- 「神の手」 (響堂 新)
- 中心となる事件はチーターのジョゼフによる殺人ですが、カール少年のエピソードが大きな比重を占めてしまっているところがバランスの悪さを感じさせます。しかし、この“ヒト―ブタ・キメラ”というネタが伏線の一つになっているので、仕方のないところでしょう。もちろん、最大の手がかりは特大のキーボードなのですが。
発生生物学の倫理的な問題に関しては、個人的にある程度知識もありますし、SFなどで似たようなアイデアもあるので(例えば、小林泰三の傑作「人獣細工」(『人獣細工』収録)など)、さほどの衝撃はありません。私の場合、沢渡所長とほぼ同じような考えです。もちろん、彼がジョゼフを生み出してしまったことを肯定はしませんが、人間と動物の間の線引きに関しては同意します。メリットの考えにくい方向(例えば、いわゆる“クローン人間”を生み出すことにはほとんどメリットがないのではないかと思います)については規制すべきかもしれませんが、基本的には科学の進歩を止めることはできないでしょう。したがって、私たち一人一人がそこから目を背けることなく、その是非を考えていくことが重要なのではないでしょうか。
余談ですが、作者は上述の「人獣細工」を読んでいるのかもしれません。(以下伏せ字)カール少年の設定が「人獣細工」の裏返しともいえる状態(ここまで)だというのは、偶然とは考えにくいところです。
- 「ヘルター・スケルター」 (島田荘司)
- まんまと騙されてしまいました。ある意味、“21世紀本格”という言葉自体がミスディレクションとして機能しているともいえます。
- 「メンツェルのチェスプレイヤー」 (瀬名秀明)
- 身体性と知性に関する議論は非常にスリリングです。“ぼく”の正体に関してはさほどの驚きはありませんが、うまくテーマにつながっていると思います。
- 「百匹めの猿」 (柄刀 一)
- ミステリ部分は蓋然性の殺人で、これ自体はまずまずだと思います。問題は“解決”場面で、『アリア系銀河鉄道』のようなファンタジー・ミステリと考えればいいのかもしれませんが、あまりにも唐突に感じられます。作中で紹介されるトンデモ理論が伏線になっているといえるのかどうか……。
- 「AUジョー」 (氷川 透)
- 途中で提示される“AUジョー”という“解決”の方が真相よりも面白く感じられるところが難点です。
- 「原子を裁く核酸」 (松尾詩朗)
- 殺害方法自体は科学ミステリともいえるものですが、やはり中心はダイイングメッセージですから、通常のミステリといえるのではないでしょうか。しかし、そのダイイングメッセージは大きな問題を抱えています。
まず、実験室に閉じ込められた三人は酸欠によって死に瀕したわけですが、二人の死体を切断(しかもナイフで)するためにはかなりの時間がかかるはずですから、竜崎はかなり早い段階で自らの死を覚悟したことになります。さて竜崎は、二人を殺した後に遠藤が扉を開くという可能性は考えなかったのでしょうか。この場合、竜崎は殺人罪に問われますが(正当防衛でも緊急避難でもありません)、下手をすると遠藤の方はお咎めなし(過失と強弁すれば、何の罪にも問われないのではないでしょうか)という可能性もあります。そう考えると、常識的にはそこまでするとはとても考えられません。
もう一つ、探偵役の青年は“あなたは塩基についてもプラスとマイナスの電荷で結合していると書いてしまった。これは明らかに間違いです” (486頁)と指摘していますが、該当すると思われる「ホームページ−2」にはそのような記述が見当たりません。これは明らかな作者のミスでしょう。
また、遠藤の科学知識に関する設定は無茶苦茶です。円周率に関する誤解はまあいいとしましょう。数学は基本的に論理に基づくものですから、どこかで間違えば作中で描かれたような誤解をすることもあるかもしれません。しかし、いやしくも核酸がリン酸・糖・塩基からなることを知っている人間が、RNAのことを失念するのはいかがなものかと思います。特に、仕事が仕事ですし……。
ついでにもう一つ。これは竜崎の台詞として書かれていますが、“動物性毒の正体はタンパク質だから、遺伝子を持たないタンパク質が毒と呼称されるのだ” (460頁)という文章(特に後半)は意味不明です。
- 「交換殺人」 (麻耶雄嵩)
- 真相の一部は、法月綸太郎のある作品(以下伏せ字)(「ABCD包囲網」)(ここまで)と似ているようにも思えます。最初の犠牲者がありふれた名前だったために二人目を殺さざるを得なかったというところが印象的です。
- 「トロイの木馬」 (森 博嗣)
- 素直に考えれば、千宗が2段階の仮想現実で暮らしていたということになるのでしょうか。ただ、一筋縄ではいかない作者のことですから、他に罠が仕掛けられているようにも思えます。
2002.09.04読了
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