろ?」
「、開けないと勝手に突破するわよ?」
「――ルフィがな」
ナミのあとを引き継ぎ、ウソップが言った。ルフィは言葉どおりに、腕をぐるぐるとまわしはじめている。そしてその後ろにいるサンジの手には、なぜか白い大きな袋があった。
キィ・・・と古びた音とともに、扉が開かれる。その先には、が立っていた。
「チョッパーとロビン以外全員、か」
入ってくれ、とが言えば、ルフィは嬉しそうに笑った。
「しかし、いいのか? チョッパーだけ船に置いて」
「大丈夫よ。チョッパーはロビンが連れてきてくれることになってるの。船のことなら大丈夫、ちゃんと都合をつけてきてるから」
都合、ね。
誰に頼んだか、もしくは隠してきたか――どちらにしろ、すぐに船へ戻らないことだけは確かのようだ。
「何故、ここへ来た」
の声音は冷ややかで、仲間と一線を置いている。
「そんなの決まっているだろう、仲間だからだ!」
ルフィの言い切りに、皆が苦笑して。
「ルフィが行くってきかないのよ」
「行き先がわからねぇのに『行く』の一点張りでなぁ」
「ま、行先に見当があるって言ったクソコックを仕方なく信じてきてみたわけだが」
「が出て行くのを、俺は見送ったしな」
どうやら、が船をおりるとき、サンジに見つかっていたらしい。当然、サンジは手紙を持ってきたからあの店に立ち寄ったのだろう。だったら、行先も、あの老人から聞き出せばわかるはず。
「この村は、俺の過去だ。――何もかもを片づけにきた。・・・・・・たとえ何があっても、手を出すな」
部屋に招きいれ、ソファや椅子に座る仲間たちにお茶を出したあと、は静かに言った。新しいお茶の葉があったのは、きっと彼女が置いてくれていたのだろう。
何もかも、当時のまま残されている。湯呑も時々洗われていたのだろう、とても5年たっているとは思えない。感謝しても足りない――そんな彼女を、自分はやつらから守ってやれるだろうか。
少しの沈黙。それを破ったのは、チョッパーとロビンの声だった。
「、来たぞー」
「開けてくれる?」
全員、来たか。だいたい、ここにこれだけの人数が寝るには無理があるだろう・・・。
扉を開けて中へ招き入れる。これで、麦わらの海賊団、クルー全員がそろった。
「ここへ来る途中に噂を聞いたのだけれど」
ロビンは突然、しゃべりだす。それに続けてチョッパーが言った。
「この村、小さな海賊団に荒らされているらしいって。――名前もわからない、小さな海賊団らしいけど」
「ほんとか?」
ルフィの問いは、へと向けられた。
「あぁ、本当らしい。まだ遭遇はしていないが、知りあいがそう言っていた」
だから『何があっても手を出すな』ということか。
ゾロは眉間にしわを寄せてそうつぶやき、サンジも少し不機嫌そうだ。
ナミはその二人の表情を見やって、溜息をついた。ナミも彼らと同意見だ、ルフィも同じだろう。
「わかったのなら――」
「わかったけど、ヤだ!」
「まあ、そう言うと思ったけどよ・・・」
ウソップは大きくため息をひとつ。
「ルフィは手を出すと思うぞ?」
「それでもだ」
はルフィを見やる。視線が絡んで――先にそらしたのは、の方だった。
「ルフィがそういう性格だということは承知している。それでもこれは・・・俺の過去だ」
何もかも、過去と折り合いをつけるためにやってきた。それを他人に邪魔されたくない。それがたとえ、仲間であっても。
「どうしてもっていうなら、止めてあげるわ」
ことの成行きを見守っていたロビンが、手荒になるけれどね、と微笑みながら言った。
「あぁ・・・頼む」
「わかったわ」
「はいはい、この話はこれで終わりにしましょ。――サンジくん、お願いできる?」
「えぇ、もちろんです」
語尾にハートマークを飛ばしながら、サンジは椅子から腰をあげる。
「何を?」
「もちろん、夕食を作るのさ」
「ここには食べ物なんてないぞ?」
「それは大丈夫、持ってきたからさ」
ここまで買い出ししながらやってきたしね。
サンジの手にあった大きな袋は、食材が詰められていた。
「5年たっているとは思えねぇな、この部屋」
ゾロの言葉に、が振り返る。驚きに目を見張るに、ウソップが言った。
「クルー全員、それぐらいなら知ってるぞ? 誰から聞いたかなんて、言わなくてもわかってるんだろ?」
「あぁ・・・あの老人に聞けば、だいたいのことは予想がつくだろうな」
「ここにあるものは好きに使っていい。――俺は自分の部屋に行ってる。少し、一人にしてくれ・・・」
は言い置いて、その部屋から姿を消した。 |